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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2024年4月22日月曜日

映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)”

先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。
ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、まことに今、私たちが直面している危機にも通じる恐怖を描いて見せてくれました。
ただ映画館は、新作コナンが上映される大スクリーンには、家族連れや若者たち、子供たちが大勢集っていましたが、今作が上映される小スクリーンには、私と同年代のシニア世代がちらほら入っている程度の有り様で、できれば、家族連れや若者たち、子供たちの多くにも今作品を観てもらい、感想や内容、疑問について会話し、私たち、貴方たちの未來を左右する危機について、自分事として関心を持つ機会にしてほしいと老婆心ながら思わずにはいられませんでした。しかし、この映画はレイティングがR15+なんですね。実際に鑑賞していて、生々しい情事の様子や情事の後の女性の裸体が、都度、緊張感が漂う詰問会の場面に何度も差し入れられて、そのあまりの唐突さに戸惑うと同時に、気恥ずかしい気持ちにもなりました。ノーランの意図は理解しますが、全年齢、少なくとも12歳以上鑑賞可能な表現に出来なかったものかと、その点が唯一のマイナス評価となりました。

冒頭の”nearly zero”は、オッペンハイマーが開発部門で指揮をとったマンハッタン計画(濃縮放射性物質の核分裂反応を利用した原子爆弾の開発)の最終段階となる1945年7月16日に実施されたトリニティー実験(人類史上初となる原子爆弾の爆発実験)で、オッペンハイマーたち理論物理学者が理論方程式で導いた、濃縮された核物質の核分裂反応が自然界に存在する核物質の核分裂反応を誘発する確率の数値です。演算上zeroでないということは、トリニティー実験が導火線となり地球が太陽の様な巨大な火球になる可能性がzeroではなかったということを示しています。
翌日7月17日からポツダムで始まるアメリカ、イギリス、ソヴィエトの3カ国首脳による第二次世界大戦後の世界地図と戦後処理を決定する会談で、すでに始まっていた冷戦の敵国ソヴィエトの首脳にアメリカの圧倒的な力の保持を明示することで、戦後の世界地図をアメリカの思い通りに描くためには、是が非でもアメリカの為政者は原子爆弾が必要でした。
このアメリカの為政者の身勝手な理由だけで、計算上”nearly zero”の人類初の核爆発実験は、ロスアラモスという秘密の原子爆弾開発研究所に集う科学者と軍人、政府関係者の内々が見守る中で実施されたと、ノーランは粛々と行われたトリニティー実験当日の様子と、夜明け前の闇夜を裂く巨大な火球、その火球から数十㎞先まで放たれる、射すもの全てを焼き尽くす光と立ちはだかるもの全てを吹き飛ばす爆風で、その成功を描きました。

しかし、ノーランはエピローグで再びオッペンハイマーの悪夢として”nearly zero”に言及します。
アメリカの原子爆弾開発は、理論物理学の先進国であったドイツで、ナチスが原子爆弾の開発に着手したというニュースに脅威を覚えたドイツからの亡命者で希代の理論物理学者であるアインシュタインが、時の大統領ルーズベルトに開発に着手する進言書を送った事が発端という話があります。映画でもこの点が触れられていましが、しかしナチスは、原子爆弾開発を中断或いは中止して、弾道ミサイル開発を推し進め、第二次世界大戦中にV2ロケットを実用化し、ロンドンに向けて発射を成功させていたました。オッペンハイマーは知り合いの戦闘機パイロットから、戦闘機よりも速い速度で火花を吐きながら飛んで行く幾つもの物体の光跡を目にしたことを聞いて、その事実を知っていました。
オッペンハイマーの悪夢は、核兵器保有を隠さぬ超軍事大国を筆頭に、1945年から79年を経過した現在、十数カ国が核弾頭搭載大陸間弾道ミサイルを保有するに至っており、その多くの国が、現在、実際に戦争を行っていたり、或いは何時発火してもおかしくない紛争の火種を抱えている状況です。万一にも、一つの核弾頭搭載大陸間弾道ミサイルが発射されれば、自動的に反撃の核弾頭搭載大陸間弾道ミサイルが発射される仕組みとなっていて、”nearly zero”と理論物理学者が計算した核兵器による地球の火球化は、今まさに現実の危機となったと、ノーランは描いていました。

