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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2018年2月7日水曜日

スーパーカーが宇宙を走る?!

まるでミュージックビデオです。
ロックの音楽と歓声がこだまする中で、ロケットが打ち上げられ、宇宙空間で搭載物のスーパーカーが露わになって、宇宙飛行士を乗せたスーパーカーがどんどんと地球を離れていくのです。
※動画は、9分頃番組が始まり、29分頃打ち上げが始まります。全画面表示で観ると迫力があります。

宇宙開発が飛躍的発展を迎えるターニングポイントとなるだろう次世代ロケットの打ち上げ実験(&ブースター帰還実験)まで、ショーにしてしまうアメリカ人のショーマンシップに、ただただ脱帽です。









2018年2月3日土曜日

地球を呑む

「地球を呑む」という漫画を思い出しました。
半世紀前に手塚治虫が描いた、この世界が終わる物語です。

夫の非情な裏切りによって、父を殺され財産も名誉も奪われた女が、娘達に男達への復讐、男達が築いた社会への復讐を誓わせて息を引き取ります。これが序章です。
娘達は、祖父と母から引き継いだ化学研究をもとに人工皮膚と媚薬を完成させ、遂にビーナス(容姿端麗な絶世の美女)の全身スーツを身に纏い、ゼフィルスと名乗って男達への復讐を開始します。
ゼフィルスは、世界中の名だたる男を誘惑してはその美貌と媚薬の力で虜にし、そして男の全身スーツを造って、男に入れ替わり、男の名声や地位、そして財産を奪っていきます。
ゼフィルスは同時に、人工皮膚の技術を世界に公開します。その技術によってあまたの人工皮膚商品が製品化され、誰でも他人になりすます事ができるマスクや全身スーツを手に入れることが可能になります。人工皮膚商品を手に入れた人々は、変身願望を満たすだけにとどまらず、やがて他人になりすます快楽に溺れ、ついに他人になりすまして起こす犯罪が横行し、社会の秩序が崩壊に向かいます。
そして仕上は、金融システムの破壊です。ゼフィルスは世界最大の金鉱脈から採掘した金塊を、石ころのように町中にばらまきました。これによって金はその価値を失い、紙幣は紙くず同然となりました。
そして、この世界から法と秩序が失われ、暗黒時代が始まります。それは名だたる男達の上にゼフィルスが君臨する世界の始まりでもありました。

という様な物語でした。
この物語を思い出したきっかけはコインチェック騒動です。

インターネットの商用利用が始まって20年以上が経過しますが、スマートフォンが爆発的に普及したこの十年弱で、SNSやネットゲームが私たちの生活に切っても切れないものになりました。SNSやネットゲームでは、やろうと思えば他人になりすますことは簡単です。そしてネットを利用した新しい卑劣な犯罪が横行するようになりました。
そしてビットコインに始まる仮想通貨の広まりです。

ビットコインは、2008年にSatoshi Nakamotoと名乗る謎の人物が暗号化理論の研究者が集うメーリングリストに投稿した論文「ビットコイン: P2P 電子通貨システム」から始まり、Satoshi Nakamotoを中心にビットコインゲームが開発され、2009年に最初のビットコインの取引(Satoshi Nakamotoから開発者Aに送信)が行われました。
ビットコインゲームは自律型のコンピュータシステムです。
ゲームに参加するプレーヤーは、ブロック(10分ごとのビットコイン取引記録)を、直前のブロックにチェーンで繋ぐ作業(これをマイニングと呼んでいます。採掘です。)を競います。プレーヤーは、マイニング毎にシステムから示される一意の数値と計算式を使って、計算式を使った結果が一意の数値となる入力値(これをノンスと呼んでいます。)を探します。そして最初にノンスを探し当てたプレーヤーに、その報奨としてシステムから一定量のビットコインが与えられます。ビットコインが生成される瞬間です。
報奨としてシステムから与えられるビットコインの数量は、21万ブロック毎に半減します。最初の21万ブロックは50BTC(平たくいえば50枚のビットコイン)で、次の21万ブロックでは半分の25BTC、その次の21万ブロックでは12.5BTCというふうに半減していきます。
ブロックは10分ごとに作られるため、約4年で半減期が訪れます。
4年×365日×24時間×6回=210,240ブロック
システムが生成するビットコインの総量が21百万BTCと決められているため、2140年にビットコインの生成は終了します。この時、33回目の半減期で、マイニングの報奨は
0.0000000116415321・・・BTCです。

