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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2016年12月24日土曜日

脱真実の世界

今年読んだ本の中で一番の衝撃を受けたのは、イギリスの哲学者ナイジェル・ウォーバートンの「表現の自由」入門 (原題 FREE SPEECH)でした。
近世のフランスから始まった人民による、支配層からの自由と民主主義、博愛主義を勝ち取る運動は、長きに渡る戦いの末に、近代立憲君主主義を掲げる民主主義国家において、人権の保障と言論の自由、表現の自由が憲法に明記されるまでになりました。
憲法とは、国家権力をそこに明記されているルールによって制限することにより、国民の権利や自由を保護する仕組みです。そしてすべての国民が憲法を協約することで国家は成り立っています。
そして、もしも人民の権利や自由が縮小される事態となれば、それは国家権力を勢いづかせることになるため、国民の権利や自由を保護する憲法は、絶対に守らねばなりません。

それを頑なに守ろうとするジレンマを、フランスの哲学者ヴィルデールが言葉に残しています。私はこの言葉に衝撃を受けました。
「私は君の言うことを徹頭徹尾嫌悪するが、しかしそれを言う君の権利を死ぬまで擁護する」

現代でいえばヘイトスピーチです。ヘイトスピーチは敵視する相手を言論によって徹底的に痛めつけるばかりか、ヘイトの意識がなかった、でも不満を抱える人民を、ヘイトへと駆り立てます。人権主義者や博愛主義者にとっては決して容認できるものではありませんが、しかし、ヘイトスピーチも言論であり表現であり、その自由を憲法は保障しています。でももしも、人民がヘイトスピーチを禁止する法律を求めれば、国家権力は直ぐに法律を作るでしょう。でもそれは、国家権力に都合の良い法律で、様々なところに適用され、いつの間にかあらゆる人民の言論や表現の自由が縮小される事態を招く危険をはらんでいます。ですから、私達人民はむやみやたらととヘイトスピーチを禁止する事を国家権力に求める事ができないのです。ただ静観するか、穏健な言論で対抗するしかありません。万一、ヘイトスピーチを暴力で封じ込めようとするならば、それは悪辣な犯罪行為となって罰せられてしまいます。これも非常なジレンマです。


そして、国家権力とは誰の事でしょう。
ある雑誌の記事に、端的に表現した文章がありました。
「選挙は権力を掴む人を決めるもので、真実を語る人を決めるものではない」
そうです、私達人民が自由選挙で選んだ同じ人民であったものです。人民の中からリーダーとして選ばれた者が、権力の座に就くのです。

今年は、国家権力が次々と頭をもたげた年として歴史に刻まれるかも知れません。その筆頭が、アメリカの次期大統領に選ばれたドナルド・トランプです。
彼が選挙で示したことは、アメリカ社会の分断と不満を抱える多くの白人に迎合したことです。彼は「アメリカファースト」を唱えました。でもそれはアメリカ人の中の、彼と同種の白人至上主義者や差別主義者、また男社会を是とする者、暴力を是とする者への呼びかけであった様に思います。
そして彼は「客観的な真実よりも刺激的な嘘」を大いに活用しました。彼を支持した人々は、その言動に熱狂しました。その言動はまさにヘイトスピーチそのものでした。
国家権力がヘイトと手を組めば、国家ぐるみの排斥が容易に行える様になるでしょう。それはまさにナチスによる独裁やファシズムという悪夢の再来です。

人民が長き時間を掛けて一つひとつ勝ち取ってきた自由の権利が、そしてその自由の権利を失わないためにしてきた我慢さえも報われぬままに、現在のシリアや多くの紛争国、また独裁国家と同様に、新しい支配層によって一気に奪い取られる日が迫っている恐怖を覚えます。

サンタクロースを信じていますか?

