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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2016年11月26日土曜日

晩秋

午後、光りの下で読書しようと
シロトピア公園を目指しました。
晩秋ではありますが
姫路城周辺は
鮮やかな紅葉が楽しめました。

シロトピア公園、ビックリ桜が咲いていました。








ひなたぼっこ


午前中は、小春日和のあったかさでしたね
柔らかな日差しが部屋の中に差し込みます。
そのしばしの光りの温もりに
うちのノルン
ご満悦の様子でした。


2016年11月24日木曜日

今の気持ち

私は、自分で言っちゃあ何ですが涙もろいです。
感動したとき、悲しくなったとき、そして可哀想に感じたとき、涙が目から溢れ出してきます。
でも、本気で泣いたこと、我を忘れて泣いたことは、最近ほとんどありません。
父を亡くしたとき、兄を亡くしたとき、ぽっかりと心に穴が開いたけれど、でも我を忘れることはありませんでした。
本気で泣いた、思い出すのは
たった三ヶ月だったのだけれど、会社の寮で一緒だった悪友が、広島に旅発つその日、顔を合わすことなく行ってしまったときの事です。会社のトイレで、大声を出して泣きました。一言、気の利いた言葉でも掛けて送ってやりたかったのに、それを叶えてくれなかった。否、あいつのことだから、顔を見ると泣いてしまうから顔を出さなかったのだろと、そう思うと無性に悔しくて腹立たしくなって泣きました。
そう、
友人や恩師、先輩との別れの時は、決まって我を忘れて泣いていたように思います。

今日、大学時代の恩師の訃報を知らせる喪中はがきが届きました。
今、当時の悪友達と膝突き合わせて、思いっきり泣きたい気持ちです。

2016年11月20日日曜日

紅葉狩り in 龍野

曇り空の下、龍野へ紅葉狩りに出かけました。
紅葉真っ盛りで、いつもの日曜日よりも人出があるだろうなと思っていましたが
旭橋を渡って龍野美観地区に入ると驚くほど人だかりがありまして・・・
オータムフェスティバルが開催中でした。普段は閑散とした下川原の通りはどの店も扉を開き店先に出店を出して活気ある縁日の様相でした。

私はその群衆を避けて、通りに沿って西へと歩を進め粒坐天照神社から紅葉谷まで紅葉狩りの散策を楽しみました。

2016年11月14日月曜日

じょっぴんや

犬も歩けば棒に当たる
このことわざには真逆の二つの意味があるようです。
一つは、出しゃばると思わぬ災難にあう
もう一つは、じっとしないで何でもやってみれば思わぬ幸運にあう
昨日、後者の意味で棒に当たりました。

はじめて訪れた喫茶店で、思いがけない楽しい時間を過ごすことができました。
午後、妻と二人であらい浜風公園に出かけました。午前とは打って変わって夕方に近づくにつれ空はどんより曇っていきます。寒くなってきたので喫茶店に立ち寄ることにしました。Googleマップで『近くの喫茶店』で検索すると、地図上に妻がうろ覚えの名前がありました。じょっぴんや、場所は高砂高校のほん近くです。

