播磨の国ブログ検索

藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2024年6月4日火曜日

荒野に希望の灯をともす

 6月1日、中村哲医師の遺志を継いだ、アフガニスタンの干ばつの大地に水を引込み農作物が育つ耕地に生まれ変わらせるための、新しい用水路と貯水池の建設が完了したとのニュースを見ました。

その日、アクリエひめじで上映のあった、中村哲医師の生き様を追ったドキュメンタリー映画『荒野に希望の灯をともす』を観てきました。


劇場版 荒野に希望の灯をともす

http://kouya.ndn-news.co.jp/


映画は、2019年12月4日に中村哲医師が凶弾に斃れたところで終わりました。でも、そう、その後、あの用水路はどうなったのか、緑豊かな耕地に生まれ変わった大地は、今どうなっているのか、この映画の上映を知るまでは、全く気にも留めなかったというのに、恥ずかしながら気になったのです。

2021年8月31日にアフガニスタン戦争は、アメリカの敗北となし崩しの撤退で突然に終わりを迎え、アメリカとの戦争に勝利したタリバンがアフガニスタンの政権の座に着きました。

民主化を求めてアメリカに協力した人々や、教育の機会が与えられていた女性たちは、アメリカの庇護を失い、人権を失い、そして彼ら彼女らの消息は一切報道されなくなりました。アフガニスタンの人々の生活を支援していた各国のNGOもすべて国外に脱出しました。中村医師が先頭に立って築いてきた用水路も、緑地や耕地に生まれ変わった大地も、再び内乱の中で放置され、荒れ果て、干ばつの大地、人間が生きていけない大地に戻ってしまったのではないか、悪い想像をしました。


しかし、遺志を継いだNGOペシャワールのメンバーや中村哲医師と労苦を共にしたアフガニスタンの技術者、スタッフ、そして多くの用水路建設と維持に希望を託す農民たちが力を合わせ、過酷な自然と共生しながら持続的に恵みを得る為の、決して終わらない用水路建設と維持の活動は続いていました。

中村哲医師の、医療の技術や土木の技術、農業の技術は持ち込んでも、外界の主義主張、制度は持ち込まず、アフガニスタンの宗教、文化、制度に敬意を払い、何ものを奪わず、恵みをアフガニスタンに生きる人々に実感してもらえるよう、決して投げ出さず、逃げ出さず、命を賭してやり抜いてこられた、その生き様が、人間の根っこの深いところで、人々を結びつけ、勇気づけ、希望の灯をともし続けてきたこと、実感しました。


映画鑑賞中、ずっと私の頭の中に浮かんできたのは、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」でした。


雨にも負けず


風にも負けず


雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫な身体を持ち


欲は無く決して怒らず

いつも静かに笑っている


一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ


あらゆる事を自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かりそして忘れず


野原の松の林の陰の

小さな茅葺きの小屋にいて


東に病気の子どもあれば

行って看病してやり


西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い


南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと云い


北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないから止めろと云い


日照りの時は涙を流し

寒さの夏はオロオロ歩き


みんなに木偶の坊と呼ばれ

褒められもせず苦にもされず


そういう者に私はなりたい


中村哲医師は、アフガニスタンでの医療活動や灌漑用水建設活動に邁進する切っ掛けを、若き日、日本での医療技術の進歩による延命という倫理的問題に悩み、一時、登山隊の医師として日本を離れたけれど、その遠征の途中で、医師の訪問を聞きつけ遠方から数日かけて集まってきた人々に、遠征隊専属の医師としての役割を果たす為に、何も出来なかったことの後悔があったことを述べられていました。

それにしても、四十年近くも、中村哲医師をその地に留め、ソ連との戦争、アメリカとの戦争の戦禍の中で、理不尽な攻撃に命が危険に晒される中、誰も想像もしなかった、誰も実現できるとは思えなかった人力での灌漑事業を成した、その原動力は何であったのでしょうか?

想像のヒントと思えたのは、竹山道雄さんの児童小説「ビルマの竪琴」です。悲しみ、憎しみ、怒り、そして後悔、懺悔、等々の気持ちが、厳しくも美しい世界にも引きつけられもし、心に誓った事業をやり遂げるという不動の決意に至った、のかと想像します。


最後に、中村哲医師は、日本憲法の不戦の誓いが、私たちを守った。武器を執らず、不戦を貫いたことが、その不戦の意志が、信頼が、私たちを守ったと語られていました。

戦争が悲しいことに、日本国内でも身近に感じられるようになってきた昨今、私たちは何に信念を置くべきか、ひとりひとりが自分事として、私もあらためて考えたいと思います。


