お早うございます。
昨日は、年末から体調を崩していた兄に会いに、さくらを伴って神戸に行ってきました。兄は電話で会話した時の印象よりもずいぶん回復していましたし、久しぶりに甥にも会いました。
さくらが友だちっちに遊びに行く予定がありましたので、早々と兄宅を出て、さくらに持たすケーキを買うため、元町で車を止めてプチぶらしました。
先月、チュートリアルの番組で元町のケーキ店を紹介していたので、その中の大好きなパイケーキの店をめざしたのですが、私の記憶違いで見つからず、それから数件ケーキ店を回りましたが、さくらの
『ちゃーう』で却下され
だだぶら、元町界隈を歩かされてしまいました。((+_+))
南京町で、呼び込みのおばちゃんの声にひかれて入った店は『韓国家庭料理の店』で、高畑淳子さん似のおばちゃん(といっても同年齢か若いかもしれない)が気さくなおしゃべり好きな人で、小さい店でしたが好印象を持ちました。
おばちゃんと暫し会話をした後、
おばちゃん曰く
『あなた中国人?』中国人に見えるといわれました。
『日本人ですよ、でも同じアジア人ですからね』
そうです、南京町は、中華系のお店ばかりでなく、タイ料理の店も、インド料理、韓国料理、日本料理、イタリア料理、フランス料理店だってあります、南京町はグローバルな横町なのです。
驚いたのがさくらの敬語、おばちゃんに丁寧に受け答えするのでした。
『さくら、お前なんやそれ~』
『こんなん常識やん』
さすが接遇を学ぶもの、エライと思いつつ、とうちゃんも丁寧に扱こうてと思った次第です。
そしてその後も、車で神戸から長田と回りましたが、結局神戸ではケーキは買えず、加古川の、初めてのケーキ店でケーキを買いました。さくらを厄神まで送り、そして帰ってきました。
ああしんどかった。。。
大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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パンデミックと戦うことを考える
昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...
2012年1月4日水曜日
2012年1月1日日曜日
唖然です。。。
仕事から帰ってきて、風呂に入って一服してから、パソコンの電源を入れると。。。
うんともすんとも言いません、ハードディスクが壊れたようです。(・0・)
ちょっとやらねばならん用事がありましたが、できなくなりました。T(;_;)Tオテアゲェー
ちなみに、これは息子のパソコンで書いています。
1月1日
パソコンが復旧するまで、しばらく書き込み休止です。(ToT)/~~~
うんともすんとも言いません、ハードディスクが壊れたようです。(・0・)
ちょっとやらねばならん用事がありましたが、できなくなりました。T(;_;)Tオテアゲェー
ちなみに、これは息子のパソコンで書いています。
1月1日
パソコンが復旧するまで、しばらく書き込み休止です。(ToT)/~~~
2011年12月31日土曜日
ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』 その1
書名: 『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』
THE SHOCK DOCTRINE THE RISE OF DISASTER CAPITALISM
著者: NAOMIM KLEIN
訳者: 幾島幸子・村上由見子
出版社:岩波書店
Copyright ©2007 by Nomi Klein
First published 2007 by Metropolitan Books,
This Japanese edition published 2011 by Iwanami Shoten,Publishers,Tokyo
by arrangement with Naomi Klein
2011年9月8日第1刷発行
ショック・ドクトリンとは、
「惨事便乗型資本主義 = 大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革」
を示す用語であり、2007年にカナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クラインさんがその実態を告発した書の名であります。
始めに二つの研究があった。
一つは経済政策における
