大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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パンデミックと戦うことを考える
昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...
2015年6月5日金曜日
LINE、始めました
長年愛用していたガラパゴス携帯が壊れまして・・・、スマートフォンに買い換えました。家族の連絡掲示板としてLINEのグループを作るのが良いと勧められ、LINEを始める事にしました。
そしてLINEをインストールすると、何故か「友だち」が沢山登録されました。
何故にこうなるのか調べてみると、
アドレス帳に登録されている電話番号が既にLINEを利用している番号である場合、自動的に「友だち」として登録されてしまうという事でした。
「友だち」の設定画面に
・友だちの自動追加
・友だちへの追加を許可
という設定がありました。初期値はどちらも”ON”となっていました。
「友だちの自動追加」が”ON”であると、アドレス帳に登録されている電話番号の持ち主がLINEを使い始めると、無条件に「友だち」として登録されてしまいます。
また「友だちへの追加を許可」が”ON”であると、こちらの電話番号をアドレス帳に登録している人がLINEを利用し始めると、無条件にその人のLINEの「友だちリスト」にこちらが「友だち」として登録されてしまいます。そして既に「友だちリスト」に登録されればこちらから削除する事ができません。
という事が分かりました。
そしてタイムラインから投稿すると、投稿内容は「友だち」全てに公開されます。
LINEをインストールしてすぐに、もう十数年電話したことのない番号の持ち主からの投稿が届きました。最初は懐かしく思いましたが、投稿内容を見て疑問が湧きました。それは全く別人の若者からの投稿であったのです。
携帯電話番号というのは簡単に変更ができる様ですね。そして使わなくなった番号は新たに別の契約者に割り当てられると聞いたことがあります。
今回の場合、これが原因だと思われますが、そうなると全くの見ず知らずの人が「友だち」として登録されてしまう、これは恐ろしい事だと思いました。
「友だちの自動追加」「友だちへの追加を許可」ともに設定を”OFF”にしました。
と同時に、登録された「友だちリスト」から不要な登録を削除しました。
LINEアプリの本分ではないですが、これで公開の範囲を設定する事ができました。
そして「友だちの輪」を広げたくなったら、個別に招待メールを送りたいと思います。
※参照ページ LIFESTUDY
http://lifestudy.jp/line/
そしてLINEをインストールすると、何故か「友だち」が沢山登録されました。
何故にこうなるのか調べてみると、
アドレス帳に登録されている電話番号が既にLINEを利用している番号である場合、自動的に「友だち」として登録されてしまうという事でした。
「友だち」の設定画面に
・友だちの自動追加
・友だちへの追加を許可
という設定がありました。初期値はどちらも”ON”となっていました。
「友だちの自動追加」が”ON”であると、アドレス帳に登録されている電話番号の持ち主がLINEを使い始めると、無条件に「友だち」として登録されてしまいます。
また「友だちへの追加を許可」が”ON”であると、こちらの電話番号をアドレス帳に登録している人がLINEを利用し始めると、無条件にその人のLINEの「友だちリスト」にこちらが「友だち」として登録されてしまいます。そして既に「友だちリスト」に登録されればこちらから削除する事ができません。
という事が分かりました。
そしてタイムラインから投稿すると、投稿内容は「友だち」全てに公開されます。
LINEをインストールしてすぐに、もう十数年電話したことのない番号の持ち主からの投稿が届きました。最初は懐かしく思いましたが、投稿内容を見て疑問が湧きました。それは全く別人の若者からの投稿であったのです。
携帯電話番号というのは簡単に変更ができる様ですね。そして使わなくなった番号は新たに別の契約者に割り当てられると聞いたことがあります。
今回の場合、これが原因だと思われますが、そうなると全くの見ず知らずの人が「友だち」として登録されてしまう、これは恐ろしい事だと思いました。
「友だちの自動追加」「友だちへの追加を許可」ともに設定を”OFF”にしました。
と同時に、登録された「友だちリスト」から不要な登録を削除しました。
LINEアプリの本分ではないですが、これで公開の範囲を設定する事ができました。
そして「友だちの輪」を広げたくなったら、個別に招待メールを送りたいと思います。
※参照ページ LIFESTUDY
http://lifestudy.jp/line/
2015年6月4日木曜日
ベンチがアホやから・・・
「ベンチがアホやから野球がでけへん」という名言を残して阪神を去った投手がかつていました。1976年から1981年に掛けてエースとして活躍した元阪神の投手江本孟紀さんです。
昨日一昨日の対ロッテ戦の試合中継を観ていて、この名言が何度も何度も頭の中で反響しました。