2024年5月30日木曜日

こうせつさん

こうせつさんが17年ぶりに姫路で開いたコンサートに参加してきました。

デビュー55周年 南こうせつコンサートツアー2024~神田川~ in 姫路

です。

2000席の大ホールは、ほぼ還暦以上の観衆で埋め尽くされていました。16時の開演となり緞帳幕が上がると、ステージの上には、いよいよ後期高齢者の仲間入りとなる、こうせつさんとバンドメンバーが登場。でも演奏が始まり、軽やかなリズムと歌声にホールが包まれるやいなや、そこは遠い過去となっていた「青春の光」が輝いて見えました。

絶妙のトークに、遠い夏の日の風景、ラブソング、反戦歌、四畳半フォークソング、そして老いたる我々の応援歌と、中休憩を挟んで二時間、そしてアンコール・・・、最後に深々と観衆に頭を下げて別れを告げるこうせんさんとバンドメンバーに、私たちは万雷の拍手と「アリガトウ!」の掛け声で応え、コンサートは終了しました。

とても感謝感謝感謝が一杯となるコンサートでした。 

2024年5月17日金曜日

パックス・ヒュマーナ

 NHK BSで先日放送された『パックス・ヒュマーナ~平和という”奇跡”』というドキュメンタリー番組を観ました。『平和という”奇跡”』の物語を、佐々木蔵之介さんが南イタリアで、濱田岳さんがルワンダで、辿りました。


佐々木蔵之介さんが辿ったのは、『フェデリーコ二世の十字軍』の物語です。


番組を観終わった後に、『フリードリッヒ二世の十字軍』についての講演記録を読みました。1976年に日本人の有志によって設立されたイタリア研究会のホームページで公開されていました。

https://itaken1.jimdo.com/2015/07/09/フリードリッヒ2世の十字軍-講演記録/

2015年7月9日フリードリッヒ二世の十字軍(講演記録)

第421回 イタリア研究会 2015-7-9

報告者:高山博(東京大学教授)


講演記録を読んで理解が進みました。

一般的にはフリードリヒ二世として知られる人物のイタリアでの俗名が、フェデリーコ二世でした。

まず、十字軍から語らなければなりません。十字軍は、ローマ・カトリック教皇がカトリックの西欧諸侯に下した神命『聖地エルサレムの異教徒からの奪還と異教徒征伐』を果たす為の遠征軍の総称です。騎士が鎧に十字を刻んでいた事から十字軍と名付けられました。11世紀末から13世紀末に掛けて、十字軍は教皇の神命によって、何度も南イタリアから海を渡り、異教徒が支配する聖地エルサレムを目指しましたが、その遠征は二度を除いて全て失敗に終わりました。

事の起こりは、東ローマ帝国の支配地がイスラム諸侯に占領され、東ローマ帝国の皇帝がローマ・カトリック教皇に救援を求めた事が発端です。東ローマ帝国の国教はカトリックとは異なるキリスト正教会です。東ローマ帝国の皇帝は、西欧の法王に救いを求めたのです。

4世紀に古代ローマ帝国は、それまでの多神教信仰を改めキリスト教を唯一の国教と定めます。各地に教皇庁を設置して、広大な支配地を一神教であるキリスト教化することにり皇帝の権威と支配力を浸透させる事が目的であったと考えます。しかし、その後すぐローマ帝国は二人の皇帝による東西分割統治となり、その一つである西ローマ帝国は支配地域の西欧諸侯の台頭によって5世紀に消滅、以後、西ローマ帝国の国教であったローマ・カトリックの教皇の権威が西欧諸国に浸透していきました。

10世紀にドイツ王が神聖ローマ帝国を興し、ローマ・カトリック教皇を再び皇帝の支配下に置こうとして、教皇との覇権争いを起こしますが、既に西欧諸侯に権威を浸透させていた教皇は、第一回十字軍遠征を西欧諸侯に号令し、聖地エルサレムを奪還する戦果を挙げた事から、覇権争いに終止符が打たれ、西欧はローマ・カトリック教皇の権威の下に、支配され続ける事になりました。


高山教授は、十字軍は西欧諸国の人々のカトリック信仰心と宗教的情熱により引き起こされたが、

①教皇の政治的野心

②諸侯や騎士の領地獲得欲

③商人の利益拡大

こういったものが絡み合って、当初の目的から次第に逸れていき、そして十字軍の失敗により、教皇の権威は失墜し、参加した騎士の多くは没落したと考えられると述べられています。

そして現在に続く影響として、

①西欧諸国の人々の異教徒、異端への不寛容を増大させたこと

②そしてイスラム教徒の側にも異教徒に対する不寛容を増大させたこと

であると指摘されています。


この様な末路を辿る十字軍遠征ですが、唯一、戦争ではなく、交流・交渉により10年間、平和裏に聖地エルサレムをイスラムの王から譲り受けたのが、フリードリヒ二世でした。

