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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2023年10月31日火曜日

Google検索のスポンサー欄にフィッシングがありました。要注意です!

 いつもの様に「amazon」でGoogle検索すると、検索欄の上のスポンサー欄に「アマゾン公式サイト-Amazon.co.jp」と表示されたのでクリックすると、「このパソコンはウイルス感染している。表示するマイクロソフトの窓口に電話して云々」という危険を通知する画面と音声が流れ出しました。

ブラウザを強制終了し、パソコンに正規にインストールしているウィルス駆除ソフトを実行し、ウィルスには感染していないことを確認しました。

再度、「amazon」でGoogle検索し、スポンサー欄の「アマゾン公式サイト-Amazon.co.jp」の箇所のリンクアドレスをコピーし、テキストエディターに貼り付けて確認すると、amazonの正規URLでない、不正なURLアドレスでした。リンクのフィッシング詐欺でした。すぐにGoogleサイトに不正報告を行いました。


正規サイトか偽サイトか、リンクアドレスを確認しないと判別は難しいです。フィッシング対策として、

①検索画面に表示されるスポンサー欄は、クリックしないこと。

②リンクの上で右クリックし、メニューからリンクアドレスをコピーを実行して、テキストエディターに貼り付けて、URLの真偽を確認する。

③何度も訪れるサイトは、ブックマークに登録して、次回からは登録したブックマークからサイトに移動するようにする。

を行う事をおすすめします。

2023年10月24日火曜日

神戸布引ハーブ園の花々

 


耐え難い憤りに向き合うために

 10月5日(木)、ウクライナ東部ハルキウ州クピャンスクのグローザ村で、ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した昨年二月に前線に向かい、まもなく死亡した元兵士の追悼集会の会場を、ロシア軍がミサイル攻撃の標的にして、住民59名が爆殺された。

10月7日(土)、ユダヤ教の安息日にイスラエルに侵略したハマスは、300人近い人々を殺害し、200人を超える人々を人質としてガザ地区に連れ去るという事件を起こした。

10月17日(火)、ガザ北部にあるキリスト教系の病院が爆破され、ハマスは、イスラエル軍の攻撃によるもので、この攻撃により少なくとも500人が死亡と発表した。しかしイスラエル国防軍は、ハマスとは別のパレスチナ武装勢力「イスラム聖戦機構」によるイスラルへのロケット攻撃の失敗によるものだと主張している。

最近の戦争報道の中で、特に強い憤りを感じた出来事です。殺害された人々、傷つけられた人々、連れ去られた人々は、非戦闘員です。国際法上で標的にしてはならない人々です。

戦争では、こういう人々が、見せしめの為に殺されたり、敵の攻撃を防ぐための人道の盾として利用されたり、力の誇示や恐怖を植え付け戦意を失わせるために殺されるのです。無意味に、もしくは誰かの快楽を充たす為に、殺される人々もいるでしょう。


日本は、78年前に終わった第二次世界大戦で敗戦国となって以降、戦争をしていません。

が、この地球上では、植民地からの独立紛争、曖昧な国境をめぐっての国家間の戦争、異なる宗教や異なる部族の国や地域の支配権を巡っての紛争、軍事大国による武力侵略に端を発した国家間の戦争、そして狂信的、あるいは身勝手な思想をもとにした一般市民を標的にしたテロ行為が、後を絶たず行われ続けてきました。

私たち日本人は、心のどこかで、私たちは戦争をしていない、戦争を知らない、戦争は遠い他国の出来事、私たちは関係ないと思っている節がありますが、エネルギー、食料、あらゆる産業の原材料を他国に依存している日本は、遠い他国で紛争が起こる度に、あらゆる危機に直面してきました。

また、国連主導の紛争地への介入も、国内法を理由に、戦闘行為には直接参加はしてきませんでしたが、戦費や軍事物資の提供をはじめ、紛争地での戦後復興支援と称しての道路や橋の施設、また地雷除去、機雷撤去という紛争当事国からみれば敵対行為と見なされる行為も行ってきました。そう、戦争に関わってきたのです。

何より、インターネットが普及する以前は、乏しかったですが、現在は紛争地の惨劇がダイレクトに私たちの目に、耳に、心に、飛び込んでくるようになりました。知らない、関係ない、責任はないでは済まされない時代になりました。

