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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2018年3月1日木曜日

考えさせられる「せかいでいちばんつよい国」の物語

オリンピック期間中はまるで休戦していたかの様に、オリンピックが終わって再び北朝鮮の脅威と憲法第9条改憲論争がやかましくなってきました。
その様子を見てふと、一冊の絵本の事を思い出しました。数年前に武田鉄矢さんがあるテレビ番組で読むべき本として紹介された「せかいでいちばんつよい国」です。
高砂市立図書館にありましたので、さっそく借りて読みました。
読んでみて、想像とずいぶん違う感想を持ちました。
この物語には三つの国が登場します。

一つは、世界一強い軍隊を持つ大きな国です。
その国の国民は自分たちの暮らしが世界で一番素晴らしいものだと固く信じていました。
その国の大統領は、国民に対して「世界中の人々が我々と同じように幸せに暮らせるよう、すべての国を征服しよう!」と号令し、軍隊を引き連れて他国に次々と戦争をしに出かけます。

二つは、大きな国から戦争を仕掛けられて、命がけで戦った国々です。
しかし最後は、世界一強い軍隊に打ち負かされて殺されて敗北し、征服されてしまいます。

三つは、大きな国に最後に戦争を仕掛けられた、とても小さな国です。
その国の国民は、大きな国の軍隊がやって来たとき、刃向かうのでは無く、まるで友人が訪ねてきたことのように歓迎し、大きな国の大統領にはこの国で一番大きくて立派な家を進呈し、兵隊は各家々で、心を込めてもてなしました。このために小さい国では戦争は起こりませんでした。

大きな国の兵隊は、小さな国の人々と交流する中で、この小さな国の楽しい話や楽しい歌、珍しい遊びを楽しみます。また小さな国の美味しい料理を楽しみ、兵隊の仕事がないときは小さい国の人々の仕事を手伝うようになりました。
それを見た大統領は、怒って緩んだ兵隊を国に帰し、新しい兵隊を呼び寄せます。でもしばらく経つと、また同じような事になりました。大統領は、この国を管理するのに軍隊はいらないと考えて、見張りだけを残して国に帰ることにしました。
大統領がいなくなるのを見届けた見張りの兵隊は、普段着に着替えて小さな国の人々の様に生活する様になりました。

小さな国から帰還した大統領と兵隊は、大きな国の国民から「世界を救う正義の味方!大きな国は強い国!」と盛大に出迎えを受けました。
懐かしいふるさとに戻った大統領はほっとしながらも、国民の様子が変わったことに気づきます。あちこちの家から小さな国の料理の匂いがしてきます。小さな国の遊びが流行り、小さな国の人々と同じ服を着ている人も見かけます。
大統領は、にはりと笑いました。
「まあいいさ、どれもこれも戦争で分捕ってきたものだからな」とつぶやきます。

その夜、大統領はベッドに入った息子から歌をせがまれます。そこで大統領は目をつぶり、心に浮かぶ歌を次々に歌ってやりました。その歌はひとりのこらず、彼が征服したあの小さな国の歌でした。

以上があらすじです。
読む前は、戦争をしない国が起こす奇跡というファンタジーが描かれているものと想像していました。でもほのぼのとしたイラストの上に綴られた物語には、まるで歴史上の独裁者とその独裁者が率いた好戦的な強国を彷彿とさせる生々しい恐ろしさがありました。
著者であるデビッド・マッキーさんが名付けたオリジナルタイトルに目をやりますと”THE CONQUERORS”と書かれていました。辞書を引くと、征服者、あるいは戦争の最終的勝利者の意味でした。
デビッド・マッキーさんはこの絵本で、世界で一番強い国への痛烈な批判と、強国が繋いできた人類の歴史への風刺を込められているように思いました。