シカゴ大学経済学者ミルトン・フリードマンが提唱した『純粋な自由放任主義』である。それは、あらゆる規制や保護、たとえば『社会保障制度』『公的医療制度』『社会福祉』『労働者保護制度』など取っ払って、すべてを市場に委ねるという『完璧な市場原理主義』の研究であった。
1940年代のアメリカは、大恐慌そして大戦によって疲弊した大多数の『労働者階級』の国民が、共産主義化また社会主義化することを防ぐために、建国のテーゼというべき自由主義から一転、富の再分配と社会保障を経済施策として実施した。
またアメリカ国外では、南米、アフリカ、中東、アジア地域から植民地解放によって新しい国が次々に誕生し、それらの国々では、それまでの自然資源の輸出依存から国内指向型の産業振興・育成への転換(開発主義)、そして国内産業保護施策が図られた。
広大なフロンティアを前にして、規制や保護という障壁のために富を自由に支配できない企業家や資本家達は、そして自分たちの『ユートピア』を目論む『純粋な自由放任主義』の研究に近づき投資した。
しかし、急進的な学者でさえも研究の限界を感じていた。
『まったくの《白紙状態》の上に自分たちの望むとおりの経済政策の枠組みを丸ごと、完全な形で実現するという贅沢を手にすることはできない。』
そしてもう一つ、それはおぞましい研究であった。
1950年代にカナダ、マギル大学附属アラン記念研究所の精神科医ユーイン・キャメロンが行った『洗脳』の人体実験である。表向きは、病的な精神を破壊して、健全な精神を再構築するというものであった。
キャメロンはCIAからの潤沢な援助を受けた。そして精神疾患で訪れた患者を人体実験に使用し、そして研究を続けた。
キャメロンの『洗脳』、その第1段階は『脳の白紙状態化』である。
人は、学習や経験によって脳に知識や人格(思考・行動様式(パターニング))が形成される。その人格を極限的なショック、ストレスを与え続ける事によって破壊(脱行動様式(デパターニング))し、退行させることによって、『脳を白紙状態化』するのである。
そして『白紙状態化』が十分に達成された段階で『精神誘導』、自分たちに都合の良い偽りの行動様式を擦り込んでいくのである。
この研究の成果は、CIAに大きな恩恵をもたらした。それは身柄を拘束した者から情報を引き出す、或いは従順な道具にするための『拷問』手法の確立である。この『拷問』手法はマニュアル化され、現在、世界のあらゆる強制収容施設で実践されているという。
そして表向きの洗脳については、被験者のその後の経過から、『精神誘導』は全く効果がないと結論づけられた。そして身体的・精神的不調を与えられた生存者は今も苦しみながら生きているという。
そして二つの研究成果が結実した時、『ショック・ドクトリン』が誕生した。
アメリカ政府とグローバル企業は、戦争、津波やハリケーンなどの自然災害、政変などの危機につけこんで、あるいはそれを意識的に招いて、人びとがショックと茫然自失から目覚める前に、およそ不可能と思われた過激な経済改革を強行した。
ミルトン・フリードマンはその著書『資本主義と自由』の中で、世界の自由市場経済の基本ルールを示している。
--------
第一に、各国政府は利益の蓄積にとって障害となる規則や規制をすべて撤廃しなければならない。(規制緩和)
第二に、政府が所有する資産で企業が利益を上げられるものはすべて民間に売却しなければらない。(民営化)
第三に、公的プログラムにあてはまる予算は大幅に削減しなければならない。(社会支出削減)
さらには具体的な提言として
①税金は低く抑え、収入に関わりなく均一に課税する
②企業は世界のどこでも自社製品を販売する自由が与えられるべきであり、政府は自国の産業や所有権を保護しようとしてはならない
③労働力を含め、すべての価格は市場の決定に委ねるべきであり、最低賃金は定めてはならない
④医療、郵政、教育、年金さらには国立公園までも民営化すべき
を挙げている
----------以上、本書 上巻、第1部第2章78頁から引用
ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』日本語訳本は、今年9月に刊行されました。『THE SHOCK DOCTRINE The Rise of Disaster Capitalism』が刊行されて4年が経過しています。
私は、この大書の上巻を12月26日、加古川市立図書館で借り受けました。そして漸く第一部まで読み終えました。