ビットコインゲームは当初、開発者の仲間内で行われていたようです。
しかしある日、一人のプレーヤーがピザをビットコインで手に入れます。ビットコインによる経済活動の始まりです。
2010/5/17 A→ビットコインでピザを買いたいと投稿
2010/5/22 1万ビットコインとピザ二枚の取引が成立

ビットコインが経済活動に利用できるという噂は瞬く間に世界中に広がって、様々な資本や組織がプレーヤーとして参入し、マイニングは加熱の一途をたどることになります。ゲームでしかなかったころは、パソコンユーザーでもマイニング探索でビットコインを得ることもできましたが、現在ではマイニング専用マシンが開発され、24時間365日マシンを稼働し、膨大な電気エネルギーを消費しながらマイニング探索が行われる様になりました。また、ビットコインによる経済活動は、ブラックマーケットのマネーロンダリングに大いに貢献し、ビットコインと現実通貨とのレートは日増しにつり上がって行きました。
この時期にSatoshi Nakamotoは、忽然と姿を消した様子です。
Satoshi Nakamotoが保有するビットコイン数量は100万BTCともいわれます。

ビットコインは魅力ある投機対象として認知されるようになりました。それに伴って、どんどんとビットコインの取引所がネット上に作られる様になりました。
取引所でビットコインを購入するのは、とても簡単です。
まず取引所の会員となって、口座となるマイウォレットを作ります。
そして取引所の会員同士の売買希望の投稿が書き込まれた掲示板に、買いたい数量と1ビットコインの買値を投稿し、売り手とのマッチングを待ちます。そしてマッチングが成立すると、売り手に購入金額を振り込みます。振り込みが完了すると同時に、マイウォレットに購入したビットコインが移動して取引が完了します。
売る場合も同様に、売りたい数量と1ビットコインの買値を投稿し、買い手とのマッチングを待ちます。そしてマッチングが成立すると、買い手からの振り込まれた金額が、取引所の手数料を引かれて振り込まれます。次に現金化です。取引所から金融機関へ振り込み手続きを行います。手続きが完了すれば、銀行などの金融機関から現金を引き出すことができます。

そして現在、ビットコインに続いてあまたの仮想通貨が生み出され取引所で売買されるようになりました。今回のコインチェック騒動の渦中となったNEMもそうです。
NEM、調べてみるとビットコインとは違う成り立ちでありました。
2014年から2015年にかけて、1600人の投資家が集まってNEMシステムを開発しました。総発行量は89億XEM(89億枚のNEMコイン)で、最初に投資家に均等に分けられました。そして、NEMを保有する投資家と取引所が協力して、NEMの価値をコントロールしながら、市場での流通を進めています。
希少性で価値を生み出し、子供から学生、若い主婦まで巻き込んだ一時期のトレーディングカード狂乱を思い出します。

値がつり上がった仮想通貨を持つということはとても苦痛な事だと思います。
昨日一万円で購入した仮想通貨が、今日十万円の価値になり、明日には百万円の価値になるかもしれないという期待感とともに、価値が上がるほど、現金化が難しくなることに気づきます。売りの流れが加速すれば仮想通貨は暴落し、百万円の価値が一瞬で無価値に変わる恐怖が生まれます。そして、仮想通貨の価値事態が幻であることに気づきます。

仮想通貨の中で一番堅調なビットコインでさえ、もしSatoshi Nakamotoが保有するビットコインをすべて売りに出せば、ビットコインは直ちに暴落するでしょう。今日現在、ビットコインの日本円レートは約91万円ですが、それが直ちに無価値になる恐れも孕んでいる、それが仮想通貨の現実だと思います。
それを目の当たりにする人は、きっと世界の終わりと感じることと思います。

現状の様なギャンブル性の高い仮想通貨で大もうけできるのは、投資家と取引所だけなのではないでしょうか。コインチェック騒動発覚後、コインチェックのセキュリティ脆弱さがあらわになると同時に、それ以上に、580億円を失っても尚、被害者に報償金を支払い、事業を継続することができるというその体力、資金力はどこで生まれたのか、驚きを通り越し、恐ろしさを覚えます。
彼らこそ「地球を飲み干す」蟒蛇ではないかと思います。