それ以外にも、様々に考えさせられました。
小さな国は戦争で滅ぼされることはありませんでした。そしてその小さな国の文化は駐留した兵隊達によって大きな国へと広がりました。でもその文化は小さい国がリスペクトされて広まっているわけでは無く、大きな国に奪われて大きな国の新しい文化として広まっていると想像できます。小さな国は文化が奪われるだけで無く、小さな国が文化を育んできた歴史までも奪われてしまう、実際に歴史の中で繰り返されてきた悲劇を見る思いがしました。

他にもこの絵本が2004年に出版されたことから、作者であるデビッド・マッキーさんは、西洋の価値観でイスラム世界への軍事介入を始めたアメリカをはじめとする西洋諸国への警告も込められているようにも思いました。

とても深く深く、考えさせられる物語です。

オリンピック観戦で一番に幸せであったこと

平昌オリンピック、閉幕して数日が経ちますが、日本のアスリート達の輝かしい活躍のシーンはまだまだ鮮明に覚えています。
数々の魅了されたシーンの中でも特に心を射貫かれたのが、小平奈緒選手のレース時の視線です。その視線は研ぎ澄まされていました。そして何か一点を見つめていました。

現在読んでいる本「ファスト&スロー」の序論に次の様な記述があります。
「心理学では、魔法のように見える直感も魔法とは見なさない。この点に関する最高の名言は、おそらくあの偉大なハーバート・サイモンによるものだろう。サイモンはチェスの名手を調査し、彼らが盤上の駒を素人は違う目で見られるようになるのは数千時間に及ぶ鍛錬の賜物である事を示した。」

小平選手は数千時間にも及ぶ鍛錬によって、私の様な凡人には永遠に理解できない、100分の一秒という単位の時間を超える知覚と運動能力を身につけられたのだと思います。そして最後のコーナーに入るときにテレビで映された小平選手の視線の先にあったものは世界記録であったのだと想像します。

小平選手はレースが終わると、穏やかで優しい表情に変わりました。そして何より、ともにレースを戦ってきたライバルと心から健闘を讃え合える素晴らしいスピリットの持ち主である事を示してくれました。

そういうスピリットを日本の多くのアスリートから感じられたのが、このオリンピック観戦の一番の幸せでした。

2018年2月19日月曜日

こんな夢を見ました。

こんな夢を見ました。
家には高齢の母がいて、家族で介護のまねごとをしています。夜も母がトイレに立つ度、誰かしら目を覚まし、母の様子を見に行きます。その時も、私は音で目を覚まし母の部屋を見に行きました。
部屋に入ろうとすると白装束の母と思われる人が側を通り過ぎました。私は黙って見送り、ベッドを整えようとベッドに目を向けると白装束の人が横になっているのが見えました。
近づいてその人の顔をのぞき込むと、それは母ではなく、知らない若い女の人でした。そして目を開き口を開きました。その目は黄色く輝き、口の中から鋭い犬歯が覗いていました。そして私は目を覚ましました。
起きてすぐ、あれはノルンであったのではないかと思えてきました。

その前日、ノルンの家族葬を執り行いました。娘が土曜日に帰って来るというので二日間ノルンを仏間で安置しました。毎日、加古川のネクストワンまでドライアイスを買いに出かけました。ノルンには酷なことをしましたが、でも綺麗な姿でお葬式を迎えることができました。
お葬式では、般若心経と修証義を読み上げました。かみしめるように読み上げました。
お経はとても難しいものですが、でも修証義は現代語で書かれているので少し意味が汲み取れます。
命が死を迎えるとき、伴うものは生前の善行悪行だけで、それが来世に報いとなって表れる。命は黄泉で清められ新たな生として生まれ変わる。でも人に生まれ変わることは希であり、来世は猫や犬に生まれ変わるかもしれないし、その次は空を飛ぶ鳥かもしれない、そのまた次ぎは地を這う虫かもしれない、はたまた草木に生まれ変わるかもしれない。そんなことに耽っていて、ふとノルンはもしかしたら美しい女の人に生まれ変わるかもしれないなぁという想像が頭をよぎりました。

