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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2014年8月23日土曜日

「嫌われる勇気」というよりも・・・

「嫌われる勇気」というタイトルの自己啓発本が売れています。
この本は読んでいませんが、Amazonの商品説明を見ると


「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない
【対人関係の悩み、人生の悩みを100%消し去る”勇気”の対話編】
世界的にはフロイト、ユングと並ぶ心理学界の三代巨匠とされながら、日本国内では無名に近い存在のアルフレッド・アドラー。
「トラウマ」の存在を否定したうえで、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、対人関係を改善していくための具体的な方策を提示していくアドラー心理学は、現代の日本にこそ必要な思考だと思われます。

そして
『対人関係に悩み、人生に悩むすべての人に贈る、「まったくあたらしい古典」』
と書かれていました。

商品説明を読んで、興味をそそられましたが、
しかし、書のタイトル「嫌われる勇気」という言葉はあまりにも刺激的で、また帯のキャッチフレーズ「自由とは他者から嫌われることである」という文句はあまりにも啓示的に思え、それが購入の妨げになっています。

対人関係でいうならば、私は「嫌われる勇気」というよりも、「信頼される努力」、そして「何があっても信じる友を持つ勇気」を信じます。

「信頼される努力」
自分のやるべき事、もしくは夢に向かって、どこまでも真摯に向き合い努力をする。その持続的な姿勢は、千の言葉、万の言葉より、心ある人の感動を誘います。そしてそれは、いつか揺るぎない信頼に変わります。

「何があっても信じる友を持つ勇気」
嫌われる勇気と相反する「とことん好きになる勇気」とでも言いますか。
心を支配されるという事ではありません。傍にいなくても、長く会わなくても、心の支えとなる、温かみを抱くことができる友を持つという事です。

そして「何があっても信じる友」は幾人かできました。
「信頼される努力」はこれからです。50数年生きてきて、それが如何に重要であるかに気付きます。

小野高校vs.社高校 観戦記

昨日は小雨降る中、高砂球場で秋季大会の一戦を観戦しました。
小野高校vs.社高校です。鹿島中野球部OB本多悠将君を応援に行きました。

《試合観戦写真》
https://plus.google.com/photos/115534743271292658497/albums/6050506721512650465

小野高 001 002 200 5
社高校 000 005 001x 6

劇的な幕切れでした。
同点の9回裏、この回先頭の捕手で4番の某君が打席に入ります。大きな背中をゆすっています。何かを期待させる雰囲気がありました。
二球の速球を見送った後、少し前よりにスタンスを変えました。
そして三球目をフルスイング、打球は高く舞い上がりレフトスタンドに飛び込みました。サヨナラホームランでした。


試合は中盤から観戦しましたが、流れは小野高校にありました。
5回、見事な2点ホームランで3点差となった時は、スタンドは小野高校応援の歓声で一色になっていました。
社高校は牽制死や送りバントが併殺という、らしくないプレーがありましたが、5回裏二死から一挙に5点を奪う攻撃は見事でした。
そして球場内の雰囲気は一気に変わります。
そして9回裏のサヨナラです。

小野高校は活気のあるチームでした。そして社高校は今年も強くなるのだろうなという予感を覚えた試合観戦となりました。

悠将君は、2番中堅手として出場しました。
中堅手としてアグレッシブな守備を見せてくれました。

2014年8月21日木曜日

19日、明石の海辺を散歩しました。

真っ青な空の下、絶景を眺めながらの散歩は最高の気分でした。

この日は、明石市役所の中を通って海に出ました。明石市役所って海の傍にあるのですね、知りませんでした。窓から海が見える、それも絶景が、ほんと良い職場です。

堤防の上の小道は、海岸に向き合うように左右に長く続いています。
釣りを楽しむ人、水上バイクを走らせる人、歩く人、走る人、自転車を漕ぐ人、
寝転ぶ人、はしゃぐ人、食べる人、泳ぐ人、と様々に人に出会います。

大蔵海岸海水浴場、そして舞子海水浴場は大勢の家族連れや若者で賑わっていました。
白い砂浜に彩りを与えるのは幾つものカラフルなパラソル、テント、水着、そして真っ黒に日焼けした肌です。
目の前には、明石海峡が左右に広がり、深い碧の水面にキラキラとした光が輝きます。
前方には淡路島がドカンと鎮座し、一条の大橋が海をまたいでいます。
風が強くありました。海には白波が立ち、空ではカモメが風乗りを楽しんでいました。

風変わりな人に出会いました。
一人目は、年配のおじさんです。
一本道の向こうから自転車に乗って近づいて来ました。
帽子を被り、眼鏡をかけ、上は半袖のシャツ、下はスラックスという出で立ちでゆらゆらと自転車を漕いでいます。
顔の真ん中がやけに白い、近くになって、それが何かわかりました。
紙片を棒状にまるめてV字におり、二つの鼻の穴に突っ込んでいたのです。
鼻血であったのか、それとも何かのまじないか・・・
わかりません。

大蔵海岸を離れて舞子に向かう中で、海を漂う舟人を見ました。
サーフボード?の上に立ち、一本の長い竿状のものを操作しながら波間を漂っていました。
何をしているのか、どこへいくのか・・・
わかりません。

歩きの途中、先日秘密のケンミンSHOWで見た、垂水名物きゅうりドックを思い出し、みやげに買って帰ろうと垂水駅に向かいました。
垂水の商店街は結構広く、二時頃でしたが、人通りが多く大変賑わっていました。
汗みどろで風変わりな男、道を尋ねるのが恥ずかしく、ただうろうろと商店街を巡りました。そしてきょうりドックには辿り着けませんでした。
次回はしっかり店をチェックし、垂水を訪ねたいと思います。


