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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2025年4月19日土曜日

悪い奴ほどよく眠る

 今年65歳となる私が観てきた数多くの映画作品の中で、一番痛快であった映画は何か?と問われれば、迷いなく黒澤明監督作品の時代劇「椿三十郎」(1962年)を上げるでしょう。では一番唖然とさせられた映画は何か?と問われれば、昨日までならM・ナイト・シャラマン監督作品のホラー「シックス・センス」(1999年)を上げていたと思います。でも今は、迷いなく、先ほど(プレミアムシネマの録画)で観た、またまた黒澤明監督作品のクライムサスペンス「悪い奴ほどよく眠る」(1960年)を上げます。

これ以上無いほどに、ラストシーンで唖然というか、愕然とさせられました。ん・・・違うなぁ、この気持ち、今の世にも変わらず蔓延る社会悪の底知れぬおぞましさに対して抗った人間の末路を見せつけられた気持ちを表す言葉が見つかりません・・・

ただ、特にこれからの混迷の時代を長く生きることになる若者には是非観てほしいと思います。自分事として観てほしい、そしてあなたの心に深く問い掛けてほしいと思います。あなたならどうするのかを。

2025年4月16日水曜日

娘が駆け足帰省しました。

 先週金曜日夜、娘が駆け足帰省したかと思えば、土日は高校来の親友とこれまた駆け足出雲ドライブに出かけ、月曜日の午前中には東京へ帰っていきました。

ただ私としては、初めて口にすることになる美味な珍しい東京のお菓子にありつけ、且つ、出雲の美味な珍しいクラフトビールにありつけ、有り難い帰省となりました。

おばあさんの顔も見て「百歳か元気でいいよ(いるんやでのさくら言葉)」と言い、姫路駅での見送りの際には「おとうさんも元気でいいよ」と握手して行きました。さっぱりした態度に、娘なのに何故か男前やなと感心した次第です。

月曜日の朝、日笠山に桜見物に出かけた娘が、キツツキ科のコゲラを見つけスマホで撮影したものをLINEで送ってくれました。

その画像、記念にここに貼り付けておきます。

2025年4月10日木曜日

地震のあとで After the Quake

 村上春樹さんの短編小説集「神の子どもたちはみな踊る After the Quake」の六編から四編をドラマ化したNHK「After the Quake 地震のあとで」が始まりましたね。

第一話の「UFOが釧路に降りる」は、1995年の阪神大震災直後と小説と同じ時代設定で、物語の進行も小説の進行通りでした。主人公が始まりも終わりもはっきりしない不条理な世界に迷い込んでしまうという春樹ワールドを感じ取ることが出来ました。

以後のドラマは時代設定が令和、つまり今の時代に設定されていて、どの様に今と春樹ワールドが融合するのか楽しみであり不安でもあります。


小説も読むと、私はドラマ化されなかった「蜂蜜パイ」に、物語として惹かれました。

物語のヒロイン小夜子が18歳の時に発した言葉

『何かをわかっているということと、それを目に見えるかたちに変えていけるということは、また別の話なのね。そのふたつがどちらも同じようにうまくできたら、生きていくのはもっと簡単なんだろうけど』

そして、主人公淳平が36歳の時に発する言葉

『これまでとは違う小説を書こう、夜が明けてあたりが明るくなり、その光の中で愛する人々をしっかり抱きしめることを、誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説を』

に、私はもしかしたら春樹さんの私小説、なんて想像を巡らしました。

それとともに、不安に晒され続けている幾万の人々に向けた、春樹さんのラブレターの様にも感じた次第です。


のんさん(本名能年玲奈さん)がカエル役(声優)で声だけですが出演されるそうですが、それも大いに楽しみです。小説とは異なる結末を期待したです。


2025年3月6日木曜日

奇妙な時間を過ごしています。

現在絶賛再放送中の朝ドラ『カーネーション』の主人公糸子さんと同じ(といっても12歳若いのですが)、大正生まれで、洋裁が得意であった母ですが、この月曜日の朝から急に座って食事が取れなくなって、熱も39度に迫る発熱が出、とりあえず手元にある解熱剤と抗生物質を服用させてから訪問看護の看護婦さんに状況を連絡しました。

看護婦さんは昼過ぎ訪問され、訪問医療の医師の指示で採血されました。その結果が翌朝でました。心不全マーカーといわれるBNP値(平常時は20以下)が5000以上になっていて、心不全の末期状態、いわゆる老衰の看取りの段階になってしまっているとの事でした。

