9月1日防災の日の新聞に、防災の日の由来である大正12年(1923年)9月1日正午前に発生した関東大地震で大規模な火災が起こってしまったのは、当日に日本海を北上する台風があって、その台風の影響で関東地方に海からの強い南風が吹いていたことも原因の1つの書かれていました。
調べてみると、「デジタル台風」のサイトに、当時の天気図が掲載されていました。
1923年9月1日:関東大震災と天気
http://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/contribution/weather-chart/005.html.ja
今年は、8月に過去最大の9個の台風が発生し、3個の台風(15,19,20)が日本列島に上陸しました。
そして8月28日(火)、9番目に発生した台風21号が日本列島を、近畿地方を、播州地方を直撃するコースで迫ってきています。
この台風21号は、過去最悪の被害を日本にもたらした伊勢湾台風(1959年台風第15号)に非常に酷似し、勢力を衰えぬままに明日日中に四国に上陸し、速度を上げながら近畿地方、北陸地方を通過するという予報が出ています。
秋雨前線は日本列島の北へと移動し、秋雨前線が活発になって大雨、長雨になる心配は無いけれど、台風21号に進路の北東にあたる地域は、豪雨と暴風に見舞われることになりますね。
直近に日本に上陸した台風20号は、深夜零時頃に姫路付近に再上陸しました。その前後2時間ほどは、凄い雨と風でした。でも、今回の台風21号は、前以上の雨風が起こる想定で、身構える必要がありそうですね。
夕方、雨戸を閉めて、家の周りの飛ばされそうなものは飛ばないようにしっかりと片付けたいと思います。
そして避難、どうするか・・・
私の住む北浜町は、昔は大雨と高潮が重なると西浜川が氾濫して洪水が起こりました。現在は、河口の水門に排水ポンプ場が設置されて、川の氾濫による洪水の危険はほぼなくなりましたが、山から流れ出る水を受け止める田畑がめっきり減少したため、低い土地はまだまだ洪水の危険があります。
また一本松をはじめとする日笠山連山は雑木林があって、雨と風の降りようによっては、倒壊の危険も想定しなければならないでしょう。
避難、どうするか。この町では、これまで緊急に避難を要する災害に見舞われていないため、集団で避難する、逃げるという行動経験がありません。
結局は私も、家族とともに家の中で台風の通過を見守ることになりそうですが、万一、60メートルを超える突風や竜巻でも起これば、古い木造家屋であるためひとたまりも無いでしょうね。
避難、どうするか。ここが思案の為所です。
大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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パンデミックと戦うことを考える
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2018年9月3日月曜日
2018年9月1日土曜日
プロ野球の不思議
セリーグは今年も広島の独走ですね。残り5球団はクライマックスシリーズへの出場権をかけて、これからようやく本気勝負?なんでしょうか・・・
正直、面白くないからプロ野球の試合は見なくなりました。阪神、期待していた選手、まったく伸び悩んでいますね。素晴らしい球場、そして数年前に思い切った首脳陣の入れ替えがあったけど、年を重ねる度に期待はどんどんしぼんでいきます。
それはそうとして・・・
数年前から思うことですが、ペナントレース終盤の残りゲーム数が、特に巨人と阪神に差があるように思います。今年も9月1日現在で、残りゲーム数が一番少ない巨人が21試合、一番多い阪神はなんと33試合です。12試合も阪神が多いのです。一昔前、クライマックスシリーズが無かった頃なら、阪神は巨人よりも二週間以上もただ試合を消化するために戦わなければならないのです。阪神は、試合内容もそうですが、試合の消化も締まりが悪い様に思います。これではファンはついては行かないだろうと思います。
こういう消化試合を解消し、かつペナントレースからクライマックスシリーズ、日本シリーズと緊張感を持続できるようにするためには、MLBを見習って、ペナントレースの終了日を統一して厳守する。そのためにはペナントレース中に試合を確実に消化できるようにしなければいけないと思います。そして、ペナントレースが終了して、日を開けずにクライマックスシリーズ、日本シリーズを行って欲しいと思います。
もう一つ付け加えるなら、
クライマックスシリーズファーストステージは一試合のみ