オッペンハイマーは、裕福なユダヤ人家庭の出の、いわゆる天才的な頭脳を持つ非常に上昇志向の高い人物であると同時に、アンナ・ハーレントの『責任と判断』を読んで、100年前の貴族や富裕層が背徳に惹かれていた事を知り、オッペンハイマーも、アメリカ社会に反する共産主義に興味を持ったり、またキリスト教やユダヤ教の戒律に反する行為、姦淫の行為に耽るといった、精神的に不安定さのある人物であったと想像します。そういう人物であったから、共産主義に傾倒する精神科の女医との情事に耽った過去がありました。
オッペンハイマーは、アメリカ市民から『原爆の父』ともてはやされた絶頂期に、トルーマン大統領と面会し、原爆よりもさらに破壊力のある水爆開発に異を唱えた事で、アメリカ政府はオッペンハイマーを共産主義者のスパイという嫌疑を掛け(全くの冤罪)、彼の名声を奪い、社会的な抹殺を図ります。その重要な証拠としてくだんの過去が利用されました。
オッペンハイマーを陥れたのは、原子爆弾投下を政治利用した張本人であるトルーマン大統領であり、オッペンハイマーに変わって水爆開発を担う事になる同僚であった科学者であり、オッペンハイマーに恥を掻かされたたたき上げの政治家でした。彼らは、オッペンハイマーの口を封じる為、或い我欲の為、或いは妬み、怨みのために、オッペンハイマーを裁判ではなく、非公開の詰問会で責め続け、彼を精神的に追い込みました。くだんのふしだらな幻視はオッペンハイマーの苦しみの具象でありました。

最後に、映画の中での日本への言及について、
東京大空襲で、一夜にして14万人が殺されことが、原爆の開発を中断しようと立ち上がるロスアラモスの科学者の中で話されていました。要は、原爆開発競争の対抗馬であったドイツはすでに降伏し、残る日本も戦争を続ける戦力も体力もなく、国内は全国津々浦々まで空爆され廃墟と化しつつあることを、アメリカ人はニュース等で知っていたのだと思います。誰の目にも、思考にも、日本に原爆は必要でないことは明白でした。しかしトルーマン大統領だけは、新たに始まった冷戦の敵国ソヴィエトを黙らすために、原爆投下というパフォーマンスが必要だった。その為に原子爆弾は投下され、そしてヒロシマでは十万人を越える市民が、ナガサキでは7万人を越える市民が、原爆の一撃で瞬時に殺され、そして翌日から現在に至るまでに重度の火傷や怪我で、そして原爆病を発症して、20万人以上の人々が長い苦しみの末に死んでいったのです。
その惨劇を伝聞で知ったオッペンハイマーは、自分の手が血で染まっていると表現し、後悔に打ち震えます。ただ、誰も惨劇の実際の様子を見た人など生存していません。B29から投下された原子爆弾が上空500mで炸裂し、爆心地点から1㎞圏内を一瞬で焼き付くし、4~5㎞圏内を光線と爆風で破壊し尽くしたのです。
ノーランは賢明でした。死者への冒涜でしかないヒロシマとナガサキの惨劇を映像化しませんでした。私はノーラン監督の真実に迫る映像作家としての矜恃に、最高の評価を与えたいと思います。

2024年4月15日月曜日

不寛容にもほどがある!

現在の日本社会を支配する倫理観では不適切として烙印を押されてしまう、昭和ど真ん中の言動や行動で生きている中年の男性教師を主人公にして、現代にタイムスリップした主人公が、誰かが不適切だと呟けば社会全体が盲目的に不適切を糾弾する不寛容な現代の日本社会の有り様に喜劇で一石を投じる、宮藤官九郎作のドラマ『不適切にもほどがある!』は、多くの日本人の共感と支持を得たと思います。私もその一人です。

ですが、最終回で不寛容な日本社会の倫理観に囚われる人々を解放するように、フィナーレで『寛容になろう!』と登場人物皆で歌い上げるシーンには、ちょっとだけ違和感を覚えました。


この違和感が何なのか、以下に考えたいと思います。


18世紀中頃に活躍したフランスの著述家ヴォルテールの著書『寛容論(原題:”Traité sur la Tolérance” 英語訳”Treaty on Tolerance”)』には、日本に言及した箇所がありました。ヴォルテールは文明の地ヨーロッパから遠く離れた当時の日本を評して、世界で一番寛容な国であると記していました。当時の徳川幕府が支配する日本はキリスト教を禁教とし、島原で起こったキリスト教徒の反乱を武力で根絶やしにするほど苛烈に弾圧をしていましたから、当然ヨーロッパのキリスト教徒は日本を野蛮な国と断じていただろうと思っていましたので、ちょっと驚きを覚えました。

