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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2011年4月29日金曜日

『ほんとうのさいわい』を探しに、手を携えて、前に進もう。内閣総理大臣、及び文部科学大臣からのメッセージ『新学期を迎える皆さんへ』

『Dream』、A3の用紙にコピーされた高砂市立鹿島中学校 第3学年、学年通信。その№2(平成23年4月26日(火))を昨日(4月27日)読んだ。5月の修学旅行(長崎、熊本)の目的、スケジュール等が書かれていた。

妻が裏面も読んで、というので裏返したら、そこに、
中学校、高等学校段階の生徒用『新学期を迎える皆さんへ』と題する菅直人内閣総理大臣、高木義明文部科学大臣連名の署名が記されている文章が掲載されてあった。
この文章は、4月6日に発表されたものと後で分かったが、毎日、ashahi.comのRSSをチェックしていたのにも関わらず、日々掲載される首相動向や枝野官房長官の会見は、ページを開いてまでして内容をチェックしなかった。
新聞も丹念に読む方であるが、この文章に気付かなかった。
もしかしたらマスコミ自体も、中学校、高等学校の生徒向けメッセージという程度の認識で、国民への重要な首相メッセージとして伝えなかったのではないか、そう思えてならない。

3月11日の、大地震、大津波と立て続けに日本列島を襲った自然の猛威により、多くの町が破壊尽され、多くの人命が奪われた。そして私たち日本人は、その後、約一ヶ月間、喪に服した様にすべてにおいて自粛を自らに課した。
しかし、その間も、被災地では日本中の消防士、自衛官、各国の救助隊が生存者救出に活動していた。そして、生存確立のタイムリミットが過ぎてからは、遺体の捜索・収容が主な活動となった。
破壊尽くされた町で、何とか生き延びた被災者も、何もかも奪われ着の身着のままで、避難所生活を強いられている。
多くの就学年齢の子どもたちが扶養者(とうさん、かあさん)を失った。
それでも、時間は止まることなく進み、春が訪れ、進学、進級を迎える。

この『新学期を迎える皆さんへ』は、彼らへの菅直人首相からの応援メッセージである。
と同時に、すべての日本人に対しての、『共に、自然と共生した本来の日本を新たに作り直そう』という表明であると受け取りました。

地震災害から一ヶ月が過ぎ、内閣や東京電力の対応のまずさを糾弾する声が、敵対する野党だけでなく、与党内からも噴出し、管降ろしが声高に叫ばれ始めました。マスコミも同様です。コメンテーターや、専門分野の学者までもが解説と糾弾の波に乗り遅れまいとしているようです。

私は、菅総理、管内閣が不安ならば、手弁当で身を預け、補佐し、支え、日本国民のため、日本の未来へ通じる道を開くために、持てる力を出し尽くして、あなたを国政に導いてくれた民意に答えるために、今こそ、全力で働く時だと思います。

地震発生直後、それでも日本人は、秩序正しく行動したと、世界の人々が驚嘆と共に賞賛して下さいました。多くの国、個人が他国である日本の危機のために奔走しく下さいました。これからは、日本の政を担う者が、全身全霊を掛けて、日本国民のため、世界の友人のために素早く、共に手を携えて行動すべきときです。

私たち国民は、政を担う者達の行動をチェックしています。そして、マスコミや企業、学問の府の動向もチェックしています。

原子力発電所の破壊と放射能漏れや、これからの地震、津波対策など、これまでの様な『想定』という自ら限界を設ける様な対応の繰り返しでは、問題の根源的対応にはならないことを私たちは知りました。大いなる自然の脅威に知らされました。

私たちは自然に対してもっと謙虚に、そして科学や技術の発展も、これまでの産業優先ではなく、人間が幸せになることを第一の目的において、社会システム、産業システム、経済システム、政治システムを再構築しなければいけない、そう思います。

司馬遼太郎さんが、20世紀末に書かれた随筆『21世紀に生きる君たちへ』では、21世紀は、20世紀の負の経験を生かして、人間にとってより良き社会が訪れる、またそういう社会を構築するために、子どもたちに『頼もしさ』『優しさ』『他人の痛みを感じる』人になって下さい、という言葉を贈られています。

それにも関わらず、1990年代からこれまでの約20年間、世界は新たな脅威(見えざる敵、ファントムとの戦い)に終始してしてきました。現実社会では、まだまだ様々な社会思想、宗教、民族の争いが耐えません。また、インターネットが繋ぐ仮想社会はボーダーレス化し、そこでは誰にでもチャンスを与えてくれると同時に、無秩序が犯罪の温床にもなっています。

私たちは、あらゆるものがそうであるように、光りあればその影が存在することをしっかりと理解し、影の部分(ダークサイド)に取り込まれないようにしなければいけません。
この度の原子力発電所の放射能漏れ問題、インターネット社会の問題、そして現実社会の問題然りです。