ファイナルシリーズは、ペナントレースのゲーム差により
ゲーム差 0~0.5なら7戦(優勝チームアドバンテージ0)
ゲーム差 1.0~4.5なら6戦(優勝チームアドバンテージ1)
ゲーム差 5.0~9.5なら5戦(優勝チームアドバンテージ2)
ゲーム差 10.0~なら4戦(優勝チームアドバンテージ3)
もっとスピーディーでスリリングになるのではと思います。
そしていつまでも弱くファンサービスができないチームは、もっと厳しい状況にして、チームの改革を促すようにしなければ、プロ野球の将来は無いのではと思います。
正直、面白くないからプロ野球の試合は見なくなりました。阪神、期待していた選手、まったく伸び悩んでいますね。素晴らしい球場、そして数年前に思い切った首脳陣の入れ替えがあったけど、年を重ねる度に期待はどんどんしぼんでいきます。
それはそうとして・・・
数年前から思うことですが、ペナントレース終盤の残りゲーム数が、特に巨人と阪神に差があるように思います。今年も9月1日現在で、残りゲーム数が一番少ない巨人が21試合、一番多い阪神はなんと33試合です。12試合も阪神が多いのです。一昔前、クライマックスシリーズが無かった頃なら、阪神は巨人よりも二週間以上もただ試合を消化するために戦わなければならないのです。阪神は、試合内容もそうですが、試合の消化も締まりが悪い様に思います。これではファンはついては行かないだろうと思います。
こういう消化試合を解消し、かつペナントレースからクライマックスシリーズ、日本シリーズと緊張感を持続できるようにするためには、MLBを見習って、ペナントレースの終了日を統一して厳守する。そのためにはペナントレース中に試合を確実に消化できるようにしなければいけないと思います。そして、ペナントレースが終了して、日を開けずにクライマックスシリーズ、日本シリーズを行って欲しいと思います。
もう一つ付け加えるなら、
クライマックスシリーズファーストステージは一試合のみ
ファイナルシリーズは、ペナントレースのゲーム差により
ゲーム差 0~0.5なら7戦(優勝チームアドバンテージ0)
ゲーム差 1.0~4.5なら6戦(優勝チームアドバンテージ1)
ゲーム差 5.0~9.5なら5戦(優勝チームアドバンテージ2)
ゲーム差 10.0~なら4戦(優勝チームアドバンテージ3)
もっとスピーディーでスリリングになるのではと思います。
そしていつまでも弱くファンサービスができないチームは、もっと厳しい状況にして、チームの改革を促すようにしなければ、プロ野球の将来は無いのではと思います。
2018年8月24日金曜日
真夜中に通過した台風20号
真夜中0時頃、台風20号が姫路周辺に上陸しましたね。
結果的に真北に進む台風の中心が通ったために、雨風共に想像していたほどではなくて、良かったです。台風の進路の東側となった和歌山、三重、近地では神戸では、記録的な雨風が吹きました。
そして台風が日本海に抜けて12時間経ちますが、まだまだ強風が吹き荒れています。
結果的に真北に進む台風の中心が通ったために、雨風共に想像していたほどではなくて、良かったです。台風の進路の東側となった和歌山、三重、近地では神戸では、記録的な雨風が吹きました。
そして台風が日本海に抜けて12時間経ちますが、まだまだ強風が吹き荒れています。
2018年8月23日木曜日
高砂市、とても心許ないです。
スマートフォンに高砂市からの避難準備情報が表示されました。
それで詳細を知ろうと高砂市のホームページを開こうとしますが、何も帰ってきません。
18:20分になっても開きません。
姫路市、加古川市は開きます。
こんな非常時に、復旧しない。
高砂市のWebサーバーだけダウンしたのでしょうか
とても心許ないです。
それで詳細を知ろうと高砂市のホームページを開こうとしますが、何も帰ってきません。
18:20分になっても開きません。
姫路市、加古川市は開きます。
こんな非常時に、復旧しない。
高砂市のWebサーバーだけダウンしたのでしょうか
とても心許ないです。
2018年8月21日火曜日
試合途中だけれど・・・
試合途中だけれど・・・
なんだろう涙が出てくる。
あれほど冷静沈着であった吉田投手が、体全身のバネを使って糸を引く様な剛速球を投げ込んでいた吉田投手が、もうただキャッチャーミットにどうにか投げ込んでいるという状態だ。
試合前から全身痛みがあっただろうけれど勝つという強気がそれに勝っていた。でも、いまはもう腕は下がり、全身の痛みに必死に堪えながらマウンドを守っている、その悲壮感が伝わって涙が出てくるんだろう。
でもマウンドから下がれば、もう吉田投手の夏は終わる。吉田投手だけでなく、金足農業ナイン、9人の夏は終わる。