しかし、ヴォルテールの補足説明で、合点がいきました。

当時のヨーロッパではキリスト教はカトリック派、プロテスタント派、教皇派等に分かれ、それぞれもまた枝葉が分かれる様に分派し、それぞれの宗派のキリスト教徒は他の宗派のキリスト教徒を殺しても足りないほどに憎しみあっていました。これでは文明国家として進歩てきないと憂えた進歩的な知識人が立ち上がり、王を説き、法律を作って、宗派対立の憎しみを耐えて抑制し、文明国家へと進歩できるように国民を啓蒙しました。ヴォルテールもその一人として活躍しました。

この『他宗派への憎しみを耐える』が”Tolerance”の原意であり、”Tolerance”は明治期に『寛容』という日本語に翻訳されて、日本にもたらされました。

徳川幕府以前の日本の支配者も、徳川幕府以後の支配者も統治に悪い影響を与えない限りにおいで信仰の自由を国民に保証しました。ヴォルテールはこの日本の統治の有り様を知っていたのです。

ヨーロッパには明治期以後に『寛容』と日本語翻訳されたもう一つの語があります。『カエサルの寛容』の意として用いられる”Clementia”です。原意は『寛大、或いは慈悲』です。古代ローマ帝国の皇帝は、支配地の統治に悪い影響が無い限りにおいてローマとは異なる土着の文化や信仰を許すという寛大さや慈悲を示したのです。

このような歴史的背景から、ヴォルテールは18世紀において日本が最も寛容な国であると評したのだと思います。

また日本のキリスト教の禁教と弾圧は、16世紀から日本への布教活動を進めた教皇派の分派であるイエズス会の政治的思惑(布教を足掛かりに日本でのスペイン帝国の影響力を強める)を日本の統治者が察し危険視したことから起こった出来事であるとの理解が示されていました。


『寛容』という語を、現在の私たち日本人は『心が広く、他人の過ちや欠点を厳しく咎め立てしないこと、他人の言動・意見を受け容れること』の意として使います。

反対語としての『不寛容』は『心が狭く、他人の過ちや欠点を厳しく咎めること、他人の言動・意見を受け入れないこと。』の意です。


『不寛容』は簡単に行えます。自由の名の下に、身勝手に心の赴くままに振る舞えばいいのです。抑制するとか、耐えるとか、思慮深くとかいう心身の負担は一切ありません。責任の重みを感じなければ『不寛容』は、歌を口ずさむような、軽口を吐くような程度の事で、きっと罪悪感というものも一切記憶に残る事はないでしょう。しかし、やられた方は、きっと殺したいほど憎しみを募らせる事になるでしょう。


『寛容』は違います。寛容には、抑制するとか、耐えるとか、思慮深くとかいう心身の負担が強いられます。重い義務と責任が伴います。その為に、誰でも彼でも『寛容』を実践することは簡単ではないのが実際だと思います。

『寛容』ある態度で振る舞う事は、しっかりと『寛容』についての義務と責任を学び、実践を積む事でしか表現できないと思います。『寛容』は、仏教で表現されるところの徳を積む行為です。誰も彼もが生半可に行える行為ではありません。


そう、そこが私の違和感の所以です。

ドラマでは生半可では出来ない『寛容』を、さも誰でもよっといで『寛容になろう!』と呼びかけている様で、そこに違和感を覚えたのです。


現在の日本社会を支配する不寛容な倫理観は、やはり正さなければならないと思います。

しかし、それは安易なる『寛容になろう!』を説くのではなく、まさにこの数百年で、人類が人権に授かれる範囲を少しずつ獲得し広げていった様に、不寛容な事柄に一つ一つ向き合って、正す様に社会の合意を取りながら、不寛容な事柄を無くする様に一歩一歩着実に進めていかなければならないのだと思います。

そして、『社会の合意を取る』とは、社会を構成する一つ一つのセクションで役割を担う人々に、責任と義務を行使する為の実権を委ねることです。今の社会は、実権もなく責任と義務を負わされてしまうから、役割を担わされる人々は疲労困憊するのだと思います。


実権が与えられてこそ、遣り甲斐が沸き立ち、責任ある行動を自らを律して行えるのだと思います。そのためには、子どもの頃から自治の精神を育まねばなりません。そうでなければ、『耐える』『抑制する』ことも、『寛大』『慈悲』という徳を積む行為を行うことも、不可能だと思います。 