日本がある東アジアも、いつ戦争が起こってもおかしくない時代となりました。韓国や台湾が軍事侵攻に晒されたら、私たち日本人は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻時に、ウクライナに隣接する東ヨーロッパの国々が、検問を開いて、100万の単位でウクライナからの避難民を受け入れたように、韓国や台湾からの避難民を受け入れることが出来るでしょうか。また、アメリカを始めとする西側諸国が、韓国や台湾に加勢するために戦争に参加した場合、日本は国内法が許さないからと、参加を拒否できるのでしょうか。

そして万一、日本が軍事侵攻の標的となった場合、私たち日本人は、逃げずに戦えるでしょうか。

戦争はよくない、戦争はしてはいけない、戦争はしたくない、は日本人だけでなく、すべての国の市井に暮らす人々の偽りのない気持ちだと思います。

しかし、78年間、他国の武力行使という脅威を受けずに、戦後復興と経済成長、そしてその奢りが招いた経済の鈍化と様々なシステムの歪みの弊害に苦しむ内向きな日本人と、常に隣国の強国の脅威に晒され続け、また幾度も紛争を繰り返し、外敵に対して、心の底から払拭できない怨み、苦しみ、哀しみを募らせ続けてきた人々とでは、偽善と本心からの葛藤ほどの差があるように思います。

私たち戦後教育を受けた日本人は、戦争が引き起こす、苦しみ、怒り、怨み、哀しみ、絶望感、自らへの嫌悪感、罪悪感を知らないし、理解も出来ないと思っています。

ですが、遠い他国で現在進行形の戦争に、目を、耳を、心を開けば、彼等戦争当事国の市井の人々の心の内を想像することは必ずできると思います。


私たち日本人は、この地球上の大多数の人々が何かしらの一神教に帰依し、宗教によって敵味方を差別するのとは異なり、あらゆるゆうぶつに神が宿るという畏怖の信仰を心に宿しています。そのため、違いに対して、恐れではなく、慎み敬う事ができます。異なる宗教についても、異なる民族についてもです。

私たち日本人が一番恐れなければなえればならないのは、自らのおごりたかぶりです。それは、慎み敬う心を曇らせます。

この日本人の八百万の神への慎み敬う信仰の心こそ、度重なる紛争、戦争で、頑なに絡まってしまった心を、解きほどくことの出来うるものだと思います。

私たち日本人が出来る事、今すぐ出来る事、継続して出来る事は、戦争で苦しむすべての人々に、慎み敬う、そして慈愛を示す事だと思います。


そうしなければ、近い将来、憎悪の重みで、人間が築いてきた世界は、押しつぶされて滅んでしまうでしょう。

2023年10月19日木曜日

谷村新司さん、逝く

 アリスの谷村新司さんが亡くなられましたね。この一報に触れた時、不謹慎ですが、あまりにびっくりして笑ってしまいました。去年、再びアリスの活動を10年行うと宣言され、SONGS出演時には、変わらず甘い艶のある声を聴かせて頂きました。谷村新司さんは今や国民的歌手のお一人ですが、1970年代を青春として過ごした私たち世代には、永遠の深夜ラジオに君臨する(いろんな意味での)夜の怪人のお一人という印象のままでして、そんな怪人が死ぬなんてことはない、季節外れのエイプリルフールかと、そんな思いが一瞬に吹き出して笑ってしまった次第です。

そして次に思ったのは、ばんばん、大丈夫か、でした。(わたしなどが心配してもしゃーないのにね)それで昨日のラジオ関西のばんばひろふみラジオDEショー!は最初から聴きました。開始30分、ばんばんしか語れないちんぺいさんの思い出語りに聴き入りました。やっぱり笑ってしまいました。そして、残された歌もですが、その人なりも、それを覚えている私たちがいる限り、生き続けるんだろうなと感じ入った次第です。