それが潜在意識に残っていたのでしょうか、それとも本当にノルンが人の姿で現れたのでしょうか。ノルンは突然の死の苦しさを訴えたのでしょうか、それとも来世の姿を垣間見せてくれたのでしょうか。でもたった一つ正確に言えることがあります。それは臆病な私がまったく恐怖心を抱かなかったことです。夢の中で見た女性は、考えてみれば美人とはほど遠いですね、目が黄色く輝いて牙を生やしていたのですからね。やはりノルンであったのだと思います。その顔を見てすぐにノルンと分かるように出てきてくれたのだと思います。

2018年2月15日木曜日

The Water Is Wide

The Water Is Wide、朝ドラ「マッサン」でシャーロット・K・フォックスさんが劇中に美声で歌われた事で日本でもよく知られるようになった、いにしえのスコットランド民謡です。
私は今から7年前、そう東日本大震災が起こる一月前に、この歌というかこの曲に出会いました。前年の12月に古い友人を病気で失い、その鎮魂を込めて一冊の絵本の朗読動画を作りました。その絵本とは「わすれられないおくりもの」です。
絵本に描かれた絵を初めて見たとき、昔見たアニメ映画「ウォーターシップダウンのうさぎたち」を思い出しました。風が吹き抜けるイングランドの丘陵の世界で暮らす動物たちの物語、それで、大好きなギター演奏曲のCDの中からこの物語のイメージに合う曲を探しました。そして出会ったのがO Waly, Walyという曲でした。この曲がスコットランド民謡であることは聴いてすぐに分かりました。そしてこの曲は、「わすれられないおくりもの」第一幕にあまりにもピッタリとハマりました。
それから数年後、シャーロット・K・フォックスさんの歌声で、O Waly, WalyがThe Water Is Wideと同一曲である事を知りました。ギター演奏曲O Waly, Walyはインストルメンタルであったので、歌詞のことは全く知りませんでした。
劇中、愛する人の手を取りながら歌っていたので、The Water Is Wideはラブソングだと思っていました。

Lady Satin'sさんがEnglish Prohectというブログに、The Water Is Wideの訳詞を書かれていました。一部を引湯させて頂きます。
http://ladysatin.exblog.jp/23398155/

The Water Is Wide 悲しみの水辺

The water is wide, I can't cross over
And Neither have I wings to fly
Give me a boat that can carry two
And both shall row, my love and I

川幅が広くて渡ることができません
私には飛ぶための翼もありません
ボートをください
二人を運んでくれるように
愛する人と二人で漕いでいきます

Oh, love is gentle and love is kind
The sweetest flower when first it's new
But love grows old and waxes cold
And fades away like morning dew

そう、愛は優しさ、そしていたわり
始まりの頃は最も甘美な花のよう
けれど愛にも老いが訪れ
そして冷たくなり
最後には朝露のように消えゆくのです

There is a ship and she sails the sea
She's loaded deep  as deep can be
But not as deep as the love I'm in
I know  not how I sink or swim