住宅街の一角にじょっぴんやはありました。落ち着いた佇まいの一軒家で銀色の煙突が目を引きます。入り口には二つの窓があり、右の窓からぴかぴかに光る焙煎機が見えました。左が入り口になっていて、中に入ると店内はコーヒー色に統一され、灯りは暖かいオレンジ色で落ち着いた雰囲気でした。
二人がけのテーブルに座り、壁に掛かる卓上電話帳型のメニューを取り、上から一ページ毎に捲ります。八種類のブレンドがあって、それぞれに漢字の名前が付いていました。その下に『一期一会』という名もありました。オーダーをとりにきた若い店員さんに、お薦めは何ですかとたずねると 代わりに店主がテーブルに来てくれて、八種類のブレンドについて丁寧に説明して下さいました。
八種類のブレンドは、焙煎の深さとその深さにあった豆という風な違いがあって、もっとも浅いのがアメリカン、もっとも深いのがイタリアン、そう読み替えて聞いていました。
店主のお薦めは、漆黒という名のフレンチローストのブレンドと、一期一会でした。一期一会は、その時々で得られた稀少豆を使用した期間限定のブレンドで、それで、店主の変わらぬ渾身の逸品と思われる漆黒を注文しました。
焼き物に淹れられた漆黒は、その名の通り淀みの無い漆黒色でした。湯気がなく少し温度が低いように思われました。まずはストレートで口に含むと濃い苦みが口中に広がります。半分ほど飲んでから少しミルクを加えると、苦みを鮮明に感じる事ができました。そしてまたミルクを加えると苦みのない円やかな味へと変化しました。飲み終えてもしばらくは豊潤な苦みが口中に残りました。妻が注文したクルミのタルトを少し食べたのですが、しっとりとした甘さが漆黒と相性抜群でした。大変美味しかったです。

そして閉店(5時だったかな)が近づいて勘定を済ませて店を出ようとしたとき、店主が前に立ち焙煎室を案内して下さいました。店主に、コーヒーの温度についてたずねると、浅い焙煎は90~95度の高い温度で抽出し、深い焙煎は低めの温度で抽出すると話されました。深い焙煎を高い温度で抽出すると苦みが尖ってしまうからだそうです。それで漆黒は温度が低めであったのだと納得しました。
家で美味しく抽出する方法をたずねると、美味しく抽出できた時の、豆の種類と分量、水の分量をしっかり記録して、以後はそれをしっかりと守る事だと話されました。
その後も、二三面白い話を聞きました。
温度の事ですが、常連さんの中には温度計を持参して、気になるといちいち温度を計る人がいるそうです。また、東京の有名店の店主は、客が飲んだコーヒーカップに飲み残しがあると後を追っかけて、何故に飲み残したのかいちいちたずねるそうです。そんな話を、愉快に話される店主が、私は一番面白いと思って、それを店主に感謝を込めてお伝えしました。
じょっぴんや、コーヒーの他にも紅茶やフルーツティ、生ジュースとメニューが豊富で、またカレーやスパゲッティも、べっぴんに思いました。次に訪れるときは、是非コーヒーと共にべっぴんにも手を付けたいと思います。

自家焙煎珈房 じょっぴんやホームページ
http://www.eonet.ne.jp/~jyoppinya/

2016年11月11日金曜日

平和を問う寓話「カエルの楽園」は、救いのない物語でした。

百田尚樹さんの寓話「カエルの楽園」を読みました。
日本を彷彿させる平和なツチカエルの国ナバージュが、ある日突然、沼地の凶暴なウシガエルに国土を侵犯されてから、徐々に国土を侵略され、ついには占領されジェノサイドによって滅ぼされるまでの物語が描かれていました。

滅亡を招いた原因は幾つもありますが、
直接の原因は、ナバージュの岩山に棲んでいたオオワシのスチームボートが、何処へと去ってしまったことでした。
昔、オオワシがこの地にやって来たとき、カエルはオオワシを追い出そうと楯突きました。それに怒ったオオワシは何百というカエルを虐殺しました。
カエルは降伏し、岩山をオオワシに提供し、そしてオオワシが住みやすいように様々に便宜を図りました。またオオワシの命令により、再びオオワシに楯突かないように三戒の法を作りました。
ツチガエルが作った三戒は、「スチームボート様を信じろ。スチームボート様と争うな。争うための力を持つな」という法でした。ツチガエルは三戒とあわせて「我々は生まれながらに罪深きカエル。すべての罪は、我らにあり。さあ、今こそみんなで謝ろう」という謝りソングも作り、オオワシに向かって歌いました。
オオワシは、この見返りにナバージュを外敵から守ってやることにしました。