ただ、この東日本大震災で、司馬さんが『21世紀に生きる君たちへ』の中で、私たちに期待された、『優しさ』『他人の痛みを感じる』が証明されたことに深く感動を覚えました。

今、私たち一人ひとりが出来る事は、それぞれがこれまでに培った最も自信のある事柄で、新しい社会を設計し再構築するとか、学び・スポーツ・芸術の分野で次代を担う若者を育成するとか、教育・保育・社会的弱者のケアに尽くすといった、これまでの企業一遍通りの生き方ではない、それぞれが、それぞれの唯一の道を歩んで行き、それが最終的には、全人類、否、この世界で共に生きるすべての命と共に、より良き未来に、一歩一歩近づけたらいいなぁと思います。


p.s.
4月6日に発表された『新学期を迎える皆さんへ』は、とても平易な文章で書かれた、最近にない名文であると感激しました。
しかし、ある人はこの文章を見て、特に『日本の未来は、皆さんの双肩にかかっています』という箇所のみを引用して責任放棄だ、と批評されています。
また、実際にこれまでの対応を見ると、すべてが後手後手に見え、放射能漏れの問題、汚染された土地を放棄しなければならない問題、また日本有数の農作物の産地を失うことの問題等々二次三次の問題が、連鎖的に起こっています。

私は、この『新学期を迎える皆さんへ』を朗読し、朗読ビデオを作成しました。



音声以外に、
背景画として、東山魁夷さんの1948年作『郷愁 Homebound Road』を使わせて頂きました。
私は平成5年に姫路市立美術館で開催された『東山魁夷展』で、その崇高な絵画を観賞する栄誉に与りました。
展覧会場の入り口に配置された、巨大なキャンパスに描かれた『残照』に圧倒された記憶は今も鮮明に残っています。
そして、『月宵』『郷愁』『道』を観賞し、美しい日本の風景の神々しさをいつでも楽しめた当時(1940年代)の人々の、何気ない感謝の念に触れた思いがしました。

もう一つ、背景曲として、NHK21世紀大河ドラマ『坂の上の雲』のメインテーマ『Stand Alone』(作曲:久石 譲さん)を、現代の世界の歌姫"Sarah Brightman"さんのVocaliseの歌を使わせて頂きました。
この『Stand Alone』の雄大なメロディが大好きである事、そして小山薫堂さんの書かれた歌詞がとても気に入っていた点です。特にクライマックスの歌詞、
『わたしは信じる 新たな時がめぐる
凛として旅立つ 一朶の雲を目指し』
私たちはもう一度、坂の上の雲を目指すのかもしれません。
しかし、それは、富国強兵、産業革命、欧米化、植民地施策、拡張を名目とした戦争等というものとは180度反対の、
自然を畏れ愛し共生し、皆が安心し、皆がそれぞれに役割を担って働き、共に喜び合える社会を構築するという、『道』です。(『SlowFood』協会が提唱する、生活スタイルの考え方に共鳴した考え方です)
有史以来、そんな道を究めた歴史を持つ国はどこにもないでしょう。日本とて同じです。
しかし、謙って、感謝して、まずは日本人が協調し、隣国と協調し、そして世界中の国々、人々と協調するとという遙かな『道』の先に、きっとあります。私はそう信じたいと思っています。

改めて、朗読ビデオに二つの偉大な作品を使わせて頂きました。どうかお許し願えればと思います。


最後に、下記に、『新学期を迎える皆さんへ』の全文を掲載し、本文を終えます。
有り難うございました。

《平成23年4月6日(水)に発表された『新学期を迎える皆さんへ』全文》

月菅総理の演説・記者会見等
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201104/06message_chukousei.html

(中学校、高等学校段階の生徒用)
新学期を迎える皆さんへ

皆さん、入学、進級おめでとうございます。
皆さんは、この4月、希望に満ちた春を迎えるはずでした。
しかし、この春は、私たちにとって、とてもつらい春になってしまいました。
御存じのように、3月11日、あの未曾有の大地震と津波が日本を襲ったのです。
皆さんの中にも、ご家族を亡くされたり、あるいはいまも避難所から学校に通ったりしている生徒さんがいることでしょう。
避難所の中では、皆さんが率先して、お年寄りや身体の不自由な方を助け、掃除をしたり、食事の準備をしたりしてくれているという話をたくさん聞いています。皆さんがボランティアで活躍しているという知らせも、たくさん届いています。本当にありがとう。