今の阪神が抱える致命傷ともいえる問題が、両日の球史に残るであろう「あり得ない展開」を招いたことは誰の目にも明らかです。
まずは一昨日の試合から
岩田-福原の好投により3-2とリードを守り9回表を迎えます。最終回表のマウンドは阪神の守護神オ・スンファン。しかし簡単に2アウトを取ってから二本の安打と一つの四球で満塁のピンチを招きます。そして2アウト3ボール2ストライクからの球場全体から響く「あと一球!」のコールに後押しされたラストボールは高めに浮いて、ロッテ角中選手に強打されライトスタンドに飛び込む逆転満塁ホームランとなりました。その瞬間、「あと一球!」のコールと共に夜空に飛び立つのを待っていた球場全体を埋め尽くしていた黄色のジェット風船が一斉に夜空に舞い上がりました。こんなにも阪神ファンをどん底に落とし込む光景を見たのは初めてでした。でも阪神ファンの悲劇はこれで終わらなかったのです。9回裏阪神の攻撃は9番の俊介からで、何とか1番鳥谷、2番上本が繋いで3番マートン4番ゴメスに回してくれたらまだ逆転のチャンスがあるとスコアーボードを眺めると、アレレ・・・マートン、ゴメスの名前がありません。両名は9回表に守備固めの選手と入れ替わりお役ご免になっていました。万事休す・・・攻撃が始まる前に結果は見えました。そして、三者凡退という無抵抗のままに阪神は負けました。
そして昨日の試合
3試合前から見違えるほど凄みのある投手に変貌した藤浪晋太郎投手の快投はこの日も健在でした。6回までロッテ打線を無失点に押さえ込み、そして三振の山を築きます。打撃陣も前日のうっぷんを晴らすが如く、打って走って6回までに8点を奪います。「完勝や!」、後は藤浪投手が今試合も完封してくれることを楽しみに見ていました。
そして7回表ロッテの攻撃が始まります。
先頭の好打者今江は巧く打球をライトに運びます。しかしライトは名手福留、しっかりと打球をキープしてくれるだろうと思いきや画面に現れたのは守備に不安のある伊藤隼太、そして打球に触れることなく後逸し、今江は三塁を陥れます。「なんなんやぁ~」一体何が起こったのか分からなくなりました。そして一死から根元のセカンドゴロを上本がはじいて藤浪投手の無失点記録は32回で途切れることになりました。そして二死から連打を浴びた藤浪投手は4失点で降板し、代わった高宮は角中にタイムリーを打たれて8-5、「こうなりゃ同点にされてまえ!」と捨て台詞を吐いて風呂に入りますと、ロッテファンの耕太郎が狂った様に叫び声を上げました。高宮に代わってマウンドに登った松田が今江にスリーランを浴びて同点となったのです。7回裏の始まる前に、今日は安心して六甲おろしを大合唱しジェット風船を夜空に高々と舞い上けようと準備をしていた球場の阪神ファンの事を思うと胸がキュンと痛みました。
今日はこのまま派手に負けてしまうことを呪いながら願っていた私でありましたが、その願いも虚しく、延長10回裏、寡黙で守備だけ名人のキャプテン鳥谷の犠飛で阪神は勝ってしまいました。とても苦々しい勝利となりました。
阪神ベンチは、これまでも何度も犯したミスをこの両試合でも犯しました。
勝ちが決まる瞬間まで決して油断などしてはならないのに、守備固めと称して主軸をベンチに引っ込めお気に入りの若手や守備だけスペシャリストに総替えです。
一昨日の試合は一点差、何が起こるか分からないのに、まるで勝ちが決まっているが如く主軸を交代させてしまうのが阪神ベンチです。
昨日の試合においては、名手福留を6回で引っ込めて、先発でセンターを守るものの守備に不安のある伊藤隼太を7回からライトに移動させ、「ありえない展開」の幕を切った痛恨のエラーが生まれました。伊藤は4回表にもまずいフレーで今江の打球を二塁打にした前歴があり、二度目のエラーの後どこかを痛めてベンチに下がってしまいます。
阪神ベンチの過ちはこれだけでは終わりません。
投手の見殺しです。一昨日のオ・スンファンしかり、昨日の藤浪しかり、投手が苦しんでいてもお構いなしに、押さえるか打たれるまで歩み寄ることもせずお構いなしなのです。
間を取るだけで、投手は一息つくことができ、冷静を取り戻します。
オ・スンファンが打たれたホームランも、藤浪の失点もすべてベンチの無策が招いた結果です。昨日の試合では、藤浪に冷静さを取り戻さて続投させれば最少得点で7回を終えられたことは想像に難くないです。オ・スンファンのプライドが、そして藤浪のプライドが阪神ベンチの厚顔無恥に踏みにじられたことに我慢ならんほどに怒りを覚えます。
そして捕手力の脆弱さです。地元出身のベテラン捕手鶴岡ですが、見ていて悲しくなります。配球の良さには定評があっても、投手をリードする心意気がまったく伝わってこないのです。それに度々ミットからボールをはじきます。結果、ピンチを招いた投手は壁に向かって投げている様なもので(鶴岡捕手には厳しい批評になりますが)、一人で不安に立ち向かわざる得ません。立ち直る事も難しく思います。
この何年か、学生や社会人から力のある捕手をドラフトで獲得しているはずなのに、一人として一本立ちしてこない・・・、これも阪神ベンチの厚顔無恥ではないかとも思います。
・・・
これ以上書いたら、阪神ベンチへの悪口雑言がエスカレートしそうなので、この辺で止めておきます。最後に、昨日7回の攻撃の後耕太郎と交わした言葉で締めくくりたいと思います。
「明日も、ありえない展開を期待したい」
