時々、頭の天辺が痒くなります。痒くて、気付くと手で天辺をこすっています。するとそこに傷ができ、やがてかさぶたとなって、さらに痒さが増すのです。
今度はかさぶたをいじります。するとかさぶたは取れ、表皮に血だまりの穴ができます。
天辺がずきずき痛むようになって気付くんですね。触らなければよかったと。
また、先日から天辺が痒くなりました。わかっていた筈なのに、結局、血だまりの穴を作る事になりました。妻が薬を買ってきてくれて、ようやく痛み痒みは治まってきました。
どんなあんばいか、前屈みになって、頭の天辺を鏡に映しました。するとそこに禿げ地ができていました。
若い頃は、髪の毛はとても元気で、密集して生えていて、多すぎることに難儀するほどでしたのに、今では髪の毛は真っ白になって、細くなって、すかすかになってきました。それでも禿げ地はなかったのに、自分の手で、禿げ地を作ってしまいました。
大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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藪の中
先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...
2017年6月20日火曜日
2017年6月19日月曜日
ある週刊誌で、ヴォルテールの言論の自由の宣言を見つけました。
病院の待合室で読んでいた週刊誌に、先頃、一橋大学での講演会を中止に追い込まれた百田尚樹氏自らが執筆した、事の顛末記事が載っていました。
なんでも、レイシストの百田尚樹に学内で講演をさせてはならないと主張する人権活動グループが、執拗に開催中止を要求してきたため、講演会の実行委員会が安全を担保できないと判断し、中止になったとする経緯が綴られていました。
百田氏は、私はレイシストではないと断りを入れた後、ヴォルテールの『私は君の言うことを徹頭徹尾嫌悪するが、しかしそれを言う君の権利を死ぬまで擁護する』という言論の自由の宣言を引用し、執拗に開催中止を求めたグループを、「人権と表現の自由」を活動に掲げる人権活動家を名乗る資格はないと批判し、さらに彼らの正体についても言及していました。(以上は、誌面を読んだうろ覚えの記憶を頼りに書いています。念のため)
人は、目の前に並べられた幾つかの真実から、自分が気に入ったものを本当の真実として選び取る傾向があります。そして、たとえその真実に後でフェイクと疑いを持っても、なかなか宗旨替えする事が出来ない生き物でもあります。
今回の問題について、私は反対があって講演会が中止になったという事実以外、目の前に並べられた真実から本当の真実を選び取る事は来ませんでした。
百田氏はレイシストではないという真実も、これまでの彼の言動を見聞きしていて、そう言い切れるのかという疑念を持つし、中止に追い込んだ人権活動グループも、自分たちの正義を自己満足で強引に押し通している様で、彼ら側にも本当の真実がないように思えたからです。
私は百田氏が引用したヴォルテールの宣言を、「表現の自由、入門」(原題 FREE SPEECH 2009年ナイジェル・ウォーバーン、2015年森村進、たまき翻訳)を読んで知っていました。
フランスの哲学者ヴォルテールの『私は君の言うことを徹頭徹尾嫌悪するが、しかしそれを言う君の権利を死ぬまで擁護する』という宣言には、
ある人や組織の、言論や行為が、不愉快だから不都合だからと、自ら規制しようとするのは、それは、民衆が権力者との長い戦いの中で獲得してきた人権や表現の自由、言論の自由という権利を自ら傷つけることに他ならない。さらには、権利を再び権力者に奪い取られかねない。だから私たちは、どんなに嫌悪を抱く言論や行為であっても、それを容認しなければならない。絶対に規制を掛けてはならない。
という悲痛な覚悟を覚えます。
しかし、その覚悟が呪縛となって、現在に至り、自分勝手で、無責任で、不愉快で、さらには他者を傷つける言論や行為が、大手を振って行える社会を生み出してしまったことも事実だと思います。ですから、誰であれヴォルテールの言葉を、自分の主張の担保として使うべきではないと思います。
なんでも、レイシストの百田尚樹に学内で講演をさせてはならないと主張する人権活動グループが、執拗に開催中止を要求してきたため、講演会の実行委員会が安全を担保できないと判断し、中止になったとする経緯が綴られていました。
百田氏は、私はレイシストではないと断りを入れた後、ヴォルテールの『私は君の言うことを徹頭徹尾嫌悪するが、しかしそれを言う君の権利を死ぬまで擁護する』という言論の自由の宣言を引用し、執拗に開催中止を求めたグループを、「人権と表現の自由」を活動に掲げる人権活動家を名乗る資格はないと批判し、さらに彼らの正体についても言及していました。(以上は、誌面を読んだうろ覚えの記憶を頼りに書いています。念のため)
人は、目の前に並べられた幾つかの真実から、自分が気に入ったものを本当の真実として選び取る傾向があります。そして、たとえその真実に後でフェイクと疑いを持っても、なかなか宗旨替えする事が出来ない生き物でもあります。
今回の問題について、私は反対があって講演会が中止になったという事実以外、目の前に並べられた真実から本当の真実を選び取る事は来ませんでした。
百田氏はレイシストではないという真実も、これまでの彼の言動を見聞きしていて、そう言い切れるのかという疑念を持つし、中止に追い込んだ人権活動グループも、自分たちの正義を自己満足で強引に押し通している様で、彼ら側にも本当の真実がないように思えたからです。
私は百田氏が引用したヴォルテールの宣言を、「表現の自由、入門」(原題 FREE SPEECH 2009年ナイジェル・ウォーバーン、2015年森村進、たまき翻訳)を読んで知っていました。
フランスの哲学者ヴォルテールの『私は君の言うことを徹頭徹尾嫌悪するが、しかしそれを言う君の権利を死ぬまで擁護する』という宣言には、
ある人や組織の、言論や行為が、不愉快だから不都合だからと、自ら規制しようとするのは、それは、民衆が権力者との長い戦いの中で獲得してきた人権や表現の自由、言論の自由という権利を自ら傷つけることに他ならない。さらには、権利を再び権力者に奪い取られかねない。だから私たちは、どんなに嫌悪を抱く言論や行為であっても、それを容認しなければならない。絶対に規制を掛けてはならない。
という悲痛な覚悟を覚えます。
しかし、その覚悟が呪縛となって、現在に至り、自分勝手で、無責任で、不愉快で、さらには他者を傷つける言論や行為が、大手を振って行える社会を生み出してしまったことも事実だと思います。ですから、誰であれヴォルテールの言葉を、自分の主張の担保として使うべきではないと思います。
2017年6月17日土曜日
青春の輝きが詰まった「草原の輝き」を観ました。
草原が輝き花が栄光に包まれた日々は取り戻せないけれど、
失ったものを嘆くのはやめよう
残されたものの中に力を見出そう
イギリスの詩人ウィリアム・ワーズワースの詩「草原の輝き」の一片が、少女の心に二度響きます。一度目は鞭のように少女の心をズタズタに引き裂きますが、二度目には少女を大人の女性へと立身させる勇気を与えました。
1961年にアメリカで公開された「草原の輝き」(原題:Splendor in the Grass)を観ました。
1920年代のカンザスの田舎町が舞台です。
17歳のディーニーは朗らかで美しい高校生です。同級生のバットというスポーツマンの彼氏がいます。二人は友だちや互いの両親からも認められた、とても仲睦まじい恋人同士でありました。でも二人は互いを好きになればなるほどに、ある衝動に苦しめられることになります。それはキスだけでは収まらない、大人の男女として体を寄せ合い愛し合いたいという衝動でした。
でも当時は、女性は結婚するまで貞操を守らなければならないという不文律がありました。ディーニーは母親に心の内を証しますが、バットもきっと、妻となる女性には貞操を求めているはずだと諭されます。バットも同様に父親に相談しますが、苦しみはよく分かると理解された上で、女には(妻にするべき女と都合の良い女の)二種類あって、こんな時こそ都合の良い女と遊べば良いのだと諭されます。ディーニーとバットは大人が求める不文律の不条理さに抗うように、すぐにでも結婚したいと言い出します。バットの父親は息子を一流の大学に進学させ、やがては自分が興した油井開発の事業を継がせる腹積もりでいましたので、勉強が嫌いで父親の事業にも興味を示さない息子に、大学を卒業したらディーニーと結婚させてやると言い含めます。父親に逆らえないバットは、ディーニーと直ぐにでも愛し合いたいという衝動と父親との約束に苛まれ、ディーニーとも距離を置くようになりました。