直接被災をした皆さん。皆さんは、十代のもっとも人間が成長する時期に、この大きな試練に立ち向かわなければならなくなりました。
いま抱えているすべての悲しみや不安から、完全に逃れることはできないかもしれません。でもいつか、皆さんが、その悲しみと向き合えるようになる日まで、学業やスポーツ、芸術文化活動やボランティア活動など、何か一つでも夢中になれるものを見付けて、この苦しい時期を乗り越えていってもらえればと願います。
学校は、あらゆる面で、皆さんが、この逆境を乗り越えていくためのサポートをしていきます。

災害にあわなかった地域の生徒の皆さんにも、お願いがあります。
どうか、皆さんの学校にやってくる、避難してきた仲間たちを温かく迎えてあげてください。すぐ近くに、そういった友達がいなくても、遠く離れて不自由な生活をしている同世代の友達を、同じ仲間、友達だと思ってください。そして、被害を受けた仲間の声に耳を澄ましてください。
この大震災を通じて、日本国と日本社会は、大きな変化を余儀なくされます。この大震災からどうやって国を立て直していくのか。自然と共生して生きてきたはずの日本社会が、その本来の姿を取り戻すためには何が必要なのか。
もちろん復興の過程では、「がんばろう」という元気なかけ声が必要です。しかし、それと同時に、新しい社会、新しい人間の絆(きずな)を作っていくために、大きな声にかき消されがちになる、弱き声、小さな物音にも耳を澄ましてほしいのです。

東北が生んだ詩人宮沢賢治は、科学と宗教と芸術の力で、冷害・凶作の多かったこの東北地方の農民を、少しでも幸せにしようと考え、そのことに一生を捧げました。
どうか、他人の意見もきちんと受け止めながら、自分で合理的な判断ができる冷静な知性を身に付けてください。しかしそれだけではなく、他人のために祈り涙する、温かい心も育んでください。そして、芸術やスポーツで人生を楽しむことも忘れないでください。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』には、こんな言葉があります。
「僕、もうあんな暗やみの中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んでいこう」
賢治の言う「ほんとうのさいわい」とは何でしょう。この大きな災害と混乱の中で、皆さんに、このことを考えて欲しいのです。
もしも、それを皆さんが本当に真剣に考えてくれるなら、きっと皆さんは、どこまでもどこまでも、一緒に進んでいけるはずです。そしてその先には、もっともっと素晴らしい新しい日本の国の姿があるはずです。
忘れないでください。一緒に進んでいくのは、決して日本人だけではありません。今回の東日本大震災では、世界中からたくさんの支援が寄せられています。また、この非常時にあっても秩序正しく、理性を失わない日本人の姿に、世界中が驚き賞賛の声を揚げました。私たちは、世界と共にいます。  原子力発電所の事故に対して、危険をかえりみずに立ち向かう消防士や自衛官、電力会社の人たちの姿。各地の被災地で、救命救急活動にあたった警察官や医療関係者、そして何より、本当に命がけで皆さんを守ってくれた学校の先生たちの姿を忘れないでください。そして、みなさんも、もっともっと身体を鍛え、判断力を養い、優しい心を育んで、他人のために働ける人になってください。

日本の未来は、皆さんの双肩にかかっています。
あなたたちのその笑顔、ひたむきな表情が、いま家族や地域の人々を支えようと懸命にがんばっている大人たちに、勇気と希望を与えています。
私たちも、全力で、皆さんの支援に取り組みます。
本当の幸せを求めて、一緒に歩んでいきましょう。

              内閣総理大臣  菅  直人
              文部科学大臣  髙木 義明

2011年4月21日木曜日

必要なのか?『語彙・読解力検定』

今朝の朝日新聞朝刊に
『朝日新聞社とベネッセコーポレーションが共同で開発した「語彙・読解力検定」の第1回受検申し込み受け付け』という広告が一面サイズで掲載されていました。

asahi.com 2011/4/20 13:54
http://www.asahi.com/business/update/0420/TKY201104200288.html?ref=rss

「語彙・読解力検定」では、朝日新聞の記事などをもとに語彙や文章に関する知識と運用力、基礎的な読解力を問う新しいタイプの検定試験で、マークシート方式で測定する。と説明があり、今回は準1級(大学生、社会人)、2級(高校生~大学生、社会人)、準2級(中学3年生~高校生)の三つの級で実施するとのこと。
料金は準1級5千円、2級4100円、準2級3600円(税込み)と決して安い検定料金ではありません。

その昔、大学受験の国語試験では、朝日新聞の『天声人語』(朝刊第1面に、毎日書き継がれた、800字程度の文章で、その日伝えたいニュースを豊かな知識・経験識で補完され書かれた名文)から出題される傾向が強かったと聞きます。