そして
フロントの厚顔無恥で泣かされ休養に入ったオリックス森脇監督にならって、阪神ベンチの一昔の演歌歌手みたいに一曲(85年の功労)だけでふんぞり返っているコーチ陣に、そして現役時代好きだった現監督に・・・休養の切っ掛けを与えて上げたいと思います。
昨日一昨日の対ロッテ戦の試合中継を観ていて、この名言が何度も何度も頭の中で反響しました。
今の阪神が抱える致命傷ともいえる問題が、両日の球史に残るであろう「あり得ない展開」を招いたことは誰の目にも明らかです。
まずは一昨日の試合から
岩田-福原の好投により3-2とリードを守り9回表を迎えます。最終回表のマウンドは阪神の守護神オ・スンファン。しかし簡単に2アウトを取ってから二本の安打と一つの四球で満塁のピンチを招きます。そして2アウト3ボール2ストライクからの球場全体から響く「あと一球!」のコールに後押しされたラストボールは高めに浮いて、ロッテ角中選手に強打されライトスタンドに飛び込む逆転満塁ホームランとなりました。その瞬間、「あと一球!」のコールと共に夜空に飛び立つのを待っていた球場全体を埋め尽くしていた黄色のジェット風船が一斉に夜空に舞い上がりました。こんなにも阪神ファンをどん底に落とし込む光景を見たのは初めてでした。でも阪神ファンの悲劇はこれで終わらなかったのです。9回裏阪神の攻撃は9番の俊介からで、何とか1番鳥谷、2番上本が繋いで3番マートン4番ゴメスに回してくれたらまだ逆転のチャンスがあるとスコアーボードを眺めると、アレレ・・・マートン、ゴメスの名前がありません。両名は9回表に守備固めの選手と入れ替わりお役ご免になっていました。万事休す・・・攻撃が始まる前に結果は見えました。そして、三者凡退という無抵抗のままに阪神は負けました。
そして昨日の試合
3試合前から見違えるほど凄みのある投手に変貌した藤浪晋太郎投手の快投はこの日も健在でした。6回までロッテ打線を無失点に押さえ込み、そして三振の山を築きます。打撃陣も前日のうっぷんを晴らすが如く、打って走って6回までに8点を奪います。「完勝や!」、後は藤浪投手が今試合も完封してくれることを楽しみに見ていました。
そして7回表ロッテの攻撃が始まります。
先頭の好打者今江は巧く打球をライトに運びます。しかしライトは名手福留、しっかりと打球をキープしてくれるだろうと思いきや画面に現れたのは守備に不安のある伊藤隼太、そして打球に触れることなく後逸し、今江は三塁を陥れます。「なんなんやぁ~」一体何が起こったのか分からなくなりました。そして一死から根元のセカンドゴロを上本がはじいて藤浪投手の無失点記録は32回で途切れることになりました。そして二死から連打を浴びた藤浪投手は4失点で降板し、代わった高宮は角中にタイムリーを打たれて8-5、「こうなりゃ同点にされてまえ!」と捨て台詞を吐いて風呂に入りますと、ロッテファンの耕太郎が狂った様に叫び声を上げました。高宮に代わってマウンドに登った松田が今江にスリーランを浴びて同点となったのです。7回裏の始まる前に、今日は安心して六甲おろしを大合唱しジェット風船を夜空に高々と舞い上けようと準備をしていた球場の阪神ファンの事を思うと胸がキュンと痛みました。
今日はこのまま派手に負けてしまうことを呪いながら願っていた私でありましたが、その願いも虚しく、延長10回裏、寡黙で守備だけ名人のキャプテン鳥谷の犠飛で阪神は勝ってしまいました。とても苦々しい勝利となりました。
阪神ベンチは、これまでも何度も犯したミスをこの両試合でも犯しました。
勝ちが決まる瞬間まで決して油断などしてはならないのに、守備固めと称して主軸をベンチに引っ込めお気に入りの若手や守備だけスペシャリストに総替えです。
一昨日の試合は一点差、何が起こるか分からないのに、まるで勝ちが決まっているが如く主軸を交代させてしまうのが阪神ベンチです。
昨日の試合においては、名手福留を6回で引っ込めて、先発でセンターを守るものの守備に不安のある伊藤隼太を7回からライトに移動させ、「ありえない展開」の幕を切った痛恨のエラーが生まれました。伊藤は4回表にもまずいフレーで今江の打球を二塁打にした前歴があり、二度目のエラーの後どこかを痛めてベンチに下がってしまいます。
阪神ベンチの過ちはこれだけでは終わりません。
投手の見殺しです。一昨日のオ・スンファンしかり、昨日の藤浪しかり、投手が苦しんでいてもお構いなしに、押さえるか打たれるまで歩み寄ることもせずお構いなしなのです。
間を取るだけで、投手は一息つくことができ、冷静を取り戻します。
オ・スンファンが打たれたホームランも、藤浪の失点もすべてベンチの無策が招いた結果です。昨日の試合では、藤浪に冷静さを取り戻さて続投させれば最少得点で7回を終えられたことは想像に難くないです。オ・スンファンのプライドが、そして藤浪のプライドが阪神ベンチの厚顔無恥に踏みにじられたことに我慢ならんほどに怒りを覚えます。
そして捕手力の脆弱さです。地元出身のベテラン捕手鶴岡ですが、見ていて悲しくなります。配球の良さには定評があっても、投手をリードする心意気がまったく伝わってこないのです。それに度々ミットからボールをはじきます。結果、ピンチを招いた投手は壁に向かって投げている様なもので(鶴岡捕手には厳しい批評になりますが)、一人で不安に立ち向かわざる得ません。立ち直る事も難しく思います。