でも・・・、もういいんじゃないか、とマウンドから下がることを願う私がいる。
もういいんじゃないか、もういいんじゃないか。監督さんもとても苦しんでいると想像します。
しかし、恐るべきは大阪桐蔭の打線です。
もういいんじゃないか、とも思うけれど、やっぱり最後まで手を緩めずに攻撃を続けて欲しいとも思う私がいる。
なんだろう涙が出てくる。
あれほど冷静沈着であった吉田投手が、体全身のバネを使って糸を引く様な剛速球を投げ込んでいた吉田投手が、もうただキャッチャーミットにどうにか投げ込んでいるという状態だ。
試合前から全身痛みがあっただろうけれど勝つという強気がそれに勝っていた。でも、いまはもう腕は下がり、全身の痛みに必死に堪えながらマウンドを守っている、その悲壮感が伝わって涙が出てくるんだろう。
でもマウンドから下がれば、もう吉田投手の夏は終わる。吉田投手だけでなく、金足農業ナイン、9人の夏は終わる。
でも・・・、もういいんじゃないか、とマウンドから下がることを願う私がいる。
もういいんじゃないか、もういいんじゃないか。監督さんもとても苦しんでいると想像します。
しかし、恐るべきは大阪桐蔭の打線です。
もういいんじゃないか、とも思うけれど、やっぱり最後まで手を緩めずに攻撃を続けて欲しいとも思う私がいる。
第100回全国高等学校野球選手権記念大会 準決勝 秋田 金足農 対 西東京 日大三高
テレビで、近江戦のさよならツーランスクイズという劇的逆転勝利を観て、金足農業の試合を絶対観たいと思い、準決勝日大三高戦を観に甲子園球場に行きました。
7時40分、内野席チケットブースに並んでいましたが、手前で完売の表示、急いで外野席のチケットをゲットしました。
朝の甲子園球場は、とても爽やかでした。そして、その爽やかな風とともに準決勝第1試合、金足農業対日大三高の試合が始まりました。
もう一瞬たりとも目を離す事が勿体ないほどの息もつかせぬ好ゲームでした。
そしてチーム金足農業が2-1で勝利しました。
YouTube再生リスト
第100回全国高等学校野球選手権記念大会 準決勝 秋田 金足農 対 西東京 日大三高
今大会注目の投手吉田君は、ランナーがいなければ小気味よいテンポで投げ、ランナーが出れば、よく走者を気にして投げ急ぐ、なんてことは全くなくて、牽制はランナーを刺しに全力で行い、そして十分な間合いを計って、打者の一段も二段も凄味のあるボールを投げ込んでいました。もうそれを観るだけで惚れ惚れしました。
日大三高の繰り出す三投手、広沢君、河村君、井上君も吉田君に負けない素晴らしいボールでピンチを救っていました。見応えのある大好きな投手戦でした。
それでも2試合観るのは、体に堪えました。外野席は思った以上に小さくそして固かったですし、午後を回った日差しは殺人的に熱く、5回裏同点の場面で球場を後にしました。
この5回桐蔭高校は3点を取り、これが決勝点となったんですね。
でも、注目の4番センター藤原君、2回表済美の先取点に続く追加点の場面で、センター前ヒットで本塁に駆け込む二塁走者をものすごい強肩で刺したのを見られたのは、とても感動でした。
今日の決勝、昨日15時頃甲子園球場を後にしましたが、その時点でチケットブースに並ぶ人波がありました。そして、その一人が息子で、今、センター後方の外野席に陣取って、決戦を今か今かと待ちわびている様子です。素晴らしい決勝県を期待します。
7時40分、内野席チケットブースに並んでいましたが、手前で完売の表示、急いで外野席のチケットをゲットしました。
朝の甲子園球場は、とても爽やかでした。そして、その爽やかな風とともに準決勝第1試合、金足農業対日大三高の試合が始まりました。
もう一瞬たりとも目を離す事が勿体ないほどの息もつかせぬ好ゲームでした。
そしてチーム金足農業が2-1で勝利しました。
YouTube再生リスト
第100回全国高等学校野球選手権記念大会 準決勝 秋田 金足農 対 西東京 日大三高
今大会注目の投手吉田君は、ランナーがいなければ小気味よいテンポで投げ、ランナーが出れば、よく走者を気にして投げ急ぐ、なんてことは全くなくて、牽制はランナーを刺しに全力で行い、そして十分な間合いを計って、打者の一段も二段も凄味のあるボールを投げ込んでいました。もうそれを観るだけで惚れ惚れしました。
日大三高の繰り出す三投手、広沢君、河村君、井上君も吉田君に負けない素晴らしいボールでピンチを救っていました。見応えのある大好きな投手戦でした。
それでも2試合観るのは、体に堪えました。外野席は思った以上に小さくそして固かったですし、午後を回った日差しは殺人的に熱く、5回裏同点の場面で球場を後にしました。
