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今日は8月6日、世界で初めて殺戮の為に原子爆弾が投下された日です。

今日は8月6日、世界で初めて殺戮の為に原子爆弾が投下された日です。 ちょうど67年前、昭和20年8月6日(月)午前8時15分 エノラ・ゲイから投下されたリトルボーイが広島市街地上空で炸裂、 それは放射能と熱線渦巻く火の玉となって、町をそして人々を焼き尽くしました。 私...

2023年11月7日火曜日

風に立つライオン

 お願いだから幸せになってください。


2015年に公開された日本映画「風に立つライオン」を観ました。

アフリカ、ケニアの風土病を研究する長崎大学の現地研究所に二年の任期で赴任した日本人医師が、赤十字の要請で短期間、ケニア・ロキチョキオにある赤十字戦傷病院に医師して派遣されます。

そこは平和日本で育った日本人には別世界でした。

兵士に守られた赤十字戦傷病院には、毎日、銃や爆弾、地雷による殺し合いの中で、瀕死の重傷を負った大人の兵士、子供の兵士がトラックに山ほど積まれて運ばれてきます。医師は懸命に治療を施しますが、命を繋いだ人たちの多くが手足を失うことになります。兵士となった人たち、子供たちは、親や家族を虐殺された上、連れ去られて殺戮する側の兵士に仕立て上げられた人たちです。麻薬漬けにされた人たちです。そして彼らには行く当てなどありません。ですから、治療を終えた彼らの帰るところは殺戮場しかありません。


戦傷病院での活動を終えた日本人医師は研究所に戻りますが、短い間でしたが生活を共にした少年兵士たちへの思いが、どんどんと心に重くのしかかっていき、朗らかだった彼の顔を曇らせていきました。彼は夜になる度に、静まったアフリカの大地に立ち「頑張れ、頑張れ」っと自分を鼓舞しました。そして遂に彼は、再び戦傷病院に赴く事を決意します。


彼は二年の任期が過ぎても、戦傷病院に留まり、マザー・テレサ終末病院からこの戦傷病院に派遣されてきた日本人看護師とともに、元少年兵の子供たちが生きる希望を見つける為の、安全と学習を提供する孤児院を設立します。


麻薬の禁断症状、家族を虐殺された記憶、自分が人を虐殺した記憶に重度に心を病んだ子供たちも、日本人医師の自分たちへの献身に心がほだされ、いつか日本人医師に懺悔し、未来への希望を口にするようになります。日本人医師は、ひとつひとつ自分の思いが叶えられていく悦びを見いだします。

しかしそれが彼の命を縮める事に繋がりました。医師としても自分の思いを叶える為に彼は戦傷病院の外の村々まで訪問診療を始めるようになります。そしてその道中でゲリラに襲われ、撃たれ、命を落とします。


日本人医師には、アフリカへの二年の赴任が決まった時、結婚を申し込んだ大学の同級生の女性医師がいました。二人は相思相愛でしたが、彼女の方には、過疎地で診療所を続けてきた父の後を継がなければならないという責任がありました。そのために彼女は結婚の申し入れを受け取る事が出来ずに、二人は別れることになりました。

そして二年が過ぎて、彼女は過疎地の村で地元の働き者の若者と結婚をすることになりました。彼女は、遠いアフリカに赴任したまま帰ってこない日本人医師に、結婚をすることを告げる手紙を書きました。

その手紙を受け取った日本人医師は、何日も考えて、ようやく返信の手紙を書きました。その手紙が彼女の元に届いたのは、彼が死んだという連絡があった数日後でした。その手紙には、とても短い一文だけが書かれていました。


「お願いだから幸せになってください。」


end


「お願いだから幸せになってください。」は、日本人医師が思いを寄せるすべての人たちに向けた祈りの言葉であった様に思います。それは、愛する彼女への思い、病気に苦しむ患者への思い、患者に寄り添う家族への思い、そしてアフリカ・ケニアの最果ての地で出会った傷ついた元少年兵の子供たちへの思いです。そして彼は、その思いを叶えるために、献身的に働きました。