船が海を渡っていきます
荷を積んで深く
これ以上無いほどに深く
でも私の愛の深さには及ばない
沈んでしまうのか
それとも泳いでいけるのか
私には分かりません

素晴らしく訳詩でした。
私はこの詩のおかげで、The Water Is Wideが亡くなった愛する人への惜別の歌であることを知りました。

ノルンは人では無いですが、とても愛した家族でした。
今、この歌の詩が、心に深く刻まれます。


2018年2月14日水曜日

愛しのノルン

今日、家族の中で一番若く、一番小さな、そして誰よりも家族に愛をもたらしてくれた命の火が、突然に消えました・・・

昨日の朝までは、まったく普段と変わらない様に見えました。いや、見ていたように思います。朝、庭に出たけれど寒かったのでしょう、すぐに家の中に入り込み、窓辺に座って外を眺めていました。
家族が最初の異変に気づいたのは午後のことでした。玄関を入ったところにトイレを置いているのですが、そこに寝そべっていたといいます。それからしばらくして部屋に戻ってきたとき、両足を引きずっていました。
ノルンを見たとき、いつも魅了された悪戯っぽいまなざしではなく、焦点の合わない二つのまなこが遠くを見つめていました。そして、いつもの愛おしい甘声ではなく、弱々しい鳴き声を漏らしていました。一瞬で悪夢が蘇りました。5年前、ノルンの双子の弟カムイが事故により衰弱し、亡くなる寸前の姿にあまりにも似ていたからです。
もし、体のどこかにダメージを受けていたなら、非常に警戒心が強くなって、家族を寄せ付けず、たとえ家族であっても体に触れようとすると威嚇し、爪を立て、牙をむくはずと思い、それを確認するために手や顔でノルンの体を触れました。でも、威嚇はありませんでした。
体をよく観察すると、どうやら下半身が麻痺している様子でした。それで、いつも診て貰っている動物病院に電話を入れて、そして連れて行きました。
ノルンは、移動用のキャリーバッグに入れられるのがとても嫌いでした。でも自由の利かない体は無抵抗でした。
動物病院に連れて行くまでの間に、ネットで症状検索すると、「心筋症」や「血栓」がヒットしました。そして、もし原因がこれであれば、助からないと書かれていました。

病院につくと、すぐに診察室に通されました。レントゲンなどの一通りの検査が済んで、先生から状況説明を受けました。
まず、一番気がかりであった心臓疾患ではないという事でした。肺に濁りはなく、心臓も肥大している様子はありませんでした。しかし、脊髄の一カ所が少しくの字になっていて、打撲か椎間板ヘルニアが考えられると言われました。打撲や椎間板ヘルニアに至る要因は様々ですが、その症状により神経が圧迫されて、もしくは神経がダメージを受けて、下半身の自由が奪われている公算が非常に高いという事で、その症状に応じた治療を進めることになりました。
そして、炎症を抑える抗生物質と痛み止め、そして神経組織を修復するビタミンを皮下注射し、そして積便も酷い状況であったので、下剤の座薬を入れて貰い、また明日からの服用薬を処方してもらい、帰宅しました。

家族には、命はべっちょうない、そして先生から貰った、麻痺の症状が出て24時間以内であれば7割近く回復するという言葉を、安心のために伝えました。遠くに住む娘にも、その言葉を伝えました。でも本心は、たとえ不自由になったとしても生きてさえいてくれたらという思いでした。それは家族も同じであったと思います。

家に帰ったノルンは、最初に液状の餌を一本食べました。そしていつも水を飲むコップから水を飲みました。でも、これが自力での最後の食事となりました。
その夜は、交代でノルンに付き添いました。ノルンは不自由な体を揺すりながらコタツの奥に移動し、じっとしていました。
排尿を催すと鳴いて教えてくれました。はじめは側に置いたトイレに向かおうとしましたが、体を運べずにその場に漏らしました。でも以降は、鳴いて知らせてはくれますが、もう体を運ぶという抵抗はしなくなりました。
そして、餌にも水にも見向きをしなくなりました。餌や水の容器を近づけても、前足で痛々しく押しのけるばかりです。注射器で水を口に運ぶと、少しペロペロと濡らしてくれます。

昼、久し振りに暖かい日差しがありましたので、タオルケットのまま抱いて庭に連れ出し、お気に入りの床机の上に寝かせました。少し心地よさそうに見えました。注射器で水を運ぶと、今日初めてむせ、小さく吐きました。その吐き出したものは、これまで見たことの無い黒ずんだ色で、小さな紐状のものが見えました。昨日夜に口にした液状の餌が出たのだと思い込む事にしました。
気になるのは、昨日病院で座薬を入れたのに、まったく排便がない事でした。それで夕方、病院に電話を入れ、診て貰う事にしました。その電話を切った直後の事です。