そんな時、性に開放的な女生徒に誘われて、バットはその女生徒と二人で湖に出かけて体を合わすことになり、一線を越えてしまいます。
その噂は瞬く間に小さな町に広がりました。そして登校の際、ディーニーの耳にも届きます。教室に入るディーニーを、クラスの友だちが遠巻きに見守ります。バットの相手はディーニーの前の席に座っています。そして一時間目の授業が始まります。
教師はウィリアム・ワーズワースの詩の一節を読み、その解釈について答えるよう生徒に促します。そしてうつむいて授業に身が入っていない様に見えるディーニーを名指しします。
ディーニーは不安げに立ち上がり、教科書のページをめくり、その詩を目にします。
『バットとの幸せだった日々はもう取り戻せない・・・』、ディーニーにとって詩は残酷な宣言でありました。ディーニーは「(大人になることは)辛い」と吐露し、そして泣きながら教室を飛び出します。
ディーニーは情緒不安定になり、自宅に引きこもるようになりました。彼女は自分を責めました。バットが他の女の子に走ったのは自分に魅力がなかったから、自分に不文律を逸脱する勇気がなかったから、自分に価値がないからと、自分を責め続けました。そしてあんなに朗らかで輝くような微笑みを称えていたディーニーはいなくなりました。
バットはずっと後悔し続けていましたが、どうしても、ディーニーに会い、謝ることが出来ませんでした。そんなバットは友だちから、ディーニーと別れたのなら僕がディーニーを誘う、と告げられます。
卒業パーティーの日、バットの友だちが、ディーニーを誘います。パーティーに現れたディーニーは、見違えるほどに変わっていました。髪はショートカットで、メイクは濃く、ドレスは真っ赤で肌が露出しています。まるで街角に立つ娼婦の様な出で立ちです。男たちは好色な目で彼女を見つめます。でもディーニーはバットを求めていました。バットを見つけ、誘惑し、すぐにでも愛し合いたいと願っていました。そしてバットを見つけます。バットのもとに駆け寄り、バットを暗がりへと誘います。そして娼婦のようにバットを求めようとしたとき、バットから拒否されます。
ディーニーの心は音を立てて壊れます。そして彼女は夜の暗がりを彷徨い、ついに湖に身を投げます。寸前のところで助けられ、ディーニーは一命を取り留めますが、精神が破綻し、このままでは普通の生活さえままならない状態に陥ります。両親は資産として大切に持っていた、バットの父親が経営する油井開発会社の株券を売り、そのお金でディーニーを精神疾患の患者を専門に治療する長期療養施設に預けることにしました。
バットの父親は、もとは純朴な牧場主でしたが、牧場の土地から石油が発見されたことから油井堀に取り憑かれます。ウォール街から莫大な投資を得て、油井開発に邁進し、いつの間にか家族にも横柄な独裁者となりました。バットには姉がいましたが、父親に逆らい、いつの間にか放蕩娘、ふしだらな娘と呼ばれるようになりました。バットは、そんな姉のことを嫌っていました。大好きなのに嫌いを粧わねばならなかったのです。バットは、どんなことでも父親に逆らうことが出来なかったのです。ですが一つだけ夢がありました。それはディーニーと二人で牧場を経営していくことでした。ですが、その夢は叶わなくなりました。バットは一人、東部にあるエール大学に旅立ちます。
バットは、大学生になっても学業に身が入りません。いつもイタリアンレストランで酒浸りの毎日を過ごしていました。そんなバットを気に掛けたレストランの娘が、バットを厨房に引き入れて、店の評判料理であるピッツァを振る舞います。それはバットの新しい恋の始まりとなりました。
そして運命の日が訪れます。1929年のウォール街大暴落です。バットの父親も一夜にして破産に追い込まれ、膨大な借金で首が回らなくなりました。父親は、最後に息子のもとを訪ね、大学を無事に卒業して、成功者となる夢を託した後、人知れずビルから身を投げ死にました。バットは、はじめて自由の身になりました。
三年近くにも及ぶ療養生活の中で、ディーニーは心を通わすことの出来る友だちができました。その人は若き外科医の卵でした。彼は術中に手が痺れるという症状を発症し、それがもとで医者を続けられなくなり、そして心を病んで、この療養所に入っていました。
二人は療養生活の中で、少しずつ愛情を育んでいきました。そして症状も快方に向かい、若い外科医は先に退院し、医者として復帰を果たします。二人は離れ離れになってからも、毎日手紙で心を通わし続け、やがて婚約します。
そしてディーニーが退院する日が訪れます。ディーニーはカンザスの我が家に戻り、結婚する事を両親に話します。両親は娘の意思を尊重します。ディーニーは、結婚するために町を離れる前にバットに会いに行きます。バットが大学を中退して、この町の外れで牧場主となっている事を知ったからです。
女友だちが運転する車で、バットの農場を訪ねます。バットは農夫として泥まみれになって働いていました。その姿はディーニーの目に逞しく映りました。
バットはディーニーを家に招き入れます。家には明るく働き者の女性と小さな男の子がいました。バットが妻と一人息子だと紹介します。妻は、お腹にもう一人いるのと話します。ディーニーは男の子を抱きかかえ抱擁します。
二人は互いに再会出来たことを感謝して、そして別れました。
帰り道、ディーニーは、「草原の輝き」の一片を思い出します。その顔は凛とした大人の女性のものでした。勇気を持って、愛する彼のもとに嫁いでいこう。そんな決心が滲み出た美しい表情でした。
End
公開が1961年なので、その前年、私の生まれた年に制作された映画だと思います。55、56年前の映画なのに、青春映画として、思春期の若者の心の葛藤をこれほどまでに赤裸々に描ききった映画はきっとないだろう、そう感嘆せざる得ない物語でした。
思春期の若者の心を襲う様々な葛藤、初めて人を愛することで生まれる葛藤、期待を負わされることへの葛藤、進むべき道への葛藤、そして、楽しみへの葛藤、苦しみへの葛藤が、この「草原の輝き」の一つの物語の中に描かれていました。56歳の親父ですが、ディーニーとバットの心の痛みがひしひしと伝わりました。
是非、現代の若者にも観て欲しいと思います。そして、「草原の輝き」の一片が、迷える若者への救いになることを願います。
この映画でヒロインを演じたのはナタリー・ウッドです。現代日本の女優さんで言えば、吉高由里子さんでしょうか。可愛くて愛らしい笑顔が素敵で、きゃしゃなのに男勝りで、そしてどこか放っておけない不安定さが魅力です。顔立ちは、私の大好きな女優メグ・ライアン似です。
ナタリー・ウッドは、この「草原の輝き」で裸体を晒します。晒すと言っても濡れ場ではなく、入浴シーン、そして裸で鏡の前に座るシーンです。そんな姿で母親に恋の悩みを相談しているのです。何と初な娘なのか、そう感じさせるシーンです。カメラは、絶妙の角度で彼女を撮ります。ですから見えそうで見えない、そんな裸体の描き方なのです。現代の様にあけすけに裸体を見せられる事に馴れた目には、とても新鮮な恥ずかしさでした。
ナタリー・ウッドは、この作品の後、映画史上最大のナンセンスな、そしてとってもチャーミングな映画「グレードレース」(原題:The Great Race 1965年米国映画)にもヒロインで出演しています。とってもチャーミングな女性です。
そして相手役、バットを演じたのはウォーレン・ベィティです。彼は、この映画からスターへと登っていきました。そいて一世を風靡するプレイボーイとなりました。
※草原の輝き 原文の引用です。
Though nothing can bring back the hour
Of splendour in the grass, of glory in the flower;
We will grieve not, rather find
Strength in what remains behind...