サンタクロース伝説は、現在では聖人の一人に数えられるニコラウスという人物が、貧しい人々に施しをした事が起源と言われます。そして、その美名はセント・ニコラウスからいつしかサンタ・クロースと呼ばれる様になりました。
また、現在私達がよく知っている、真っ赤な衣服を身に纏い、ふくよかで真っ白なおひげを蓄えたサンタクロースは、コカコーラがクリスマス広告の中でイラストとして描いたのが最初と言われます。
そしてサンタクロースが、クリスマスを迎える真夜中、12月25日の午前零時から空飛ぶトナカイのソリに乗って、世界中の子供たちにクリスマスプレゼントを届けるという幸せな夢物語が作られました。
クリスマス、キリストの誕生日ですが、西暦1年12月25日と設定されたのはキリストが誕生してから一千年後の事だそうです。北欧の冬至(この日を境に日が長くなっていく)を祝う祭りを、当時の教会がキリストの降誕を祝う祭事として取り入れたと言われます。
そして現在の聖書研究者や歴史家は、キリストの誕生は春であったという説を唱えています。

オックスフォート英語辞典が今年を象徴する単語として、”post-truth”「脱真実」を選んだと発表がありました。そして今週号のニューズウィーク誌には「客観的な真実よりも刺激的な嘘」が世界を変えるかもしれないという特集記事を掲載していました。
「嘘から出た誠」なら良いですが、「嘘が真実に塗り替えられる」がまかりとおる世界は本当に恐ろしく思います。
でも「脱真実」は、これまでの人が人を支配してきた人類の歴史の中で幾度も繰り返されてきたのだと思います。

ではサンタクロース伝説はどちらでしょうか?私は嘘で彩られた人類の歴史の中で数少ない「嘘から出た誠」ではないかと思っています。
今朝の朝ドラ「べっぴんさん」は、戦後の混乱からようやく秩序を取り戻した日本の庶民が、西洋のクリスマスを生活の中に取り入れ始めた姿が描かれていました。日本人の多くはキリスト教徒ではありませんが、クリスマスイブの夜に西洋人のキリスト教徒の様にして、家族や親しい人と集まって食事をしたりケーキを食べたり、そしてプレゼントを交換したりと、暖かい気持ちになって過ごす事を良しと捉える様になりました。口べたな、というよりも言葉や行動で素直な気持ちを伝える習慣の少なかった、また恥とさえ思っていた日本人にとって、それはおおっぴらに行える約束の日となりました。だからこそクリスマスは日本文化に取り入れられたのだと思います。

そしてサンタクロースです。
以前のクリスマス記事で書きましたが

-2011/12/16 サンタクロースっているんでしょうか?-

から引用します。
「愛する人がいて、その事に感謝し、愛する人に真心をプレゼントする。
『ありがとう』の一言でいいのです。
その時、私たちがサンタクロースなのです。
愛を贈る人、贈られる人、そして愛に満たされる人、すべての人の中にサンタクロースはいるのです。そして、いつでも誰でも、サンタクロースになれる、私はそう信じています。」
これもまた
「嘘から出た誠」ではないかと思います。

☆追記
クリスマスの物語を書き留められたブログがありましたので、ここに紹介させて頂きます。
ブログタイトル「遊び心をいつまでも お話歳時記」
→クリスマスの話→サンタさんは聖ニコラウス。
http://www.pleasuremind.jp/COLUMN/COLUM006.html


2016年12月21日水曜日

「逃げるは恥だが役に立つ」、いや~面白かったです。

最終回も大詰め
神社の境内で、平匡君からのこの上ない一言「みくりさんを小賢しいと思ったことは一度も無い」に、人前であることも忘れて抱きついて「大好き」と小声で囁くみくりちゃん(こと新垣結衣ちゃん)に、いや~久々にキュンとときめいてしまいました。そしてなんとも羨ましい男平匡君(こと星野源さん)には羨ましさを通り越し嫉妬心さえ芽生えそうになりました。

TBS火曜ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」は、全話余すこと無く面白かったですね。
このドラマ、現代の家族観や恋愛観を、誇張することなくリアルにサラッと描いていました。そして主人公の二人、平匡さんとみくりちゃんに至っては、私達が普段使い分けている表に出す言葉と内なる心の、その内なる心で会話をしていたのが新鮮でした。
「自尊感情が低い」とか「小賢しい」という二人のネガティブな思考は、思い通りに進まない多くの私達現代人に共通する陥りやすい思考ですが、それを深刻にならずに、妄想という形で滑稽に描いていたのも好感が持てました。