この5回桐蔭高校は3点を取り、これが決勝点となったんですね。
でも、注目の4番センター藤原君、2回表済美の先取点に続く追加点の場面で、センター前ヒットで本塁に駆け込む二塁走者をものすごい強肩で刺したのを見られたのは、とても感動でした。
今日の決勝、昨日15時頃甲子園球場を後にしましたが、その時点でチケットブースに並ぶ人波がありました。そして、その一人が息子で、今、センター後方の外野席に陣取って、決戦を今か今かと待ちわびている様子です。素晴らしい決勝県を期待します。
2018年8月16日木曜日
昨日行われた全国戦没者追悼式を観て、思った事
昨日行われた全国戦没者追悼式の式辞で、安倍首相は「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時も忘れません。」とスピーチされました。
ここでエイブラハム・リンカーンの「ゲティスバーグ演説」を引用させて頂きます
アメリカ南北戦争で、双方4万5千人以上の戦死者を出し、もっとも悲惨な激戦地となったゲティスバーグの勝利後、戦没者墓地の開設式で行われた演説です。
※ゲティスバーグ演説。
https://americancenterjapan.com/wp/wp-content/uploads/2015/10/www-majordocs-gettysburg.pdf
『87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神に育まれ、人は皆平等に創られているという信条に捧げられた新しい国家を、この大陸に誕生させた。
今われわれは、一大内戦の最中にあり、戦うことにより、自由の精神を育み、自由の心情に捧げられたこの国家が、或いは、このようなあらゆる国家が、長く存在することは可能なのかどうかを試しているわけである。われわれはそのような戦争に一大激戦の地で相合している。われわれはこの国家が生き永らえるようにと、ここで生命を捧げた人々の最後の安息の場所として、この戦場の一部を捧げるためにやって来た。われわれがそうすることは、まことに適切であり好ましいことである。
しかし、さらに大きな意味で、われわれは、この土地を捧げることはできない。清め捧げることもできない。聖別することもできない。足すことも引くこともできない。われわれの貧弱な力をはるかに超越し、生き残った者、戦死した者とを問わず、ここで戦った勇敢な人々がすでに、この土地を清め捧げているからである。世界は、われわれがここで述べることに、さして注意を払わず、長く記憶に留める事も無いだろう。しかし、彼らがここで成した事をを決して忘れる事はできない。ここで戦った人々が気高くもここまで勇敢に推し進めてきた未完の事業をここで捧げるべきは、むしろ生きているわれわれなのである。われわれの目の前に残された偉大な事業にここで身を捧げるべきは、むしろわれわれ自身なのである。
それは、名誉ある戦死者達が、最後の全力を尽くして身命を捧げた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわらが一層の献身を決意することであり、これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国の神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれはここで固く決意することである。』
リンカーンは、戦死者達の遺志を受け継いで、また彼らの死を決して無駄にしないために、『この国の神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために』という大事業を必ずや成して、名誉ある戦死者達らに捧げなければならない、と決意を語っていました。
しかし、日本はどうであったでしょうか。
戦後70有余年が経って、長らく眠っていた戦争の記録が徐々に白日の下にさらされるようになりました。
昨年は、NHKのドキュメンタリー「インパール作戦 戦慄の記録」に衝撃を受けました。軍のエリートが戦術のない無謀な作戦「(何百人、何千人、何万人)日本の兵隊を殺したら、敵陣を奪えるか」を立案、統帥者である天皇に挙げることなくエリート独断で作戦を強行し、インド北東部、ジャングルの奥地インパールへ十万の兵隊を過酷な従軍を強いて送り込みます。しかし、インパールの激戦で、戦術と物量の勝るイギリス軍には勝てないと分かるやいなや、エリートは兵隊を残して一目散に日本に逃げ帰り、兵隊には、「生きて虜囚の辱めを受けず」を通達して玉砕を命令し、その結果、インパール作戦に従軍して戦死した、ジャングルで餓え死にした、そして病死した人々は5万とも6万とも言われます。そして戦後、エリートは自責の念を抱える事無く、戦犯の罪から逃れる事に奔走し、方やインパールの地獄から生きて日本に辿りついた兵隊は、悲惨な記憶を誰にも伝える事無く、戦後を生きて、そして罪過の念を抱えながら亡くなっていきました。