しかし月日は流れ、三戒は「カエルを信じろ。カエルと争うな。争うための力を持つな」に変化し、ツチガエルはナバージュの平和は三戒で守られていると信じるようになりました。オオワシへの謝りソングは、ツチガエルが昔に他のカエルに非道を行ったと云う風に曲げられて歌われるようになりました。そしてウシガエルの国土侵犯が発覚した時、多くのツチガエルは三戒でウシガエルと和睦できると信じました。
それでも、少数のカエルは三戒ではナバージュは守れない事を知っていて、オオワシにウシガエルを追っ払ってくれるよう頼みました。しかし、オオワシは年老いて以前ほどの力はなく、ツチガエルが共に戦うなら力を貸すと伝えます。しかし、ツチガエルの評議会は、カエルと戦うことは三戒に反するとこの提案を否決し、それを聞いたオオワシは、この地を去ってしまいます。
ウシガエルが恐れたオオワシはナバージュからいなくなりました。そしてウシガエルのナバージュ侵略が始まったのです。

しかし、もっとも忌まわしい原因は、三戒に異を唱えたり、ウシガエルと戦って国を守ろうとした者達を、ナバージュのリーダー達が三戒の法を犯したとして死刑にしてしまったことです。それによって、三戒に異を唱えたり、戦おうとするものは一人もいなくなりました。
ウシガエルの侵略は、ツチガエルの無抵抗の中で粛粛と行われました。そして占領が完了すると、ナバージュのリーダーは、ウシガエルの支配の為に働く者となりました。そして、ツチガエル同士の密告により、三戒に異論を持つ者と烙印を押された者から虐殺が始まりました。

「カエルの楽園」は、この様な救いのない物語で、読み終えたとき、なんともやるせない気持ちになりました。
けれども、この寓話は予言などとは思いません。
日本は、言論の自由が保障され、また人権、人命が保障された国であるからです。憲法に背いたからと無闇に国民を死刑にする国ではないからです。

しかし、カエルの国では三戒として描かれた、日本の憲法第九条は見直さなければいけないと思います。
・戦争の放棄
・戦力の不保持
・交戦権の否認
の三戒を自らに課している主権国は世界中で日本しかありません。日本が憲法第九条を掲げたのは、敗戦で国が占領されていたときです。占領国は、この法律で日本から戦う意志と力を削いだのです。三戒は崇高な理念です。しかし、世界中の国が三戒に従わなければ、一国の三戒は平和を守る力にはなりません。
祖国を守るためには、国民の人命と財産を守るためには、何をすべきか。何が必要か。主権国として、しっかりと法律(主権者が守る法)を見直す必要があると思います。

2016年11月7日月曜日

無視、無関心を正していこう!

いじめ自殺がおおやけになると、必ず巻き起こるのが「学校への非難」と「いじめをなくせ!」というシュプレヒコールです。
でも残念ならが、いじめは決してなくならないと思います。いじめは、人間の不満のはけ口としての生理的行動であるからです。
ただ関心を引きたいだけ、こっちを見て欲しいという微笑ましいものもあるでしょうが、多くの場合、
・イライラとした気持ちを弱い者いじめで発散する
・自分より成績の優秀な者を貶める
・それが度を超し、遊び行動となる
そして、いじめは
・学校で起こる
・学校の外で起こる
・社会の中で起こる
・家庭の中で起こる
・職場の中で起こる
・SNSの中で起こる
と云う風に、学校だけで対処できるものではありません。

しかし、いじめの周辺で起こる無視や無関心という行動は、
・いじめの標的にならないための、
・関わらないための、
・自分の身を守るための
知性的行動です。ですから、教育によって、学習によって、訓練によって、正すことはできると思います。
・いじめを見て見ぬ振りしない
・困っている、悩んでいる人に寄り添う
・いじめに立ち向かう
そういう行動ができる人間に育成するための教育や指導を、学校教育の中で、是非取り組んで欲しいと思います。