この物語「風に立つライオン」は、さだまさしさんの創作ですが、この物語の主人公日本人医師と同じ九州大学医学部出身で、実際にアフガニスタンで数十年にも及ぶ医療活動と共に、貧困の本質的な問題を解決する為に用水路建設に自ら陣頭指揮にたった中村哲医師の事が思い出されました。中村哲医師は、アフガニスタンの荒野に暮らす多くの貧困にあえぐ人々の本当の友人になった日本人ではないかと思います。そんな中村哲医師も2019年にゲリラの凶弾に斃れました。


今年生誕100周年を迎えた作家遠藤周作が、晩年となる1993年に発表された「深い河」でテーマとされた旧約聖書イザヤ書第53章3-4節の句を思い出します。


彼は醜く、威厳もない。惨めで、みすぼらしい

人は彼を蔑み、見捨てた

忌み嫌われる者のように、彼は手で顔を覆って人々に侮られる

まことに彼は我々の病を負い

我々の哀しみを担った


イザヤ書は、ユダ王国後期に、預言者イザヤがユダヤ民族の救世主到来を預言した書と伝えられています。そして、イザヤが預言をしてから約8世紀後に、古代ローマ帝国の属州となっていたユダヤの地にイエスが現れました。イエスは、まさにイザヤ書で預言された救世主像でありました。当時においても、見捨てられた人々、貧しき人々、虐げられた人々にイエスは寄り添い、心と体の救済に尽くしました。それがためにユダヤ教の権威を重んじる祭司長や法学者から目の敵にされ、遂に死刑の冤罪を告発され十字架の刑に処せられました。


そして私は一つ確信を得ました。

この世界の痛みは、暴力では正せない。何故なら暴力は痛みを広げ深めるばかりだからです。そして、この世界の痛みを癒やす為には、暴力を捨てて、痛みに苦しむ人に「お願いだから幸せになってください」と心から祈り、痛みに苦しむ人々が生きる希望を見出せるために献身的に寄り添い支える事しかないという事をです。


私たちは暴力の脅威に晒された時、その脅威に対抗するために、抑止力となる暴力で身を固めます。その抑止力が脅威となる暴力を超える時、立場は逆転します。暴力を止めない限り、双方が滅びるまで続く事になるでしょう。

では暴力を手放せば、どうなるでしょうか?ほとんどの人間は同じ想像の元に暴力を手放すことは出来ないでしょう。

でも聖者は、暴力を手放して、慈愛と献身に身を捧げました。そして、その結果はどうなったでしょう。聖者は命は奪われましたが、聖者の遺志は、広く深く後に続く多くの人々に引き継がれていきました。

2023年11月5日日曜日

カーネル・サンダースに呪われた野球チーム

 MLB公式サイトが粋な記事を掲載してました。


タイトルは、

The baseball team cursed by Colonel Sanders

https://www.mlb.com/news/the-japanese-team-cursed-by-colonel-sanders


「カーネル・サンダースに呪われた野球チーム」の話です。


思い出します。1985年阪神タイガースの初日本一の時、アメリカの三大ネットワークで、阪神タイガースのファンの熱狂ぶりを世界一のファンという風に伝えていた事をです。

今シリーズも更に熱狂的でしたね。MLB公式サイトは阪神タイガースの優勝を、次どの様に伝えてくれるのか楽しみです。


阪神タイガース優勝!

 38年ぶりの阪神タイガース日本一か、王者オリックスバッファローズの連覇か、59年ぶりの関西ダービーは、気持ち7対3でタイガースを応援してました。

そして七戦までもつれた関西ダービーは、阪神タイガースに軍配が上がりました。


優勝監督:岡田彰布

MVP:近本光司


個人的には、夏から一人で投手をリードし好投を引き出し続けた坂本誠志朗捕手と鋼のメンタルを見せつけたルーキーで大活躍した森下翔太選手です。


夢のような日本シリーズでした。トラッキーの背番号、来年は「1985」から「2023」になるのでしょうね。本当に嬉しいです。

2023年10月31日火曜日

Google検索のスポンサー欄にフィッシングがありました。要注意です!