実際に、自宅では朝日新聞を取っており、天声人語を含め、コラムの充実ぶりは、ニュース記事よりも、より深く出来事を掘り下げてあって、知的好奇心を高めてくれます。

それが、新聞が本来持つべき、読者に『洗練された文章で、情報を伝える』という目的、目標ではないのか、と思っています。

英検は、私が中学生の頃には既にありました。当時は現在よりも英語力の判断基準として強い影響力があったと思います。
しかし、現在では、実社会、特に企業では英語力査定は通称TOEIC(Test of English for International Communication 英語を母語としない者を対象とした、英語によるコミュニケーション能力を検定するための試験)のスコアーで行われ、また特にアメリカの大学へ進学するためには通称TOEFL(Test of English as a Foreign Language 外国語としての英語能力テスト)で一定の英語力を満たしていると判断されなければそのパスが与えられません。

1990年代以降に漢検ブームが訪れましたが、数年前に漢検協会の不正な運営が明らかになり、ブームも終わるかなぁと見ていましたが、日本人の、何かに没頭したい、トライしたいという欲求に合致しているのか、一時の『猫も杓子も』ほどではありませんが、漢検協会の運営も健全化され、一部の学校では、必須受験になっているところもあります。

そして、今度は『語彙・読解力検定』の登場です。
試験は『マークシート方式』で測定するとあります。『語彙』は、一見漢字と同様に暗記主体と思われますが、実社会での用法は千差万別で、コンピュータによる解析鑑定で良いのかと疑問を覚えます。『読解力』判定は、なおさら疑問です。

何故に先進諸国では、小、中、高と12年間も掛けて、義務教育をするのでしょうか。
それは、日本においては、明日を担う日本人を育てるという大義のもと、特に語学(母国語である日本語、そして英語の理解力、読解力、漢字・単語・語彙の暗記力・活用力、そして語学を親しみ、好きにすること)、数学(計算力、理論的解釈力、効率化等の創造力)を初等教育から高等教育に掛けて、徐々に教育・指導内容を高度化し、一定の力を身につけさせて、社会に送り出すためだと考えます。
また、この12年間、クラスで仲間と共に歩み、先生を指導者として仰ぐ、これにはコミュニケーション(伝える力)やリレーションシップ(関係を築く力)を育てるという意義もあると考えます。

語彙・読解力検定HP
http://www.goi-dokkai.jp/index.html

『教育現場では、全国の先生方より生徒や学生の読解力や表現力の低下を指摘する声が多く聞かれるようになってきました。
特に、教科や学科の専門用語ではなく、教科書に出てくる日常的なことばでつまずく生徒や学生が多く、それが先生方の指導の負担を大きくしているというお声をお聞きします。
PISA(OECD・生徒の学習到達度調査)の調査結果によると、日本の読解力は回復しつつあるものの、科学的リテラシーや数学的リテラシーは従来のようなポジションにまでは回復できていません。』
続いて、
『「教育テスト研究センター(CRET)」が2008年1~2月に小学校5年生と中学校2年生を対象に実施した調査によると、国語、算数(数学)、理科、社会の4教科について、「教科学習に関係する語彙問題(24問)」と「教科知識を活用する問題(2大問)=読解問題」を解いて結果を分析したところ、いずれの教科においても、語彙テストの得点が低い子どもは、知識活用テスト(読解力)の得点が低い傾向にあることが明らかになりました。
本来、学習とは学校に通う間のみ続くものではなく、生涯学習として一生続くものです。学習することで、社会とのつながりができ、同時に生きていく力を育むことにもつながっていきます。まずは「語彙力」と「読解力」が学力向上または、学びに欠かせない要素といえます。』
と書かれた、『開発背景』を読んで愕然としました。

問題とする、次代を担う日本人である子どもたちの学習能力の低下は、国家の怠慢のなにものでもないと思います。また、日本人として『このように育って欲しい』という、『このように』という『規範』も明確でない。これも問題です。
語彙・読解力検定の意義は理解しますが、企業が営利で行うべき問題ではなく、次代の日本人を育てる『一貫した、長期的視野に立った教育』を国家として、早急に取り組み、施行することこそ重要です。

この場合も教育行政機関は、(いわゆる小さな政府に徹し)明確で揺るぎない指針を立てることと、教育現場で日々奮闘される学校の先生からの職場環境改善要望、有効な授業手法などのフィードバックを受けて改善・共有化に努めるのみとし、実質的な生徒指導の権限はどんどん現場の先生に委譲すべきです。
国家として、教育現場で日々奮闘される学校の先生に地位の保障(権利)と保全(教育現場への横やりから守る)を守るとともに、職務に対する厳しく重い義務および責任も委譲する。
それが、教育現場で日々奮闘される先生の『遣り甲斐』を後押しするのではないかと思います。