2024年3月31日日曜日

戦後の闇に思いを馳せる「下山事件」

昨年夏にアメリカをはじめ日本以外の国で次々に公開され、映画作品として高く評価された上に抜群の興行成績を上げたクリストファー・ノーラン監督作品『オッペンハイマー』が、先週金曜日にようやく日本で公開されました。

『原爆の父』と称され、理論物理学者でアメリカの原爆開発(マンハッタン計画)を指揮した事で知られるロバート・オッペンハイマーが主人公であることと、海外で先行公開された映画の日本国内からの批判として、広島や長崎の惨状を描いていないという指摘から、配給会社が配給を躊躇したことから日本公開が危ぶまれていましたが、アカデミー賞をはじめ数々の映画賞に作品が輝いたことから潮目が変わり、海外から約八ヶ月遅れでの公開となりました。

私は、ノーラン監督がこの作品に込めたであろうメッセージを観て感じて汲み取りたいと思っていましたし、また広島や長崎の惨状を映像表現として描いていないことに好意的に捉えていました。

後者について、もう少し考えを述べると、

広島や長崎の惨劇は、原爆が空中で炸裂してキノコ雲が立ちのぼる刹那の惨劇は、誰のイマジネーションも到底及ばないだろうと思うとともに、またそれを万一描くことは、それこそ被爆者の記憶への冒涜になるのではと思うからです。

もう一つは、過去に一度、正面切って、この刹那を再現した映画がありました。1953年に広島でロケーションされ、被曝を経験した広島市民が多数エキストラで参加して作られた、長田新が編纂した作文集『原爆の子~広島の少年少女のうったえ』をベースにして作られた関川秀男監督作品『ひろしま』です。前年1952年に日本は独立を回復しましたが、アメリカの強い支配下に置かれ、『親米政策』が取られていた当時の日本では日の目を見ることが出来なかった作品です。

この映画で描かれた刹那は、朝の日常生活を送る広島市民を突然に強い光が覆い、命のあった人々が起き上がると、そこはもう火焔地獄でありました。

今を生きる私たち日本人が、この刹那を観たければ、『ひろしま』を観てほしいと思います。今では配信で観ることが可能です。


そして、いつ『オッペンハイマー』を観に行こうかと考えながら、昨日夜にNHKで放送のあった『NHKスペシャル 未解決事件 File.10 下山事件 第1部ドラマ編』を観ました。

なんというかとてつもない実録を観た、日本人にとっては『オッペンハイマー』より凄味があるのではと実感したと同時に、よくNHK作ったなと感嘆し、アメリカがよく許したなという隔世の感を感じた次第です。


『下山事件』、終戦直後の日本で起こった当時の国鉄総裁下山定則氏の轢死体事件です。漫画でいえば手塚治虫や浦沢直樹も、この事件を自身の作品の中で取り上げていました。

私の記憶はその作品に触れた時の記憶です。実際、どれほどの事件であったか、以後の日本にどれほど暗い影を残したかはまったく知りませんでした。


ドラマで、特に心に響いた台詞を、書き記します。


大きな圧力によって、そうそうに事件捜査が打ち切れれるなか、少数精鋭でこの事件の真相を追う検事 布施 健(森山 未來)が、闇世界にも通じる政界のフィクサー児玉誉士夫と関係のある読売新聞大阪本社社会部記者 鎗水 徹(溝端 淳平)から情報を聞き出そうと説得する場面の布施検事の台詞です。


「どんなときも、手を汚し傷つくのは弱い者たちだ

戦場からやっとのことで戻ってきても、生活は苦しい

飢えた者に正義を説いたところできれいごとだ、彼らには右左もない

何も知らされず、分断され孤立させられ、僅かの金で権力者たちの目的遂行のために利用され、使い捨てられ・・・

こんな事が、いつまでも許されて良いはずはない」

「(鎗水さん、貴方は本当は)名もなき者たちの声を、社会に届けたいんじゃないですか?」


下山事件を追う布施検事の同士のような存在である朝日新聞編集局社会部記者 矢田喜美雄(佐藤 隆太)が、告白を翻意した鎗水記者を説得にいった際に、何者かに襲われ怪我をしたことを受けて、捜査を止めることを決断した布施検事が、矢田記者に話す台詞です。