序章:ブランク・イズ・ビューティフル -30年にわたる消去作業と世界の改変-
第一部 ふたりのショック博士 -研究と開発
第1章:ショック博士の拷問実験室
-ユーイン・キャメロン、CIA、そして人間の心を消去し、作り替えるための
狂気じみた探究-
第2章:もう一人のショック博士
-ミルトン・フリーマンと自由放任実験室の探究-
世界のこの10年を振り返ってみて、もっとも強い印象を残したものは、
2001.9.11に端を発したアメリカ主導によるイラク戦争、そしてアフガニスタン侵攻、いわゆる『テロとの戦い』『(米国主導の)正義の戦い』です。
そしてアメリカがこのテロとの戦いに費やしたコストの総計は10年で3兆2280億ドル。(ニューズウィーク9.11号)
この数字は翻って見れば、アメリカの一部のグローバル企業(軍需企業、軍関連の維持・管理企業、軍の生活全般をカバーする様々な企業)に大いなる潤いを与えたと読むこともできます。
そして、日本もその渦中にあるFTA(米国主導の自由貿易協定)。アメリカが突き上げる要求は、まさにミルトン・フリードマンが提唱した『世界の自由市場経済の基本ルール』そのものです。
アメリカを突き動かすグローバル企業や資本が、もはや広大なフロンティアでなくなった、地上の有限なる市場に『自由』という統一ルールを敷いて、その寡占をもくろんでいる、と考察することができます。
日本は今年、『大震災』と『原発事故』を経験しました。さらには日本企業の凋落と、そして社会倫理の瓦解を目の辺りにしています。そして私たち国民全体が『ショック』と『虚脱』から抜け出さずぬ間に、政権与党である民主党と野田政権は、国民をないがしろにした施策、大企業や資本家優遇施策を矢継ぎ早に断行しようとしています。
私たちは、現在の世界経済の本流であるグローバル化に乗り遅れてはいけない。しかし、為す術なく流されてはいけないし、溺れることがあってはなりません。
と同時に、私たちはこの国土の上で学び、働き、糧を得て生きています。その生活は第一に守り続けなければならない、そう思います。
また、様々な『ショック』が私たちを襲ったとしても、私たちはアイデンティティを、学び得た主義・主張を、そして良心を放棄してはならない、と思います。
『わたしたちのお仕えする神は、その燃え盛る炉や王様の手からわたしたちを救うことができますし、必ず救ってくださいます。そうでなくとも、ご承知ください。わたしたちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません』
(旧約聖書 ダニエル書3章17~18節)
現実は必ずしも自分の望んだようにはいかない。けれども、たとえ"そうでなくとも"神を信じて歩む。ままならない結果、悩みや悲しみの中に隠されている神様の心を探りながら歩む。それが、「良い木」として生きることではないでしょうか。と聖書は語りかけてくれます。
この『神』の部分を、『自分の良心』と読み替えれば、より心にすーっと染み込むと思います。
2011年12月26日月曜日
サンタが家にやって来た ♪
『さぁ あなたからメリークリスマス 私からメリークリスマス
サンタクロース イズ カミング トゥー タウン』
仕事から帰り、夕食を摂ってコタツで寝転んでいると、『ピンポン』と玄関のチャイムが鳴りました。妻と耕太郎が出て、玄関を開けますと、ワーという歓声と『耕太郎!』という若い呼び声が聞こえます。
私も玄関に顔を出し、玄関の外を見ますと、サンタの格好をした幾人かの少年の姿が見えました。
誰がいるのかよく見ようと眼鏡を外すと
誰かの声が『おっちゃん、眼鏡外した』と叫びます。
おっちゃんの眼鏡は読書用で、ちょっと離れるともう見えないのです、よく言う老眼なのです。それで眼鏡を外したわけです。ですが、外は暗くてやっぱり一人ひとりを特定することはできませんでした。
耕太郎はいそいそと外着に着替えて外に出、集団に加わって、『次は雄大っちや』と行ってしまいました。
暫くして耕太郎が帰ってきました。
あの集団は?と尋ねると
野村君が言い出しっぺで、昨日今日と3年生の仲間の家を次々に訪ね歩いているとのこと。阿弥陀は制覇し、今日は北浜を巡っているとのことでした。
まるでハロウィンの楽しみのようです。仮装して、家々を訪ね歩いて。。。
でも彼らはお菓子をねだるわけではなく、ただ寒空の下で、温かい笑顔を届けてくれたのです。
彼らのこころねは、本物のサンタクロースですね。
笑顔になれる贈り物、有り難うございます。
2011年12月24日土曜日
ビバ、クリスマス!
『きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。』
-ルカによる福音書2章11節-
お早うございます。そしてメリークリスマス!
いよいよ明日はクリスマスです。
6時頃外に出ますと、東の地平線から洩れ広がる明けの光で、天上の星々は空に溶けていました。静かな朝です。町の家々の屋根は霜で覆われています。まるでチョコレートケーキにパウダーシュガーをまぶしたよう、天もお祝いをしているのでしょうか。
クリスマスイブ の今夜、町々の教会ではクリスマス礼拝が執り行われます。
私は20年ほど前から子どもたちがまだ幼かった時代まで、よく家族でクリスマス礼拝に参加し、厳かな、でもとても心躍るクリスマスを楽しみました。
1995年12月24日(日) 、私は後母教会となった基督兄弟団西播磨めぐみ教会のクリスマス礼拝にて、鵜飼牧師の導きにより洗礼を授かりました。
キリスト教との出会い、というか聖書に初めて触れたのは、今から遡ること35年前、友達(イチャさんです)から譲り受けたコンパクトな聖書(福音書が納められていました。ミッション・スクールで配布されたものです)です。目次には『この様な心の時には、この御言葉を』という案内がありました。
私は、この案内で救われたことがあります。
20歳の冬でした。その日、その日も私は、金沢、片町のとある居酒屋で騒いでました。店に飾ってあった紙傘を開いて、即興の傘踊りに興じていたのです。
そして数日後、自宅に電話を入れると、その日、姉の1歳に満たない一人子が亡くなったことを知らされました。忸怩たる思いに押しつぶされ、一人で夜の町をあてもなく歩きました。そして、何度目かの電話ボックスから姉に電話をいれ、謝りました。
落ち着いてから寮の自室に戻り、友人から譲り受けた聖書を開きました。そして『悲しみ』についての案内で次の御言葉に出会いました。
『悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです』
-マタイによる福音書5章4節-
この御言葉に出会うまでは、聖書は、1960年代に作られ公開されたハリウッドのスペクタル映画、『天地創造』『十戒』『ベンハー』が描く、まさに壮大なスケールの絵物語として楽しんでいました。そう、『空想物語』として読んでいたのです。
でも、このマタイ伝の御言葉に出会い、本当に心が慰められれました。そして、それからは聖書は私の道しるべとなりました。
クリスマスには特に美しい物語が沢山あります。そして今日も今夜も素敵な物語が沢山紡ぎ出される事と思います。
どうか素敵な事柄に出会えますように
ビバ、クリスマス!
