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寛容について

18世紀のフランスで文筆家として活躍していたヴォルテールは、ある凄惨な冤罪事件「カラス事件」の事を知り、冤罪で離散したカラス家の名誉回復に尽力しました。 18世紀のヨーロッパ諸国は、宗教対立、他宗教への不寛容が招いた何百年にも及ぶ宗教戦争を経て、寛容であることが国の発展に繋がるこ...

2017年12月4日月曜日

古い友だちが逝きました。

土曜日、友だちの奥さんの名前で喪中はがきが届き、裏面を読むと友だちが11月19日に亡くなったと書かれていました。
最後に顔を合わしたのは、25年前、私が結婚したての頃に家族で家に遊びに来てくれた時でした。以後、年賀状だけのやりとりとなっていました。今年の年賀状の裏面の下に、自筆で「また会いたいね」と書いていました。その言葉が妙に残っていました。

すぐ電話を入れようとしましたが、控えていた番号は現在使われていませんでした。それで、もう一人の古い友だちに電話を入れました。もう一人の友だちは通夜に行ったこと、そして亡くなった友だちが、きっと病床でのことでしょう。奥さんに「俺は先に絶対死なへん。(もし奥さんが先に死んだら)若い奥さんをもらうん」とほたえていたと聞きました。亡くなった友だちもその奥さんももう一人の友だちも、皆1983年に新入社員として入社した同期です。ですから若いときのふざけあっていた思い出がぱっと蘇ってきました。

そしてなんとか電話番号を調べて、奥さんに電話を入れ、日曜日に線香を上げさせてもらうことにしました。
二人の子どもはすっかり美男美女の大人になっていました。しばらくして友だちの両親と弟家族がきて、お経の供をさせてもらいました。その後、またしばし談笑しお暇しました。

友だちは3月に病気が分かり、闘病に入るも早くに脳に転移し、体に不自由を抱えることになった様子です。食事もなかなか自力でとれなかったでしょうし、家族とのコミュニケーションも難しかったと想像します。闘病を支えた奥さんをはじめご家族の負担も相当であったと思います。でも、奥さんはさらっと話し、「良い夫やった?」とのたずねに「そうやね」と応え、そして29年間の結婚生活はとても濃く、29年しかなかったとは思えないと話してくれました。遺影のポチは少しぽっちゃりとしていましたが、若かりし頃と変わらぬ、はにかんだ笑顔をたたえていました。

遠国の友へ
亡くなる前に行ってくれ
会いに行くから
心の中で空しくこの言葉を唱えました。

司馬遼太郎記念館で珈琲を飲む

昨日夕方、はじめて司馬遼太郎記念館を訪れました。
展示室で展示物を見、ホールで映像を観た後、館内のカフェで珈琲を飲みました。そして思いを馳せました。大書架は、まるで伽藍や廟の様であったなと。
瞑想には適した場所です。ですが伽藍や廟の装飾品である彫刻や絵画であれば、たとえ触れることができなくても、見るだけで、作品に宿る思いや価値を見出すことは可能です。
でも大書架に飾られた二万冊もの司馬さんの蔵書は、その本の頁を開き読まない限り、内容を知ることはできず、その価値を見出すこともできません。
司馬さんは「二十一世紀に生きる君たちへ」の中で、目には見えないけれど人間の心の中に宿る思いやりや逞しさを賛歌し、その心が21世紀を担う人々に引き継がれることを希望されました。そんな司馬さんなら、21世紀に生きる人々に役立つ形で蔵書が活かされることを望まれているのではないか、そう思えてきました。

一服の珈琲はとても美味しかったです。でもこの珈琲を抽出するために、集められ、選別され、配合され、焙煎され、挽かれ、漉された珈琲豆は味を失い価値のないものとなりました。でも司馬さんの蔵書は違います。それは知識の泉であり、歴史の証人ででり、人の目に触れて、誰かの知覚で読み解かれることにより、何度でも新しい発見や物語を生み出すでしょう。でも司馬さんの廟の装飾品である限り、それは叶うことはないでしょうね。それがとても残念に思います。


枚岡山展望台からの眺め

枚岡神社の裏手に公園があり展望台があるというので気楽な気持ちで登ってみますと・・・、他の皆さんは山ガールやトレッキングスタイルなんですね、ここは生駒山ハイキングコースの一角でして、えらい長い木組みの曲がりくねった階段があって、どこまであるんやとへこみそうになりながら、下ってくる人、下ってくる人に、後どれくらいですかとたずねては、気持ちを奮い立たせました。だって皆さんが一様に「最高の風景」とか「宇宙から観た景色の様」とか人参をぶら下げて下さるからです。
そして30~40分してようやく枚岡山展望台に着きました。町歩きのスタイルでかつ厚手のセーターを着ていたものですから汗びっしょりになりました。でも風景を見て、疲れも汗も吹っ飛びました。