この何年か、学生や社会人から力のある捕手をドラフトで獲得しているはずなのに、一人として一本立ちしてこない・・・、これも阪神ベンチの厚顔無恥ではないかとも思います。
・・・
これ以上書いたら、阪神ベンチへの悪口雑言がエスカレートしそうなので、この辺で止めておきます。最後に、昨日7回の攻撃の後耕太郎と交わした言葉で締めくくりたいと思います。
「明日も、ありえない展開を期待したい」
そして
フロントの厚顔無恥で泣かされ休養に入ったオリックス森脇監督にならって、阪神ベンチの一昔の演歌歌手みたいに一曲(85年の功労)だけでふんぞり返っているコーチ陣に、そして現役時代好きだった現監督に・・・休養の切っ掛けを与えて上げたいと思います。
2015年5月29日金曜日
2015年5月28日木曜日
初夏の浜辺を歩いてきました。
昨日、明石から須磨の海辺を歩いてきました。
そして、初夏を満喫してきました。
日差しは強かったですが、空気がカラッとしていてとても気持ち良いウォーキングでした。
海辺はまだ静かでありましたが、夏好きの若者が一足早くサマースポーツを楽しんでいました。
このルートを歩くのは四度目ですが、以前から気になっていた店がありました。
国道2号線を滝の茶屋から少し東に行ったところにあるうどん・茶房竹屋です。長歩きをする場合は、途中ほとんど食事を摂ることをしなかったのですが、久し振りの長歩きという事もあって途中休憩のすがら昼食に名物のカレーうどんを頂きました。
店に入ると、洋風で落ち着いた雰囲気の店でした。南は大きな窓で開かれて須磨に開かれた海が広がります。
店は、落ち着いた雰囲気の女性二人で切り盛りされている様子でした。しばらくしてカレーうどんが運ばれてきました。とろみがあって優しい味の汁が程良く疲れた体に染み込みました。カレーに類する料理は、本来スパイスのよく効いた辛めが好みなのですが、これも有りだなって思いながら頂きました。
須磨では網敷天満宮を参拝しました。本殿前に可愛らしい菅原道真公と「波乗り祈願」と書かれたサーフィン型の石像が建っていました。運気を上げたい、良い運気に乗りたいという欲望が刺激され、護摩木(網敷天満宮納天神火焚串)に「家運隆昌」と書いて奉納しました。
歩き始めた時間がもう少し早ければ三ノ宮まで歩を進めたかったのですが、時間も夕方近くになっていましたので、高速長田駅をゴールとしました。
最近すっかり運動不足に陥っていましたが、まだまだ歩けることを実感できました。この夏は長歩きをまた楽しんで、腹回りのだぶつきを少し引き締められたらと思います。
夜もぐっすりと眠れました。
そして、初夏を満喫してきました。
日差しは強かったですが、空気がカラッとしていてとても気持ち良いウォーキングでした。
海辺はまだ静かでありましたが、夏好きの若者が一足早くサマースポーツを楽しんでいました。
このルートを歩くのは四度目ですが、以前から気になっていた店がありました。
国道2号線を滝の茶屋から少し東に行ったところにあるうどん・茶房竹屋です。長歩きをする場合は、途中ほとんど食事を摂ることをしなかったのですが、久し振りの長歩きという事もあって途中休憩のすがら昼食に名物のカレーうどんを頂きました。
店に入ると、洋風で落ち着いた雰囲気の店でした。南は大きな窓で開かれて須磨に開かれた海が広がります。
店は、落ち着いた雰囲気の女性二人で切り盛りされている様子でした。しばらくしてカレーうどんが運ばれてきました。とろみがあって優しい味の汁が程良く疲れた体に染み込みました。カレーに類する料理は、本来スパイスのよく効いた辛めが好みなのですが、これも有りだなって思いながら頂きました。
須磨では網敷天満宮を参拝しました。本殿前に可愛らしい菅原道真公と「波乗り祈願」と書かれたサーフィン型の石像が建っていました。運気を上げたい、良い運気に乗りたいという欲望が刺激され、護摩木(網敷天満宮納天神火焚串)に「家運隆昌」と書いて奉納しました。
歩き始めた時間がもう少し早ければ三ノ宮まで歩を進めたかったのですが、時間も夕方近くになっていましたので、高速長田駅をゴールとしました。
最近すっかり運動不足に陥っていましたが、まだまだ歩けることを実感できました。この夏は長歩きをまた楽しんで、腹回りのだぶつきを少し引き締められたらと思います。
夜もぐっすりと眠れました。
2015年5月25日月曜日
大相撲に見る日本の移民施策の未来
相撲はほとんど見ないのですが、昨日夕方テレビをつけると夏場所千秋楽残り3番という大詰めに出くわしました。
大相撲夏場所千秋楽は、三敗で横綱白鵬と関脇照ノ富士が並び、照ノ富士はこれから始まる碧山との取り組みに勝って、結びの一番で照ノ富士の兄弟子横綱日馬富士が白鵬に勝てば初優勝ということで、場内は至極熱気に満ちていました。
そして取り組みが始まります。
照ノ富士は、危なげなく碧山を押し出して三敗を守り、結びの一番を待ちます。
日馬富士は、ここ何場所を白鵬に勝っていません。解説の親方は、がっぷり四つでは日馬富士に勝ち目はない。しかし弟弟子の初勝利のために何とか勝ちを取る相撲をするのではないか、と話していました。
そして結びの一番が始まります。
張り手の応酬から一転、土俵際に追い込まれた様に見えた日馬富士が、一瞬体を低くしたと思えば一気に白鵬の懐に飛び込み両腕でがっちりと回しを掴みます。そして回しが掴めぬ白鵬を一気に土俵外に突き倒しました。