フリードリヒ二世は、ノルマン王国の血を引く王子とシチリアの王女との嫡男として生を受けますが、シチリア王である祖父と父母を幼い頃に相次いで亡くし、幼くしてシチリア王となります。

出生国であるシチリア王国は、そもそも異教徒との文化交流により栄えたノルマン王国の継承であったため、臣下には異教徒もいました。そして、フリードリヒ二世を養育し支えたのはイスラム教徒の臣下でした。そのためでしょうか、フリードリヒ二世は、イスラム教徒の文化や習慣にも親しんでいました。

フリードリヒ二世は、神聖ローマ帝国の皇帝を継いでから、教皇から十字軍の遠征の命を受けます。しかし、フリードリヒ二世は教皇からの度重なる遠征の命を無視し続けます。そのために生涯三度も破門を言い渡されました。フリードリヒ二世は、エルサレムを支配するイスラムの王と手紙を交わし、また使節団を派遣し合いながら、親交と交流を深めていきます。そして信頼が醸成できたのを見計らい、エルサレムの返還交渉を行いました。そして遂に、10年間の期限付きではあるもののエルサレムの平和裏の返還を実現します。そして返還後の10年間、様々な圧力にも耐え、エルサレムの平和を守り通します。これは、二つの文化に精通したフリードリヒ二世にしかできなかった芸当だと思いました。


二つめの物語、濱田岳さんが辿ったのは、『ルワンダ虐殺の生存者』の物語です。

アフリカ・ルワンダ共和国でジェノサイドが起こったのは1994年です。今から丁度30年前の出来事です。

ルワンダは19世紀にドイツの植民地となり、ドイツは少数のルワンダ人を高貴な人種ツチとして、その他大勢をフツとして意図的に選別し、教育によってそれを既成事実化し、ルワンダをツチを利用して間接統治していきます。第一次大戦後、敗戦国となったドイツに代わってベルギーが間接統治システムを引き継いでルワンダを支配し続けます。この間接統治によって、ツチとフツの人々の間に憎しみと対立が生じていきました。

そして1962年にルワンダが独立国家となって、多数派であるフツが政権を担う事になってから、少数派ツチへの迫害が始まり、続いて国軍と亡命ツチが組織したルワンダ愛国戦線との内線が勃発します。それにより、フツによって、ツチによって、何度も虐殺行為が繰り返されました。しかし、1994年4月に突然起こったジェノサイドは、比較にならないほどに、凄惨で甚大な被害者を生み出しました。それはフツ至上主義者のラジオから発せられたプロパガンダ・メッセージが起因となりました。ツチとの宥和政策を進めていた大統領が搭乗する旅客機が何ものかに撃墜されたことを受けて、フツの住民に対して、「愛国戦線が襲ってくる、殺しにやって来る、釜や鍬を持って立ち上がれ!敵であるツチを殺せ!」と恐怖と憎しみを煽り、従わぬフツも敵だ!殺せ!と隣人と仲良く暮らしていたフツ住民を恐怖に突き落とします。

ツチに殺されてしまう。従わなければ自分が、自分の家族がフツの殺害の標的になってしまう。という恐怖がフツ住民を襲い、フツ住民の理性を狂わせ、狂気に転じさせて、遂に100日間で100万人もの隣人を虐殺するという前代未聞の殺戮行為に向かわせました。そして隣国には100万人を超えるルワンダ人が着の身着のまま避難のために押し寄せる事態となりました。

100日を過ぎて、愛国戦線が首都を制圧し、ジェノサイドは終焉を迎えます。

愛国戦線は、フツの大統領、ツチの副大統領を立て、ルワンダの再建を図ります。最初に実行したのが、植民地時代に携行を義務付けられた、ツチかフツかを識別するための身分証明書の廃止でした。これによって植民地時代に意図的に作られた人種の選別が廃止され、すべてのルワンダ人が、ルワンダ人と名乗れるようになりました。


濱田岳さんは、ジェノサイドの生存者と会って、その言葉に耳を傾けます。

印象的であったのは、30歳の娘を持つ41歳の母の言葉です。

30年前、彼女は穏健なフツの家族の子どもで11歳の少女でした。家族で隣国ザイールに避難する途中、瀕死のツチの女性と乳飲み子に遭遇します。少女が女性に近づこうとすると、祖母から「本当ならば殺さなければいけない」と注意されますが、さらに少女が女性に近づくと、女性から「私の子どもを一緒に連れて行ってください。神のご加護がありますように」と頼まれます。家族から「災いを招く」と叱られますが、少女を乳飲み子を抱きかかえ、家族と離れて歩きます。