失ったものを嘆くのはやめよう
残されたものの中に力を見出そう
イギリスの詩人ウィリアム・ワーズワースの詩「草原の輝き」の一片が、少女の心に二度響きます。一度目は鞭のように少女の心をズタズタに引き裂きますが、二度目には少女を大人の女性へと立身させる勇気を与えました。
1961年にアメリカで公開された「草原の輝き」(原題:Splendor in the Grass)を観ました。
1920年代のカンザスの田舎町が舞台です。
17歳のディーニーは朗らかで美しい高校生です。同級生のバットというスポーツマンの彼氏がいます。二人は友だちや互いの両親からも認められた、とても仲睦まじい恋人同士でありました。でも二人は互いを好きになればなるほどに、ある衝動に苦しめられることになります。それはキスだけでは収まらない、大人の男女として体を寄せ合い愛し合いたいという衝動でした。
でも当時は、女性は結婚するまで貞操を守らなければならないという不文律がありました。ディーニーは母親に心の内を証しますが、バットもきっと、妻となる女性には貞操を求めているはずだと諭されます。バットも同様に父親に相談しますが、苦しみはよく分かると理解された上で、女には(妻にするべき女と都合の良い女の)二種類あって、こんな時こそ都合の良い女と遊べば良いのだと諭されます。ディーニーとバットは大人が求める不文律の不条理さに抗うように、すぐにでも結婚したいと言い出します。バットの父親は息子を一流の大学に進学させ、やがては自分が興した油井開発の事業を継がせる腹積もりでいましたので、勉強が嫌いで父親の事業にも興味を示さない息子に、大学を卒業したらディーニーと結婚させてやると言い含めます。父親に逆らえないバットは、ディーニーと直ぐにでも愛し合いたいという衝動と父親との約束に苛まれ、ディーニーとも距離を置くようになりました。
そんな時、性に開放的な女生徒に誘われて、バットはその女生徒と二人で湖に出かけて体を合わすことになり、一線を越えてしまいます。
その噂は瞬く間に小さな町に広がりました。そして登校の際、ディーニーの耳にも届きます。教室に入るディーニーを、クラスの友だちが遠巻きに見守ります。バットの相手はディーニーの前の席に座っています。そして一時間目の授業が始まります。
教師はウィリアム・ワーズワースの詩の一節を読み、その解釈について答えるよう生徒に促します。そしてうつむいて授業に身が入っていない様に見えるディーニーを名指しします。
ディーニーは不安げに立ち上がり、教科書のページをめくり、その詩を目にします。
『バットとの幸せだった日々はもう取り戻せない・・・』、ディーニーにとって詩は残酷な宣言でありました。ディーニーは「(大人になることは)辛い」と吐露し、そして泣きながら教室を飛び出します。
ディーニーは情緒不安定になり、自宅に引きこもるようになりました。彼女は自分を責めました。バットが他の女の子に走ったのは自分に魅力がなかったから、自分に不文律を逸脱する勇気がなかったから、自分に価値がないからと、自分を責め続けました。そしてあんなに朗らかで輝くような微笑みを称えていたディーニーはいなくなりました。
バットはずっと後悔し続けていましたが、どうしても、ディーニーに会い、謝ることが出来ませんでした。そんなバットは友だちから、ディーニーと別れたのなら僕がディーニーを誘う、と告げられます。
卒業パーティーの日、バットの友だちが、ディーニーを誘います。パーティーに現れたディーニーは、見違えるほどに変わっていました。髪はショートカットで、メイクは濃く、ドレスは真っ赤で肌が露出しています。まるで街角に立つ娼婦の様な出で立ちです。男たちは好色な目で彼女を見つめます。でもディーニーはバットを求めていました。バットを見つけ、誘惑し、すぐにでも愛し合いたいと願っていました。そしてバットを見つけます。バットのもとに駆け寄り、バットを暗がりへと誘います。そして娼婦のようにバットを求めようとしたとき、バットから拒否されます。
ディーニーの心は音を立てて壊れます。そして彼女は夜の暗がりを彷徨い、ついに湖に身を投げます。寸前のところで助けられ、ディーニーは一命を取り留めますが、精神が破綻し、このままでは普通の生活さえままならない状態に陥ります。両親は資産として大切に持っていた、バットの父親が経営する油井開発会社の株券を売り、そのお金でディーニーを精神疾患の患者を専門に治療する長期療養施設に預けることにしました。
バットの父親は、もとは純朴な牧場主でしたが、牧場の土地から石油が発見されたことから油井堀に取り憑かれます。ウォール街から莫大な投資を得て、油井開発に邁進し、いつの間にか家族にも横柄な独裁者となりました。バットには姉がいましたが、父親に逆らい、いつの間にか放蕩娘、ふしだらな娘と呼ばれるようになりました。バットは、そんな姉のことを嫌っていました。大好きなのに嫌いを粧わねばならなかったのです。バットは、どんなことでも父親に逆らうことが出来なかったのです。ですが一つだけ夢がありました。それはディーニーと二人で牧場を経営していくことでした。ですが、その夢は叶わなくなりました。バットは一人、東部にあるエール大学に旅立ちます。
バットは、大学生になっても学業に身が入りません。いつもイタリアンレストランで酒浸りの毎日を過ごしていました。そんなバットを気に掛けたレストランの娘が、バットを厨房に引き入れて、店の評判料理であるピッツァを振る舞います。それはバットの新しい恋の始まりとなりました。
そして運命の日が訪れます。1929年のウォール街大暴落です。バットの父親も一夜にして破産に追い込まれ、膨大な借金で首が回らなくなりました。父親は、最後に息子のもとを訪ね、大学を無事に卒業して、成功者となる夢を託した後、人知れずビルから身を投げ死にました。バットは、はじめて自由の身になりました。
三年近くにも及ぶ療養生活の中で、ディーニーは心を通わすことの出来る友だちができました。その人は若き外科医の卵でした。彼は術中に手が痺れるという症状を発症し、それがもとで医者を続けられなくなり、そして心を病んで、この療養所に入っていました。
二人は療養生活の中で、少しずつ愛情を育んでいきました。そして症状も快方に向かい、若い外科医は先に退院し、医者として復帰を果たします。二人は離れ離れになってからも、毎日手紙で心を通わし続け、やがて婚約します。
そしてディーニーが退院する日が訪れます。ディーニーはカンザスの我が家に戻り、結婚する事を両親に話します。両親は娘の意思を尊重します。ディーニーは、結婚するために町を離れる前にバットに会いに行きます。バットが大学を中退して、この町の外れで牧場主となっている事を知ったからです。
女友だちが運転する車で、バットの農場を訪ねます。バットは農夫として泥まみれになって働いていました。その姿はディーニーの目に逞しく映りました。
バットはディーニーを家に招き入れます。家には明るく働き者の女性と小さな男の子がいました。バットが妻と一人息子だと紹介します。妻は、お腹にもう一人いるのと話します。ディーニーは男の子を抱きかかえ抱擁します。
二人は互いに再会出来たことを感謝して、そして別れました。
帰り道、ディーニーは、「草原の輝き」の一片を思い出します。その顔は凛とした大人の女性のものでした。勇気を持って、愛する彼のもとに嫁いでいこう。そんな決心が滲み出た美しい表情でした。
End
公開が1961年なので、その前年、私の生まれた年に制作された映画だと思います。55、56年前の映画なのに、青春映画として、思春期の若者の心の葛藤をこれほどまでに赤裸々に描ききった映画はきっとないだろう、そう感嘆せざる得ない物語でした。
思春期の若者の心を襲う様々な葛藤、初めて人を愛することで生まれる葛藤、期待を負わされることへの葛藤、進むべき道への葛藤、そして、楽しみへの葛藤、苦しみへの葛藤が、この「草原の輝き」の一つの物語の中に描かれていました。56歳の親父ですが、ディーニーとバットの心の痛みがひしひしと伝わりました。
是非、現代の若者にも観て欲しいと思います。そして、「草原の輝き」の一片が、迷える若者への救いになることを願います。
この映画でヒロインを演じたのはナタリー・ウッドです。現代日本の女優さんで言えば、吉高由里子さんでしょうか。可愛くて愛らしい笑顔が素敵で、きゃしゃなのに男勝りで、そしてどこか放っておけない不安定さが魅力です。顔立ちは、私の大好きな女優メグ・ライアン似です。
ナタリー・ウッドは、この「草原の輝き」で裸体を晒します。晒すと言っても濡れ場ではなく、入浴シーン、そして裸で鏡の前に座るシーンです。そんな姿で母親に恋の悩みを相談しているのです。何と初な娘なのか、そう感じさせるシーンです。カメラは、絶妙の角度で彼女を撮ります。ですから見えそうで見えない、そんな裸体の描き方なのです。現代の様にあけすけに裸体を見せられる事に馴れた目には、とても新鮮な恥ずかしさでした。
ナタリー・ウッドは、この作品の後、映画史上最大のナンセンスな、そしてとってもチャーミングな映画「グレードレース」(原題:The Great Race 1965年米国映画)にもヒロインで出演しています。とってもチャーミングな女性です。
そして相手役、バットを演じたのはウォーレン・ベィティです。彼は、この映画からスターへと登っていきました。そいて一世を風靡するプレイボーイとなりました。
※草原の輝き 原文の引用です。
Though nothing can bring back the hour
Of splendour in the grass, of glory in the flower;
We will grieve not, rather find
Strength in what remains behind...