指導者、教育者が『遣り甲斐』と、『教育しやすい環境』を得て、日々子どもたちと接する中で、指導方法・方式を工夫・改善・開発され、実践され、成果があれば、共有する。

それが、現在の様々な教育現場で起こっている問題や、生徒の学力低下問題を解決する、最適な手段だと考えます。

以前のブログでも書きましたが、義務教育に、企業の営利を混入してはいけないと考えます。学校(先生)が中心となり、学校の強い指導・指揮のもとで、保護者や地域社会も参加して、SNS、つまりソーシャルなネットワークを構築して、みんなで協力し合って変革していく。
それが必要だと考えます。

2011年4月20日水曜日

MLBとんでもニュース『チャップマン、171キロ出た!…スピードガン導入以降最速』

MLBから、また途方もないニュースが飛び込んできました。

速い速いと、噂では聞いていた、シンシナティ・レッズの投手、キューバ出身のA.Chapmanが、18日のパイレーツ戦で、球場設置のスピードガンで106mph(約時速171㎞)を記録。MLB公認スピードガンの計測だと105.1mph(約169㎞)で、共に昨年Chapman自身が記録したMLB公認最速投球速度を更新したとの事です。

スポーツ報知 平成23年4月20日(水)8時2分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110419-00000308-sph-base

Cincinnati Reds Site News
Video Title "Chapman on throwing 106 MPH"
http://www.youtube.com/watch?v=cAlnLfkppm0

まだ、スピードガンも何もない、アメリカの野球がほのぼのとしていた、今から半世紀以上前に、もしかしたら180㎞以上で投げていたのではないかと言われる投手がいたそうです。ですが、コントロールがさっぱりで、メジャーには昇格出来なかったとも言われています。
本当は、遙か彼方の、遠いアメリカのシンシナティで起こったとんでもないニュースが、インターネットを通じて、ニュース記事だけではなく、映像もすぐに見られる時代。

知る、という一点で考えれば、とても幸せな時代になったなぁと思いますが、私は、オハイオ州シンシナティに行った事がない。アメリカすら行った事がない。どんな空色で、どんな空気の香りで、どんな風景なのか360度で包まれた事がない。

『百聞は一見にしかず』、実際にグレート・アメリカン・ボールパークで観戦し、Chapmanの投球に捕手のミットが悲鳴をあげる音を聞いてみたい。大観衆の歓喜の声に混じり込んでしまいたい。そう感じたニュースでした。

『エースとは』、元巨人そして阪神のエースだった故小林繁さんが残した言葉

今日、母の薬を貰いに、みやけ内科、そして処方箋を持ってひまわり薬局に行きました。

薬が出来上がる間、今朝の『日刊スポーツ』紙を広げて読みました。
一面は、昨夜の阪神vs.巨人延長10回裏、新井兄弟が主役となった阪神サヨナラ勝利の記事です。

昨夜は、先発能見が3回までに連続7奪三振を奪い、4回表、坂本だったか、三振に打ち取れば、球団新記録(連続8奪三振)という場面を丁度テレビで観ていました。惜しくもショートゴロで記録達成とはいきませんでしたが、能見は顔色一つ変えず、素晴らしい投球を続けます。阪神の先発投手として、本当に久し振りのエースと呼べる投手が生まれた、と感慨に耽りました。能見が並んだ、過去の投手は、小山正明(高砂高校出身ですよ!)、故村山実、そして私の永遠のヒーロー江夏豊です。

そしてコラムに、昨年1月に急死された、元巨人そして阪神のエースとして活躍された故小林繁さんが仰っていたという『エースとは』という言葉が書かれていました。

以下引用-----

エースとは、守る野手が自分のピッチングを見て、ここまで投げているのだから、必ず守ってやる、打ってやると感じてくれるような投手である。
それが、俺が目指したところだった。
手を抜いたり、緩めたりしない。エースは体を張って投げてこそ、エースなのだ。

以上引用-----

故小林繁さんは、巨人で押しも押されぬエースでありながら、ドラフトの盲点を突いた巨人(そして阪神も共犯)が、空白の一日で、阪神がその年、ドラフトで1位指名権を獲得していた江川卓を入団させ、即小林さんとトレードした事件です。小林さんにとっても世間にとっても青天の霹靂の出来事でした。

それはともかくとして、『エースとは』という故小林繁さんのエース論はとても興味深いです。
野球はチームスポーツと言われながらも、エース、そして四番打者に注目が集まります。彼らの様な特別な存在がいるチームは強い、特にプロ野球ではその傾向は顕著です。当然ながら地位も名誉も独り占めです。
1990年代までは、プロスポーツの世界においてその傾向は強かったと思います。

故小林さんと対極な姿勢(虚勢)を貫いたのが江夏豊です。

昭和48年8月30日(木)の中日ドラゴンズ戦で、延長11回をノーヒット・ノーランで投げ抜き、11回裏、自らホームランを打って試合を決めました。その時の勝利コメントとして『野球は一人でも出来る』という言葉が良くも悪くも、それ以後の江夏豊というタレントを決定付けたと思います。