※参考ページ
SYNODOS-「空襲は怖くない。逃げずに火を消せ」、戦時中の「防空法」と情報統制
https://synodos.jp/politics/13238
今年のNHKドキュメンタリーは「ノモンハン 責任なき戦い」でした。
満州国を守備する関東軍のエリートが、大本営にも挙げずに、ソ連国境、大平原のノモンハンに6万の兵隊を従軍させて、越境し、日本軍の四倍の兵力と戦車という武器で迎え撃つソ連軍と壮絶な衝突の末、壊滅的に兵力を失います。生き残った兵隊は、無駄死にしないために撤退や捕虜となりますが、エリートは撤退した兵隊、捕虜となって引き渡された兵隊を「生きて虜囚の辱めを受けず」に殉じなかった罰として、軍法会議にもかけずに、人知れず自死を強要しました。そして自死した人たちの死亡理由は闇に葬られました。ノモンハン事件を後で知った天皇は、激怒しエリートを処罰するよう命令を下しますが、その命令は実行されず、エリートは軍閥の中で昇進の階段を登っていきました。
戦後、エリートは戦犯の罪から逃れるために、責任のなすりつけに終始しました。そしてアメリカ軍の聞き取り調査の中で天皇の話をするとき「天ちゃん」「天さん」と軽々しい呼び名で天皇の事を語っていました。
天皇は、時の統帥者で、生き神で、何より重んじなければならない存在のはずが、エリートにとっては天皇という威光を笠に着るだけで、天皇でさえ蔑ろにしていた事を知りました。
そして、以上の事から私は、安倍首相が言うような「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものである」とは決して思いません。それは、骨の一本、髪の毛一本でさえ家族の元に帰る事が許されず非業の死を遂げた戦没者の無念を思い、偽りの名誉で戦没者の魂を鎮めようとすることは、彼らへの冒涜に思えるからです。
戦後73年を経過しても尚、エリートの末裔は自ら戦争の検証を行わず、自らの戦争の記録や記憶に蓋をしたままです。
戦没者の無念を本当に思うならば、彼らの死んだ本当の理由を明らかにすること、そして彼らと彼らの家族、子孫に謝罪し、二度と彼らの様な非業な死を繰り返さない事に誓いを立てる事だと思います。
それは、戦争の犠牲となった、戦争で被害を被った外国の人たち、国に対しても同じです。
謝罪し、二度と犠牲にしない、被害を与えないことを誓い続けることが、本当の信頼に繋がると思います。
ここでエイブラハム・リンカーンの「ゲティスバーグ演説」を引用させて頂きます
アメリカ南北戦争で、双方4万5千人以上の戦死者を出し、もっとも悲惨な激戦地となったゲティスバーグの勝利後、戦没者墓地の開設式で行われた演説です。
※ゲティスバーグ演説。
https://americancenterjapan.com/wp/wp-content/uploads/2015/10/www-majordocs-gettysburg.pdf
『87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神に育まれ、人は皆平等に創られているという信条に捧げられた新しい国家を、この大陸に誕生させた。
今われわれは、一大内戦の最中にあり、戦うことにより、自由の精神を育み、自由の心情に捧げられたこの国家が、或いは、このようなあらゆる国家が、長く存在することは可能なのかどうかを試しているわけである。われわれはそのような戦争に一大激戦の地で相合している。われわれはこの国家が生き永らえるようにと、ここで生命を捧げた人々の最後の安息の場所として、この戦場の一部を捧げるためにやって来た。われわれがそうすることは、まことに適切であり好ましいことである。
しかし、さらに大きな意味で、われわれは、この土地を捧げることはできない。清め捧げることもできない。聖別することもできない。足すことも引くこともできない。われわれの貧弱な力をはるかに超越し、生き残った者、戦死した者とを問わず、ここで戦った勇敢な人々がすでに、この土地を清め捧げているからである。世界は、われわれがここで述べることに、さして注意を払わず、長く記憶に留める事も無いだろう。しかし、彼らがここで成した事をを決して忘れる事はできない。ここで戦った人々が気高くもここまで勇敢に推し進めてきた未完の事業をここで捧げるべきは、むしろ生きているわれわれなのである。われわれの目の前に残された偉大な事業にここで身を捧げるべきは、むしろわれわれ自身なのである。