照ノ富士の初優勝が決まりました。画面に兄弟弟子と抱き合って喜びを噛み締める照ノ富士の姿が映ります。相撲に疎い私も思わずもらい泣きしました。
しかし、表彰式が始まってから親方やアナウンサーの「これでまた日本人力士の活躍が遠くなった」という嘆きを聞いて愕然としました。
大相撲を守り立てるために、親方衆は強い力士の素養がある若者を世界中から見つけてきました。そうして集まってきた若者は、日本人であっても外国人であっても一様に新弟子検査を受けて初めて力士の卵となるのです。力士の卵となった若者は、その後何年も部屋に住み込んで、力士の頂点を目指し精進し続けます。外国人の力士の卵についてさらに言えば、言葉も習慣も違う異国の地で、通訳もいなければ身の回りの世話をしてくれる者も側にいない、師匠や部屋の女将さん、兄弟弟子を信じて一から十まで教わりながら、日本人の若者ならば到底感じる事のない不安を抱えながら力士の頂点を目指しているのだと思います。
それなのに、今さらになって外国人力士の台頭を嘆くのは、甚だ遺憾に思います。彼ら外国人力士は助っ人などではありません。彼らを育てたのは日本相撲協会です。彼らは大相撲の正当な後継者なのだと思います。さらに言うならば外国人力士の台頭を嘆く理由は一分もないと思います。
最近の大相撲では、希代の横綱大鵬の幕内最高優勝記録32回を更新し、尚も記録を34回と更新し続けている平成の大横綱白鵬が逆風に晒されています。取り組みの結果にけちを付けたり、放言が過ぎるなど「傲慢」のレッテルを貼られて叩かれています。
私の勝手な見識ですが、大相撲はスポーツでもなく、見世物色の濃い格闘技でもありません。大相撲は神事なのだと思います。神事であればこそ、様式が重んじられ、また力士が尊ばれるのだと思います。その力士の最高峰である横綱に登り詰め、尚且つその在位を守り続けている横綱白鵬に、「傲慢」というレッテルを貼る日本相撲協会と人気のおこぼれに与るマスコミこそ「傲慢」であり「不遜」であると思います。
白鵬ほどに大相撲の精霊とみまがうほど、品格と美と力を醸し出す力士はかつていただろうかと思います。白鵬に対する「傲慢」というレッテルは、裏を返せば「外国人力士への嫉妬」だと思います。
昨日の照ノ富士の表彰式で解説の親方は「初々しさと感謝の気持ちを忘れず・・・一人で強くなったと決して思わないでほしい」と、まるで白鵬を名指ししたようなコメントを発言していましたが、そんなことは白鵬が誰よりも一番に分かっていると思います。でもそれ以上に白鵬は、誰よりも何倍も何倍も努力して、今も堪えて堪えて苦心して、かつての力士達が誰も見たことのない孤高の道を歩んでいます。白鵬は今や角界の至宝です。至宝は皆で守らなければならないし、決して傷つけてはならない、曇らせてはならない存在です。たとえ親方衆であっても、敬意を払わなければいけない存在なのだと思います。
しかし、実態はそうではなくて、往々にして外国人力士がとてつもなく強くなったとき、彼らは日本人ではない、だから相撲道を理解できない、相撲道を踏み外す等々、「異質な存在」と決めつけられて叩きます。真に迷信そのものです。
この迷信であり狂信的な嫉妬を目にする度に、最近日本政府が積極的に推し進めようとしている移民受入政策の危うさを覚えます。すでに突入した日本の少子高齢社会を下支えするために移民を積極的に受け入れるという政策は、あまりにも近視眼的で、将来を見通した計画も、将来起こりうる問題も、何ひとつ議論せぬままに進んでいるように思います。
近い将来に必ず頭をもたげるであろう「異質な存在」という迷信、狂信が広がる局面を全く無視した政策に思います。
日本に活躍の道を求めて働きに来る人々、また移民として新日本人となる人々を、これまでと同様に「異質な存在」と見なして、活躍の場を制限するのか、生活を制限するのか、日本人の型への同化を強いるのか。
それとは真逆に、日本社会が多様性を受け入れて、彼らを「多様な存在」としてありのままに受け入れて、旧来の日本人と変わらぬすべての権利を与え安全を保証するのか。
そういう決意なくして移民政策を推し進めてはならないと思います。
大相撲は、日本社会の移民受け入れの一つケーススタディだと思います。大相撲が、外国人力士に対して、これからどう変わっていくのか、もしくは変わらないのか。日本の将来を考えながら大相撲を見ること、とても重要に思います。
大相撲夏場所千秋楽は、三敗で横綱白鵬と関脇照ノ富士が並び、照ノ富士はこれから始まる碧山との取り組みに勝って、結びの一番で照ノ富士の兄弟子横綱日馬富士が白鵬に勝てば初優勝ということで、場内は至極熱気に満ちていました。
そして取り組みが始まります。
照ノ富士は、危なげなく碧山を押し出して三敗を守り、結びの一番を待ちます。
日馬富士は、ここ何場所を白鵬に勝っていません。解説の親方は、がっぷり四つでは日馬富士に勝ち目はない。しかし弟弟子の初勝利のために何とか勝ちを取る相撲をするのではないか、と話していました。
そして結びの一番が始まります。
張り手の応酬から一転、土俵際に追い込まれた様に見えた日馬富士が、一瞬体を低くしたと思えば一気に白鵬の懐に飛び込み両腕でがっちりと回しを掴みます。そして回しが掴めぬ白鵬を一気に土俵外に突き倒しました。