ウィルスバスターが暴走しました
一月ほど前からパソコンの動きが非常に悪くなって、ウィルスに冒されたか、はたまたパソコンの性能に問題が生じたのかと、もはや枯渇し掛かったパソコンスキルを総動員して、性能改善を試みました。メモリやCPUを大量消費するソフトはなるべく二つ以上同時に使用しないとか、必要のないソフトやソフトが残した一時ファイルをこまめに削除し、リソースの空きを確保する対策を講じました。が、それでも数週間でさらに深刻な状況に陥りました。Cドライブの空きが10%を切って警告表示が出たのです。
どこかおかしい。タスクマネージャーを起動した状態でリソースの使用状況を監視すると、常にCドライブのI/Oが100%近くで推移していました。
それでCドライブの個々のファイルのサイズを一つひとつチェックしました。すると
C:\Program Files\Trend Micro\AMSP\debug
が50GB近くになっていました。デバッグのファイルが50GB・・・!
あり得ない事態です。
それでトレンドマイクロに問い合わせすると、何らかの不具合が切っ掛けでウィルスバスターのプログラムが肥大している状況なので、アンインストールの上で再インストールすることを求められました。
そして、それを実行すると一気に50GB近く空き容量が回復しました。CドライブのI/Oも10%台で推移するようになりました。パソコン使用時のストレスは一応解消しました。ですが原因が不明で、このまま使い続けてよいのか不安です。
ウィルスバスター等のセキュリティ対策ソフトは、ウィルスやマルウェア、ランサムウェア等からパソコンやパソコン内に格納している情報を守るために、今や必須のソフトになりました。しかし、そのソフトを機能させることにより、パソコンの性能が著しく低下するというのは本末転倒です。
またウィルスバスターを約20年近く使用し続けていますが、ここ数年使用料が高くなっていることも気になります。
私はこれほど情報サービスが蔓延する社会になっても、これまで通り自己責任で通すことには大変無理があると思います。
規制を設け安全が担保された(そして低料金や無料で使用できる)インターネットサービスを作る必要があるのではと思います。安全か自由か、その入り口の選択は個人の責任にまかせばよいのだと思います。選択肢がないという状況こそ、問題だと思います。
どこかおかしい。タスクマネージャーを起動した状態でリソースの使用状況を監視すると、常にCドライブのI/Oが100%近くで推移していました。
それでCドライブの個々のファイルのサイズを一つひとつチェックしました。すると
C:\Program Files\Trend Micro\AMSP\debug
が50GB近くになっていました。デバッグのファイルが50GB・・・!
あり得ない事態です。
それでトレンドマイクロに問い合わせすると、何らかの不具合が切っ掛けでウィルスバスターのプログラムが肥大している状況なので、アンインストールの上で再インストールすることを求められました。
そして、それを実行すると一気に50GB近く空き容量が回復しました。CドライブのI/Oも10%台で推移するようになりました。パソコン使用時のストレスは一応解消しました。ですが原因が不明で、このまま使い続けてよいのか不安です。
ウィルスバスター等のセキュリティ対策ソフトは、ウィルスやマルウェア、ランサムウェア等からパソコンやパソコン内に格納している情報を守るために、今や必須のソフトになりました。しかし、そのソフトを機能させることにより、パソコンの性能が著しく低下するというのは本末転倒です。
またウィルスバスターを約20年近く使用し続けていますが、ここ数年使用料が高くなっていることも気になります。
私はこれほど情報サービスが蔓延する社会になっても、これまで通り自己責任で通すことには大変無理があると思います。
規制を設け安全が担保された(そして低料金や無料で使用できる)インターネットサービスを作る必要があるのではと思います。安全か自由か、その入り口の選択は個人の責任にまかせばよいのだと思います。選択肢がないという状況こそ、問題だと思います。
2017年6月2日金曜日
戦争の足音
今朝の新聞の一面に、日本海に派遣された米国海軍の二隻の空母と日本の海上自衛隊の艦船二隻を含む二十二隻の大艦隊が隊列を組んで航行する写真が掲載されていました。艦隊の上空には航空自衛隊の戦闘機が隊列を組んで飛んでいます。
大規模な軍事訓練は、核弾頭と大陸弾道ミサイルの開発でアメリカにチキンレースを挑む北朝鮮に対する武力による威嚇行為でもあります。
日本にとって北朝鮮の万が一の暴発は、太平洋戦争以来の日本国ならびに日本国民を最悪に陥れるかもしれない脅威です。そういう意味でも、武力衝突は絶対に避けなければなりません。しかし日本は、北朝鮮から交渉の相手と見なされておらず、独自に外交する術もありません。ただ事態を見守るだけで為す術がないのが実情です。
ここにきて思うのは、何故に北朝鮮は、無謀とも思えるチキンレースをこうまでしてアメリカに挑むのかという事です。戦争をすれば、北朝鮮がアメリカに勝つ可能性は限りなく零でしょう。(しかし、隣国である韓国や日本は多大な被害を被るでしょう。それが理由の一つとなって、北朝鮮になかなか手出しが出来ないのです。)
北朝鮮の無謀ともいえる挑戦の意図が、どうしても理解出来ません。北朝鮮の指導者は、常軌を逸しているけれど、気が触れている様には見えません。
北朝鮮は、国民を疲弊させる暴君の独裁国家というイメージからは想像も出来ないほどに科学技術が進んでいる様子です。今や世界でも有数のサイバー軍を組織し、核弾頭やミサイル開発では、既存の核・ミサイル保有国を驚かすハイスピードで完成を間近にしようとしています。
北朝鮮は、どこに向かおうとしているのでしょうか?しかし政府もマスコミも、北朝鮮の脅威は煽っても、何故に今の北朝鮮があるのか?、そしてどこに向かおうとしているのか?、日本との本質的な関係は?、等々ほとんど報道されることはありません。
北朝鮮は核・ミサイルを独自に保有することによって、世界の勢力均衡の一角を占める国になること、そしてアメリカと対等に交渉できる国になることだと言われていますが、もしそうなら、これまで北朝鮮を手厚く保護してきた中国やロシアにとっても傀儡できない国になるということで、黙って許すことはないでしょう。
20世紀の終わりに、バルカン半島の民族紛争が沈静化した後の世界を揺るがす脅威が、東アジアで起こると当時の未来学者は予言しましが、中国かロシアか(もしかしたらアメリカが)朝鮮半島に侵攻する様な事態が起これば、それが引き金となって、勢力均衡が崩れた世界で、再び覇権者となるべく帝国同士が衝突し、世界を二分する大戦争に発展する恐れも考えられます。
その時、日本はどうなるのでしょう?