 いつもの様に「amazon」でGoogle検索すると、検索欄の上のスポンサー欄に「アマゾン公式サイト-Amazon.co.jp」と表示されたのでクリックすると、「このパソコンはウイルス感染している。表示するマイクロソフトの窓口に電話して云々」という危険を通知する画面と音声が流れ出しました。

ブラウザを強制終了し、パソコンに正規にインストールしているウィルス駆除ソフトを実行し、ウィルスには感染していないことを確認しました。

再度、「amazon」でGoogle検索し、スポンサー欄の「アマゾン公式サイト-Amazon.co.jp」の箇所のリンクアドレスをコピーし、テキストエディターに貼り付けて確認すると、amazonの正規URLでない、不正なURLアドレスでした。リンクのフィッシング詐欺でした。すぐにGoogleサイトに不正報告を行いました。


正規サイトか偽サイトか、リンクアドレスを確認しないと判別は難しいです。フィッシング対策として、

①検索画面に表示されるスポンサー欄は、クリックしないこと。

②リンクの上で右クリックし、メニューからリンクアドレスをコピーを実行して、テキストエディターに貼り付けて、URLの真偽を確認する。

③何度も訪れるサイトは、ブックマークに登録して、次回からは登録したブックマークからサイトに移動するようにする。

を行う事をおすすめします。

2023年10月24日火曜日

神戸布引ハーブ園の花々

 


耐え難い憤りに向き合うために

 10月5日(木)、ウクライナ東部ハルキウ州クピャンスクのグローザ村で、ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した昨年二月に前線に向かい、まもなく死亡した元兵士の追悼集会の会場を、ロシア軍がミサイル攻撃の標的にして、住民59名が爆殺された。

10月7日(土)、ユダヤ教の安息日にイスラエルに侵略したハマスは、300人近い人々を殺害し、200人を超える人々を人質としてガザ地区に連れ去るという事件を起こした。

10月17日(火)、ガザ北部にあるキリスト教系の病院が爆破され、ハマスは、イスラエル軍の攻撃によるもので、この攻撃により少なくとも500人が死亡と発表した。しかしイスラエル国防軍は、ハマスとは別のパレスチナ武装勢力「イスラム聖戦機構」によるイスラルへのロケット攻撃の失敗によるものだと主張している。

最近の戦争報道の中で、特に強い憤りを感じた出来事です。殺害された人々、傷つけられた人々、連れ去られた人々は、非戦闘員です。国際法上で標的にしてはならない人々です。

戦争では、こういう人々が、見せしめの為に殺されたり、敵の攻撃を防ぐための人道の盾として利用されたり、力の誇示や恐怖を植え付け戦意を失わせるために殺されるのです。無意味に、もしくは誰かの快楽を充たす為に、殺される人々もいるでしょう。


日本は、78年前に終わった第二次世界大戦で敗戦国となって以降、戦争をしていません。

が、この地球上では、植民地からの独立紛争、曖昧な国境をめぐっての国家間の戦争、異なる宗教や異なる部族の国や地域の支配権を巡っての紛争、軍事大国による武力侵略に端を発した国家間の戦争、そして狂信的、あるいは身勝手な思想をもとにした一般市民を標的にしたテロ行為が、後を絶たず行われ続けてきました。

私たち日本人は、心のどこかで、私たちは戦争をしていない、戦争を知らない、戦争は遠い他国の出来事、私たちは関係ないと思っている節がありますが、エネルギー、食料、あらゆる産業の原材料を他国に依存している日本は、遠い他国で紛争が起こる度に、あらゆる危機に直面してきました。

また、国連主導の紛争地への介入も、国内法を理由に、戦闘行為には直接参加はしてきませんでしたが、戦費や軍事物資の提供をはじめ、紛争地での戦後復興支援と称しての道路や橋の施設、また地雷除去、機雷撤去という紛争当事国からみれば敵対行為と見なされる行為も行ってきました。そう、戦争に関わってきたのです。

何より、インターネットが普及する以前は、乏しかったですが、現在は紛争地の惨劇がダイレクトに私たちの目に、耳に、心に、飛び込んでくるようになりました。知らない、関係ない、責任はないでは済まされない時代になりました。