難民キャンプに辿り着いてからも、家族から育てる事を反対されますが、少女は「神の恵み」を信じて、乳飲み子を育てながら生きてゆく決意をします。

その二人は、現在慎ましくも穏やかに生きていました。

母は、「話を聞いてくれてありがとう。心が軽くなりました」と話します。

娘は、「私たちの話をどうぞ伝えてください。知っていただくことで、少しでも平和な世界が作られる貢献になればと思う」と話します。


小学校の女性教師の言葉も印象的でした。

教師たちは、ルワンダに渦巻いた虐殺に向かわせたエネルギーを、平和と団結のために使える様、子供たちを導きたい、という使命感を強く抱いていました。

と同時に、ルワンダの悲劇はどこの国でも起こる可能性があり、でもルワンダ人はだれもがみんな同じルワンダ人と自覚できるようになり悲劇は遠退きました。世界中の人々が、みんな同じ人間だと自覚できるようになれば、ルワンダの悲劇を防げるのではないか、という希望も語られました。


濱田岳さんは、最後に「無智は罪」だと話されました。それは私たち自身への自戒の言葉であったと思います。「無智」は「無関心」と言い換えられます。無智、無関心、利己主義、そして身勝手、無責任のままでいることが、この様な悲劇が、いつも忘れ去られた時に繰り返される。いつか自分たちが、悲劇の加害者、被害者になってしまう。知らぬ間に・・・。


『パックス・ヒュマーナ』


あらためて番組のタイトルとなった『パックス・ヒュマーナ』について考えました。

番組では、最後に「人間の平和」と表現していましたが、どうもしっくり飲み込めないのです。

「パックス・ヒュマーナ」とは何か?調べました。

Google検索すると、”Pax Humana Foundation”というローマに本部がある財団のホームページを見つけました。そのホームページのAbout usのページに次のメッセージが掲載されていました。以下はGoogle翻訳した内容です。

https://paxhumanafoundation.org/en/about-us/

「パックス・ロマーナ」から「パックス・ヒューマナ」へ

パックス・ロマーナとは、ローマ帝国の軍事的優位性によって帝政時代の前半に確保された地中海地域の長期間の平和を指します。

パックス・アメリカーナは、第二次世界大戦後、世界における米国の支配に関連した相対的な安定と世界平和の期間を指しますが、今日私たちはそれに挑戦していると見ています。

この財団は、ニーズ、権利、道徳的資源、回復力、創造性、精神性、願望、尊厳、新たな始まりを生み出す能力を備えた人間を紛争予防の中核に据え、新時代の誕生に貢献することを目的としています。一人ひとりの尊厳と人間性を尊重した関係性を紡ぎながら、解決、変革を目指します。

まさにパックス・ヒュマーナの時代。


ラテン語のPaxは、平和の意味があるそうです。Pax Romanaは古代地中海、ヨーロッパ世界で覇権国家となったローマ帝国が、Pax Americanaは20世紀の後半に世界の覇権国家となったアメリカが、もう一つ加えるとPax Britannicaは19世紀に産業革命によって覇権国家となったイギリスが、世界の警察となり相対的な平和を実現した時代を表すラテン語の言葉でした。

それに従えば、「人間による平和」が訳としては正しいのかもしれません。「ローマによる平和」も「アメリカによる平和」も「イギリスによる平和」も、言い換えれば「人間による平和」です。しかし、それぞれに平和を支える強い力を備えています。

では、「パックス・ヒュマーナ」、私たちの平和を支える強い力とはなんでしょうか。


考えてみると結局は、畏怖なるもの、畏敬なるもの、私たちの心と体を裁く神なるものへの信仰心ではないか、古来から人類がすがってきた信仰心しかないのではないのかと思えてきました。

その信仰心を利用して、古来から権力者は争い、血みどろの殺戮を繰り返してきたというのにです。

本当に、信仰心ではなく、論理的に、かつ倫理的に、「パックス・ヒュマーナ」を実現する解答が見つけられたら、それこそ本当に、戦争の人類史は終焉を迎えることができるのでしょうか。人類史上最難度の方程式が解けたとしても、私たち人類が素直に従い、恒久の平和を得られるとは、どうしても疑念を持たずには居られません。

2024年5月6日月曜日

冷めても美味しい、否 冷めて美味しいステーキの作り方

ジューっという音はないし、肉が焼ける香ばしい匂いもなし。でも、柔らかく肉を丸ごと頂く幸福感が味わえるのが、低温調理した肉のステーキです。


作り方ですが、


① とにかく、肉はスーパーではなく肉屋さんで購入します。何故ならば、スジも脂身も少ない3㎝の厚みがある特選の赤身肉が必要だからです。この厚みが重要です。3㎝強で肉をカットして貰ってください。間違っても、叩いて伸ばす事の無きように注意してください。