枚岡神社で紅葉撮り

東大阪の紅葉の名所、枚岡神社で紅葉撮りしてきました。
生駒山の大阪側の裾にあって、その昔はこの辺りから生駒山を越えて奈良へと通じていたと聞きました。いまなら近鉄で大阪奈良間などアッと言う間ですのにね。



2017年11月30日木曜日

大和、FA移籍

阪神の大和選手がFAを行使してDeNAに移籍することになったようです。
正直な気持ちとして、おめでとうと言いたいです。
前田大和選手は、現在の日本球界で随一の守備の名手と言われています。阪神も年俸の上積みと複数年契約で大和選手の引き留めを図ったようですが、大和選手は野球選手ならば最も求めるものをDeNAに見たのだと思います。憶測ですが、DeNAは大和選手に遊撃手のポジションを約束したのではないでしょうか。
大和選手は、阪神にいる限り、阪神にとってのユーティリティ・プレーヤーでしかありません。しかし、DeNAでは客を呼べる日本一の守備の名手として、スターティングメンバーに名を連ねて、毎試合存分にプレーを見せることができるのです。

DeNAでは、さらに守備を磨き、バッティングも走力を活かして内野ゴロでもヒットにしてしまうイチロータイプになって、甲子園に凱旋して欲しいと思います。
そして、いつの日か、阪神の若手を守備の名手として育て上げる名コーチとして帰ってきて欲しいと思います。

2017年11月28日火曜日

映画「WONDER」、公開が待ち遠しいです。

児童向けに書かれた小説「WONDER」は、顔に大きな障害を持った少年が、家族に支えられ、良き友だちと出会い、そして良き導き手である教師の見守りの中で、勇気と生きる力を育てていく。それだけでなく、変わっていく彼という存在が、周りの子どもたちにも良き影響を与えていく。そんなお話でした。

関連記事
小説「ワンダー」と素敵な魔法の言葉
https://harimanokuni2007.blogspot.jp/2016/08/blog-post_42.html
小説「ワンダー」と素敵な子供たち
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この「WONDER」が映画になりました。今週アメリカで公開され、アメコミ映画全盛の中で大変高い評価を得ている様子です。
日本での公開は来春だそうですが、早くみたいです。待ち遠しいです。

関連ページ
Wonder(ワンダー)ほるぷ
https://www.facebook.com/Wonder%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%81%BB%E3%82%8B%E3%81%B7-1587170561565897/

2017年11月26日日曜日

クリスマス絵本を読みました。

昨日、ちょっと早いですがクリスマスの絵本をメインに読み聞かせを行いました。
クリスマス絵本として「クリスマスのおくりもの」「サンタさんありがとう(長尾玲子さく)」「急行北極号」の三冊を準備し、一番最初に参加してくれた小学一年生の男の子に、読み聞かせする本を一冊選んでもらいました。
「クリスマスのおくりもの」は、新約聖書のイエス誕生の記事に出てくる三賢者の一人(作中での名前はバルサザール王)の子イレーヌス王子が、三つの宝物を携えて誕生したばかりのイエスを祝福するために旅をする物語です。イレーヌス王子が旅の途中で出会った不幸な人たちに三つの宝物をプレゼントする行為は、どんな高価な宝物よりも気高く、イエスの誕生を祝福するに相応しいです。クリスマスは、イエス・キリストの誕生を祝福する祝日です。子どもたちがクリスマスがどんな日であるか、覚えてクリスマスを迎えてくれたらと思います。

追伸.
加西行、歩き始めて3~4㎞で足にちょっと違和感を感じ、姫路駅に向きを変えました。9㎞を約2時間、少し足が遅くなっていました。歩きではおはなし会に間に合わなかった、向きを変えて正解でした。姫路駅に着くとすぐに北条営業所行きのバスが来ましてそれに乗りました。ほぼ貸し切り状態で、バスに揺られながら山本周五郎「赤ひげ診療譚」に浸っていました。「赤ひげ」については読み終わった後、また感想を書きたいと思います。
今日はカメラを置きました。読書の合間に車窓を眺めますと里山は色付きの峠にあるようでした。枯れた黄色に染まっていました。