「ひとりの人間の命の重さなど、国益と比すれば塵の如きものか

ひとりの人間の命は、国益より優先されなければならない、と私は思っているんす」


事件の真相を何もかも知るであろう人物、右翼活動家 児玉誉士夫(岩崎 う大)に面会した際の、布施検事と児玉誉士夫の会話の台詞です。

布施「そもそも、下山総裁は何故殺されたんですか?」

「一つ美談をお聞かせしようか、美談は真実とは限らないが・・・

当時アメリカは、ソ連や中国との戦争を本格的に考えていた

そうなった場合、軍事力の輸送に使用できるよう、日本全土を縦横に走る鉄道を米軍に差し出せと命じていた。

下山はそれを断固拒否した。下山は長く鉄道畑で働いてきた。彼は鉄道マンだ。日本が誇る輸送網を軍事利用から守った。」

布施「美しすぎる話ですね」


布施検事がひとり、事件の真相を辿る場面の内なる声の台詞です。

「アメリカと日本の旧軍閥は、反共と再軍備で結びついていた。

かつての戦犯がアメリカと手を組み、着々と軍の復権に向けて暗躍していると知ったら、日本国民はアメリカへの不信を募らせるだろう

アメリカにとって親米の空気を維持することは絶対である。」

「下山事件は、自殺とも他殺とも断定されずに終わった

李中煥(玉置 玲央)が総裁暗殺はソ連の仕業だと云ってきたのは、そのすぐ後だ

自殺説はアメリカにとって誤算だった

当時世界情勢は、共産勢力の勢いが凄まじかった

アメリカは焦った筈だ

強引にでもソ連は謀略の国と、日本国民に印象付ける必要があった

あの時私は、李と会いにいき、ソ連による謀殺説を一時的にも信じた

俺も反共に利用されたのか・・・」


すべてを知るであろう吉田茂に面会を望んだ布施検事が、自席検事 馬場義続(渡部 篤郎)から左遷を言い渡された後に、馬場自席検事と面会した会話の台詞です。

布施「ご説明、頂けますか?」

馬場「吉田は今も衆議院議員だ 七期目だ、大したもんだ

検察が議員に話を聞くとなると、穏やかにいかんよ

向こうは選挙で選ばれた国民の代表で、こっちは国家権力だからな」

布施「義続さん、『独立』とはなんでしょうかね」

馬場「アメリカとの関係は、国の存亡に関わる」

布施「その言葉ですべてが片付けられている

検察が国家権力なら、検事であるわれわらが果たす責任とはなんでしょうね

われわれに与えられた権力が無いに等しくて、それでも日本は主権国家と呼べますか?」

馬場「傀儡だとでも云いたいか」

布施「国の謀略によって一人の人間の命が無惨にも奪われ、その死が都合良く政治に利用される

しかし、手を穢すのは何時だって立場の弱い者であり

力を持つ者が救うべきはその名も無き者たちです

国家主義を捨て、国民一人一人の幸福を希求するのが戦後の理想だった筈

それができないなら、それができないなら、アメリカが日本にもたらしたものは真の民主主義では無い!」

馬場「絶望したか?ならば検事を辞めるか…、

ものごとは複雑なんだよ、黒か白か、右か左か、敵か味方か、国か個人か、そんな簡単に線を引けたら苦労はしない、お前だって分かっているだろう

その混沌の中にあって、かろうじて一番まともだと思える線を探っていくんだよ

そして今、最もまともな判断がアメリカとの関係の継続なんだよ、違うか」


1964年7月4日 下山事件が時効を迎える直前、朝日新聞編集局社会部記者 矢田喜美雄(佐藤 隆太)が訪ねてきた時の会話です。

矢田「下山の件でね、やっと怪しい人物を見つけたんです」

布施「君も変わらないな」

矢田「時効が成立したら、俺はどうすればいいでしょうね…」

布施「権力を監視してください

そして、少しでも強い力を感じた時は、

迷わず書け。」


下山事件から、今年で78年が経ちます。当時の為政者は、国民に決していえない、明かせない闇を抱えていたとしても、そこには日本の未來を考えていたこと、そこだけは蒙昧ですが信じたい、そう思います。

ですが、現在の為政者の不遜さ、無責任さ、そして国家を私物化している様子をみると、過去の為政者の本心さえ疑いを覚えてしまいます。非常に悲しいことです。


あたりまえですが、アメリカは民主主義の国です。ですが、それはアメリカ国民の民主主義です。アメリカ国民の政治に参加する権利、自己を表現する権利を守る民主主義です。

しかし外国に対しては、アメリカの利益が第一です。トランプが言い始めた事では無く、はじめからアメリカ第一主義です。

では日本はどうでしょうか。国体は民主主義国家となりましたが、占領期から変わらず日本は自立よりもアメリカ第一主義を政治も経済も、含めるなら司法も優先したまま今日に至っています。失われた30年は、戦後復興の情熱が失われた世代が、アメリカ第一主義で無責任に過ごしてきた結果ではないかと思います。

