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映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)” 先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。 ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、...

2016年1月30日土曜日

小説「母と暮らせば」、読みました

良い物語に、また一つ出会いました。
小説「母と暮らせば」です。昨年末に公開された山田洋次監督作品の小説版です。
著者は山田洋次監督と井上麻矢さん。映画公開にあわせたニュース番組で、この物語は麻矢さんの父である井上ひさしさんの「戦後命の三部作」の意志を継いだものであり、ヒロシマを舞台とした戯曲「父と暮らせば」と対になる物語であると話していました。
映画は、8月9日の原子爆弾の炸裂により一瞬にしてこの世から消え失せた青年が、亡霊となって母のもとをたずねるというところから始まるという話で、その青年を二宮和也、その母を吉永小百合、そして青年の許嫁を黒木華が演じているということで、是非に映画館で観たいと思っていました。でもロングランすると思って油断していたら、先週上映が終わってしまい、観ず終いとなりました。

三日前、ふらっと近くの書店をたずねたところ、新刊の棚にこの小説を見つけました。ぺらぺらと目次と最初の数頁を立ち読みしましたところ、音読に相応しい物語ではないかと直感し、購入して音読しました。
小説は、青年が亡くなって三年後の命日から始まります。そして青年が母のもとに姿を現してからの半年間を、青年と母そして許嫁それぞれが語り部となって、心情と会話によって物語を紡いでいました。青年が亡霊であることを除けば仲むつまじい母子の会話劇であり、また一番大切な人を失った二人の女性、その母とその許嫁の心の通い合いが描かれた、温かくて切なさ一杯の物語でした。
百数頁の物語は、何気なくも愛情の詰まった長崎弁での会話が綴られていました。長崎弁は不得意ですが、想像しながら長崎弁で朗読しますと、戦後直後の長崎の地に降り立った様な気持ちになりました。そして朗読するほどに、青年と母と許嫁の悲しみが私の心の中に流れ込んできました。

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