日本がある東アジアも、いつ戦争が起こってもおかしくない時代となりました。韓国や台湾が軍事侵攻に晒されたら、私たち日本人は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻時に、ウクライナに隣接する東ヨーロッパの国々が、検問を開いて、100万の単位でウクライナからの避難民を受け入れたように、韓国や台湾からの避難民を受け入れることが出来るでしょうか。また、アメリカを始めとする西側諸国が、韓国や台湾に加勢するために戦争に参加した場合、日本は国内法が許さないからと、参加を拒否できるのでしょうか。

そして万一、日本が軍事侵攻の標的となった場合、私たち日本人は、逃げずに戦えるでしょうか。

戦争はよくない、戦争はしてはいけない、戦争はしたくない、は日本人だけでなく、すべての国の市井に暮らす人々の偽りのない気持ちだと思います。

しかし、78年間、他国の武力行使という脅威を受けずに、戦後復興と経済成長、そしてその奢りが招いた経済の鈍化と様々なシステムの歪みの弊害に苦しむ内向きな日本人と、常に隣国の強国の脅威に晒され続け、また幾度も紛争を繰り返し、外敵に対して、心の底から払拭できない怨み、苦しみ、哀しみを募らせ続けてきた人々とでは、偽善と本心からの葛藤ほどの差があるように思います。

私たち戦後教育を受けた日本人は、戦争が引き起こす、苦しみ、怒り、怨み、哀しみ、絶望感、自らへの嫌悪感、罪悪感を知らないし、理解も出来ないと思っています。

ですが、遠い他国で現在進行形の戦争に、目を、耳を、心を開けば、彼等戦争当事国の市井の人々の心の内を想像することは必ずできると思います。


私たち日本人は、この地球上の大多数の人々が何かしらの一神教に帰依し、宗教によって敵味方を差別するのとは異なり、あらゆるゆうぶつに神が宿るという畏怖の信仰を心に宿しています。そのため、違いに対して、恐れではなく、慎み敬う事ができます。異なる宗教についても、異なる民族についてもです。

私たち日本人が一番恐れなければなえればならないのは、自らのおごりたかぶりです。それは、慎み敬う心を曇らせます。

この日本人の八百万の神への慎み敬う信仰の心こそ、度重なる紛争、戦争で、頑なに絡まってしまった心を、解きほどくことの出来うるものだと思います。

私たち日本人が出来る事、今すぐ出来る事、継続して出来る事は、戦争で苦しむすべての人々に、慎み敬う、そして慈愛を示す事だと思います。


そうしなければ、近い将来、憎悪の重みで、人間が築いてきた世界は、押しつぶされて滅んでしまうでしょう。

2023年10月19日木曜日

谷村新司さん、逝く

 アリスの谷村新司さんが亡くなられましたね。この一報に触れた時、不謹慎ですが、あまりにびっくりして笑ってしまいました。去年、再びアリスの活動を10年行うと宣言され、SONGS出演時には、変わらず甘い艶のある声を聴かせて頂きました。谷村新司さんは今や国民的歌手のお一人ですが、1970年代を青春として過ごした私たち世代には、永遠の深夜ラジオに君臨する(いろんな意味での)夜の怪人のお一人という印象のままでして、そんな怪人が死ぬなんてことはない、季節外れのエイプリルフールかと、そんな思いが一瞬に吹き出して笑ってしまった次第です。

そして次に思ったのは、ばんばん、大丈夫か、でした。(わたしなどが心配してもしゃーないのにね)それで昨日のラジオ関西のばんばひろふみラジオDEショー!は最初から聴きました。開始30分、ばんばんしか語れないちんぺいさんの思い出語りに聴き入りました。やっぱり笑ってしまいました。そして、残された歌もですが、その人なりも、それを覚えている私たちがいる限り、生き続けるんだろうなと感じ入った次第です。

『帰らざる日々』、『遠くで汽笛を聴きながら』、そして『秋止符』、この三曲がアリス楽曲の中で、私が好きな歌です。いつまでも大切に聴かせて頂こうと思います。

ありがとう、ちんぺいさん、ありがとうございました。