『帰らざる日々』、『遠くで汽笛を聴きながら』、そして『秋止符』、この三曲がアリス楽曲の中で、私が好きな歌です。いつまでも大切に聴かせて頂こうと思います。

ありがとう、ちんぺいさん、ありがとうございました。

2023年10月16日月曜日

私はあなたたちに命じる。あなたたちは敵を愛しなさい。あなたたちを迫害する者たちのために祈りなさい。

私はあなたたちに命じる。あなたたちは敵を愛しなさい。あなたたちを迫害する者たちのために祈りなさい。

 マタイの福音書第5章44節の御言葉です。


パレスチナ自治区の一つで天上のない世界最大の監獄と称されるガザ地区を実効統治するハマスの戦闘員が、10月7日にイスラエルが築いた壁を破壊してイスラエル領土に侵入し、壁の付近で開催されていた大規模音楽フェスと周辺の町になだれ込んで、少なくとも260人をその場で虐殺し、100人を超える民間人を人質として連れ去るという大規模テロ事件を起こしました。この大規模テロ事件の報復として、イスラエルは挙国一致でハマスを殲滅すると宣言し、30万人の兵力を地上戦に投入してガザ地区への軍事侵攻を今にも始めようとしています。

ガザ地区は、鹿児島県の種子島とほぼ同じくらいの面積、もしくは東京23区の6割ほどの面積で、その中で、220万人のパレスチナの人々が、途切れることのないイスラエルの空爆と、破壊されるまま荒れ果てた市街地で、すべてのライフラインをイスラエルに握られた状態で、明日の希望もないままに暮らしています。そして人口の約45%は14歳以下の子供だと云われます。

そしてイスラエルが宣言通りにガザ地区で地上戦を行えば、100万人を超えるパレスチナ人が、45万人を超える子供が、地上戦に巻き込まれて虐殺されることになるでしょう。私が生きているうちに、こんな途方のない大虐殺が起きうる事態になる事に耐えられない気持ちになります。ホロコーストを経験したイスラエルの人々には、未だ見ぬ地獄絵図を想像して、地獄に落とされたホロコーストの実行者たちの姿を想像して、イスラエルがホロコーストの実行者とならない様に、地上戦を踏み止まって欲しいと切に願います。


「汝の敵を愛せよ」という御言葉が、頭の中に浮かんできます。でも、イスラエルの人々、パレスチナの人々に、どう思いを伝えれば良いのか分かりません。探っていて、日本福音ルーテル スオミ・キリスト教会の説教集の中にヒントを見つけました。


説教「『汝の敵を愛せよ』とは、一体どんな愛なのか?」神学博士 吉村博明宣教師、マタイによる福音書5章38~48節 2014年2月17日

https://www.suomikyoukai.org/?p=6015

 です。

吉村宣教師は、説教の中で

「汝の隣人を愛せよ」という掟はレビ記17章18節にありますが、「汝の敵を憎め」という掟はモーセ律法には見られません。掟にないことが、どうして教えられてきたのでしょうか?レビ記で言う愛すべき隣人とはイスラエルの民に属する同胞を指しています。それで、同胞愛としての隣人愛の裏返しとして、敵は憎んでもよいという考え方がユダヤ民族の苦難の歴史と相まって生まれてきたと考えられます。

と述べられています。また、「汝の敵を愛せよ」について

神としては、悪人も自分との結びつきを回復してほしい(つまり懺悔して神の救いを受け入れる者になる)意思なのですから、既に結びつきを回復した者は神の意思に従って、その実現の為に悪人や敵に対してどんな働きができるかを考えなければなりません。悪人だから敵だから滅びてしまえ、というのは神の意思に反する事です。悪人や敵の為に祈らなければなりません。自分を迫害する者の為に祈れというのは、天の父なる御神よ、迫害を終わらせて私を助けてください、という自分の為の祈りではありません。父なる御神よ、あの迫害する者がイエス様を救い主と信じてあなたの用意された罪の赦しの救いを受け取る事が出来る様にして下さい、と悪人や敵の為に祈る事です。

と述べられています。

「目には目を、歯には歯を」という掟は、酷い行いをすればそれ以上の報いを受けることになる。同じ悪が自分にも跳ね返ってくるとはっきりさせる事を通じて悪を控えさせるという、人間が悪に手を出さないようにする抑止力だった。

仕返しの応酬は、常に損害を被った以上の仕返しとなって、そうなると収拾がつかなくなる。

とも述べられています。


ユダヤの神も、キリストの父である神も、そしてイスラムの神も、旧約聖書が現す神と言われます。それならば「汝の敵を愛せよ」の御言葉は、旧約聖書の神を信仰するすべての人々に向けられた御言葉ではないかと思います。


