「宇宙の果てはどうなっているのだろう?」「死んだらどうなるのだろう?」
はじめて”生”、そして”死”について考える年頃(少年時代)になった時、私も御多分にもれず、この疑問、あるいは恐れに取り憑かれました。
そして、はじめてその疑問に答えてくれたのが手塚治虫さんの「火の鳥」でした。
「火の鳥」の未来編で、火の鳥に導かれた主人公は、伸縮自在となって宇宙の真理を垣間見ます。主人公が見たものは
私たちの宇宙、この世界で最大のものですら、別世界では芥子粒でしか無く、また素粒子、この世界で最小のものでも、その中に別世界を宿します。
そしてあらゆる存在は、大いなる宇宙エネルギーから生まれ、そこに帰すという真理です。
また、鳳凰編では、不死に取り憑かれた男が、死の間際、火の鳥に導かれて、己の輪廻転生した姿を辿ります。男は現世の大罪によって、二度と人に生まれ変わることの無いことを悟ります。
そして「火の鳥」は、私の「宇宙観」、そして「死生観」の礎となりました。
この様な「宇宙観」そして「死生観」で時を見つめると、私たちの宇宙で最長とされる宇宙誕生からの時間140億年でさえ、ある者にとっては一瞬の出来事であるかもしれない。また、一秒はある者にとって永遠に等しい長さなのかもしれない。
そしてさらに飛躍して、私の一生は、ある者の一夜の夢であるかもしれないと想像します。
死の淵に際して、私は一生を走馬灯のように振り返る。そして深い眠りに陥った時、
私は目覚める。そして振り返る、いい夢で会ったと・・・
五十も半ばが近づいて、死を真面目に考えなければいけない年齢となりました。
私は自分の死には楽観的です。魂は永続すると考えているからです。死は、新たなる生の始まり、夢からの目覚めであると想像します。ですが恐れもあります。それは、私の魂は大いなる者の手中にあるということです。ですから、決してこの世を悪夢にしてはならない。大罪を犯してはならない、そして与えられた一生を全うしなければならないという覚悟を覚えます。
また同時に、大切な人、愛する人にもこの世が良い夢となって、新たな生の始まり、夢からの目覚めとなって欲しいと切に願います。そのために、私に何ができるのかを想像し、これから行動できればと思います。
大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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パンデミックと戦うことを考える
昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...
2014年1月24日金曜日
2014年1月18日土曜日
1.17ひょうごメモリアルウォーク2014
5時46分、ひょうごメモリアルウォークの始まりです。
5:48大塩発の特急に乗りました。須磨駅で下車し、6:30東に向かって歩きます。
集合時間(7:30)よりもだいぶんと早く着きましたので、まだ須磨海浜公園辺りは朝の散歩をする人の姿しかありませんでした。須磨海浜公園と一口に言っても広いですよね、集合場所は分からずに端から端まで一往復してしまいました。
でも須磨の海岸から見た日の出はとても美しかったです。
そして8時、西15㎞コースの始点須磨海浜公園を出発しました。大勢の群衆は先導者に導かれ徐々に隊列を整えて進みます。
若松鷹取公園では「鎮魂1995.1.17」と刻まれた慰霊碑に手をあわす人が多くいました。
新長田駅前の公園では、長田復興のシンボル「鉄人28号」の巨大な像を見上げました。
頭の中で
~いいも、わるいも、リモコン次第…
という歌詞が甦りました。
鉄人28号は、私にとって幼き頃に出会った初めてのヒーローですが、いえば心の無いマシンです。利用する者の心によって善にも悪にもなる。とても切ないヒーローだと思います。ですが「復興」の二文字が宿る鉄人は、とても晴れ晴れしいヒーローでありました。
そして長田神社南から山手通りを東に向かってひたすらに歩きます。
最初の休憩ポイント、県立文化体育館に到着しました。缶コーヒーを頂きました。
混み合ったトイレのために、先頭集団からだいぶん後れての出発となりまして、思いっきりペースを上げて先頭集団を目指すのですが、度重なる交差点の信号に阻まれます。
大都会を歩くのは、いやいやほんと疲れます。
前を歩く方々は私よりも年配の方がほとんどでしたが、皆さんとても健脚でした。なにより格好がスマートで、機能的なウォーキングウェアを着て、軽やかに進んでいます。
二つ目の休憩ポイント、兵庫県職員会館からは先頭集団に入って歩きます。
フラワーロードを少し北にあがり、生田川を渡って、春日野道の通りを南に下りゴールの脇浜海岸通りを目指します。そして11:30ゴールの「1.17のつどい会場」に到着しました。
脇浜海岸通りは、震災当時は工場が密集していた場所であったと思うのですが、広々とした通りの周辺には、病院があり、防災の拠点あり、商業施設あり、マンション群ありで、すっかり神戸復興のシンボル都市に生まれ変わっていました。
それからすぐに、運河沿いの遊歩道を歩き、兄の住むポートアイランドを目指します。
遊歩道から見た神戸の町並みはとても美しかったです。ですが、歩いている遊歩道の下は海です。海上都市の様相で、それがまた砂上の楼閣の様に思えて、少しの不安を覚えます。