年が明けてから、2月までに数度発熱症状を起こしていました。原因として室内熱中症や誤嚥性肺炎が考えられました。誤嚥性肺炎による発熱時は、血中酸素濃度も90を切る状態で一時は危険な状態になりましたが、その時は、点滴が快方に導いてくれました。しかし、この度は点滴が使えません。心臓にこれ以上負担が掛けられないからです。

日曜日の夜までのように、椅子に座って口から食物や水分を与えることも叶わなくなって、月曜日、火曜日、水曜日の午前中までは、ただそばで見守るしか出来ない有様でした。

でも水曜日に看護師さんが訪問され、室温も蒲団の暖房も厚手の衣服も体熱を逃がさないようになっているため、室温を下げましょう、蒲団の暖房は止めましょう、衣服も軽装にしましょうと勧められ、以降はその指導に沿うようにしました。また、横になっている状態での吸い飲み器を使っての水分補給の仕方と、ベッド上でのおしめ交換の仕方を妻と二人で教わりました。

その後、三日ぶりに吸い飲み器で、栄養補給飲料エンシュアリキッドを白湯で薄めて飲ませてみました。顔が横向きの状態で、上になった口元に吸い口を充てて、気持ち一滴ずつ口中に注ぐ気持ちで、時間を掛けて行いました。きっと半分以上は口から漏れて下でカバーしていたタオルやナプキンが受け止めることになったでしょうが、それでも一回につき100ccは飲ませることができました。そして夜には熱も36度台まで下がり、以降は解熱剤等の服用に頼らず、36度台をキープし続けています。水分補給も木曜日の昼過ぎまでに5回ほど行いました。母はベッドで横になり、じっとしていますが、声かけすると、遅れて短く返答をしてくれます。まだまだ頭はしっかりしている様子です。昨日は兄の長男が久しぶりに見舞いに来ました。小さい頃は母とも同居しており、一番気心の知れた孫でして、手を握ったらしっかり握り返したと話していました。

本当に妙な気持ちです。もしかしたら以前の様に快方してくれるのではないか、ベッドに寝たままだけど、気持ちは伝わるし、少ないけれど水分や栄養補給もできる、このまま続ければもしかしたら・・・、という期待もわき上がってくるのですが、現実的にはいつ息が止まってもおかしくない状況であるとの現実からも目を背けることは出来ません。

妙な気持ちで母の側に付き添います。母もずいぶん前までは日々行としてお経を上げていましたので、いまは母の枕元で般若心経や修証義を読誦します。般若心経は生死の境なく歩み続ける人への応援歌と私は理解しています。

キリスト者の妻は、愛情込めて、キリストを信じ受け入れることを母に語ってくれていました。信仰に篤き者には天国の門が開かれるからです。一応私も洗礼を受けた者として、その様子を感謝の気持ちを持って見守りました。

この先のこと、この数日のことは、一体どうなるか分かりません。ですが、この奇妙な時間がもう少し続いてくれる事を願って、いま過ごしています。


追伸

誤嚥性肺炎で体調を崩したときには、春の桜を見に行こう、そして母よりも八つ若い子どもの頃姉妹の様にして育った姪の認知症状が進んだという知らせがあったので見舞いに行こう、それを励ましの言葉として、そして、それが励ましとなって母は快方したと思っていて、それだけは実現させてあげたかったです。

それだけが、唯一の心残りになっています。

それと、7月28日で満年齢が百に到達するので、それも叶えてほしかったです。

まだ、どうなるか分かりませんが・・・

2025年2月2日日曜日

映画「正体」を観て、自由と人権について考えました。

信じたかったんです、この世界を。

正しいってことを、正しいって主張すれば、信じてくれる人がいるって。

外に出てから、生まれて初めて仕事をして、生まれて初めて、お酒を飲んで、友だちができて、人を好きになりました。生きてて良かったって思いました。

そして、もっと生きたいって思いました。


最近の多くの、市井の人が突然に人権を奪われる、踏みにじられる、という出来事を観る度に、私たち一人ひとりに保証されているという自由と人権を根幹とするデモクラシーが、根底から揺らいできているという実感を覚えます。と同時に、根幹である自由と人権とはいったい何かを、私たち一人ひとりが自らの事として真剣に考え直さなければいけないと考えるようになりました。