照ノ富士の初優勝が決まりました。画面に兄弟弟子と抱き合って喜びを噛み締める照ノ富士の姿が映ります。相撲に疎い私も思わずもらい泣きしました。
しかし、表彰式が始まってから親方やアナウンサーの「これでまた日本人力士の活躍が遠くなった」という嘆きを聞いて愕然としました。
大相撲を守り立てるために、親方衆は強い力士の素養がある若者を世界中から見つけてきました。そうして集まってきた若者は、日本人であっても外国人であっても一様に新弟子検査を受けて初めて力士の卵となるのです。力士の卵となった若者は、その後何年も部屋に住み込んで、力士の頂点を目指し精進し続けます。外国人の力士の卵についてさらに言えば、言葉も習慣も違う異国の地で、通訳もいなければ身の回りの世話をしてくれる者も側にいない、師匠や部屋の女将さん、兄弟弟子を信じて一から十まで教わりながら、日本人の若者ならば到底感じる事のない不安を抱えながら力士の頂点を目指しているのだと思います。
それなのに、今さらになって外国人力士の台頭を嘆くのは、甚だ遺憾に思います。彼ら外国人力士は助っ人などではありません。彼らを育てたのは日本相撲協会です。彼らは大相撲の正当な後継者なのだと思います。さらに言うならば外国人力士の台頭を嘆く理由は一分もないと思います。
最近の大相撲では、希代の横綱大鵬の幕内最高優勝記録32回を更新し、尚も記録を34回と更新し続けている平成の大横綱白鵬が逆風に晒されています。取り組みの結果にけちを付けたり、放言が過ぎるなど「傲慢」のレッテルを貼られて叩かれています。
私の勝手な見識ですが、大相撲はスポーツでもなく、見世物色の濃い格闘技でもありません。大相撲は神事なのだと思います。神事であればこそ、様式が重んじられ、また力士が尊ばれるのだと思います。その力士の最高峰である横綱に登り詰め、尚且つその在位を守り続けている横綱白鵬に、「傲慢」というレッテルを貼る日本相撲協会と人気のおこぼれに与るマスコミこそ「傲慢」であり「不遜」であると思います。
白鵬ほどに大相撲の精霊とみまがうほど、品格と美と力を醸し出す力士はかつていただろうかと思います。白鵬に対する「傲慢」というレッテルは、裏を返せば「外国人力士への嫉妬」だと思います。
昨日の照ノ富士の表彰式で解説の親方は「初々しさと感謝の気持ちを忘れず・・・一人で強くなったと決して思わないでほしい」と、まるで白鵬を名指ししたようなコメントを発言していましたが、そんなことは白鵬が誰よりも一番に分かっていると思います。でもそれ以上に白鵬は、誰よりも何倍も何倍も努力して、今も堪えて堪えて苦心して、かつての力士達が誰も見たことのない孤高の道を歩んでいます。白鵬は今や角界の至宝です。至宝は皆で守らなければならないし、決して傷つけてはならない、曇らせてはならない存在です。たとえ親方衆であっても、敬意を払わなければいけない存在なのだと思います。
しかし、実態はそうではなくて、往々にして外国人力士がとてつもなく強くなったとき、彼らは日本人ではない、だから相撲道を理解できない、相撲道を踏み外す等々、「異質な存在」と決めつけられて叩きます。真に迷信そのものです。
この迷信であり狂信的な嫉妬を目にする度に、最近日本政府が積極的に推し進めようとしている移民受入政策の危うさを覚えます。すでに突入した日本の少子高齢社会を下支えするために移民を積極的に受け入れるという政策は、あまりにも近視眼的で、将来を見通した計画も、将来起こりうる問題も、何ひとつ議論せぬままに進んでいるように思います。
近い将来に必ず頭をもたげるであろう「異質な存在」という迷信、狂信が広がる局面を全く無視した政策に思います。
日本に活躍の道を求めて働きに来る人々、また移民として新日本人となる人々を、これまでと同様に「異質な存在」と見なして、活躍の場を制限するのか、生活を制限するのか、日本人の型への同化を強いるのか。
それとは真逆に、日本社会が多様性を受け入れて、彼らを「多様な存在」としてありのままに受け入れて、旧来の日本人と変わらぬすべての権利を与え安全を保証するのか。
そういう決意なくして移民政策を推し進めてはならないと思います。
大相撲は、日本社会の移民受け入れの一つケーススタディだと思います。大相撲が、外国人力士に対して、これからどう変わっていくのか、もしくは変わらないのか。日本の将来を考えながら大相撲を見ること、とても重要に思います。
サミュエル・ウルマン『青春の詩』 -「精一杯生きて輝け!それが青春だ!-
花燃ゆ第21話「決行の日」では、あらぬことに久坂文さんが長州藩藩主毛利敬親公に謁見を許されました。そこで敬親公は、藩是となった「攘夷」の不明を吐露し、しかし、死んでも尚心の頼りである吉田松陰と問答し「攘夷」に邁進する若き勇猛な藩士達を見守ると決めたこと、文さんに話します。
決意の言葉は「行け!輝け!」でした。
私には「精一杯生きて輝け!」と聞こえました。心に響く言葉でした。心にぐさりと刺さります。
そして今日偶然にも、心に響く素敵な詩に出会いました。
詩の作者サミュエル・ウルマンが70歳を過ぎてから書いた『青春の詩』です。
サミュエル・ウルマンが生きたのは、1840-1924です。
ちなみに吉田松陰が生きたのは、1830-1859です。
二人は、生きた時間が重なっていました。