故小林さんも江夏豊もプロ中のプロです。本気の戦いの中で、周りを見渡す余裕があるのですから、凄いです。ただ、チームメイトを味方に付けるという点で小林さんは一枚上の役者であり、才人であったと思います。

中学野球、学生野球に関連づけるのは少々無理がありますが、例えば、あなたが投手で、しかも調子が今ひとつの状態でマウンドに上がったとします。捕手との呼吸も合わず投げたいボールが要求されない。また、走者が溜まってピンチで気持ちに余裕がなくなっても、周りの野手までもが気落ちして、声かけもない。
あなたならどうしますか?
捕手の要求に従い、押さえられれば良し、打たれれば捕手に責任をなすりつけますか?
ピンチの時、野手もみんな気落ちしている状況で、投げ、打たれて、万一エラー等で得点されたら、そのチームメイトを睨みますか?

『ここは舞台、私は主役』、なんか昔合ったドラマのセリフみたいですが、あなたが、差配し、周りに気を配れたら、心に余裕が生まれ、投げたいボールを投げ、周りを鼓舞する事だって出来ます。あなたが主役であるからです。周りの誰かがミスをしてもカバーするのが主役の務め、そう自分を律する事ができれば、万一そういう場面を迎えても、笑顔で『ドンマイ』と声をかける事が出来るでしょう。

そこまで、自分をコントロールするのは至難です、それが出来るのは一握り、それこそ、その道で成功する人だけかもしれません。
ただ、模倣はできます。真似る事は出来ます。学ぶ事は出来ます。

自分のため、延いてはチームのため、時にわがままになってもいいのではと思います。
苦しい状況下において、『苦しんで勝つ』より『苦しみを楽しんで勝つ』方が、余程、次に繋がるのではないかと思います。

以上は、子どもたちへ、というだけではなく、自分へのメッセージでもあります。

心に残った選手の『言葉』(4月10日の祝勝会での出来事)

第24回高砂市中学校春季軟式野球大会に優勝してから早十日が経ちます。


あの日、閉会式の後、高砂一旨い焼き肉店『まねきや』(※知り合いの店だから、ヨイショOKですよね、でもホンマにボリュームといい、肉の旨さといいGood!です。)で、午後2時から祝勝会を開きました。

食事が一通り済んだ後、3年生部員一人ひとりから優勝の感想を述べて貰いました。
また、監督、部長をはじめ父母や他の部員から質問し、その質問にも回答してもらいました。

私は、二人の部員の言葉が、特に印象深く残りました。

まず、孝鯛。
小学生の頃から野球を始め、体も1年の頃からずば抜けて大きかった。俊足である、という事も人伝に聞いていました。
一昨年(2009年)12月に神戸の大原中学で行われた1年生大会では、ピッチャーを務めました。投球練習を見ていて、ゆったりと大きく投げるサウスポーは、迫力十分だな、と思いましたが、プレーが掛かると途端に、フォームが小さくなりストライクが全く入らない。バッターとして、初打席初ヒットで素晴らしい結果を出しましたが、その後、何度も監督から『走れ!走れ!』と大声で指示されるも、中々スタートがきれず、やっと走ったと思ったら、悠々二塁で走塁アウト。
ウン?と思いました。
新チームになって、練習試合にでても、打席でも自信無さげがありありで、大きな体を窮屈に体を丸める様な感じで、本人は色々と試しているのでしょうが、結果が出ませんでした。
守りの方は、それ以上不安で、外野手として容易なフライもポトリと落とす、実際に昨年末まで、結果はでず、控え選手に甘んじていました。
それが、冬トレが終わった3月始めの練習試合では、長打をかっ飛ばし、また外野守備も無難に処理できる選手に変貌していました。
しかし、3週目に入り、最初の結果が良すぎたのか、大振りが目立ち、打者として中々出塁できなくなりました。
しかし、今年最初の公式大会、彼は『9』の背番号を背負い、2戦目宝殿中戦、途中守備固めのためにベンチに下がりましたが、荒井中との決勝戦もライトのポジションをしっかり最後まで務め、守りきりました。また、攻撃では、自慢の俊足をフル回転して全力で走っていました。そして、優勝を決めたとき、グラウンドに立っていました。
その孝鯛が、みんなの前で強く意志を表明しました。
『これからの試合も、一桁の背番号を付けてグラウンドに立ちます』。
一度、冬レトの練習を観に行った事がありましたが、孝鯛の二塁からホームへの走塁は、迫力満点でしかも速い。相手捕手には、恐怖を与えるだろうなと、感じた事を思い出します。