家族のノルンの様子がおかしいという声が聞こえました。様子を見ると、息が絶え絶えで、舌が出ていました。カムイの臨終を看取ったときの様子と同じでした。なんで!という疑問だらけの気持ちでノルンを病院に連れて行きました。
診察室に入った時には、もうほとんど体は動きませんでした。先生が救命治療を始めます。酸素吸入し、心臓に刺激を与える薬を投与し、心臓から全身とマッサージをしてくれているのが見えました。何分経ったでしょうか。大丈夫、きっと大丈夫と願いながらの時間はとても長く感じました。でもノルンは帰ってきてはくれませんでした。

ノルンは治療の最中、あの黒い液体を口から鼻から流していました。先生は、その液体が血であること、でもそれに混じった顕微鏡で見たら黄色い藻のようなものが何であるが分からないと言われました。ノルンの口を舌にして傾けると黒い液がドバッと口から流れ出しました。気管支系ではなく食道系に甚大なダメージがあったことが分かりました。
そしてノルンの麻痺の原因ですが、ノルンの麻痺は、下半身だけでなく、全身、前足にも広がっていたことから、神経毒に犯されていた可能性が強くなりました。
ノルンが何故にこんなにもあっけなく死ななければならなかったのか、それだけでもハッキリとさせたかった。誰の責任というのではなく、何も分からないままという事が耐えられなかった。そして、家族にも伝えました。

ノルン、5年前に双子の姉弟の姉として家族になりました。誕生日は2月10日だから、5才の誕生日を迎えたばかりでした。
家の家族となったその年の6月に弟のカムイが事故で亡くなりました。まだ生まれて4ヶ月ばかりしか経っていないのに、しばらくはとても寂しそうで、家族は皆心配しました。
でもノルンは病気もせずにすくすくと育ってくれました。
一才を過ぎてからサカリを迎えました。その季節には、とても切なく甲高い鳴き声を出すようになりました。そして二才を迎える前に卵巣除去手術を受けました。それからはサカリはすっかり影を潜めました。それは正直、家族にとっても辛い経験となりました。
私は、猫を飼うことに最初大反対しました。本当に飼えるのかという心配がありました。それはすぐカムイの死で現実のものとなりました。家族の悲しみ、もちろん私も大いに悲しみ、そして猫を飼ったことに後悔を覚えました。
でもノルンは、辛い出来事の中でも、愛らしい娘猫へと成長し、いつしか家族みんなを笑顔にしてくれるとても大切な存在になりました。

ノルンを失ったことは悲しみばかりではありませんでした。ノルンが家族でいてくれた5年間で、人間の家族と遜色の無い愛情が育っていました。ノルンは人の年齢に換算すると30才くらいで、この先、かわらずに元気でいてくれれば10年は一緒に暮らしていけたでしょう。そして私は、ノルンとのこれからの10年を想像することができるのです。それは悲しみではありません。まだノルンの体は居間にいますが、火葬し、その姿を全く失っても、これからもノルンを感じることができると思うのです。
そしてもう一つノルンに感謝したいことがあります。それは、またノルンのような人間で無い生き物とも暮らしてみたいという感情を与えてくれたことです。
愛情を育てられる存在に出会いたいと私に思わせてくれたノルンに、いまとても感謝の気持ちで一杯です。


2018年2月7日水曜日

スーパーカーが宇宙を走る?!

まるでミュージックビデオです。
ロックの音楽と歓声がこだまする中で、ロケットが打ち上げられ、宇宙空間で搭載物のスーパーカーが露わになって、宇宙飛行士を乗せたスーパーカーがどんどんと地球を離れていくのです。
※動画は、9分頃番組が始まり、29分頃打ち上げが始まります。全画面表示で観ると迫力があります。

宇宙開発が飛躍的発展を迎えるターニングポイントとなるだろう次世代ロケットの打ち上げ実験(&ブースター帰還実験)まで、ショーにしてしまうアメリカ人のショーマンシップに、ただただ脱帽です。









