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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2016年1月30日土曜日

小説「母と暮らせば」、読みました

良い物語に、また一つ出会いました。
小説「母と暮らせば」です。昨年末に公開された山田洋次監督作品の小説版です。
著者は山田洋次監督と井上麻矢さん。映画公開にあわせたニュース番組で、この物語は麻矢さんの父である井上ひさしさんの「戦後命の三部作」の意志を継いだものであり、ヒロシマを舞台とした戯曲「父と暮らせば」と対になる物語であると話していました。
映画は、8月9日の原子爆弾の炸裂により一瞬にしてこの世から消え失せた青年が、亡霊となって母のもとをたずねるというところから始まるという話で、その青年を二宮和也、その母を吉永小百合、そして青年の許嫁を黒木華が演じているということで、是非に映画館で観たいと思っていました。でもロングランすると思って油断していたら、先週上映が終わってしまい、観ず終いとなりました。

三日前、ふらっと近くの書店をたずねたところ、新刊の棚にこの小説を見つけました。ぺらぺらと目次と最初の数頁を立ち読みしましたところ、音読に相応しい物語ではないかと直感し、購入して音読しました。
小説は、青年が亡くなって三年後の命日から始まります。そして青年が母のもとに姿を現してからの半年間を、青年と母そして許嫁それぞれが語り部となって、心情と会話によって物語を紡いでいました。青年が亡霊であることを除けば仲むつまじい母子の会話劇であり、また一番大切な人を失った二人の女性、その母とその許嫁の心の通い合いが描かれた、温かくて切なさ一杯の物語でした。
百数頁の物語は、何気なくも愛情の詰まった長崎弁での会話が綴られていました。長崎弁は不得意ですが、想像しながら長崎弁で朗読しますと、戦後直後の長崎の地に降り立った様な気持ちになりました。そして朗読するほどに、青年と母と許嫁の悲しみが私の心の中に流れ込んできました。

祝、甲子園初出場!

昨日、第88回選抜高校野球大会の出場校32校が発表されましたね。
兵庫県は明石商業と長田高校が選ばれました。共に春夏あわせて初めての出場です。
この数年、両校が出場した公式戦や練習試合を何度か観戦しました。両校の印象ですが、それは『選手の主体性の高さ』です。ひとり一人の選手が、グラウンドに入る時から出る時まで、めりはりがあって、きびきびとしていて、野球に向き合うその時間を本当に楽しんでいるんだなぁという印象を受けました。それは観戦する私にとってとても心地よい、まさに『Breeze is nice』な一時を与えてくれるものでした。

明石商業と長田高校の両校が共に勝ち上がり、真紅の優勝旗を兵庫県にもたらしてくれることを大いに楽しみにしています。本当におめでとうございます!

2015年12月20日日曜日

電子書籍第3弾『戦争についての話をしよう』



https://romancer.voyager.co.jp/?p=19208&post_type=epmbooks

電子書籍第2弾『読む映画』

2010年9月から書き始めたブログ『Field of Dreams』の記事の中に、観た映画のあらすじを思い出しながら書き留めた記事があります。それを幾つかチョイスして、一冊のエッセーにまとめました。タイトルは
Field of Dreams エッセー集3 読む映画
です。

https://romancer.voyager.co.jp/?p=19180&post_type=epmbooks

2015年12月17日木曜日

電子書籍を作ってみました。

このブログに書いてきた短編小説5編をもとに、電子書籍作成の老舗ボイジャーがインターネットに公開したRomancerというソフトを使い、電子書籍を作ってみました。

書籍のタイトルは、
Field of Dreams エッセー集1 短編集『野球小僧に逢ったかい?』
です。

2010年9月から書き始めたブログ『Field of Dreams』で掲載したショートショート、短編5編を一冊のエッセーにまとめました。タイトルは『野球小僧に逢ったかい?』です。 
一作目『野球小僧に逢ったかい?』は、当時中学で野球をしていた息子とその仲間達へのエールとして書きました。 
二作目『君なぁ、どないすんのや』も同じで、夏休みの読書感想文に苦慮する息子の様子を思い出しながら書きました。 
三作目『鳩と戯れる男』からは少し色合いが違って、社会の不条理を想いながら書きました。この話はトップ選びの不条理です。当時の首相を念頭に書きました。 
四作目『三人の王の物語』は、市場原理主義の不条理です。 
五作目『ロボット大国ニッポン』は、歪みつつある労働環境の不条理です。
アドレスは
https://romancer.voyager.co.jp/?p=18712&post_type=epmbooks
です。

2015年12月11日金曜日

戦争は「起こるものでなく起こすもの」

ひとたび戦争が始まってしまったら
誰にも止めることはできません
たとえ途中で間違いだと気づき
こんなはずではなかったと思っても
手遅れなのです

映像は使い方によって強力な武器となります
国民を動かし
戦争へ積極的に協力するよう導くのです


昨夜、NHKスペシャル「憎しみはこうして激化した~戦争とプロパガンダ~」を観ました。このドキュメンタリーを観て、戦争は「起こるものでなく起こすもの」、あるいは「作るもの」という事を実感しました。
そして、戦争を起こす国の指導者が如何に巧妙に、プロパガンダ(政治的意図を持つ宣伝)によって国民を戦争に向かわせたのかを知りました。

人は何故、戦争に向かうのでしょう?
召集令状(赤紙)という、国家というものからの拒むことができない命令があるからですが、だからといって、人は容易に人を殺すことなどできません。この「人殺ししない」という道徳心を人から奪うものが「憎しみ」であり「怨み」です。
この「憎しみ」や「怨み」を、国の指導者は、プロパガンダによって人々に植え付けて、敵を殺すことへの「ためらい」を奪い、そして人殺し、大量殺戮を「容認」させたのです。

そしてドキュメンタリーの最後に、当時アメリカ海兵隊員で戦地の映像撮影を指揮してたノーマン・ハッチ元少佐(94歳)のインタビューがありました。
冒頭のメッセージは、このハッチ元少佐の言葉です。

アメリカの指導者は、国民の戦意を高揚するために、また戦費を集めるために、そして容赦ない殺戮と新型爆弾(原子爆弾)の使用を肯定するために、敵である日本人を日本兵を、屈強で血も涙もない殺人モンスターに仕立て上げ、人類の敵、殲滅しなければならない悪に仕立て上げたのです。

何のために?
それは、
戦争を起こすため、戦争を続けるために
です。
そして、
敵の尊厳を奪い、命を奪い
自国民の良心を奪い、命を奪うのです。
これが戦争です。