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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2014年8月20日水曜日

本当の戦争の話をしよう

「本当の戦争の話をしよう」(ティム・オブライエン著、村上春樹訳)を読んでいます。
淡々とベトナム戦争に出兵した若き兵士達の物語が綴られています。
まだ読み始めたばかりですが、若き兵士が二人死にました。唐突に、そしてあっけなく。
死んだ兵士の亡骸は、ヘリコプターに運ばれて戦地を離れます。けれど生き抜いた兵士は、さらに奧への行軍が続きます。

奧とはどこか?本の言葉を借りるなら、そこはおぞましい行為が行われるところです。
兵士達は、日中、奧に続く道なき道を行軍し、夕方生き残ったものはたこつぼ(一人用壕)に入り、順番に見張りをしながら休みます。

7話「本当の戦争の話をしよう」では、小休止中に一人の兵士が死にました。
カート・レモンは友だちのラット・カイリーと手榴弾でキャッチボールをしていた最中、ブービートラップ(仕掛け爆弾)を踏んづけて閃光に引き裂かれたように粉々になりました。沈む部隊、落ち込むラット・カイリーの前に一頭の子牛が現れます。
カイリーは、子牛に缶詰の食料を与えようとしますが、子牛は見向きもしません。
カイリーは、缶詰を置き、銃に手をかけ、膝に向かって弾丸を放ちます。さらに耳を吹き飛ばし、脇腹を撃ち、下あごを吹き飛ばし、最後は銃をオートマテックにして子牛に向かって弾丸を乱射しました。他の兵士達は、遠巻きに、カイリーの身の毛もよだつ行為を眺め、それが終わると、虫の息の子牛を古井戸の中に放り込みました。
この行を読んでいて、映画「地獄の黙示録」のクライマックスシーンが甦りました。
縄で縛られた水牛が、息絶えるまで、何度も長刀で刻まれるのです。それはカーツ大佐の最後を物語っていました。
そしてもう一度、文面に戻ります。そして子牛を一人のベトナム兵、もしくは迷い込んだベトナムの少年、と読み替えてみます。

ティム・オブライエンは、兵士の一人、ミッチェル・サンダースの口を借り戦争について語ります。

以下本文抜粋---
戦争は決して晴れることのない深く不気味な灰色の如きものである。
彼らはそれを精神的な感触として知る。
そこには明確なものは何ひとつとしてないのだ。
何もかもがぐるぐると渦を巻いて見える。
旧来の規則はもうその効力を失っている。
旧来の真理はもはや真理ではない。
誤ったものの中に正しきものがどくどくと注ぎ込まれている。
カオスの中に秩序が混ざり込んでいる。
憎しみの中に愛が、美の中に醜さが、アナーキーの中に法が、野蛮の中に文明が。
霧は君をすっぽりと呑み込んでしまう。
自分が何処にいるのか、何故そこにいるのか、君にはわからない。
ただひとつはっきりとわかるのは、どこまで行っても解かれることのないその二重性だけだ。
戦争において君は明確に物事を捉えるという感覚を、失っていく。
そしてそれにつれて何が真実かという感覚そのものが失われていく。
だからこう言ってしまっていいと思う。
本当の戦争の話の中には絶対的真実というものはまず存在しないのだと。
以上抜粋---

教育を受け、愛を知り、道徳を実践する文明人が、一番恐れることはなにか?について考えて見ました。そして思い浮かんだのは
「心の奥底に封印されていたおぞましき悪意が、表に出て自分を侵食していくこと」
という考えです。
そして、心の奥底でおぞましき悪意を封印したパンドラの箱をこじ開ける鍵こそ、戦争だと思うのです。

69年前に終わった戦争で、生き残った兵士達の脳裏には、おぞましき風景が焼き付いていたことと察します。それは身を焼き尽くすほどの業火であったのではとも察します。
それでも生き残った兵士は、農夫となり、工員となり、商人となって、この国の復興のために心血を注いで働いて下さいました。平和な国を作るために働いて下さいました。
そして今、私たちの国はあるのだと思うのです。

生き残った元兵士達が、作られたのは平和な国「日本」です。世界中のどこにもない、世界にひとつだけの戦争を放棄した国「日本」です。いまさらどこにでもある国になる必要がどこにあるのか、と思います。