2018年2月3日土曜日

地球を呑む

「地球を呑む」という漫画を思い出しました。
半世紀前に手塚治虫が描いた、この世界が終わる物語です。

夫の非情な裏切りによって、父を殺され財産も名誉も奪われた女が、娘達に男達への復讐、男達が築いた社会への復讐を誓わせて息を引き取ります。これが序章です。
娘達は、祖父と母から引き継いだ化学研究をもとに人工皮膚と媚薬を完成させ、遂にビーナス(容姿端麗な絶世の美女)の全身スーツを身に纏い、ゼフィルスと名乗って男達への復讐を開始します。
ゼフィルスは、世界中の名だたる男を誘惑してはその美貌と媚薬の力で虜にし、そして男の全身スーツを造って、男に入れ替わり、男の名声や地位、そして財産を奪っていきます。
ゼフィルスは同時に、人工皮膚の技術を世界に公開します。その技術によってあまたの人工皮膚商品が製品化され、誰でも他人になりすます事ができるマスクや全身スーツを手に入れることが可能になります。人工皮膚商品を手に入れた人々は、変身願望を満たすだけにとどまらず、やがて他人になりすます快楽に溺れ、ついに他人になりすまして起こす犯罪が横行し、社会の秩序が崩壊に向かいます。
そして仕上は、金融システムの破壊です。ゼフィルスは世界最大の金鉱脈から採掘した金塊を、石ころのように町中にばらまきました。これによって金はその価値を失い、紙幣は紙くず同然となりました。
そして、この世界から法と秩序が失われ、暗黒時代が始まります。それは名だたる男達の上にゼフィルスが君臨する世界の始まりでもありました。

という様な物語でした。
この物語を思い出したきっかけはコインチェック騒動です。

インターネットの商用利用が始まって20年以上が経過しますが、スマートフォンが爆発的に普及したこの十年弱で、SNSやネットゲームが私たちの生活に切っても切れないものになりました。SNSやネットゲームでは、やろうと思えば他人になりすますことは簡単です。そしてネットを利用した新しい卑劣な犯罪が横行するようになりました。
そしてビットコインに始まる仮想通貨の広まりです。

ビットコインは、2008年にSatoshi Nakamotoと名乗る謎の人物が暗号化理論の研究者が集うメーリングリストに投稿した論文「ビットコイン: P2P 電子通貨システム」から始まり、Satoshi Nakamotoを中心にビットコインゲームが開発され、2009年に最初のビットコインの取引(Satoshi Nakamotoから開発者Aに送信)が行われました。
ビットコインゲームは自律型のコンピュータシステムです。
ゲームに参加するプレーヤーは、ブロック(10分ごとのビットコイン取引記録)を、直前のブロックにチェーンで繋ぐ作業(これをマイニングと呼んでいます。採掘です。)を競います。プレーヤーは、マイニング毎にシステムから示される一意の数値と計算式を使って、計算式を使った結果が一意の数値となる入力値(これをノンスと呼んでいます。)を探します。そして最初にノンスを探し当てたプレーヤーに、その報奨としてシステムから一定量のビットコインが与えられます。ビットコインが生成される瞬間です。
報奨としてシステムから与えられるビットコインの数量は、21万ブロック毎に半減します。最初の21万ブロックは50BTC(平たくいえば50枚のビットコイン)で、次の21万ブロックでは半分の25BTC、その次の21万ブロックでは12.5BTCというふうに半減していきます。
ブロックは10分ごとに作られるため、約4年で半減期が訪れます。
4年×365日×24時間×6回=210,240ブロック
システムが生成するビットコインの総量が21百万BTCと決められているため、2140年にビットコインの生成は終了します。この時、33回目の半減期で、マイニングの報奨は
0.0000000116415321・・・BTCです。

ビットコインゲームは当初、開発者の仲間内で行われていたようです。
しかしある日、一人のプレーヤーがピザをビットコインで手に入れます。ビットコインによる経済活動の始まりです。
2010/5/17 A→ビットコインでピザを買いたいと投稿
2010/5/22 1万ビットコインとピザ二枚の取引が成立