3㎝の厚みの赤身肉は、一枚大体100g~150g程度だと思います。あくまでも大体です。


② 肉の両側に、塩、胡椒、その他スパイスを十分にまぶします。市販の肉用スパイスが最適かもしれません。押し付ける事無く、優しく両側にスパイスをまぶしてから、キッチンペーパーで肉を包みます。それをトレーに入れ、ラップで蓋をし、冷蔵庫で半日程度保存します。半日程度おくと、ペーパーが余分な水分とスパイスを吸収し、肉にほどよいスパイス味が付きます。味付けはこれでお終いです。


③ペーパーに包んだ肉を取り出して、今度はラップにしっかりと包みます。それをジップロックなどの真空保存パックに入れて封をします。


④ 湯煎により、肉を低温調理します。低温調理器があればベストですが、代わりはあります。例えば炊飯器には低めの温度設定の保温機能がついているものもあります。設定できる温度が55度~65度であれば、利用できます。

私は鍋を利用します。鍋に保存パックに入れた肉がしっかり浸かるほど水を入れ、保存パックを取り出して、コンロに火を付け水を温めます。湯の温度は60度、調理用温度計を利用して60度辺りをキープします。保存パックを鍋に入れ、大きめのコップに鍋の湯を入れて、肉が浮いてこないよう重しにします。保存パックに湯が入らないよう、注意をします。

目安は、60度で35分程度です。時間が来たら、お湯から出して、保存パックから出し、ラップが濡れていたらラップの水滴を拭き取って、そのまま室温で冷まします。

温度が60度弱で30分弱ならレア、65度40分強ならウェルダンという風に、肉の中への熱の入れ具合を、温度と時間で調整できます。


⑤ すぐに使わなければ、冷ました肉の水気を取り、再度ラップして、冷凍庫で保存します。使う場合は、室温や冷蔵庫でしっかり解凍します。


⑥ いよいよ焼き入れです。フライパンを熱して、油は引かず、肉の全面に焼き目をいれます。中には熱がしっかり入っているので、厚みのある肉だからと長く焼く必要はありません。


⑦ 焼いた肉を冷ましてから、好みの厚みにカットします。材料の肉がいいので、とても柔らかく、食欲が落ちていても、噛みにくい等の症状があっても、きっと美味しく、食欲をかき立ててくれるでしょう!

2024年4月30日火曜日

写経は、心を清浄に保つ術のひとつです。

写経を続けてきて、気づいたことがあります。

初めは集中力が続かず、まともに文字を写し書きすることもできませんでした。ふとやってみようと始めたものの、ただただ己のダメダメ加減が、乱れた文字として記録されていくだけに思えました。

でも、とにかく集中力が途切れても、誤字脱字、書き損じが甚だしくても、誰に咎められるようなものではないし、とりあえず怯まず、間違いはそのまま残して、間違った所から再度書き進めて、最後まで書き終える様にしました。

それを毎日、欠かさず続けているうちに、一切の誤字脱字、書き損じをせずに書き終えることが出来た日が来ました。それからまた、毎日、欠かさず続けているうちに、教本を開かず、記憶を辿りながら書き終える日が来ました。『摩訶般若波羅蜜多心経』の経文266文字の中で、一つ二つ、美しく思える文字を描けた日もありました。

始めてから半年が経過しますが、書き終えた5冊のノートの頁を捲ると、頁の日の心の有り様が書き文字を通じて甦ってきます。


写経って、自分の心や記憶との対話なんですね。黙想なんです。『摩訶般若波羅蜜多心経』、『本尊回向文』『四弘誓願文』、月命日の日は、これに修証義の『第一章 総序』を加えて写経する、一時間から二時間、対話をする、瞑想するんです。人間の集中力はもって15分程度と云われますが、それよりもさらに長く写経に集中した日もあって、そんな日は、まるで写経をする早朝5時から7時までの清浄された大気の様に、心が清浄された気分になります。

現代の私たちは、なにごとを行うにも、仕事をするにも、スポーツをするのにも対人とのコミュニケーションが必須となり、常に対人に集中力を注いでいます。それだけに留まらず、スマートフォンとSNSが日常生活をすっかり侵食してからは、常にメッセージの応答に心が奪われ、心が安まる時がありません。