ほんとにゴミのような私でさえ、その無責任の一旦の責任があります。

きっとアメリカの良識は、こんな日本を望んではいないでしょう。自立、責任、そして親和を私たち自らが育むことが、アメリカの良識と対等に付き合える国、アメリカの良識が信頼する国になる術なのではないかと、思います。 

2024年3月27日水曜日

映画「ナチュラル」の名台詞を、大谷翔平選手に贈ります。

大谷翔平選手が、信頼する人に裏切られ欺され巻き込まれた疑惑について、自ら矢面に立って会見を開き、大勢の記者とテレビカメラの前で、自らの言葉で、今公表できる事実をしっかりとした口調で伝えてくれました。

その会見が開かれた日、NHKシネマで野球映画の名作「ナチュラル」(The Natural 1984年アメリカ映画)が放映されました。

この映画には

『人には人生が二つあるわ

一つは何かを学ぶ人生、もう一つはその後の人生よ』

という名台詞があります。


映画「ナチュラル」のあらすじです。

舞台は、ベーブルースが活躍していた100年前のアメリカです。

主人公ロイは、剛速球投手としてメジャーリーグで成功しうる天性の才能”The Natural”がありました。青年ロイはカブスから入団の誘いを受け、幼なじみの恋人アイリスにプロポーズし、メジャーリーグで成功して、きっと迎えに帰ってくると約束し、意気揚々とシカゴ行きの汽車に乗り込みます。しかし、その汽車に乗り合わせたメジャーリーグの強打者のスター選手と余興で一打席の勝負をして三球三振で勝ったことから、この強打者のスター選手を殺害する為に付け狙っていた、才能あるスポーツ選手を次々と殺害する狂気に取り憑かれた黒服の魅惑的な女に魅入られる羽目になり、彼女に誘われ、ホテルの彼女の部屋に入ったところで、拳銃で撃たれ、ロイはメジャーリーグで活躍する未来が奪われます。


16年後、35歳となったロイはナショナルリーグのニューヨーク・ナイツにロートル・ルーキーとして入団を果たします。ロイをナイツに入れたのは、ナイツの共同経営者の一人で陰を好む判事でした。判事は賭博師と共謀して球団を我が物にすることで不正に大儲けすることを企んでいました。判事にとって、共同経営者の一人でナイツを我が子のようにこよなく愛する監督のポップが邪魔でした。そこで判事はポップと賭けをしました。ナイツが優勝すれば判事はナイツの経営から手を引く、しかし優勝できなければポップがナイツの経営から手を引くという賭けでした。

判事と賭博師は、酒と女でナイツのスター選手を抱き込み、チームはガタガタの状態で最下位に苦しんでいました。判事が繰り出す最後の一手がロートル・ルーキーのロイでした。ロイを加入させることでチームの士気を一層落とすことがもくろみでした。ただ判事も誰も、ロイがどんなに苦労して這い上がってきたか、そしてどんな力を秘めているか知りませんでした。

ポップはロイの加入が判事の嫌がらせであることが解っていました。それでロイを一切使わずにマイナーに落とすことを決めますが、頑とマイナー行きに抗議するロイに一度だけ練習に参加することを認めます。これがポップにとって、勿論ロイにとっても好機の到来となりました。

ロイは打撃練習で、自軍の投手が繰り出す投球を、チームの誰もが目を見張る大ホームランで打ち返しました。

ロイがスター選手に替わってライトで四番に入ってから、ロイの驚異的な打撃と堅実な守備、そして何よりも“For The Team”、何よりもチームの勝利の為に戦う姿勢に、チームメイトも応援するファンも感化され、ナイツは怒濤の連勝街道を歩みはじめ、優勝戦線に食い込みました。


ロイの活躍が邪魔となった判事と賭博師は、ロイを大金で抱き込み八百長を目論みますが、不正を嫌うロイは、ポップの側に立つことを彼らに宣言します。業を煮やした賭博師は、魅入られた男は不幸になるという曰く付きの美女をロイに差し向けます。野球を続ける為に、酒も煙草も嗜むことのないロイでしたが、美女に魅了させ、彼女とベッドを供にするようになってから、まったく精彩を欠くようになって、自慢の打棒も振るわなくなり、ナイツは再び連敗に喘ぐことになりました。