そして二人はネガティブ思考を脱する術を見つけましたね。それは「素直になる」という事でした。
自分に素直になる
大切な相手に素直になる
そして、好きという気持ちを、駄目と思う気持ちを、
素直に伝える
という事でしたね。
ドラマとは思えない本当に素敵なカップルの誕生でした。末永いお幸せを祈っています。

ps.
典型的な草食系男子の平匡君が、みくりちゃんと一夜を過ごしてからすっかり好色になりましたね。男は女性を知ると生まれ変わるんですね。でもその好色振りがなんともおっかなびっくりで、親近感が湧きました。好演した星野源さんに親近感を湧きました。
星野源さんは、映画「箱入り息子の恋」(2013年作品)でも同じような草食系男子の初恋を演じていましたが、いや~ほんとにどこまで演技なのか分からないほど、ピッタリ役にハマる役者さんだと思います。
そしてヒロイン役の新垣結衣ちゃん、それこそ「私、失敗しないので」って言ってもいいぐらい、毎回見惚れてしまいます。いつかは大河ドラマのヒロインを演じられる日が来ることを楽しみにしています。(大河ドラマであれば一年間毎日観ることができますので・・・)

2016年12月16日金曜日

クリスマス朗読 十二番目の天使

オグ・マンディーノさんの代表作「十二番目の天使」で朗読動画を作成しました。
以前ブログで書いた、あらすじを朗読しています。
BGMにクリスマスの名曲を使わせて頂きました。
あったかく、そしてとても切ない物語をどうぞご視聴下さい。
感想を頂ければ嬉しいです。

関連ブロク
https://harimanokuni2007.blogspot.jp/2012/12/blog-post_25.html




2016年12月9日金曜日

パソコンのホコリを払うと・・・

この数ヶ月、ふと気付くとBIOS画面に変わっている、なんてことが数回あって、パソコンそろそろ寿命かな・・・と心配していました。Drawソフトや画像処理ソフト実行中にファンの音が異常に高くなることもしばしばで・・・
二年前の清掃でパソコンの動作が劇的に改善した経験から、まずは清掃することにしました。
必要なものは、ぞうきんとプラスのドライバーとホコリを吹き飛ばす道具だけです。今回はストローを使いました。筐体を開けてみますと、二年前ほどにはホコリは積もっていませんでしたが、でもCPUの冷却ファンや電源部の冷却ファン、そして筐体の通気口はホコリが積もっていました。そのホコリにストローを当て、ひとつひとつ息で吹き飛ばしていきました。30分ほどの作業はベランダで行いましたが、気付けば着ていた服は真っ白になっていました。
そして清掃を終えたパソコンの電源を投入すると・・・
清掃前はブラウザの表示の切り替わりにちょっと時間が掛かっていましたが、すいすい動作する様になりました。そしてファンも静かになりまして・・・
清掃ってアナログだけど、パソコンを生き返らせる最良の方法だとあらためて感じています。

2016年12月4日日曜日

大正デモクラシーが生んだ傑作「ゴンドラの唄」

今秋の覚え書き、ではないですが・・・
紅葉の写真を背景にしてゴンドラの唄を歌ってみました。
アカペラで歌って、後で加工した音楽を付けました
ちょっとずれているところもご愛敬ということで
お願いします。

それにしても
♪命短し恋せよ乙女
なんて気の利いた口説き文句でしょう
大正デモクラシーが生んだ傑作だと思います。


神戸ルミナリエ、素敵でした。

神戸ルミナリエをはじめて観に行きました。
1995年の冬から毎年行われていたというのに、22年間も何をしていたのかと思います。

元町駅を出ると、普段なら歩けぬ車道を人が埋め尽くしていました。それでもルミナリエ会場まで続く行進は、警察官や警備員の誘導により整然と行われていました。
普段は見ることができない車道からの街の風景が新鮮でした。夕景が深まるにつれて、街角を灯す外灯やショーウィンドウを彩るイルミネーションが輝き始めます。沿道には心を揺さぶるルミナリエのテーマ音楽が流れていて、さながら街全体がミュージアムの如くでありました。
光と音楽が、こんなにも人の心に喜びを与え、笑顔にさせる力があることに、当たり前なんだけど、あたらめて気付かされた様に思います。神戸ルミナリエ、素敵でした。
 

帰りに元町駅近くで食事を摂りました。ピザを焼く石窯の中の薪の火の、揺れる光も素敵でした。