『承認欲求』という言葉がありますが、精神的重圧を掛けられる対人に、さらに救いを求めるという螺旋の様な重圧、現代の私たちは追い求めているように思えます。

恐ろしいのは、承認が得られない、或いは承認されない、無視される、といった精神状態に陥った時です。いつでも向き合える筈の自分の心の所在に気付かなければ、対人に求める『承認欲求』を追い求めて、更に辛い重圧に自らを追い込むか、もしくは心の行き場を失って、辛い喪失感に苛まれることになります。最悪は死の危険もあるということです。

それを防ぐ為にも、心を奪われず、己で心を清浄に保てるように、写経の様な、己の心と対話する、瞑想する術を、現代の私たちは見つけ、実践しなければいけないと、非常に強く思います。

2024年4月28日日曜日

生成AIが日本にやって来る。

世界初のチャットボットを作った人物 ジョセフ・ワイゼンバウムは、かつてこう云ったそうです。

『AIの危険性は、機械の思考が人間じみてくる事よりも、人間の思考が機械じみてくる事にある。』


先日、NHKのBS世界のドキュメンタリーで、2023年にオランダで制作された原題”The Cost of A.I.”を、『生成AIの正体 シリコンバレーが触れたがらない代償』のタイトルで放送されました。多分、見られていない人の方が多いのではないでしょうか。

アメリカのビッグ・テックであるGoogleは1500億ドルを、Microsoftは1000億ドルを、生成AIとデータセンターに投資すると表明しました。そしてアメリカ、イギリスに続く第三の拠点として日本を選び、数千億円を掛けて日本語対応とデータセンターの建設を行うと表明しました。新聞やテレビのニュース記事は、AIも後塵を拝している日本にとって、巻き返しの千載一遇のチャンスと好意的に捉えていました。一人の読者、或いは視聴者である私も、同様に良いニュースと感じていました。

しかし、このドキュメンタリーを観て、私は冷や水を浴びせられました。

私がどんな冷や水を浴びせられたか、ドキュメンタリーの内容をメモしたテキストで感じて頂きたく思います。


the ininvisible 表にでないもの


第一の語り部

メディア研究者で批判的な視点で『地図のないものごとの地図を作る』アーティスト

ヴラダン・ヨーラー

「シリコンバレーの企業は、アルゴリズムやデータセンターなど、表に出さないものは全てクラウドと呼ぶ傾向にあります。これ以上ない軽い言葉です。このクラウドの中でAIにプロンプト(指示、或いは質問、依頼)を与えると、何もないところから生まれ出たかのように結果が現れます。」

「世間でAIと呼ばれる仕組みは、基本的にアルゴリズムとデータに基づいて機能します。大量のデータを処理し、パターンを識別する能力を持っています。但し、AIは何も知りません。物事を知る能力は備えてはいないのです。データの集合体、データセットの中のデータを統計的に反映しているだけに過ぎません。」

Q シリコンバレーの企業が隠したがるもの、彼ら自身のAIを使って可視化したらどうなるでしょうか

「(演算チップの基板となる)シリコンの主要な原料となるのが珪砂と呼ばれる砂です。世界で使われる珪砂のおよそ7割が中国の新疆ウイグル地区にある珪砂鉱山で生産されている。新疆ウイグル地区では珪砂採掘のため強制労働が行われているという報告がある。労働者たちは人里離れた収容所にいるという。それでもAIは彼らの姿を難なく描き出します。」

Q どうしてAIは望み通りの画像を生成できるのでしょうか

「第一段階は、大量のデータを集めるところから始まります。AIに学習させるためのデータセットにするのです。

第二段階は、データの分類です。例えば樹木の画像を生成するAIを作るとします。そのためには何千種類の木の画像を読み込まなければなりません。

そこで必要となるのが、画像を一枚一枚分類する生身の人間です。これは木だ、これは違う、これは何々の種類の木だ、という風にね。裏方の仕事ですが、集中力を要求されます。

こうして整理・分類された何千種類の画像データを基にして樹木の画像を生成するための統計的な仕組みを作り出します。

生成されるのは画像と云うより多次元の統計的な空間です。言い換えるならハルシネーション(Hallucination 幻覚 AIが誤った情報や架空のデータを生成する現象)です。統計が作り出す幻と云えます。」


humanity 人間


第二の語り部

ドイツ ワインゼンバウム研究所

AIの陰で働く人々の労働環境に関する研究を行う社会学者、コンピュータ研究者

ミラグロス・ミセリ

「AIの訓練を行うには、大量のデータが必要です。しかし、分類されていないバラバラのデータを読み込むことはできません。そのためデータの分類を人が手作業で行っていると聞いたのです。驚いた私は知り合いに訊ねました。誰がそんなことをしているのって、すると相手はこんな反応を見せたんです。

確かに、実際に作業している人がいるんだよね。誰がやっているなんて考えたことなかったよって。」

「(「チャットGPT」のようなAIを機能させるには人間が必要?)間違いなく必要です。AIがデータから自動的に学ぶ機械学習も、人間が準備しなければ機能しません。」


コンテンツ・モデレーター 仮名オマル・モーとの音声会話

『コンテンツ・モデレーターの仕事をしています。勤務先は、外部委託の会社です。オマル・モーとは仮の名前です。仕事について公の場で話せば、職を失う事になります。』

Q コンテンツ・モデレーターとは何をする仕事でしょうか?