ポートアイランドに通じる道は、地下トンネルと橋です。地下トンネルは歩行禁止とありましたので断念し、橋を目指します。そして空中回廊の様な三宮とポートアイランドを結ぶ遊歩道を見つけました。その歩道では、若い大勢のナンナーが走っていました。
赤い大橋を渡ってポートアイランドに渡り、兄宅にたどり着きました。
海上の風景が美しかったです。
帰りは、兄とともにポートライナーに乗り込んで三宮に出、そこで兄と別れました。
南京町に立ち寄ると、いつも長蛇の列を成す老祥記なのですが、数組しか並んでないのを見つけ、土産に豚饅頭を買って帰ることにしました。
来年の震災20周年となるひょうごメモリアルウォークは土曜日開催ということなので、次回は家族で参加したと思います。
5:48大塩発の特急に乗りました。須磨駅で下車し、6:30東に向かって歩きます。
集合時間(7:30)よりもだいぶんと早く着きましたので、まだ須磨海浜公園辺りは朝の散歩をする人の姿しかありませんでした。須磨海浜公園と一口に言っても広いですよね、集合場所は分からずに端から端まで一往復してしまいました。
でも須磨の海岸から見た日の出はとても美しかったです。
そして8時、西15㎞コースの始点須磨海浜公園を出発しました。大勢の群衆は先導者に導かれ徐々に隊列を整えて進みます。
若松鷹取公園では「鎮魂1995.1.17」と刻まれた慰霊碑に手をあわす人が多くいました。
新長田駅前の公園では、長田復興のシンボル「鉄人28号」の巨大な像を見上げました。
頭の中で
~いいも、わるいも、リモコン次第…
という歌詞が甦りました。
鉄人28号は、私にとって幼き頃に出会った初めてのヒーローですが、いえば心の無いマシンです。利用する者の心によって善にも悪にもなる。とても切ないヒーローだと思います。ですが「復興」の二文字が宿る鉄人は、とても晴れ晴れしいヒーローでありました。
そして長田神社南から山手通りを東に向かってひたすらに歩きます。
最初の休憩ポイント、県立文化体育館に到着しました。缶コーヒーを頂きました。
混み合ったトイレのために、先頭集団からだいぶん後れての出発となりまして、思いっきりペースを上げて先頭集団を目指すのですが、度重なる交差点の信号に阻まれます。
大都会を歩くのは、いやいやほんと疲れます。
前を歩く方々は私よりも年配の方がほとんどでしたが、皆さんとても健脚でした。なにより格好がスマートで、機能的なウォーキングウェアを着て、軽やかに進んでいます。
二つ目の休憩ポイント、兵庫県職員会館からは先頭集団に入って歩きます。
フラワーロードを少し北にあがり、生田川を渡って、春日野道の通りを南に下りゴールの脇浜海岸通りを目指します。そして11:30ゴールの「1.17のつどい会場」に到着しました。
脇浜海岸通りは、震災当時は工場が密集していた場所であったと思うのですが、広々とした通りの周辺には、病院があり、防災の拠点あり、商業施設あり、マンション群ありで、すっかり神戸復興のシンボル都市に生まれ変わっていました。
それからすぐに、運河沿いの遊歩道を歩き、兄の住むポートアイランドを目指します。
遊歩道から見た神戸の町並みはとても美しかったです。ですが、歩いている遊歩道の下は海です。海上都市の様相で、それがまた砂上の楼閣の様に思えて、少しの不安を覚えます。
ポートアイランドに通じる道は、地下トンネルと橋です。地下トンネルは歩行禁止とありましたので断念し、橋を目指します。そして空中回廊の様な三宮とポートアイランドを結ぶ遊歩道を見つけました。その歩道では、若い大勢のナンナーが走っていました。
赤い大橋を渡ってポートアイランドに渡り、兄宅にたどり着きました。
海上の風景が美しかったです。
南京町に立ち寄ると、いつも長蛇の列を成す老祥記なのですが、数組しか並んでないのを見つけ、土産に豚饅頭を買って帰ることにしました。
来年の震災20周年となるひょうごメモリアルウォークは土曜日開催ということなので、次回は家族で参加したと思います。
2014年1月10日金曜日
この冬一番の寒波が来襲しましたね。
この冬一番の寒波が来襲しましたね。いやぁ寒いです。
姫路では、体感通り昨日昼から一気に気温が下がって今朝の5時-2.5度を記録していました。
そして今朝一番冷えた場所は、北海道十勝地方陸別です。ずっと氷点下なのですが、今朝の7時-23.5度を記録しています。思いも付かない寒さです。
では最高気温を記録したのは、その場所は東京都父島です。父島は昨夜21時に20度を切り今朝9時17.8度を記録していました。
大寒波を父島には到達できなかったということでしょうね。
姫路では、体感通り昨日昼から一気に気温が下がって今朝の5時-2.5度を記録していました。
そして今朝一番冷えた場所は、北海道十勝地方陸別です。ずっと氷点下なのですが、今朝の7時-23.5度を記録しています。思いも付かない寒さです。
では最高気温を記録したのは、その場所は東京都父島です。父島は昨夜21時に20度を切り今朝9時17.8度を記録していました。
大寒波を父島には到達できなかったということでしょうね。
2014年1月9日木曜日
ノルンの寝顔
今日は、天気予報では晴れとなっていましたが、昼過ぎ北から真っ黒な千切れ雲が現れて一時ですが冷たい雨になりましたね。それからは気温がどんどんと下がった様に思います。ノルンもコタツでお休みしていました。
いやぁ可愛い寝顔です。
いやぁ可愛い寝顔です。
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