そして、大成。
3年生部員11名の中で、ただ一人小学校で野球経験が無く、でも『野球が好きだから』野球部に入ったと、(そう人伝に)聞いていました。
体も11名の中で一番小さい、しかし先の1年生大会では、ピンチヒッターで打席に立ち、粘り食らいついて、内野安打を勝ち取りました。
今大会では、彼は背番号『10』を背負い、控え選手でした。
1回戦、高砂中戦で4回表に代打で出場、粘って四球を選びました。この回、チャンスが拡がり、ホーム上でクロスプレーを演じましたが、アウト、しかしアグレッシブなスライディングでした。
この大会では、守備機会はありませんでしたが、練習試合ではライトやレフトのポジションを守り、内野手が後逸した時、しっかりカバーに入って、ピンチの拡大を防いでいます。
私は彼に尋ねました『君の役割はなんですか』と。
大成は『まじめに野球に取り組む事です』、そう回答を返してくれました。

孝鯛と大成、現鹿島中野球部部員全員に共通する『シャイな少年』です。
しかし、祝勝会の席上で、しっかりと気持ちを伝えた二人でも在りました。

彼らの様な部員がいるから、チームの中に良いライバル意識や関係が生まれ、また野球に真摯になって打ち込めるのだと、今そう思っています。


p.s.
公式大会になると、全員に背番号が与えられるわけでなく、背番号が与えられなかった部員はベンチに入る事が出来ず、私たち父母と同じく、背番号のないユニフォーム姿でスタンドの最前列、チームメイトの一番近くで、必死の応援です。肉体はスタンドに在っても、言霊となって、グラウンドに飛び出し、グラウンドに立つチームメイトとともに戦っている、と私は思っています、本心です。しかしまた、この様な考え方は、控え選手への身勝手な気持ちの押しつけではないのか、そう自問もします。

野球部員の諸君、おっちゃんは、軽薄で、すぐ熱くなってしまいます。
うるさければ『うるさいです』と言って下さい。でも笑顔で言って下さいね。
とにかく、今は、父母の仲間とともに、君たちの溌剌としたプレーを、笑顔を追い続けます。

2011年4月18日月曜日

『第34回加古川地区中学校大会 2回戦 加古川中戦』観戦記

すっかり春の陽気に包まれた4月17日(日)、加古川市の桜の名所として賑わう日岡山公園内にある野球場(両翼92m、照明施設完備)で、この日の試合予定、第4試合(14:30-16:00)に組み込まれた、加古川中戦が、雄大-拓樹のバッテリーで、鹿島中先攻でプレーボールしました。

https://picasaweb.google.com/115534743271292658497/20110417Sun342#

初回2死から、絶好調の3番幸伍、4番真己の連続長打でまず1点を先取。
3回表には、凌のセンターオーバーの二塁打と3塁進塁、そして幸伍の犠飛で効率的に2点目を奪い、3回裏に1点を返されたものの、4回表にはノーアウト1・2塁から走者を二度も3塁に遅れないという悪いリズムを吹き飛ばす、2死から悠介の長打で3点目、続く凌のタイムリーで4点をあげた。5回表にも拓樹のタイムリーで5点と加古川中を突き放した、・・・かと思った試合は、6回に大きく揺れた。

”5-1”、勝っている状態で迎えた6回裏の加古川中の攻撃は、孝鯛のワンマンショーとなった。
先頭打者のライトフライを好捕した後、加古川中の逆襲が始まり、先ずライト前ヒットの返球ミスから1点を返され”5-2”。続く打者のライト前ヒットを後逸(エラー)して”5-4”。そして最終打者の当たりは、ライト線を襲う厳しい打球、しかし孝鯛は臆する事無く、自慢の俊足を活かしてランニングキャッチし、勝ち越しの状態で7回を迎えた、迎えようとした。
しかし、本大会の特別ルール『90分を越えて新しいイニングに入らない』によって、この6回裏の加古川中の攻撃終了でゲームセットとなり、勝利で終えた。

6回裏の守りについては、4回も孝鯛(ライトの打球処理)に守備機会があり、その為、つい孝鯛の守備に目が奪われがちですが、後逸時においては、センター耕太郎のカバーが遅れたという耕太郎の油断は見逃せないし、雄大-拓樹のバッテリーも、踏ん張りどころで、踏ん張りきれなかった。
何よりチーム全体に、先週の優勝を掛けた大一番の試合で見せた様な『絶対に勝つ』という強い闘志が感じられなかった。
それが、5回6回の攻撃時の好機で、もっと効率的に効果的に得点をあげられなかった要因だと思うし、また内野守備においても考えられないイージーミスがあった。ヒットを打たれたとき、外野手は送球に躊躇していた。

先週、平成22年度チームは、チーム発足後、公式大会で初優勝を飾りました。しかし、その前週の試合ではぼろぼろででした。そこが中学野球の、実に面白いなぁと思うところであります。チームが不安定になったり、一枚岩の戦う集団と化したり、毎日が変化の連続なのでしょう。