『たとえばSNSに、ユーザーからの投稿がありますよね。その投稿が「不快なコンテンツ」かどうか私たちがチェックして管理しています。警察みたいなものです。』

Q 不快なコンテンツとはどんなものですか?

『例えば法律に違反するもの、いじめやヘイトスピーチなど。もっとキツいものだと自殺とか児童ポルノとか、テロリストが人の頭を切り落としているような映像もあります。』

Q コンテンツ・モデレーターの仕事はAIとどう関係があるのですか?

『私たちが分類したデータをAIに学習させるのです。データが細かく分類されていると、その分、AIの判断能力も向上します。』

AIにデータを読み込ませるには幾つかの方法があります。

一つは、社内でやってしまうこと。様々なアルゴリズムを設計し、AIを開発するのと同じ場所で行う方法です。でも、こういうケースはさほど多くはありません。

よくあるやり方はアウトソーシング、つまり社外にいる専門の請負業者にそっくり業務委託してしまう方法です。

『私が働く(アウトソーシング)会社には、千名ほどの従業員がいます。学生やドイツ語を話せない人も多く、彼らにとっては慣れ親しんだ言語や英語を使って働ける良い仕事です。

この職を失うと、みんな困ると思います。ドイツでの滞在許可を取り消されるかもしれませんから。』

Q ドイツのパスポートを持っていなくてビザを発給されて滞在している人の割合はどれくらいですか?

『80%か、それ以上でしょうね。私も正確にはわかりません。』

AI関連の企業は、人間の労働者が居ること事態、公にしたがりません。データを処理する労働者の存在を開示せず、彼らがどこでどんな条件の下、どれくらいの報酬で雇われているのかも語ろうとはしないのです。

Q 先ほど、非常に暴力的コンテンツを見ることもあると仰っていましたが、精神的な負担を感じた場合、どの様な心理的サポートを受けることは出来ますか?

『私たちはコンテンツの種類を選べません。ランダムに表示されます。運が悪いと、一日中、首吊り自殺の映像を見続けるハメになる。』

Q 気分が悪くなった時にはどうするのですか? 仕事を中断したり、持ち場を離れたりするのでしょうか?

『休憩を取ることはできます。必要なだけ取れと言われますが、仕事の効率は下げられない。目標を達成し、生産性を維持しなければなりません。会社は従業員のメンタルヘルスなど気に掛けてもいないのです。』

彼ら(コンテンツ・モデレーター)は、どんな場合でも発注した顧客の望み通りに行動するよう訓練を受けます。仕事に就いたその日から叩き込まれるのです。ここでは目にしたコンテンツについて、実際のところ何を感じても、どう思っても、どう考えても、どの様に整理分類しても、攻撃的だと思っても、社会に対して有害なものだと思っても、倫理的に間違っていると思っても、顧客を満足させる事以外にすべき事はないとね。そうしなければ委託を打ち切られて仕事が出来なくなりますから。

Q 先ほど仰ったような不快なコンテンツに直面する事で感じたストレスに対処し、乗り越えるためにあなた方コンテンツ・モデレーターはどんな手段を取っていますか?

『多くの人は休憩を取って、気持ちを切り替えています。私は誰かがリストカットしている映像を見ても何とも思いません。映画の残酷な場面よりも、そういう映像の方に慣れてしまった。大きな事件としては、同じ会社の従業員で先日、自殺した人がいました。』

Q ちょっと待って、あなたの同僚が自殺したんですか?