2023年9月29日金曜日

中秋の名月

 


20時5分もちのき公園から撮影した満月 満月は20時58分なので、ほぼ満月です。
蚊にだいぶ噛まれました。痒痒です。

2023年9月21日木曜日

忖度について

2017年にユーキャン新語・流行年間大賞に「インスタ映え」とともに選ばれた「忖度」という言葉は、中国を起源とする外来語です。

古代中国では、「忖度」という漢語は、臣下のこころ(おもわくとその正邪)を推し量るという君主の行為を意味した様です。中国の最も古い詩編といわれる「詩経」に、「忖度」が使われた詩があります。「巧言」という詩です。

※崔浩先生の「元ネタとしての『詩経』」講座というWEBサイトを見つけました。勉強になりました。

目次のページ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069

小雅 節南山之什 巧言のページ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816452219010136111

この詩は、『西周国は、最後の君主となった幽王が暗愚であったために臣下の巧言や讒言に惑わされ、国は乱れ、ついには幽王は殺されて国は滅んだ。「他人有心 予忖度之」、臣下のこころを推し量ることの出来る賢い君主であれば、巧言や讒言に惑わされることなく、邪悪な者が国に蔓延ることを許さず、この地から一掃したことであろう。』という主旨の事柄が読まれている様子です。

私はこの詩を読んで、君主が利己に陥れば国を滅ぼし、利他に心を配れれば国を安寧に導くことができる、という戒めを理解しました。そして「忖度」は君主の慈愛の心の行為であると理解しました。


では、2017年以降、流行語となった日本語の「忖度」はどの様に使われているでしょうか。

権力者の政治家に忖度して、公文書を偽装し、改ざんし、廃棄した官吏からは、利己主義、あるいは保身を理解します。

最近また、「抗えぬ空気に忖度した」という用法を耳にしましたが、立場の非常に弱いものが己を守る、己の将来を守るという、厳しい言い方をすれば、利己主義、保身を理解します。

愛知淑徳大学の名誉教授である山下啓介教授が2019年に公開された「漢語の流行-忖度-」という論文を見つけました。この論文のある行に目が留まりました。

※愛知淑徳大学 知のアーカイブ リポジトリ(ASKA R)

https://aska-r.repo.nii.ac.jp/

検索欄に「忖度」と入力し検索ボタンを押すと、該当論文が表示されます。ここからPDF形式で保存された論文をダウンロードする事が出来ます。

以下、引用させて頂きます。「5.流行現象-メディアの背景」の一部分です。

『寛政異学の禁を発令した幕府の意向を忖度して藩校に朱子学者を用いる藩もあった、と。(中略)そこでとりわけ上下関係の厳しい武家では、上を忖度し下に忖度させる社会が出来上がっていたと思われる。』

『上を忖度し下に忖度させる社会という、それを忖度社会と断じ、ここで知るところは、上が下を忖度する、そして、上を忖度し、下に忖度させる社会の行いとして、忖度する行為者が儒学を実行する、実行させることで、支配構造が二重になるということである。双方向で支配者が支配する社会になることにあったと述べている。』

忠義、忠誠といえば聞こえが良いが、お上に逆らえない社会。主君に逆らえない社会、上司に逆らえない社会という封建社会で、「忖度」は上手く立ち回る為の利己主義、あるいは保身の心得であったのだと理解します。

現代の日本はまがいなりにもデモクラシーを標榜している国です。自由、人権、平等が謳われる国ですが、この「忖度」という用法には、封建社会が生み出した、空気の様な曖昧模糊で誰も責任を取らない支配構造が現在もこの国を支配し続けていることを実感してしまいます。


先日9月11日に、BSシネマズでは映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という9.11同時多発テロで父を失った少年の、心の傷を癒やす為の、心の旅を描いた映画が放送されました。私は以前この映画の感想をこのブログに投稿しました。

※映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観ました。

https://harimanokuni2007.blogspot.com/2013/11/blog-post_27.html

改めて映画の感想を読み返してみて、少年の母の行為に、漢語の「忖度」の意味に限りなく近い、慈愛、慈しみを感じ取りました。

こういう行為を、私たち一人一人が行えれば、今、この日本にはびこる殺伐さや息苦しさに、苦しむ多くの人々を救えるのではないかと思います。