ウルマンの詩は、まるで松蔭の言葉かとみまがうほどに、「精一杯生きて輝け!それが青春だ!」と情熱的に語られていました。
この『青春の詩』を、以下に書き留めさせて頂きます。
『青春の詩』
原詩作者 サミュエル・ウルマン(Samuel Ullman 1840-1924)
訳詩作者 岡田義夫(明治24年[1891]-昭和43年[1968])
青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相(ようそう)を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、
こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や狐疑(こぎ)や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰(あたか)も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥(あくた)に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰(せいしん)、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰(きんぎょう)、事に処する剛毅(ごうき)な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる、
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる、
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。 これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷(あつごおり)がこれを堅くとざすに至れば、この時にこそ人は全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。
原詩
Youth
Samuel Ullman
Youth is not a time of life -- it is a state of mind; It is a temper of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love of ease. Nobody grows old by merely living a number of years; people grow old only by deserting their ideals.
Years wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul. Worry, doubt, self-distrust, fear and despair -- these are the long, long years that bow the head and turn the growing spirit back to dust.
Whether seventy or sixteen, there is in every beings' heart, the love of wonder, the sweet amazement at stars and the starlike things and thoughts, the undaunted challenge of events the unfailing childlike appetite for what next, and the joy and the game of life. You are as young as your faith, as old as your doubt; as young as your self-confidence, as old as your fear, as young as your hope, as old as your despair.
So long as your heart receives messages of beauty, cheer, courage, grandeur and power from the earth, from man and from the Infinite, so long you are young. When the wires are all down and all the central place of your heart is covered with snows of pessimism and the ice of cynicism, then you are grown old indeed and may God have mercy on your soul.
決意の言葉は「行け!輝け!」でした。
私には「精一杯生きて輝け!」と聞こえました。心に響く言葉でした。心にぐさりと刺さります。
そして今日偶然にも、心に響く素敵な詩に出会いました。
詩の作者サミュエル・ウルマンが70歳を過ぎてから書いた『青春の詩』です。