しかし、遠征先のシカゴで再び、ロイは精彩を取り戻すことになります。16年前にロイが一方的に姿を消したことから別れ別れになっていたアイリスが、ロイに一目会う為に試合観戦に来ていたのです。打席で酷いヤジに晒されるなかロイは、スタンドの中で一人立ち上がりロイに向かって祈る白服の女性に眼が止まります。それがアイリスでした。その途端、ロイの精彩は蘇り、ロイは試合を決定づけるスコアーボード上の時計を破壊する大ホームランをかっ飛ばします。

試合の後、ロイはアイリスと再会します。アイリスは姿を消したロイといつか再会できることを信じて、シカゴに居を構えて暮らしていました。アイリスは最愛のひとり子と二人で暮らしていると話します。ロイはアイリスを裏切る行為から女に撃たれ、それがもとで大怪我をし、長く極貧に身を沈めていたこと、そして野球選手として活躍できるまでの道程を話します。


再び精彩を取り戻したロイは、大活躍でチームを牽引し、ナイツを残り試合で一つ勝てば優勝するところまで導きます。その優勝の前祝いのパーティーで、ロイは崩れるように倒れ病院に担ぎ込まれます。

16年前に撃たれた拳銃の弾が腹の中に残り続けていて、それが原因で臓器が傷つき、起き上がることができない痛みを引き起こしていたのです。弾は手術で取り出すことができましたが手術傷が大きく、ロイは試合に出場できる身体ではなくなっていました。

病院のベッドに横たわるロイに、闇に紛れて判事が訪れ、大金を餌にこのまま引退するよう迫ります。そして万一ロイが最後の試合に出場を決めても、他にも八百長の手先となる者の存在がいることを匂わせて、我々には勝てないことをロイに思い知らせます。


最後の試合が行われる前日、アイリスがロイを見舞いにシカゴから訪れます。ベッドに横たわり後悔を口にするロイに、アイリスは冒頭の台詞をロイに告げて、若気の至りを晴らすの、と励まします。


『人には人生が二つあるわ

一つは何かを学ぶ人生、もう一つはその後の人生よ』


アイリスに励まされたロイは、最後の試合に勝って優勝し、判事と賭博師の悪巧みを砕くために、試合に強行出場します。

試合は0対0で進みますが、突然にエースが崩れ二点が奪われます。これを見たロイは、エースが八百長に加担していることを理解し、タイムをとってマウンドに走り、エースにこれ以上八百長に加担するなと告げ、自分のプライドを傷つけるなと諭します。

しかし、ロイも手術傷から血がにじみ出し、出場し続けるだけで精いっぱいの状況でした。アイリスは、ロイに勇気を奮い立たせる為に、ロイに隠していた事実を手紙にしたため、ベンチのロイに届けます。


『私の15歳になる最愛の息子は、16年前に貴方と愛し合って誕生した貴方の子どもです。息子に貴方の勇気を見せて。』


試合は2対0で、九回の裏ナイツ最終回の攻撃が始まります。二死から連打が飛び出し一塁三塁となって、ロイは16年前に相棒として自ら自宅の庭の落雷で裂けた大木から作った”WONDER BOY”と名を刻んだバッドを手に左打席に入ります。相手投手は、今年メジャーデビューを果たした若き左の剛速球投手に変わりました。それは16年前の若き左の剛速球投手ロイとこの打席で引退することとなる左のホームラン打者ロイとの生涯一度きりの勝負を彷彿しました。

ロイは二球目を強振します。打球は大飛球でしたが、ボールの外に落ちました。仕切り直しで、ロイはバットを拾いに行くと、”WONDER BOY”は真っ二つに裂けて転がっていました。ロイはバットボーイの少年サボイに「君の勇者を貸してくれ」と、ロイが手ほどきしてサボイと一緒に作ったバット”SAVOY SPECIAL”を持って来て貰います。

”SAVOY SPECIAL”を手にしたロイが左打席に入り構えます。捕手はロイの胸元に剛速球を要求し、若き剛速球投手は、そこに向かって剛速球を投げ込みます。唸りを上げて迫り来る剛速球を、ロイは”SAVOY SPECIAL”を振り抜いてかっ飛ばします。打球はぐんぐんと夜空を裂いて、グランドを照らす高くそびえる照明に突き刺さり、照明はまるで大輪の花火が炸裂するように火の粉をグランドに降らします。その火の粉の降り落ちる中、ロイは大歓声に包まれながらダイヤモンドを一周します。