日本は、他国を侵略する戦争を放棄した国です。すべての国が、日本と同じであれば良いのですが、如何せん、侵略戦争を放棄した国は世界の中で唯一日本だけです。
近隣で戦争が起これば、日本も当然に巻き込まれるでしょう。国を守って戦うための法整備も、戦略的な備えも、そして国民ひとり一人の国を守って戦うという心構えも、すべてが未整備のままであれば、押し寄せる侵略者にあっという間に呑み込まれ、日本自体が無くなってしまうかもしれません。
大規模な軍事訓練は、核弾頭と大陸弾道ミサイルの開発でアメリカにチキンレースを挑む北朝鮮に対する武力による威嚇行為でもあります。
日本にとって北朝鮮の万が一の暴発は、太平洋戦争以来の日本国ならびに日本国民を最悪に陥れるかもしれない脅威です。そういう意味でも、武力衝突は絶対に避けなければなりません。しかし日本は、北朝鮮から交渉の相手と見なされておらず、独自に外交する術もありません。ただ事態を見守るだけで為す術がないのが実情です。
ここにきて思うのは、何故に北朝鮮は、無謀とも思えるチキンレースをこうまでしてアメリカに挑むのかという事です。戦争をすれば、北朝鮮がアメリカに勝つ可能性は限りなく零でしょう。(しかし、隣国である韓国や日本は多大な被害を被るでしょう。それが理由の一つとなって、北朝鮮になかなか手出しが出来ないのです。)
北朝鮮の無謀ともいえる挑戦の意図が、どうしても理解出来ません。北朝鮮の指導者は、常軌を逸しているけれど、気が触れている様には見えません。
北朝鮮は、国民を疲弊させる暴君の独裁国家というイメージからは想像も出来ないほどに科学技術が進んでいる様子です。今や世界でも有数のサイバー軍を組織し、核弾頭やミサイル開発では、既存の核・ミサイル保有国を驚かすハイスピードで完成を間近にしようとしています。
北朝鮮は、どこに向かおうとしているのでしょうか?しかし政府もマスコミも、北朝鮮の脅威は煽っても、何故に今の北朝鮮があるのか?、そしてどこに向かおうとしているのか?、日本との本質的な関係は?、等々ほとんど報道されることはありません。
北朝鮮は核・ミサイルを独自に保有することによって、世界の勢力均衡の一角を占める国になること、そしてアメリカと対等に交渉できる国になることだと言われていますが、もしそうなら、これまで北朝鮮を手厚く保護してきた中国やロシアにとっても傀儡できない国になるということで、黙って許すことはないでしょう。
20世紀の終わりに、バルカン半島の民族紛争が沈静化した後の世界を揺るがす脅威が、東アジアで起こると当時の未来学者は予言しましが、中国かロシアか(もしかしたらアメリカが)朝鮮半島に侵攻する様な事態が起これば、それが引き金となって、勢力均衡が崩れた世界で、再び覇権者となるべく帝国同士が衝突し、世界を二分する大戦争に発展する恐れも考えられます。
その時、日本はどうなるのでしょう?
日本は、他国を侵略する戦争を放棄した国です。すべての国が、日本と同じであれば良いのですが、如何せん、侵略戦争を放棄した国は世界の中で唯一日本だけです。
近隣で戦争が起これば、日本も当然に巻き込まれるでしょう。国を守って戦うための法整備も、戦略的な備えも、そして国民ひとり一人の国を守って戦うという心構えも、すべてが未整備のままであれば、押し寄せる侵略者にあっという間に呑み込まれ、日本自体が無くなってしまうかもしれません。
2017年5月31日水曜日
映画「フィールド・オブ・ドリームス」を、久し振りに観ました。
If you build it, he will come.
Ease his pain.
Go the distance.
それを作れば彼がやって来る
彼の傷を癒やせ
最後までやり遂げろ
オクラホマの田舎でトウモロコシ畑を営む若い農夫レイ・キンセラが、三度の抗しがたい啓示に導かれ、傍から見れば馬鹿げた行動に見える冒険を経て、奇蹟に出会う物語です。
レイはトウモロコシ畑で、「それを作れば彼がやって来る」という声を聞きます。レイは信じてくれる妻とともに、収穫前の大切なトウモロコシ畑を半分潰して野球場を作ります。
そして翌年の春に最初の奇蹟が訪れます。夜、一人の野球選手がレイの野球場に現れます。レイが野球場を照らす照明のスイッチを入れると、そこにはシューレス・ジョーが立っていました。シューレス・ジョーは、レイの父ジョンの憧れの野球選手でした。また、レイと父ジョンが仲違いする原因でもありました。
シューレス・ジョーは、20世紀初頭に活躍したメジャーリーグのスター選手でした。父ジョンは、彼を安打製造機と呼んでいつまでも称えていました。しかし、1919年のワールドシリーズで八百長した8名の一人として告発されて彼は野球界から永久追放されました。父ジョンは幼い息子レイに、シューレス・ジョーは無気力なホワイトソックスの中で一人気を吐きながら試合を戦っていたこと、そして、そんな彼が八百長などする筈が無いことを、よく話していました。
父ジョンは、まだ若い頃、第一次世界大戦から復員した後、憧れの野球選手になるためにマイナーリーグに飛び込みますが、思う様な成績を上げられずに、一度もメジャーリーグに呼ばれる事無く選手生命を終えました。レイは、夢が破れた後のやつれた父しか知りませんでした。そしてレイは十代の終わりに、大好きだった野球から離れ、そして父との口喧嘩の中でシューレス・ジョーを侮辱し、父を傷つけたまま、西海岸にある大学へと旅立ちました。それが父との永遠の別れとなりました。レイはいまでも、父に謝れなかったことを後悔し続けていました。
レイの野球場では、連日シューレス・ジョーが連れてくる往年の野球選手がプレーする野球ゲームを観戦する事ができました。しかし、彼等を見ることができるのは、レイと妻アニー、そして幼い娘カリンの三人だけでした。銀行への支払いに苦しむ妹家族を助けるために訪れたアニーの兄マークは、レイ家族が悪ふざけしている様にしか見えずに憤慨して帰ります。そんな時、レイはまた声を聞きました。
「彼の傷を癒やせ」です。
レイ夫妻は、彼等60年代の若者を「愛と平和」運動に導いた伝説の小説が、破廉恥で学校図書に相応しくないとする申し入れを討議するPTA会議に出席しました。その出来事が切っ掛けとなり、レイは小説の作家であるテレンス・マンに再び興味を持ち、彼のその後を調べます。テレンス・マンは、一冊の小説で「愛と平和」の伝道師として祭り上げられた事にほとほと疲れ、人々から身を隠す隠遁生活を送っていました。そして細々と、自分のためだけの物語を綴っていました。その中で、彼と野球との縁を見つけます。
テレンス・マンも子供の頃、レイや父ジョンと同様に野球選手に憧れていました。でも夢は叶わずに、そして隠遁生活に入ってからは大好きな野球観戦も叶わなくなっていました。
そして何より、レイとアニーは二人して、レイとテレンス・マンがフェンウェイパークで並んで野球観戦している夢を見たのです。
農園と家を守るために、金策に駆けずり回らなければならない状況で、それでもレイ夫婦は、声と夢の力に従います。
レイは、テレンス・マンを探して、二人でフェンウェイパークで野球観戦するために、オンボロ車に乗ってオクラホマからボストンを目指します。レイは探し出したテレンス・マンに事情を話し、テレンス・マンは疑いながらもレイと共にフェンウェイパークに野球観戦に出かけます。そして二人は、第三の啓示「最後までやり遂げろ」を耳にし、またスコアーボードに浮かぶ「ムーンライト・グラハム」の名を目にします。