2011年12月23日金曜日
私たちの『希望』
福音館童話集『きょうの世界昔話』から
----------
むかしむかし、ギリシアの神ゼウスは、巨人のプロメテウスを呼んで言いつけました。
「ねんどで、我々と同じ姿をした生き物を作れ。わしが息を吹き込んで、命を与えてやろう」
プロメテウスが言いつけ通りの生き物を作ると、ゼウスはそれに命を吹き込んで人間と名付けました。
次にゼウスは、プロメテウスにこんな命令をしました。
「人間に生きていく為の、知恵を授けてやれ。ただし、火を使う事を教えるな。火は、我々神々だけの力。人間に火を使う事を教えると、我々の手におえなくなるかもしれんからな」
こうしてプロメテウスは、人間に家や道具を作る事、穀物や家畜を育てる事、言葉や文字を使う事などを教えました。
しかし火がなくては、物を焼く事も煮る事も出来ません。
いつも寒さに震え、真っ暗な夜は動物たちに襲われる恐怖におびえていました。
そこでプロメテウスはゼウスの言いつけにそむいて、人間に火を与える事を決心しました。
プロメテウスは弟のエピメテウスを呼ぶと、こう言いました。
「おれは人間たちを、とても愛している。
だから人間たちに、火を与えるつもりだ。
だがそれは、ゼウスの怒りにふれる事。
おれはゼウスに、ほろぼされるだろう。
だからお前が、おれの代わりに人間を見守ってやってくれ」
プロメテウスはそう言うと、太陽から盗み出した火を人間に与えたのです。
そして怒ったゼウスに山につながれて、ワシに食い散らされてしまいました。
間もなくゼウスは、職人の神へパイストスに命じて、この世で一番美しいパンドラを作らせると、エピメテウスのところへ連れて行かせました。
人間に火をもたらした罰に送り込まれたともいえるパンドラには、神々からさまざまな贈り物をさずけられていました。
美の女神 アフロディーテからは美しさを、アポロンからは音楽と癒しの力を、そして何よりゼウスは、パンドラに好奇心を与えていたのでした。
エピメテウスはパンドラの美しさに心を奪われると、パンドラを自分の妻にしました。
エピメテウスの家には、プロメテウスが残していった黄金の箱がありました。
黄金の箱は、病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなど、この世のあらゆる悪が閉じ込められていて、それらが人間の世界に行かないようにしていたのです。
プロメテウスはエピメテウスに、
「この箱だけは、決して開けてはならない」
と、言っておいたのですが、パンドラはこの美しい箱を見るなり、中にはきっと素晴らしい宝物が入っていると違いないと思いました。
そこで夫に箱を開けて欲しいと頼みましたが、エピメテウスは兄との約束で、決して首を縦に振りません。
するとパンドラは、
「あなたが箱を開けてくださらなければ、わたしは死んでしまいます」
と、言い出したのです。
そこでエピメテウスは仕方なく、兄との約束を破って箱を開けてしまいました。
そのとたん、箱の中からは病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなどのあらゆる悪が、人間の世界に飛び散ったのです。
エピメテウスがあわててふたを閉めますと、中から弱々しい声がしました。
「わたしも、外へ出してください・・・」
「お前は、誰なの?」
パンドラが尋ねると、
「わたしは、希望です」
と、中から声が返ってきました。
実はプロメテウスが、もしもの為に箱に忍び込ませておいたのです。
こうして人間たちは、たとえどんなひどい目にあっても、希望を持つ様になったのです。
----------
出典:http://hukumusume.com/douwa/pc/world/03/17.htm
21世紀最初の10年は、まさにパンドラの箱が開かれた様なものでした。
アメリカ同時多発テロから始まった正義の武力対立(民族主義、宗教教義主義等々)
無慈悲な市場原理主義、野放図な金融市場が引き起こす経済不安
大規模自然災害の襲来(地震、台風、熱波、かんばつ)
そして暴走した原子力の火
参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/21%E4%B8%96%E7%B4%80
これらの禍は、私たち人の愚かな行為、
『主義主張の押し売り』
『際限なき消費欲望、膨張欲望』
『負の遺産(借金、公害、責任)の先送り』
そして『自らへの過信』
が招いたものです。
そして世界に解き放たれた、
『悪意』『暴力』『偽善』『保身』そして
『妬み』『憎しみ』『悲しみ』『餓え』を元の箱に収め戻すためには、
何世紀という時間を要するでしょう。
しかし、私たちにはプロメテウスが与えてくれた
『火を扱う力』、創造し、創意工夫し、自らを進歩させる力
『希望』、夢を見、憧れを持って、今日を歩み明日に挑む力
があります。
2012年が、
私たち人が、この世界で
『どの様に生きてゆくべきか』また『どの様な役割を果たすべきか』を再考し、
この世界の幸せ、そして私たち人の幸せのための、新たな一歩を踏み出すファーストイヤーとならん事、信じたいと思います。
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