END


私のような、少年の頃に、汗と涙と人情で綴られた、あるいは友情やフォア・ザ・チームに彩られた野球漫画を読みあさり、そこで超人的な活躍をする主人公に心を躍らせた、昔、少年であった大人たちは、きっとこの映画「ナチュラル」を公開当時に映画館で見て、私と同様にどんなに心を躍らせたことでしょう。そんな心が踊る感動を、リアルな野球観戦で今現在進行形で甦らせ続けてくれるのが、誰あろう大谷翔平選手です。

彼のこれまでの軌跡を知る人々は皆、大谷翔平選手がどれだけ野球に直向きなのか、真摯であるのかを、心に刻み付けています。ましてや名実ともに世界一の野球選手となってからも、その姿勢は変わらずに、更には野球の楽しさを世界中に普及する大役を担ってからも、それを大いに楽しんで挑戦している姿をみれば、この度の降って湧いた疑惑など一蹴できます。

ただアメリカの論調は、日本よりも自己責任が良くも悪くも重きが置かれることから、言葉の壁の責任、資産の管理の責任を大谷翔平選手に求めることには、そうなんだという諦めを感じます。

しかし、逆にいえば、言葉も文化も異なる国で、一つの仕事をやり抜く為に、その為にすべての力と時間を注ぎ込むために、他のことは信頼できる人や組織にすべてを任せる決断をして実践を貫いてきた大谷翔平選手を、誰が非難できるでしょうか。そこにどんな罪があるというのでしょうか。と私は思います。

今回の疑惑、というよりも犯罪は、すべて、百パーセント、大谷翔平選手の信頼を得て、彼の生活のすべてをサポートする仕事を任された人間が、裏切り、その信頼で得た立場を利用して、欺し、盗み、なかんずく大谷翔平選手に偽りの汚名を着せことであり、百パーセント、その人間が悪いのです。ただそれだけです。

大谷翔平選手には、この映画「ナチュラル」の名台詞を贈りたいと思います。

そして、この疑惑、この犯罪でとてつもなく傷ついたことだと思いますが、これも励みと捉えて、ナチュラルから勇者へと変身を遂げて、これからも長く、私たちを野球で心からワクワク、ドキドキ、させ続けてください。


追伸.

私は、この疑惑報道が出る前から、大谷翔平選手のプライベートを扱うニュースには手を出さないようにしないといけない、と思う様になりました。これは大谷翔平選手だけでなく、あらゆる事柄についての身勝手、或いは真偽が不明なニュースや情報がネットを中心に蔓延り、また他人の真偽の不確かなプライベートが本人の同意もなしにネットにさらけ出されるようになったからです。それは一種の麻薬のようなもの、人間の、自分の快楽を求める部分が際限なく刺激され続けてしまうと危惧したからです。

テレビの情報番組も同じです。真偽のつかない事柄を、疑問符を付けながら、何度も繰り返し、クドいほどに時間を掛けて、感情を煽るように伝えてきます。

彼らは、視聴者が見たいと彼らが決めた事柄を、大風呂敷を広げて、誇張して、真偽を確かめること無く、無責任に報道します。それが、自らの責務であるとのたまいているのです。

昔は報道というものに、何かしらの真実、というか正義を感じていたこともありましたが、今はまったく、彼らを真実であるとか正義であるとか、そういう対象で見ることは出来なくなりました。

日本の政治が、二流から世界でも最悪の汚職と不正と不義がまかり通る政治に変貌をしても、近代ジャーナリズムが目指すべき政治の監視機能を一切果たせぬままに、今ではそんな政治への忖度とへつらいが蔓延するのが日本のメディアの実情となりました。

ジャーナリズムを責務と考えるメディアの人々は、大谷翔平選手のニュースなど横において、汚職と不正と不義がまかり通る政治と刺し違える覚悟で対決し、日本の未来が少しでも良くなるように戦ってほしいとエールを送りたいと思います。


また、大いなる成功には、大金がうごめくところには、良からぬハエがたかるものです。これもまた人間の際限のない欲望や快楽を刺激する所以です。人間の正直な弱さの表れです。仏教でいえば悪業です。現代は神の地位も地に堕ちた観がありますが、私たちの世代には、まだ「お天道様が見ている」、或いは「神様が見ている」という漠然とした畏怖の念が、心のどこかにまだ刻まれています。そういう欲望や快楽を自制する感念というものこそ、私たちは大事に落ち続けていかねばならない。子供たち、孫たち、子孫たちに、もしかしたら唯一、引き継がなければならない教えなのかもしれないと、最近強く思います。