2018年1月22日月曜日

関東NOW

さくらから届いた現在の大雪状況
坂はまるでジャンプ台の様です。


南岸低気圧ですね。

2018年1月20日土曜日

天皇盃 第23回全国男子駅伝

明日行われる全国男子駅伝、チーム兵庫の第二区ランナーとして鹿島中喜多村慧君(3年)が出場するんですね。明日はテレビで応援したいと思います。

http://www.hiroshima-ekiden.com/information/players.html

2017年12月11日月曜日

オムライスの矜恃

日曜日、先日Facebook「播磨・はりまを食いつくし隊」グループに投稿された、たつの市のオムライス店に昼ご飯を食べに行きました。
昼をだいぶん回った頃です。それでも近くにあるマクドナルドの駐車場は満車状態で、ドライブスルーは数珠繋ぎの有様です。そこから県道5号線を一ブロック西に進んで、店を探す目印となるキリン堂に近づくと、すぐに見つかりました。プレハブ造りの小ぶりな店の白壁に「オムライス」と書いてありました。でも、なんというか人の気配というものをまったく感じない店でした。ドアを開けると中は暗く・・・、でも左側の厨房から一人のおっちゃんがすくっと現れて(様に見えて)、いらっしゃいと元気な声で迎えてくれました。
妻と二人、二つあるテーブルの奥に座り、目当ての500円オムライスを二つ注文しました。おっちゃんはプラスチックのコップに二つ水を運んでくれました。口を付けると、冷たくくっきりとした旨い水でした。先ほど紅葉谷を散策して汗をかいていましたので、体に心地よく浸みました。でも一つ気になることがありましたが、それも後で解決しました。
紅葉谷で撮った動画を妻に見せながら、しばし会話をして待っていると、カウンターに出来たてのオムライスが二つ並びます。そしておっちゃんがテーブルまで運んでくれました。写真で見た通りの、トロトロのオムライスです。デミグラスソースが掛かって、到底500円とは思えない、見た目も量の多さも食欲を満たしてくれるものに思えました。
トロトロのオムライスの卵を口に運びます。なんというか、洋ではなく和を感じる口当たりでした。あっさりというのでもない、ボリュームがあるのにさっぱりとした口当たりです。デミグラスソースも個性が強くなく、卵に丁度良い味加減です。
でも一つ気になることがありましたが、それも後で納得しました。
その辺りからです。おっちゃんの情熱大陸が始まりました。
おっちゃんは姫路で和の食に関係した仕事をしていたそうです。縁あって竜野でオムライスの店を開くことになり、周りの店がワンコインでランチが食べられることから、ワンコインのオムライス弁当店を標榜した店作りを考え、それでプレハブの小ぶりな店になったそうです。
そして500円オムライスの誕生秘話です。卵たくさん使ってますね、と話すと、卵たくさん使っていません、との意外な答えが返ってきました。だし巻きの様な出し汁も入っていない。当然ながら高い材料となるチーズも生クリームも入っていない。秘密は水、そして空気だと話します。だし巻きを上手に作るヒントは出し汁を多めに加えることだと話します。その要領で出し汁の代わりに水を加え、よくかき混ぜて空気をふんだんに含ませる。
そして鉄のフライパン(昨今のテフロン加工のフライパンは駄目というこだわりがあって)で卵が固まらないように焦がさないように半生の状態で焼き上げて、そしてあらかじめ皿に盛ったライスの上に被せるのでは無く、フライパンの中でライスに巻き付けてから皿に盛り付ける。ファーストフードの様に注文を受けてすぐにお出しするというまねはできないけれど、手間を掛けて美味しい料理をお出しする。
そいいうこだわりというか矜恃を持って9年間続けてきたと話します。

食べ終えて、おっちゃんがコップの水のおかわりをしてくれてからも情熱大陸は続きます。
この水は水差しに氷とカットしたレモンを入れている、と話します。一杯目にはレモンを感じなかったけれど、話を聞いた後の二杯目はレモンをしっかりと感じる事ができました。くっきりとした旨い水の正体が分かりました。そしてコップに浮いていたものの正体も判明しました。
ライスは少しべとついたものになっている。卵が焼けすぎずにフライパンの中でライスを巻き上げるためのアイデアだと話します。
そして自分が作るオムライスは、口に後味を残さないと話します。
お客さんの中には、もっと味の濃いものを好まれる方もおられます。でも迎合はしないと話します。昨今の店舗紹介サイトから出店の営業がきたけれど、頑張らない、迎合しないが信条で全部お断りをしています。それでもお客さんがSNSに投稿した写真を見てたずねてくれるお客さんがあることに本当に嬉しく思うとも話します。
帰り際、定休日を訪ねると、定休日は設けていないとの話します。お客さんがふらっと訪ねてくれたとき閉まっていたら、大切な縁をみすみす失うことに繋がってしまう。それが嫌だから定休日は設けていないと話します。そしたらおっちゃん、年中無休とたずねると、休むときは休むとはぐらかされてしまいました。どこまでも自由でおもろいおっちゃんでした。大盛りは700円でした。今度は持ち帰りしたいと思います。