二人は、ムーンライト・グラハムの故郷ミネソタのチザムという町を目指します。
ムーンライト・グラハムことアーチボールド・グラハムは、1972年、今から16年前に他界していました。彼は、チザムという町で年老い亡くなるまで、医者としてまた慈善家として活動し、今でも町の人々から慕われ尊敬されていました。しかし、レイ達が出会う事は叶わなくなりました。
夜、モーテルから一人、町に散策に出かけたレイは、ふと、1972年のチザムの町に迷い込んだことに気付きます。そして高齢のアーチボールド・グラハムに出会います。そして、彼の診療所で話をします。
彼は、何故にムーンライト・グラハムと呼ばれる様になったか話します。
彼もまた野球選手を夢見る少年でした。野球選手になるためにチザムの町を飛び出して、ヒッチハイクの末にマイナーリーグへ飛び込みます。そして才能が認められメジャーリーグに昇格することができました。そして漸くチャンスが来ました。試合の後半、ライトの守備に入ります。彼はメジャーリーグに印を残すことができましたが、しかし、その試合で守備機会は訪れず、また打席に立つことも出来ないままに、試合の後マイナーリーグへの降格を告げられます。
彼は、再びマイナーリーグ生活を送ることに挫折を覚え、野球を諦め、チザムの町に戻って稼業の診療所を継ぐことになりました。
彼には後悔が一つありました。夢を諦めずにもっともっとチャレンジすることも出来たのに、そして次のチャンスを物に出来たかもしれないのに、まるで月の光の様に儚いものとしてチャンスを掴む事をはやばやと諦めてしまった事に後悔の念を抱き続けていたのです。そして、そんな自分をムーンライト・グラハムと呼んで慰めたのでした。
レイは、もしメジャーリーガーになれたら何をしたいか尋ねます。
彼は、打席に立ち、対戦するエースに向かって「投げる球は分かっている」とウィンクをしてやりたいと話します。レイは貴方の夢を叶える事が出来ると話しますが、彼は愛する妻を置いて出ては行けないと、穏やかにレイの申し入れを断ります。
レイとテレンス・マンは、このまま人手に渡ってしまいそうなトウモロコシ畑の中の野球場を目指して車を走らせます。その途中、ヒッチハイクの若者を拾います。若者は、野球選手になるために旅をしていると話し、名前をアーチーボールド・グラハムと名乗ります。二つ目の奇蹟が成りました。車は一路、夢を叶える野球場を目指して走ります。
夢を叶える野球場では、往年の名選手のオールスターゲームが始まっていました。
憧れの選手達に臆するグラハムに向かって、「ルーキー、ユニフォームに着替えてベンチに入れ」とシューレス・ジョーが声を掛けます。そしてグラハムは、夢を叶える事が出来ました。
そこにアニーの兄マークが訪れます。マークはレイに農場と家、そして役立たずの野球場を即座に売り渡す様要求を突きつけます。野球ゲームを観戦していた娘カリンとテレンス・マンの二人が、もうすぐ沢山の人々が、惹き付けられた様にして野球場にやって来る。一人20ドルの観戦料で、みんなが幸せになれると話します。マークの大声の叱責に驚いたカリンが観覧席から落下して気を失います。レイはグランドのグラハムを見つめます。
若いグラハムは駆けてきて、あの世から来た野球選手が姿を留められる境界線に近づきます。そして、一歩、また一歩、境界線を越えてこちらに近づきます。その姿は若者ではなく、年老いたグラハム医師のものでした。そしてカリンを抱きかかえ蘇生します。
驚いたのはマークです。目の前に突然高齢の医師が現れたのです。そして振り返ると、野球場には野球選手達がいて、こちらの様子を伺っているのを目にします。彼は事態を直ぐには理解出来ませんでしたが、とりあえず「野球場は売るな」と宣言します。
ゲームが終わり、野球選手達が家路に向かいます。野球場の左中間辺りのトウモロコシ畑との境界線に、あの世との出入り口がある様子です。彼等はおどけながら、その出入り口で消えるのです。シューレス・ジョーがテレンス・マンを招待します。レイは不満でしたが、テレンス・マンのこれにも意味があるという言葉に従います。そしてテレンス・マンは、見聞録をいつか執筆すると話して、レイと別れ、彼等の世界へと旅立ちます。
シューレス・ジョーは、レイに向かって「啓示は君の内からでたもの」だと話します。そして、グランドに残るもう一人の若い野球選手を示します。捕手のプロテクターを身に着けた若い選手が、キャッチャーマスクを外します。その若い野球選手は、レイの父ジョンでした。レイは、この不思議な冒険が自身の夢を叶えるための冒険であったことを悟ります。レイは、諦めていた、父との和解と、家族を父に会わせるという夢を叶える事が出来ました。
ジョンがレイに尋ねます。「ここは天国かい?」
「いや、オクラホマさ」
でもジョンは続けます。「ここは天国だと思う」
「天国って、あるの」
「あるさ、夢が叶えられる所なんだ」
レイは思い直します、この野球場は、自分にとっても天国なんだと。
帰り支度をするジョンに向かって、レイが声を掛けます。
「父さん、キャッチボールしようか?」
ジョンは応じ、笑顔でキャッチャーミットを拾います。
親と子のキャッチボールが始まります。
アニーは、日が暮れて薄暗くなってきた野球場を照明で照らします。
遥かに遠く、長い一筋の灯りが野球場を目指してやって来るのが見えました。
それは、夢を叶える野球場に導かれた人々の乗る車の、ライトの列が織り成す一条の灯りでした。
end
明日から6月です。子供が中高と野球をやっていた時は、最後の夏が始まると感慨を覚えたものでした。三年生になって、早ければ6月末に始まる夏の大会で、負ければそれで部活の引退です。いつも、一つでも多く長く試合を戦って欲しいと願い、そしてチームの勝利のために戦っている子供を含めた野球部員達全員の雄姿を、愛おしく思ったものでした。
そんな野球を一度でも好きになった人なら共感して頂けると思いますが、その原風景は父や兄とのキャッチボールではないでしょうか。
たどたどしく投げたボールを、しっかりと受け取ってくれる父や兄の姿です。そして受け取りやすい優しいボールを投げ返してくれる父や兄の姿です。
この「フィールド・オブ・ドリームス」には、センチメンタルにキャッチボールする親子の姿が描かれます。懐かしく、切ない、遠い日の思いです。
家の本棚に、この映画の英語シナリオ本がありました。公開当時、この映画を観てとても感激したのでしょうね。読めもしないのに、シナリオ本を買っていたのです。それが今回、感想を書くのに役立ちました。
とても大好きな映画の一本です。
※フィールド・オブ・ドリームス 原題Field of Dreams 1989年米国映画
主演のケビン・コスナーは、「アンタッチャブル」で注目し、この映画で大好きになりました。ケビンの演技は、いつもどこか自信なさげで、それでいて正義感もユーモアも滲み出る、演技に見えない素の様な演技というのでしょうか、それがとても魅力的でした。
そして、この映画の一番の主役と言いましょうか、トウモロコシ畑の中の野球場は、今も残っているそうです。地元のボランティアの人たちが、大切に守り受け継いでいるそうです。当然のこと、野球が出来るということで、願うならばそのマウンドに立って360度の風景を眺めてみたいと思います
Ease his pain.
Go the distance.