昨日観た映画「正体」は、自由と人権について考える、とても素晴らしい映像作品でありました。

映画「正体」には本当に心が揺さぶられました。感動しました。その中でも、私が特に救われ、感動したのが冒頭の言葉です。この言葉は、18歳で死刑囚の身に落とされ、三年後に脱獄し、三年間逃亡生活を送った後、再び逮捕され、刑務所に戻された主人公の青年が、最初から青年を犯人と決めつけて執拗に追い詰めてきた刑事の面会に応じ、刑事の「どうして逃げたんだ?」という問い掛けに対して答えた、青年の信条でありました。

https://movies.shochiku.co.jp/shotai-movie/

日本において、そして多くのデモクラシー、民主制を憲法で定める国では、国民一人ひとりに自由と人権が保証されることになっています。

ただ自由ひとつとっても、言論の自由を盾にとり、確証もなにもないのに、誰かを傷つける言動や、誰かに憎しみを植え付ける言動、そしてたとえ確証があったとしても過度に傷つけない配慮やおもいやり、同情心というものが欠ける言動が、今のこの世界には充満して、とても住み辛いものにしています。

そして人権ですら、権力を持つ側が、人権を理由に、盾にして、真実を隠蔽し、本当に人権侵害を受けている人の人権を守らず、その声さえ封じてしまうという疑いの事件を、私たちは何度も目にしてきたのに、真実には決して辿り着けずに、疑いのまま忘れ去れていく様に慣れすぎて、自分自身、人権意識が希薄になってきている様で恐ろしくなります。


私たちの自由と人権は何が問題であるのか?それは「誰の」という対象が曖昧であることだと思います。

当然に、私たちは「私の」自由、「私の」人権と考えます。国という概念のものが、その国民一人ひとりに保証しているのだから、私が「私の」権利として主張することに何ら不都合はないものと考えます。が、その保証されている自由や人権が、他の人と対立した場合には不都合なことが起こります。対立する者同士が、不毛な主張に終始することになれば、やがてそこには亀裂や分断が生じ、対立する者への憎悪が掻き立てられる事になります。

近代デモクラシーが形成されるまでに、この対立や憎しみが、人々を殺し合いに向かわせました。その最たるものが戦争です。それを避けるために、歴史上の賢者は、「寛容になること」を争う人々に説き、また「利己ではなく利他」に尽くす事で、人々の間に平安がもたらされる事を説いてきました。

この「寛容」や「利他」を前提として自由と人権を考えれば、その対象は「私の」ではなく「他者の」ということになる筈です。全ての人が「他者の」自由と人権を尊重するという考えに立てば、それは翻って、「私」以外の全ての人が「私の」自由と人権を尊重してくれるということになります。つまり、私が「他者」を尊重することは、巡り巡って、他者が「私」を尊重してくれることに繋がるのです。こんな世界なら私たちは安心して暮らす事が出来るでしょう。


この様な「寛容」や「利他」の精神は、幼子の時から精神が育まれる年齢を通じて、あらゆる教育の現場で、いつ如何なるところでも、時間を要して、時には厳しく教育する、諭すことが必要でしょう。そして、大人となってからも常に再考する、学び直すこともこれからは必要とすべきでしょう。

「寛容」と「利他」の精神が、少しでも疎かになれば、それがほころびとなって、いつでも私たちの世界が、他者の自由と人権を蔑ろにする、延いては私の自由と人権が蔑ろにされる世界に陥ってしまうことを、私たちは一生肝に銘じておかなければいけないのだと思います。


正しいってことを、正しいって主張すれば、信じてくれる人がいる。

そんな世界に、私たちはこの世界を作り直す必要があるのだと思います。


P.S.

この映画には光と闇が描かれます。光は、風前のともしびであったり、理不尽な逆風に晒されていたり、まだ灯ったばかりの弱々しい光でありました。しかし、光は決して消える事なく、暖かく、心を解かし、人々に希望を気付かせてくれました。

しかし闇には救いがありませんでした。人違いで痴漢の罪を着せられた人を、正義を盾にして悪口雑言の限りを尽くす市井の人、少年法改正で18歳から極刑に処せることになったことを国民に知らしめるための生け贄として主人公の青年に白羽の歯を立てた警察官僚、そして官僚の指示に絶対服従で青年をターミネーターの如く追い詰める刑事、そして公共事業を食い物にして立場の弱い労働者の労働力を搾取し続ける現場監督、見ていて吐き気を催しました。彼ら闇に巣くう者たちは、裁かれる事はありません。それは翻って云えば、彼らの心が救われる事が無いということです。

素晴らしい俳優たちが、そしてこの映画作りに関わった人々全員が、映像の妙、光と影の妙、立ち位置の妙、そして会話劇の妙、全身全霊で演じられる妙で、堪能させてくれました。