2014年8月20日水曜日

本当の戦争の話をしよう

「本当の戦争の話をしよう」(ティム・オブライエン著、村上春樹訳)を読んでいます。
淡々とベトナム戦争に出兵した若き兵士達の物語が綴られています。
まだ読み始めたばかりですが、若き兵士が二人死にました。唐突に、そしてあっけなく。
死んだ兵士の亡骸は、ヘリコプターに運ばれて戦地を離れます。けれど生き抜いた兵士は、さらに奧への行軍が続きます。

奧とはどこか?本の言葉を借りるなら、そこはおぞましい行為が行われるところです。
兵士達は、日中、奧に続く道なき道を行軍し、夕方生き残ったものはたこつぼ(一人用壕)に入り、順番に見張りをしながら休みます。

7話「本当の戦争の話をしよう」では、小休止中に一人の兵士が死にました。
カート・レモンは友だちのラット・カイリーと手榴弾でキャッチボールをしていた最中、ブービートラップ(仕掛け爆弾)を踏んづけて閃光に引き裂かれたように粉々になりました。沈む部隊、落ち込むラット・カイリーの前に一頭の子牛が現れます。
カイリーは、子牛に缶詰の食料を与えようとしますが、子牛は見向きもしません。
カイリーは、缶詰を置き、銃に手をかけ、膝に向かって弾丸を放ちます。さらに耳を吹き飛ばし、脇腹を撃ち、下あごを吹き飛ばし、最後は銃をオートマテックにして子牛に向かって弾丸を乱射しました。他の兵士達は、遠巻きに、カイリーの身の毛もよだつ行為を眺め、それが終わると、虫の息の子牛を古井戸の中に放り込みました。
この行を読んでいて、映画「地獄の黙示録」のクライマックスシーンが甦りました。
縄で縛られた水牛が、息絶えるまで、何度も長刀で刻まれるのです。それはカーツ大佐の最後を物語っていました。
そしてもう一度、文面に戻ります。そして子牛を一人のベトナム兵、もしくは迷い込んだベトナムの少年、と読み替えてみます。

ティム・オブライエンは、兵士の一人、ミッチェル・サンダースの口を借り戦争について語ります。

以下本文抜粋---
戦争は決して晴れることのない深く不気味な灰色の如きものである。
彼らはそれを精神的な感触として知る。
そこには明確なものは何ひとつとしてないのだ。
何もかもがぐるぐると渦を巻いて見える。
旧来の規則はもうその効力を失っている。
旧来の真理はもはや真理ではない。
誤ったものの中に正しきものがどくどくと注ぎ込まれている。
カオスの中に秩序が混ざり込んでいる。
憎しみの中に愛が、美の中に醜さが、アナーキーの中に法が、野蛮の中に文明が。
霧は君をすっぽりと呑み込んでしまう。
自分が何処にいるのか、何故そこにいるのか、君にはわからない。
ただひとつはっきりとわかるのは、どこまで行っても解かれることのないその二重性だけだ。
戦争において君は明確に物事を捉えるという感覚を、失っていく。
そしてそれにつれて何が真実かという感覚そのものが失われていく。
だからこう言ってしまっていいと思う。
本当の戦争の話の中には絶対的真実というものはまず存在しないのだと。
以上抜粋---

教育を受け、愛を知り、道徳を実践する文明人が、一番恐れることはなにか?について考えて見ました。そして思い浮かんだのは
「心の奥底に封印されていたおぞましき悪意が、表に出て自分を侵食していくこと」
という考えです。
そして、心の奥底でおぞましき悪意を封印したパンドラの箱をこじ開ける鍵こそ、戦争だと思うのです。

69年前に終わった戦争で、生き残った兵士達の脳裏には、おぞましき風景が焼き付いていたことと察します。それは身を焼き尽くすほどの業火であったのではとも察します。
それでも生き残った兵士は、農夫となり、工員となり、商人となって、この国の復興のために心血を注いで働いて下さいました。平和な国を作るために働いて下さいました。
そして今、私たちの国はあるのだと思うのです。

生き残った元兵士達が、作られたのは平和な国「日本」です。世界中のどこにもない、世界にひとつだけの戦争を放棄した国「日本」です。いまさらどこにでもある国になる必要がどこにあるのか、と思います。

2014年8月12日火曜日

衝撃ニュースです。名優ロビン・ウィリアムさんが亡くなりました。

衝撃ニュースです。
アメリカのSNS向け新興メディア、バズフィード(BuzzFeed)が年内中に日本進出というニュースを見て、読めもしないのに、BuzzFeedのサイトを開きました。

http://www.buzzfeed.com/ellievhall/robin-williams-is-dead-at-63

そこで
Robin Williams Is Dead At 63
という見出しを見ました。

名優ロビン・ウィリアムさんが、11日カリフォルニア州の自宅で死亡してるのが発見ささました。自殺です。享年63歳です。

大好きな俳優でしたので、衝撃を覚えました。

関連記事
http://www.cnn.co.jp/showbiz/35052233.html


2014年8月10日日曜日

台風第11号は、10時過ぎ赤穂市付近に上陸しました。

赤穂市から直線にして約40㎞東に位置するここ高砂も、猛烈な風雨です。



暴風圏に入った模様です。

午前8時30分を過ぎて
北東の風が強くなってきました。
播磨の国は、いよいよ暴風圏に入ったものと思われます。