それを作れば彼がやって来る
彼の傷を癒やせ
最後までやり遂げろ
オクラホマの田舎でトウモロコシ畑を営む若い農夫レイ・キンセラが、三度の抗しがたい啓示に導かれ、傍から見れば馬鹿げた行動に見える冒険を経て、奇蹟に出会う物語です。
レイはトウモロコシ畑で、「それを作れば彼がやって来る」という声を聞きます。レイは信じてくれる妻とともに、収穫前の大切なトウモロコシ畑を半分潰して野球場を作ります。
そして翌年の春に最初の奇蹟が訪れます。夜、一人の野球選手がレイの野球場に現れます。レイが野球場を照らす照明のスイッチを入れると、そこにはシューレス・ジョーが立っていました。シューレス・ジョーは、レイの父ジョンの憧れの野球選手でした。また、レイと父ジョンが仲違いする原因でもありました。
シューレス・ジョーは、20世紀初頭に活躍したメジャーリーグのスター選手でした。父ジョンは、彼を安打製造機と呼んでいつまでも称えていました。しかし、1919年のワールドシリーズで八百長した8名の一人として告発されて彼は野球界から永久追放されました。父ジョンは幼い息子レイに、シューレス・ジョーは無気力なホワイトソックスの中で一人気を吐きながら試合を戦っていたこと、そして、そんな彼が八百長などする筈が無いことを、よく話していました。
父ジョンは、まだ若い頃、第一次世界大戦から復員した後、憧れの野球選手になるためにマイナーリーグに飛び込みますが、思う様な成績を上げられずに、一度もメジャーリーグに呼ばれる事無く選手生命を終えました。レイは、夢が破れた後のやつれた父しか知りませんでした。そしてレイは十代の終わりに、大好きだった野球から離れ、そして父との口喧嘩の中でシューレス・ジョーを侮辱し、父を傷つけたまま、西海岸にある大学へと旅立ちました。それが父との永遠の別れとなりました。レイはいまでも、父に謝れなかったことを後悔し続けていました。
レイの野球場では、連日シューレス・ジョーが連れてくる往年の野球選手がプレーする野球ゲームを観戦する事ができました。しかし、彼等を見ることができるのは、レイと妻アニー、そして幼い娘カリンの三人だけでした。銀行への支払いに苦しむ妹家族を助けるために訪れたアニーの兄マークは、レイ家族が悪ふざけしている様にしか見えずに憤慨して帰ります。そんな時、レイはまた声を聞きました。
「彼の傷を癒やせ」です。
レイ夫妻は、彼等60年代の若者を「愛と平和」運動に導いた伝説の小説が、破廉恥で学校図書に相応しくないとする申し入れを討議するPTA会議に出席しました。その出来事が切っ掛けとなり、レイは小説の作家であるテレンス・マンに再び興味を持ち、彼のその後を調べます。テレンス・マンは、一冊の小説で「愛と平和」の伝道師として祭り上げられた事にほとほと疲れ、人々から身を隠す隠遁生活を送っていました。そして細々と、自分のためだけの物語を綴っていました。その中で、彼と野球との縁を見つけます。
テレンス・マンも子供の頃、レイや父ジョンと同様に野球選手に憧れていました。でも夢は叶わずに、そして隠遁生活に入ってからは大好きな野球観戦も叶わなくなっていました。
そして何より、レイとアニーは二人して、レイとテレンス・マンがフェンウェイパークで並んで野球観戦している夢を見たのです。
農園と家を守るために、金策に駆けずり回らなければならない状況で、それでもレイ夫婦は、声と夢の力に従います。
レイは、テレンス・マンを探して、二人でフェンウェイパークで野球観戦するために、オンボロ車に乗ってオクラホマからボストンを目指します。レイは探し出したテレンス・マンに事情を話し、テレンス・マンは疑いながらもレイと共にフェンウェイパークに野球観戦に出かけます。そして二人は、第三の啓示「最後までやり遂げろ」を耳にし、またスコアーボードに浮かぶ「ムーンライト・グラハム」の名を目にします。
二人は、ムーンライト・グラハムの故郷ミネソタのチザムという町を目指します。
ムーンライト・グラハムことアーチボールド・グラハムは、1972年、今から16年前に他界していました。彼は、チザムという町で年老い亡くなるまで、医者としてまた慈善家として活動し、今でも町の人々から慕われ尊敬されていました。しかし、レイ達が出会う事は叶わなくなりました。
夜、モーテルから一人、町に散策に出かけたレイは、ふと、1972年のチザムの町に迷い込んだことに気付きます。そして高齢のアーチボールド・グラハムに出会います。そして、彼の診療所で話をします。
彼は、何故にムーンライト・グラハムと呼ばれる様になったか話します。
彼もまた野球選手を夢見る少年でした。野球選手になるためにチザムの町を飛び出して、ヒッチハイクの末にマイナーリーグへ飛び込みます。そして才能が認められメジャーリーグに昇格することができました。そして漸くチャンスが来ました。試合の後半、ライトの守備に入ります。彼はメジャーリーグに印を残すことができましたが、しかし、その試合で守備機会は訪れず、また打席に立つことも出来ないままに、試合の後マイナーリーグへの降格を告げられます。
彼は、再びマイナーリーグ生活を送ることに挫折を覚え、野球を諦め、チザムの町に戻って稼業の診療所を継ぐことになりました。
彼には後悔が一つありました。夢を諦めずにもっともっとチャレンジすることも出来たのに、そして次のチャンスを物に出来たかもしれないのに、まるで月の光の様に儚いものとしてチャンスを掴む事をはやばやと諦めてしまった事に後悔の念を抱き続けていたのです。そして、そんな自分をムーンライト・グラハムと呼んで慰めたのでした。
レイは、もしメジャーリーガーになれたら何をしたいか尋ねます。
彼は、打席に立ち、対戦するエースに向かって「投げる球は分かっている」とウィンクをしてやりたいと話します。レイは貴方の夢を叶える事が出来ると話しますが、彼は愛する妻を置いて出ては行けないと、穏やかにレイの申し入れを断ります。
レイとテレンス・マンは、このまま人手に渡ってしまいそうなトウモロコシ畑の中の野球場を目指して車を走らせます。その途中、ヒッチハイクの若者を拾います。若者は、野球選手になるために旅をしていると話し、名前をアーチーボールド・グラハムと名乗ります。二つ目の奇蹟が成りました。車は一路、夢を叶える野球場を目指して走ります。
夢を叶える野球場では、往年の名選手のオールスターゲームが始まっていました。
憧れの選手達に臆するグラハムに向かって、「ルーキー、ユニフォームに着替えてベンチに入れ」とシューレス・ジョーが声を掛けます。そしてグラハムは、夢を叶える事が出来ました。
そこにアニーの兄マークが訪れます。マークはレイに農場と家、そして役立たずの野球場を即座に売り渡す様要求を突きつけます。野球ゲームを観戦していた娘カリンとテレンス・マンの二人が、もうすぐ沢山の人々が、惹き付けられた様にして野球場にやって来る。一人20ドルの観戦料で、みんなが幸せになれると話します。マークの大声の叱責に驚いたカリンが観覧席から落下して気を失います。レイはグランドのグラハムを見つめます。
若いグラハムは駆けてきて、あの世から来た野球選手が姿を留められる境界線に近づきます。そして、一歩、また一歩、境界線を越えてこちらに近づきます。その姿は若者ではなく、年老いたグラハム医師のものでした。そしてカリンを抱きかかえ蘇生します。
驚いたのはマークです。目の前に突然高齢の医師が現れたのです。そして振り返ると、野球場には野球選手達がいて、こちらの様子を伺っているのを目にします。彼は事態を直ぐには理解出来ませんでしたが、とりあえず「野球場は売るな」と宣言します。
ゲームが終わり、野球選手達が家路に向かいます。野球場の左中間辺りのトウモロコシ畑との境界線に、あの世との出入り口がある様子です。彼等はおどけながら、その出入り口で消えるのです。シューレス・ジョーがテレンス・マンを招待します。レイは不満でしたが、テレンス・マンのこれにも意味があるという言葉に従います。そしてテレンス・マンは、見聞録をいつか執筆すると話して、レイと別れ、彼等の世界へと旅立ちます。
シューレス・ジョーは、レイに向かって「啓示は君の内からでたもの」だと話します。そして、グランドに残るもう一人の若い野球選手を示します。捕手のプロテクターを身に着けた若い選手が、キャッチャーマスクを外します。その若い野球選手は、レイの父ジョンでした。レイは、この不思議な冒険が自身の夢を叶えるための冒険であったことを悟ります。レイは、諦めていた、父との和解と、家族を父に会わせるという夢を叶える事が出来ました。
ジョンがレイに尋ねます。「ここは天国かい?」
「いや、オクラホマさ」
でもジョンは続けます。「ここは天国だと思う」
「天国って、あるの」
「あるさ、夢が叶えられる所なんだ」
レイは思い直します、この野球場は、自分にとっても天国なんだと。
帰り支度をするジョンに向かって、レイが声を掛けます。
「父さん、キャッチボールしようか?」
ジョンは応じ、笑顔でキャッチャーミットを拾います。
親と子のキャッチボールが始まります。
アニーは、日が暮れて薄暗くなってきた野球場を照明で照らします。
遥かに遠く、長い一筋の灯りが野球場を目指してやって来るのが見えました。