どうぞ、多くの人々に、小学生や中学生ならば家族とともに、中学生以上なら、家族や大事な友だちとでも又ひとりでも、絶対に見てほしい映画作品だと思います。

そして、自由と人権について、自らのこととして考えてみてほしいと思います。

2025年1月28日火曜日

もうすぐ七歳

 
家の一番下の娘ウルです。
私は、あまりにも愛くるしいので、くーちゃんと呼んでいます。
来月2月18日(火)で7歳になります。
猫族は人間よりも5~6倍老化スピードが速いと云われます。
7歳ならば人間の年齢で35歳~42歳という人もいます。
が、
私はそうは思いません。
もうすぐ7歳
今が一番可愛い盛りです。
生まれた年に、異物を飲み込んで病院のお世話になりましたが、
以後は風邪も引かず、健康体で成長してくれました。
これからも健康で成長してくれること願います。

どす黒いもの

昨日1月27日の国際ニュースで、

アウシュビッツ強制収容所が連合軍の一翼であったロシア軍に解放されて80年目を迎え、アウシュビッツ強制収容所で虐殺された約100万人と云われるユダヤ人、そしてロマ人、性的マイノリティーの人々、ナチスに抵抗した人々の追悼祈念式典が行われたことを知りました。

母と同じ年のアウシュビッツを生き延びた99歳のユダヤ人男性が、ヨーロッパ各国で再び他者への寛容さが失われつつある現状に懸念を示し、特に若者たちに対して「人種や宗教、性的な嗜好の違いへの不寛容や敵意の現れ」に注意するよう訴え、ホロコーストの歴史を繰り返さないためにも、差別を煽る主張には賛同せず、許さないでほしいと訴えていたことが印象的でした。

その同日、日本では昨年末雑誌記事で明るみに出たテレビのトップタレントの一人であった人物によるフジテレビの女性アナウンサーへの性暴力に、局ぐるみで関与した疑いを向けられているフジテレビ、並びにフジメディアホールディングスの会長、副会長が、400名の記者、カメラマンを迎えて10時間を超える釈明会見を行いました。

会見の冒頭、一連の騒動の責任をとる形でフジテレビの社長と会長の二人が本日付で辞任したことを報告しました。そして、ジャニーズ性加害問題の釈明会見でも兵庫県知事の告発された諸問題への釈明会見でも見られた、核心部はすべて第三者委員会の調査に委ねているという他人事の様な答弁に終始し、保身と被害者感情を逆撫でする様な答弁を繰り返すばかりでした。

会見の視聴の最中、私は、もしもハンナ・アーレントがこの会見を見たとしたら、どんな感想を洩らしただろうと想像を巡らしました。

ハンナ・アーレントとは、ナチズムが吹き荒れたヨーロッパからアメリカに亡命したドイツ人政治哲学者です。彼女は、1961年にエルサレムで開かれたアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴して、こんなにも凡庸なナチスの小役人が、600万人とも云われるヨーロッパのユダヤ人を絶滅収容所送りにする輸送の陣頭指揮を執っていたことを知り、愕然とし、「悪の凡庸さ」という概念を記しました。

私は、言葉も不明瞭で、緊張で手が震え、声がうわずる、そして自己保身の発言に終始する辞任したばかりの元社長や元会長を眺めながら、「悪の凡庸さ」という言葉を思い浮かべていました。が、その彼らの様子を注意深く見ていると、それは「悪の凡庸さ」では片付けられない、更にどす黒いものを感じてきました。

アイヒマンは、ナチスドイツ敗戦直後に行方をくらまし、15年近く逃亡しました。しかしモサドの執拗な追跡によって1960年にアルゼンチンで身柄を拘束され、1961年にエルサレムで「人道に対する罪」等15の犯罪の罪で裁判に掛けられました。彼は防弾硝子の透明な箱の中で、自ら「命令されたから行った」と弁明しました。怨みや憎しみの視線を浴びるアイヒマンの写真からは、悔恨の欠片さえ私は見つけることが出来ませんでした。

アイヒマンの身になって想像すれば、もはや孤立無援で、死の足音しか聞こえなかったのではと思います。傍観者にでもならなければ正気を保つ事が出来なかったのではと思います。

翻って、昨日の壇上の人々は、凡庸に振る舞うことで、厳しい追及に耐えきる事で、決して公に出来ない、隠し通さなければならない、守り通さなければならない、人物?もしくは事柄?への忠誠心、未だ活性化した忠誠心を感じるのです。これが私が感じたどす黒いものの正体です。

彼らにとって、会社を潰しても守らなければならない、千万という従業員、関係した人々の人生を台無しにしても守らなければならない、どす黒いものに、光を当て、駆除しなければ、このデモクラシーを標榜する日本自体が早晩滅んでしまうだろうと思います。