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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2015年5月5日火曜日

大塩天満宮国恩祭 毛獅子舞共演:西濱丁

平成27年5月3日(日)、宵宮
午後から降り出した雨により、午後七時から始まった毛獅子舞は
道中舞が取りやめられ、また毛獅子舞は屋根のある本殿と能舞台のみ行われました。
そして、本殿で三番目に行われた西濱丁の毛獅子舞を観ました。

大塩天満宮の毛獅子は八台ありますが、その内の六台で一つの物語がリレー形式で綴られます。
暗い洞窟に毛獅子が潜んでいました。そこにひょっとこのお面を被った道化が現れて、牡丹の華を乱舞させ、毛獅子を洞窟から陽の降り注ぐ表に誘います。
陽の下に出た毛獅子は、喜びで歓喜の舞を始めます。
毛獅子は一度、舞うことに疲れて寝た寝たを始めますが、
最後はまた、最上の歓喜の舞を披露し、表に引き出してくれた神様に感謝を捧げる
という様な物語で、

西濱丁は、第二幕、陽の下に出た喜びの舞に興じます。

五月晴れの国恩祭

いよいよ11年ぶりの大塩天満宮で行われる国恩祭も本宮を迎えました。
宮入
北脇丁、宮本丁、西之丁ともに
ヤッサ練り合わせ
最高に元気でした!


2015年5月4日月曜日

花燃ゆは、何を描こうとしているのか?

花燃ゆは、何を描こうとしているのか?
この肝心要の部分がぼやけている様に思います。

第18回龍馬!登場では、松蔭(吉田寅次郞)が刑場の露と消えたことに落胆する文の前に坂本龍馬がふらりと現れる。そして、松蔭の遺志はいまや長州だけのものではなく、土佐はもとより全国の志ある者に引き継がれた。松蔭は自由を得たのだ、と話します。

何故に龍馬は長州に来たのか?龍馬は、土佐で実権を握りつつあった攘夷派の先兵武市半平太からの密使として久坂玄瑞に会いに来たのです。久坂は松蔭の一番弟子であった。武市は、その時既に日本中の攘夷派の旗頭となっていた松蔭の遺志に加わろうとしたのです。

松蔭の最後の言葉
身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂
にどれほどの攘夷派が血気盛んになったことか
それは勇猛というだけでなく恐ろしい狂気も生んだ
花燃ゆには、この時代の転換となった、この松蔭の言葉が抜け落ちてしまっていました。

花燃ゆは、連続ドラマでありながら、
一滴の水が、小さな水路となり、やがて大河を経て大海に通ずる
その一滴の水が何であるのかがぼやけている様に思います。
また、志という言葉が、さも一滴の水の如く何度も使われていますが、これも安売りに思え不快です。

花燃ゆ、このドラマの一滴の水は何か?
それは松蔭でも晋作でもない、まして龍馬でもない、と思います。
それは日本人のだれもが
日本を良くしたい、どうすれば良く出来るか考え、働きたい
という一念ではないかと思います。
それは今の日本に通じる思いです。
幕末から明治維新にかけて、当時の日本人は、その一滴の水から如何に大海へ流れ出たのか?そこを真っ正面から描いて欲しいと願います。

2015年5月3日日曜日

祝四十年、播州北脇一本松

11年ぶりの国恩祭が始まりました。
そして一本松連中は、40年目に突入です。

写真の題字は、一本松連中イチャさんの書です。惚れ惚れします。
背景のお山は、北脇の名峰?一本松です。


2015年4月30日木曜日

神戸の風景でジオラマ風写真を作ってみました。

最近よく目にする、ジオラマ風風景写真を作ってみました。
神戸の夜景と神戸港全景です。

【ジオラマ風神戸夜景】
 【元写真】
 【ジオラマ風神戸港全景】
 【元写真】

2015年4月28日火曜日

怨みに報いるに徳を以てす

ある週刊紙に寄せられた瀬戸内寂聴さんの文章の中に、戦後満州から日本に引き揚げて来る際「怨みに報いるに徳を以てす」という中国人の徳に本当に救われたと書かれていました。
日中戦争(1937-1945)が日本の敗戦で終結した後、時の中華民国元首であった蒋介石は国民に対し「怨みに報いるに徳を以てす」という呼びかけをし、その呼びかけによって満州や中国大陸からの日本人引き揚げ者が安全に日本に引き上げることができたと云われます。

「怨みに報いるに徳を以てす」は、聖書の中の言葉「汝の敵を愛せよ」に通じる、深い慈愛に満ちた言葉です。
シェークスピアが悲劇「ロミオとジュリエット」で描いた様に、血を血で洗う紛争や抗争が生み出すものは、ドロ沼の遺恨です。遺恨は復讐の連鎖を引き起こします。
でも、その連鎖を唯一断ち切る方法がこの「怨みに報いるに徳を以てす」なのだと思います。

しかし、中国において「怨みに報いるに徳を以てす」には、相反する二つの意味があるそうです。
老子(道家)は、怨みになど執着せずに、恩徳(慈愛)に満ちた生き方を説いています。
しかし孔子(儒家)は、「 直きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ」
怨みには合理的に対処せよ、恩徳には恩徳で応えよ、と説いています。

近年の中国は、どうやら後者の意味を対日本政策でとっている様子です。中国政府は日中戦争時に日本軍が中国大陸で行った非道を現代に甦らせて、日本は非道の国だとして、中国が抱える内憂外患への不満の矛先を日本に向けているのだと思います。
しかし、反面中国はどんどんと開かれて、一般国民も海外に大勢旅行に出かけ、日本にも沢山訪問されて、日本の良さを実感されていると思います。彼らは、日本が中国政府のプロパガンダの通りの国で無い事を、日本訪問の経験で学ばれたのではないかと思います。

また中国は、政治力、経済力、軍事力の台頭によって米国と並ぶ超大国となりました。そして旺盛な中国の覇権主義、膨張主義は日本にとってもただならぬ脅威となりました。それを日本政府が利用して、日本人の中国に対する嫌悪感や敵愾心を増幅させている様に思います。
国は国、人は人、また政治は政治、経済は経済と、国際関係においても縦割りに合理的に捉える考えがありますが、でもやはり一番上に政治があるのだと思います。政治の舵取り一つで、何もかもが挙国一致に誘導されてしまいます。

日本人の「怨みに報いるに徳を以てす」への心情は、老子(道家)に近いと思います。
四季に恵まれると同時に、年中自然の脅威に晒された日本人は、本来怨みを顧みず、自然に真摯に向き合ってきた民族です。感謝を何より大事にしてきた民族です。

中国政府が70年前の出来事を持ち出して、中国国民を敵意に誘導するならば
私たち日本人は、70年前の恩徳への感謝を思い出し、中国国民への友愛を発信し続けなければならないと思います。