p.s.
オムライスといえば、先日訪れた東大阪八戸ノ里の布施警察署近くにあったカフェ樫の木の事も書かなければなりません。
昼をすっかり回った時間、枚岡公園散策ですっかり腹ぺこになった腹を押さえながら歩いていて、店先の700円オムライス、珈琲付きが目に留まり、その店に入りました。
入ると長いカウンター席があって、その奥にテーブル席が見えました。店には私よりも年上の三人のマダムがいて、掃除や午後の準備をされていたように見えました。私はこの三人のマダムが三人の魔女に見え、邪魔としりながら、いつでも逃げられる様にと、入り口に一番近いカウンター席に着きました。
珈琲を先にお願いしました。珈琲はおしゃれな白いカップに淹れられていました。目の前で調理されるオムライスの進捗を見ながら珈琲を頂きました。珈琲は香りよくとても美味しかったです。先にカップに入ったスープが出ました。火傷しそうなほど熱々のスープでしたが、顔をしかめながら飲み続けました。さっぱりとした味付けのこれまたとても美味しいスープでした。そしてようやくメインのオムライスが目の前に置かれます。スプーンで卵とライスをすくい口の中に放り込むと無茶苦茶熱い、顔をくちゃくちゃにしながら、それでもどんどんと口の中に運び続けます。このオムライスも滅茶苦茶に美味しかったです。特にライスは、これまで食べたオムライスの中で一番ではないかと思うほど美味しかった。しっとりさ、しっかりさ、チーズとトマトの風味もふんだんに味わえました。
食べ終わって、ほんと感謝の気持ちでご馳走様と手を合わした次第です。
弁解しなれればいけません。三人のマダムを三人と魔女と喩えたことを・・・
要するに、店内が少し薄暗く、カウンター席がメインであったことからラウンジの様な雰囲気で、飯に入ったところは飲み屋だったと最初勘違いしたのです。三人のマダムは化粧も濃く、服装も派手でしたので、入る店を間違えたと思ったのです。でも食べ終わって、その思い全否定致しました。三人のマダムの頭と思われるマダム頭は、とても言葉が暖かく、料理とともに短い時間でありましたが、ちょっと疲れた体をしっかりと癒やしてくれました。また八戸ノ里に出向くことがあったたら、必ず寄ろうと思います。

2017年12月10日日曜日

侘び寂びの世界、紅葉谷

竜野の紅葉谷を訪れました。紅葉はすでに見頃を過ぎ、谷の小径は落ち葉で埋め尽くされていました。日曜日の昼間というのに、とても閑散としたその小径を、古い石灯籠のある峠まで登りました。落ち葉のじゅうたんは、踏み込む度にサクサクと心地よい音を発し、奥へ奥へと進んでいくほどに、風の音、枝のそよぐ音、そして鳥たちの鳴き声音が下界の喧噪をかき消してくれました。
心がどんどんと静かに、そして澄んでいく様な気持ちがしました。紅葉谷は侘び寂びの世界に思いました。素敵でした。

2017年12月4日月曜日

鶴橋

夕刻、司馬遼太郎記念館を出た後、最寄り駅の八戸ノ里駅には行かずに、近鉄奈良線と平行して鶴橋を目指して歩きました。大都会だから一本の道で通じるだろうという当ては見事に外れ、暮れゆく見知らぬ町の繁華街から街灯の少ない古い町並みの中、路地、運河の縁、倉庫街、そしてちょっとディープな界隈を彷徨うことになりました。
そして日がすっかり暮れた頃、焼き肉の旨垂れや油の焦げる、なんとも腹に堪える匂いが近づいてきます。そして、また路地に入っていくと鶴橋の超猥雑な世界に入りました。
こんなに活気のある場所は初めてでした。昔大阪に15年いましたが、鶴橋を歩いたことはありませんでした。狭い路地の両側に無数の露天の様な店が軒を並べ品物が路地にまで溢れています。雑貨から韓国惣菜、食べ物屋が混雑し、その迷宮の様な路地にありとあらゆる人が集まってきている様に思いました。その中で日本語と韓国語が飛び交っていました。一日の行軍ですっかりヘトヘトとなりすぐに電車に乗ろうかと思いましたが、空腹は押さえられず、一軒の惣菜店の中のテーブルに着きました。韓国ラーメンとみやげに韓国海苔巻きを三本注文しました。店のおばちゃんたちは常に笑顔を絶やさずに動き回っていました。韓国ラーメン、スープのあまりの辛さに何度も咳き込んでしまいました。でも付いていた海苔巻きも、キムチもとても美味しかったです。
ここには、今を生きるという活気と熱気が溢れていました。ほだされました。