2014年8月12日火曜日

衝撃ニュースです。名優ロビン・ウィリアムさんが亡くなりました。

衝撃ニュースです。
アメリカのSNS向け新興メディア、バズフィード(BuzzFeed)が年内中に日本進出というニュースを見て、読めもしないのに、BuzzFeedのサイトを開きました。

http://www.buzzfeed.com/ellievhall/robin-williams-is-dead-at-63

そこで
Robin Williams Is Dead At 63
という見出しを見ました。

名優ロビン・ウィリアムさんが、11日カリフォルニア州の自宅で死亡してるのが発見ささました。自殺です。享年63歳です。

大好きな俳優でしたので、衝撃を覚えました。

関連記事
http://www.cnn.co.jp/showbiz/35052233.html


2014年8月10日日曜日

台風第11号は、10時過ぎ赤穂市付近に上陸しました。

赤穂市から直線にして約40㎞東に位置するここ高砂も、猛烈な風雨です。



暴風圏に入った模様です。

午前8時30分を過ぎて
北東の風が強くなってきました。
播磨の国は、いよいよ暴風圏に入ったものと思われます。

台風の目

台風11号は、午前6時すぎ高知県安芸市付近に上陸しましたね。昼前には播磨の国付近に再上陸の見込みです。
午前7時のNHKニュースで高知市内の映像が映りました。無風状態で台風の目に入っているのだと思いました。

昨夜、家族で台風の話をしていたら、妻が自慢げに
「私、子供の頃台風の目を見た事があるの」といいます。
「雲の切れ目から見えたの」といいます。
どんな目やった?ぱちくりしてた?と思わずからかいますと、睨まれてしまいました。
娘がすかさず
「青空が見えるのよ」とフォローをしてくれ、
大事(妻の台風の如くの小言の嵐)に至らず助かりました。



2014年8月9日土曜日

台風11号襲来

昨日午後から降り始めた雨は、途切れる事なく降り続いています。
近づく台風11号に刺激されて、日本列島に横たわる停滞前線が刺激されているのです。
気温も低くなっています。姫路では、昨日夕方から今朝にかけて22度前後で推移しています。

台風11号は、強い勢力とゆっくりとした足取りで、明日の早朝高知県に上陸し、四国、近畿を縦断するコースを進んでいます。
雨と風の脅威を、明日の午後まで警戒しなければなりません。



2014年8月5日火曜日

昨日、兵庫県警硬式野球部「県警桃太郎」合同練習会を見学しました。

7時、小雨降る中自宅を出発、東に向けて走ります。行きは山陽道を利用しました。神戸北で下り三田に向かいます。地図はすべて頭の中です。そして間違う事無く8時半頃三田警察署前に到着しました。

受付が9時半からであったので、喫茶店を探して休憩を取る事にしました。
それは頭の中の地図にない行程で、すっかり道に迷い、結果余裕なくトイレと弁当だけを買い、耕太郎を降ろす事になりました。
午前中は警察署内会議室で説明会、そして午後、県警野球部の練習グラウンドに場所を移して合同練習に参加です。
練習グラウンドは、警察署から北に6㎞上がった場所にあり、場所は当たりでしたが、グランドへ通じる小路がわからず、結果一番最後の到着となりました。

合同練習への参加は23名でした。
内ほとんどが高校生で、一人は福島から夜行バスで参加していた、と耕太郎から聞きました。耕太郎は二十日ぶりのユニフォーム姿の出で立ちで、少しお腹の辺りが窮屈そうでした。
一人、中学時代に数ヶ月通ったクラブチームで一緒だった仲間が参加していて、会話が弾んだ様子です。でも他のメンバーは初対面です。それでもキャッチボールが始まると、皆顔に真剣さと明るさが灯り、一球一球相手のボールを確かめながら、相手の技量を推し量ります。そして自然と会話が始まります。

最初は打撃練習です。
しかし、練習不足はてきめんで、当たりそこねのゴロばかりです。
次は守備練習、レフトの守備に入ります。打球への反応と、内野への送球は社会人選手と遜色はありません。そしてだんだん活き活きしてきました。

三田についてからは、曇り空でも雨は一滴も降りませんでした。そして16時過ぎ、合同練習は終わりました。日差しはないものの、紫外線が強かったのでしょう、長時間見物して少し頭がクラクラしました。久し振りの練習を終えた耕太郎も、少し熱中症気味に陥っていました。近くで美味いものでも食って帰ろうと車を出しましたが、また道間違えて頭の中の地図にない場所へと向かいます。これではイカンととりあえず西向きに進路を変えて、初めての県道を走ります。気付くと中国道の側道です。

滝野社の中華そば大橋を目指す事にしました。
月曜日夕方の店は閑散としていました。二人それぞれ二杯中華そばを頂きました。
しばしの休憩で耕太郎の熱っぽさは少し収まった様子です。
そして、播磨中央公園の中を抜け加西を目指します。林の中を巡る涼しい風にすっかり熱気は払われて心地よいドライブとなりました。

耕太郎は、これから就職活動に入ります。
何処に行くか、何をするか、しっかりと心を決めて欲しいと願います。
そして、いつまでも野球を友にして欲しいとも願います。