今回の試合で、各自が課題を見つけて、今週の練習で課題克服に取り組めば、週末の試合では、また自信溢れる『戦う集団』に変身している事でしょう。

選手達には、自分が『成長』『変化』『変身』するための、『課題』を常に追い求めて欲しいと思います。それが、『成長』の基礎となりエネルギーとなります。

何度も繰り返してきたフレーズですが、『自分を信じて、チームメイトを信じて、鹿島中野球を信じて』、日々の練習に取り組み、悩みがあれば練習の中で、身につくまで、監督・部長に食らいついて指導を仰ぎ、試合では、練習で得た自信を糧に、ゲームにただ集中して、守り、攻撃し、全員で戦い、そして『勝利』して下さい。

4月23日の3回戦、播磨南中戦も君たちの『勝利』を信じています。

2011年4月17日日曜日

『立ち止まるとき~悲しみの向こう側~』私の大好きな、震災被災者への魂の『応援歌』です。

日付が変わり1時を回っていました。最近寝不足だったので、夕食後寝入ってしまっていました。今日の野球の準備をしなければと、風呂に入って着替えてから、パソコンを起動すると、メールに、
『inakamonful さんがあなたの YouTube チャンネルに登録しました。』
というメッセージが入っていました。
早速、
inakamonfulさんのYouTubeページ『THANK YOU ALL OVER THE WORLD』
http://www.youtube.com/user/inakamonful
を訪問しました。

inakamonfulさんが、震災のエールとして作られ、自ら歌われた歌
『立ち止まるとき~悲しみの向こう側~』を聴きました。何度も聴きました。


美しい風景や心象スケッチのスライドをバックに、中島みゆきさん若かりし頃のような、美声でありながらも軽やかで素朴な歌声と、そして愛情に溢れた歌詞、聞き惚れてしまいました。聴き終わって何度も、清流やそよ風の心地よさを感じました。
大好きになりました。

歌詞を、聴き拾いながら書き出してみました。inakamonfulさんには、事後承諾を頂く旨、メッセージを残しました。


『立ち止まるとき~悲しみの向こう側~』
作詞・作曲・歌 inakamonfulさん

人は時々 孤独のワナの中 作り笑いの奧で
でもそれは 時の神 カイロスのついた
ため息のせいかな

ねぇ君、心の中に 隠してる 事かを(気持ちを) 声に出してごらん
悲しみの 向こう側に 微笑んでいる 君がいるはずさ

ウゥ- 寂しさに   背を向けて 走る君を
見てる人がいる きぃっと(きっと)どこかで
君を見ている 人がいるはず


たとえ先にも 側にある苦しみの
心感じたなら
君はもう 優しさで
口元すこし 歪んでいるんだ

ウゥ- 過ぎてゆく
時の意味を  忘れた君を
思う人がいる きぃっと(きっと)どこかで
君を思ってる 人がいるはず

ウゥー 切なさの
涙降る 意味の心は
人を愛する 時をまぁってる(待ってる)
いつか来る日を まあって(待って)いるんだ


 私は、inakamonfulさんの震災復興へのエールだけでなく、被災された方々一人ひとりに向き合って、『悲しみの向こうには、きっと笑顔が、良い事が待っているよ』そして『君は一人じゃないよ、みんなが見守っているよ』という、メッセージにふれ、とても感動しました。

inakamonfulさんさんは在野の素晴らしいアーティストです。
(もしかしたら、有名なアーティストが名を伏せて掲載されているのかもしれませんが)

もう一曲、YouTubeにアップされています。YouTubeページのタイトルともなっている
『THANK YOU ALL OVER THE WORLD』です。

繰り返される『ありがとう』という言葉が、心に響きます。
この震災で、世界中から多くの友人が支援の為に日本に、東北に駆け付けて下さいました。
日本の政府は、まだ震災復興の明日も見えていない暗雲の中で、世界に対してトンチンカンな感謝のメッセージを発信していましたが、
私は、inakamonfulさんの、今はとにかく『ありがとう』『有り難うございます』
そして『これからもどうぞ宜しく』というシンプルなメッセージこそが今、本当に日本が世界の友人に発信すべきメッセージだと思います。

p.s
YouTubeをやっていると、素敵な出会いがあります。昨今ITで注目されているキーワード『SNS(社会的なネットワーク)』。日本では、企業がSNSをもとにして新しいビジネス商品を開発しようと躍起ですが、SNSは、もともとビジネスの『B』とはまったく違った、人と人との繋がりを啓発するためのツールとしてうまれたものです。
その点をはき違えずに、社会基盤を再構築する事にSNSが有効に利用できればと思います。

あっ、それらかこの歌に熱中してしまっていて、今、5時を回っていますが、野球の事なにも出来ていません・・・。まぁ、いいか、昼に不断さんに謝っとこっと・・・。