ビットコインが経済活動に利用できるという噂は瞬く間に世界中に広がって、様々な資本や組織がプレーヤーとして参入し、マイニングは加熱の一途をたどることになります。ゲームでしかなかったころは、パソコンユーザーでもマイニング探索でビットコインを得ることもできましたが、現在ではマイニング専用マシンが開発され、24時間365日マシンを稼働し、膨大な電気エネルギーを消費しながらマイニング探索が行われる様になりました。また、ビットコインによる経済活動は、ブラックマーケットのマネーロンダリングに大いに貢献し、ビットコインと現実通貨とのレートは日増しにつり上がって行きました。
この時期にSatoshi Nakamotoは、忽然と姿を消した様子です。
Satoshi Nakamotoが保有するビットコイン数量は100万BTCともいわれます。

ビットコインは魅力ある投機対象として認知されるようになりました。それに伴って、どんどんとビットコインの取引所がネット上に作られる様になりました。
取引所でビットコインを購入するのは、とても簡単です。
まず取引所の会員となって、口座となるマイウォレットを作ります。
そして取引所の会員同士の売買希望の投稿が書き込まれた掲示板に、買いたい数量と1ビットコインの買値を投稿し、売り手とのマッチングを待ちます。そしてマッチングが成立すると、売り手に購入金額を振り込みます。振り込みが完了すると同時に、マイウォレットに購入したビットコインが移動して取引が完了します。
売る場合も同様に、売りたい数量と1ビットコインの買値を投稿し、買い手とのマッチングを待ちます。そしてマッチングが成立すると、買い手からの振り込まれた金額が、取引所の手数料を引かれて振り込まれます。次に現金化です。取引所から金融機関へ振り込み手続きを行います。手続きが完了すれば、銀行などの金融機関から現金を引き出すことができます。

そして現在、ビットコインに続いてあまたの仮想通貨が生み出され取引所で売買されるようになりました。今回のコインチェック騒動の渦中となったNEMもそうです。
NEM、調べてみるとビットコインとは違う成り立ちでありました。
2014年から2015年にかけて、1600人の投資家が集まってNEMシステムを開発しました。総発行量は89億XEM(89億枚のNEMコイン)で、最初に投資家に均等に分けられました。そして、NEMを保有する投資家と取引所が協力して、NEMの価値をコントロールしながら、市場での流通を進めています。
希少性で価値を生み出し、子供から学生、若い主婦まで巻き込んだ一時期のトレーディングカード狂乱を思い出します。

値がつり上がった仮想通貨を持つということはとても苦痛な事だと思います。
昨日一万円で購入した仮想通貨が、今日十万円の価値になり、明日には百万円の価値になるかもしれないという期待感とともに、価値が上がるほど、現金化が難しくなることに気づきます。売りの流れが加速すれば仮想通貨は暴落し、百万円の価値が一瞬で無価値に変わる恐怖が生まれます。そして、仮想通貨の価値事態が幻であることに気づきます。

仮想通貨の中で一番堅調なビットコインでさえ、もしSatoshi Nakamotoが保有するビットコインをすべて売りに出せば、ビットコインは直ちに暴落するでしょう。今日現在、ビットコインの日本円レートは約91万円ですが、それが直ちに無価値になる恐れも孕んでいる、それが仮想通貨の現実だと思います。
それを目の当たりにする人は、きっと世界の終わりと感じることと思います。

現状の様なギャンブル性の高い仮想通貨で大もうけできるのは、投資家と取引所だけなのではないでしょうか。コインチェック騒動発覚後、コインチェックのセキュリティ脆弱さがあらわになると同時に、それ以上に、580億円を失っても尚、被害者に報償金を支払い、事業を継続することができるというその体力、資金力はどこで生まれたのか、驚きを通り越し、恐ろしさを覚えます。
彼らこそ「地球を飲み干す」蟒蛇ではないかと思います。