それは、名誉ある戦死者達が、最後の全力を尽くして身命を捧げた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわらが一層の献身を決意することであり、これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国の神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれはここで固く決意することである。』
リンカーンは、戦死者達の遺志を受け継いで、また彼らの死を決して無駄にしないために、『この国の神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために』という大事業を必ずや成して、名誉ある戦死者達らに捧げなければならない、と決意を語っていました。
しかし、日本はどうであったでしょうか。
戦後70有余年が経って、長らく眠っていた戦争の記録が徐々に白日の下にさらされるようになりました。
昨年は、NHKのドキュメンタリー「インパール作戦 戦慄の記録」に衝撃を受けました。軍のエリートが戦術のない無謀な作戦「(何百人、何千人、何万人)日本の兵隊を殺したら、敵陣を奪えるか」を立案、統帥者である天皇に挙げることなくエリート独断で作戦を強行し、インド北東部、ジャングルの奥地インパールへ十万の兵隊を過酷な従軍を強いて送り込みます。しかし、インパールの激戦で、戦術と物量の勝るイギリス軍には勝てないと分かるやいなや、エリートは兵隊を残して一目散に日本に逃げ帰り、兵隊には、「生きて虜囚の辱めを受けず」を通達して玉砕を命令し、その結果、インパール作戦に従軍して戦死した、ジャングルで餓え死にした、そして病死した人々は5万とも6万とも言われます。そして戦後、エリートは自責の念を抱える事無く、戦犯の罪から逃れる事に奔走し、方やインパールの地獄から生きて日本に辿りついた兵隊は、悲惨な記憶を誰にも伝える事無く、戦後を生きて、そして罪過の念を抱えながら亡くなっていきました。
※参考ページ
SYNODOS-「空襲は怖くない。逃げずに火を消せ」、戦時中の「防空法」と情報統制
https://synodos.jp/politics/13238
今年のNHKドキュメンタリーは「ノモンハン 責任なき戦い」でした。
満州国を守備する関東軍のエリートが、大本営にも挙げずに、ソ連国境、大平原のノモンハンに6万の兵隊を従軍させて、越境し、日本軍の四倍の兵力と戦車という武器で迎え撃つソ連軍と壮絶な衝突の末、壊滅的に兵力を失います。生き残った兵隊は、無駄死にしないために撤退や捕虜となりますが、エリートは撤退した兵隊、捕虜となって引き渡された兵隊を「生きて虜囚の辱めを受けず」に殉じなかった罰として、軍法会議にもかけずに、人知れず自死を強要しました。そして自死した人たちの死亡理由は闇に葬られました。ノモンハン事件を後で知った天皇は、激怒しエリートを処罰するよう命令を下しますが、その命令は実行されず、エリートは軍閥の中で昇進の階段を登っていきました。
戦後、エリートは戦犯の罪から逃れるために、責任のなすりつけに終始しました。そしてアメリカ軍の聞き取り調査の中で天皇の話をするとき「天ちゃん」「天さん」と軽々しい呼び名で天皇の事を語っていました。
天皇は、時の統帥者で、生き神で、何より重んじなければならない存在のはずが、エリートにとっては天皇という威光を笠に着るだけで、天皇でさえ蔑ろにしていた事を知りました。
そして、以上の事から私は、安倍首相が言うような「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものである」とは決して思いません。それは、骨の一本、髪の毛一本でさえ家族の元に帰る事が許されず非業の死を遂げた戦没者の無念を思い、偽りの名誉で戦没者の魂を鎮めようとすることは、彼らへの冒涜に思えるからです。
戦後73年を経過しても尚、エリートの末裔は自ら戦争の検証を行わず、自らの戦争の記録や記憶に蓋をしたままです。
戦没者の無念を本当に思うならば、彼らの死んだ本当の理由を明らかにすること、そして彼らと彼らの家族、子孫に謝罪し、二度と彼らの様な非業な死を繰り返さない事に誓いを立てる事だと思います。
それは、戦争の犠牲となった、戦争で被害を被った外国の人たち、国に対しても同じです。
謝罪し、二度と犠牲にしない、被害を与えないことを誓い続けることが、本当の信頼に繋がると思います。
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