サミュエル・ウルマンが生きたのは、1840-1924です。
ちなみに吉田松陰が生きたのは、1830-1859です。
二人は、生きた時間が重なっていました。
ウルマンの詩は、まるで松蔭の言葉かとみまがうほどに、「精一杯生きて輝け!それが青春だ!」と情熱的に語られていました。
この『青春の詩』を、以下に書き留めさせて頂きます。
『青春の詩』
原詩作者 サミュエル・ウルマン(Samuel Ullman 1840-1924)
訳詩作者 岡田義夫(明治24年[1891]-昭和43年[1968])
青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相(ようそう)を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、
こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や狐疑(こぎ)や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰(あたか)も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥(あくた)に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰(せいしん)、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰(きんぎょう)、事に処する剛毅(ごうき)な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる、
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる、
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。 これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷(あつごおり)がこれを堅くとざすに至れば、この時にこそ人は全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。
原詩
Youth
Samuel Ullman
Youth is not a time of life -- it is a state of mind; It is a temper of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love of ease. Nobody grows old by merely living a number of years; people grow old only by deserting their ideals.
Years wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul. Worry, doubt, self-distrust, fear and despair -- these are the long, long years that bow the head and turn the growing spirit back to dust.
Whether seventy or sixteen, there is in every beings' heart, the love of wonder, the sweet amazement at stars and the starlike things and thoughts, the undaunted challenge of events the unfailing childlike appetite for what next, and the joy and the game of life. You are as young as your faith, as old as your doubt; as young as your self-confidence, as old as your fear, as young as your hope, as old as your despair.
So long as your heart receives messages of beauty, cheer, courage, grandeur and power from the earth, from man and from the Infinite, so long you are young. When the wires are all down and all the central place of your heart is covered with snows of pessimism and the ice of cynicism, then you are grown old indeed and may God have mercy on your soul.
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