それは、夢を叶える野球場に導かれた人々の乗る車の、ライトの列が織り成す一条の灯りでした。
end
明日から6月です。子供が中高と野球をやっていた時は、最後の夏が始まると感慨を覚えたものでした。三年生になって、早ければ6月末に始まる夏の大会で、負ければそれで部活の引退です。いつも、一つでも多く長く試合を戦って欲しいと願い、そしてチームの勝利のために戦っている子供を含めた野球部員達全員の雄姿を、愛おしく思ったものでした。
そんな野球を一度でも好きになった人なら共感して頂けると思いますが、その原風景は父や兄とのキャッチボールではないでしょうか。
たどたどしく投げたボールを、しっかりと受け取ってくれる父や兄の姿です。そして受け取りやすい優しいボールを投げ返してくれる父や兄の姿です。
この「フィールド・オブ・ドリームス」には、センチメンタルにキャッチボールする親子の姿が描かれます。懐かしく、切ない、遠い日の思いです。
家の本棚に、この映画の英語シナリオ本がありました。公開当時、この映画を観てとても感激したのでしょうね。読めもしないのに、シナリオ本を買っていたのです。それが今回、感想を書くのに役立ちました。
とても大好きな映画の一本です。
※フィールド・オブ・ドリームス 原題Field of Dreams 1989年米国映画
主演のケビン・コスナーは、「アンタッチャブル」で注目し、この映画で大好きになりました。ケビンの演技は、いつもどこか自信なさげで、それでいて正義感もユーモアも滲み出る、演技に見えない素の様な演技というのでしょうか、それがとても魅力的でした。
そして、この映画の一番の主役と言いましょうか、トウモロコシ畑の中の野球場は、今も残っているそうです。地元のボランティアの人たちが、大切に守り受け継いでいるそうです。当然のこと、野球が出来るということで、願うならばそのマウンドに立って360度の風景を眺めてみたいと思います
2017年5月26日金曜日
差別の天秤
「愛を読む人」という約10年前公開の映画の、他の方が書いた映画評を読みました。
そこには私が考え及ばなかった、ハンナが隠し通した秘密についての考察が書かれいました。ハンナは文盲でした。そして、その事実を生涯隠し通しました。それは何故かです。
映画か原作小説の序章で、ハンナの出自はオーストリアの田舎とぼかされて書かれていました。そしてハンナの瞳の色がブルーということで、書評を書かれた方は、ハンナはロマ人と他の民族との混血で、出自を知られれば、どちらのコミュニティーからも拒絶されてしまう存在であり、容姿がロマ人でないハンナは、流浪の民で、文盲が多く、他のヨーロッパ民族から忌み嫌われていたロマ人だと決して悟られてはならなかったのだと、考察されていました。
関連記事
平成23年2月24日(木)
小説『朗読者』読後感想、映画『愛を読むひと』視聴感想
https://harimanokuni2007.blogspot.jp/2011/02/blog-post_24.html
平成24年10月26日(金)
新聞記事『ドイツ、ロマ人犠牲者追悼の碑建立』を読んで
https://harimanokuni2007.blogspot.jp/2012/10/blog-post_26.html
出自によって酷い差別を受ける、酷く差別される、というのは、今の世でも正されることはありません。いくら人権保護の法律が整備され、法律で人権が守られようと、人心の中の根強い差別意識や、決して悪心がなくても元来差別から生まれた言葉を無意識に使うことまで正すことはできないのです。
そして、その真逆の、決して悪い扱いを受けることの無い、もっと踏み込んで言えば、何をしても法律で裁かれない、裁くことのできない者も存在します。それは出自が良いとされる者、また強力な力を手に入れた者、またその力に守られた者です。
小説や映画、ドラマでも数多く描かれるテーマでもあります。
その一つに、財力や地位、または暴力という力を得た者が、その力で際限の無い欲望を満たそうというものがあります。また、
権力の象徴となる組織を守るために、またその組織を守る事が、大きく言えば国を守るという宗義となって、組織を堅持するために、組織の不正や、組織の構成員が行う不正や犯罪行為を、決して明るみにせず、不問に付すというものもあります。
小説や映画、ドラマで描かれることは、決して誇張なのではなく、氷山の一角でしかないのかもしれません。私が知らないことが世の中にもっともっとあるのだと思います。
この様に差別を見てみると、世の中は、二極の差別の釣り合いで成り立っている様に思えてきます。また、差別が人の世を形作り成長を促してきたとも思えます。
私はこれまで、酷い差別を受ける側に立って、様々な物語を見聞きし、酷い差別を無くすにはどうすればよいか考えていました。でも、それでは決して酷い差別を無くすること、もしくは減少させることは出来ないのではないかと思えてきました。それよりも、事態はさらに悪くなる様に思えてきます。
世の中が、今よりももっと、財力や権力、そして暴力という力を信奉すればするほど、その重みが増すほど、世の中は均衡を保つ為に、釣り合うおもりとして、さらに酷い差別を生み出すのではないかという想像です。
でも、差別の全くない世界も、想像すると恐ろしいです。
あらゆる事柄が平等に分かち合われる世界、争いのおこらない世界です。想像すると二つの事柄を連想します。
一つは共産主義の理想郷です。そしてもう一つが、家畜小屋です。絶対的な指導者、もしくは搾取者により支配された世界です。
そこには私が考え及ばなかった、ハンナが隠し通した秘密についての考察が書かれいました。ハンナは文盲でした。そして、その事実を生涯隠し通しました。それは何故かです。
映画か原作小説の序章で、ハンナの出自はオーストリアの田舎とぼかされて書かれていました。そしてハンナの瞳の色がブルーということで、書評を書かれた方は、ハンナはロマ人と他の民族との混血で、出自を知られれば、どちらのコミュニティーからも拒絶されてしまう存在であり、容姿がロマ人でないハンナは、流浪の民で、文盲が多く、他のヨーロッパ民族から忌み嫌われていたロマ人だと決して悟られてはならなかったのだと、考察されていました。
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平成23年2月24日(木)
小説『朗読者』読後感想、映画『愛を読むひと』視聴感想
https://harimanokuni2007.blogspot.jp/2011/02/blog-post_24.html
平成24年10月26日(金)
新聞記事『ドイツ、ロマ人犠牲者追悼の碑建立』を読んで
https://harimanokuni2007.blogspot.jp/2012/10/blog-post_26.html
出自によって酷い差別を受ける、酷く差別される、というのは、今の世でも正されることはありません。いくら人権保護の法律が整備され、法律で人権が守られようと、人心の中の根強い差別意識や、決して悪心がなくても元来差別から生まれた言葉を無意識に使うことまで正すことはできないのです。
そして、その真逆の、決して悪い扱いを受けることの無い、もっと踏み込んで言えば、何をしても法律で裁かれない、裁くことのできない者も存在します。それは出自が良いとされる者、また強力な力を手に入れた者、またその力に守られた者です。
小説や映画、ドラマでも数多く描かれるテーマでもあります。
その一つに、財力や地位、または暴力という力を得た者が、その力で際限の無い欲望を満たそうというものがあります。また、
権力の象徴となる組織を守るために、またその組織を守る事が、大きく言えば国を守るという宗義となって、組織を堅持するために、組織の不正や、組織の構成員が行う不正や犯罪行為を、決して明るみにせず、不問に付すというものもあります。
小説や映画、ドラマで描かれることは、決して誇張なのではなく、氷山の一角でしかないのかもしれません。私が知らないことが世の中にもっともっとあるのだと思います。
この様に差別を見てみると、世の中は、二極の差別の釣り合いで成り立っている様に思えてきます。また、差別が人の世を形作り成長を促してきたとも思えます。
私はこれまで、酷い差別を受ける側に立って、様々な物語を見聞きし、酷い差別を無くすにはどうすればよいか考えていました。でも、それでは決して酷い差別を無くすること、もしくは減少させることは出来ないのではないかと思えてきました。それよりも、事態はさらに悪くなる様に思えてきます。
世の中が、今よりももっと、財力や権力、そして暴力という力を信奉すればするほど、その重みが増すほど、世の中は均衡を保つ為に、釣り合うおもりとして、さらに酷い差別を生み出すのではないかという想像です。
でも、差別の全くない世界も、想像すると恐ろしいです。
あらゆる事柄が平等に分かち合われる世界、争いのおこらない世界です。想像すると二つの事柄を連想します。
一つは共産主義の理想郷です。そしてもう一つが、家畜小屋です。絶対的な指導者、もしくは搾取者により支配された世界です。
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