『はい、「自殺とコンテンツは無関係」と、会社からのメールには書かれていました。でもその人は、福利厚生の部署に何度も接触を試みていました。しかし、まともな助けを得られず、不快なコンテンツを見て、結局、自殺しました。』

最先端のAIを開発している企業にとっては、聞こえの良い話ではありませんよね。我が社の提供する素晴らしいAIは、(たとえば)時給数ドルにも満たない報酬で働くケニアの労働者たちによって訓練されています、なんて。

最近、チャットポットを訓練したのはシリアの労働者たちです。戦禍にまみれた町で暮らしながら、出来高払いで働いています。月末までに幾ら稼げるのか分からないし、苦しみの声を世間に届ける手段もありません。

誰もこう云うことを表沙汰にしたがらないんです。

発注元の企業は、彼らが搾取されていることを否定できませんし、認識もしています。知らなかったと言っても信じることは出来ません。一定の期日までに技術的な課題にクリアすることばかりに夢中になって、データを処理する労働者たちの不安定な立場など気にもしないのです。彼らのことは置き去りです。


the dataset データセット


ヴラダン・ヨーラー

「最新世代のAIを支えていくのは、コンテンツを分類する労働者の血と汗と涙だけではなく、さらに大量のデータです。」

Q それらをどこから調達するのでしょうか?

「すべての本の目録を作ることが図書館の重要な仕事、私はこういう場を一種のデータセンターだと考えています。」

Q AIとはどんな関係が?

「ここに並んでいるのは、目録カードの引き出しです。見て下さい。これがメタデータです。メタデータとは、画像であれば「猫の写真」「樹木の絵」など。」

Q ファイルを開かなくても中身が分かる説明書きのこと?

「そうです。図書目録と同じ様にデータの中身を説明するデータのことを、メタデータと呼びます。メタデータの規格を統一しておれば、統計を取ることができます。メタデータの分析が可能になると、様々な処理を自動化できるのです。そのように考えると、図書館の大きさとは私たちが検索し参照できるデータの大きさだと見なすことができます。

 例えばGooglebooksのような書籍の検索サービスを想像してみて下さい。ユーザーは、求めている情報をこうした図書館の建物に所蔵されている本の中から探し出すことになるのです。」

「そこで浮かぶのは、これまでどんな人物が図書館のような情報の保管庫を作ることが出来たのか、という問題です。

できるだけ沢山の記録を残してきた国ほど、情報の世界でも良いポジションを占めています。AIに学習できるデータが豊富ですからね。」

Q どんなAIも、データが多いほどより正確な答えを出せる?

「持っているデータが多ければ多いほど、精密な判断が出きるようになります。重要なのはデータの中身です。集めたデータの映像や画像や音声の内容によって、世界の見え方が変わります。AIの行う自動処理のプロセスが、自ずと決まってしまうのです。」

「シリコンバレーの大企業は、できうる限り集められれば集められるだけのデータを集めています。狩りをする、と表現しても良いかもしれません。」

「しかし、こうしたデータの中身はどうなっているのでしょう。

もしも自分自身のクローン或いはデジタルコピーが完成して、私の代わりに活動できるようになったら、ある疑問が湧いてきます。

テクノロジーで再現できてしまう「私」とは何なのでしょうか?

誰もがクローンを作りたがったらどうなるのでしょう?」

「AIの開発が始まって以来、コンピューターの処理能力は向上し続けてきました。18ヶ月ごとに倍増するケース、さらにこの数年は、半年ごとというこれまでにない速度で倍増しているのです。企業は、AIやコンピューターに投資する金額をどんどん増やしています。」

Q チップ一つの価格は?

「一つでおよそ一万ドルです。厳密な取引価格は分かりませんが、一万ドル前後です。25000個使用するので、すべて購入するとするとおよそ二億五千万ドル掛かります。」

Q 一つのAIを動かすためだけに?

「そうです。」

Q たとえばチャットGPT5など次世代のAIには何が必要なのでしょうか。

「チャットGPTはバージョンアップする度に計算の能力が100倍に増えていることが分かります。計算能力が100倍に増えれば、開発コストも大体100倍ほどになります。それを金額にして考えてみればざっと見積もっても何億ドルもの出費となるでしょう。

そこまで出せるプレーヤーはそう多くはありません。その上、開発用の設備が揃っていて大規模なデータセンターにもアクセスできる、そんな企業はMicrosoft、Google、Amazon、Appleなど、ごく一部の限られたところだけです。

より多くの力と、より多くの資金と、より多くの処理能力が必要になるのであれば、とてつもなく重要な疑問が湧きます。これを作れるのは誰なのか、という問いです。

誰が作るかという問いは、このツールの所有者は誰になるのか、と問うことでもあります。基本的には、必要とされるツールの所有者が、その後のゲームを支配することになるのです。」

「実際に、学習中のAIが実際に何を学んでいるのか明確に知ることは出来ません。内部の動きは見えないのです。AIを学習させるコードを書いている人間にも分かりません。

少なくとも私の知る限り、こういう動作をさせるためには、こういうデータが必要だという厳密な理論はありません。闇雲に大量のデータを与えては、どうなっているのかよくわからないけれど、上手く行ったからまあ良いか、と見なしているんです。」

Q まだ因果関係が分かっていない?

「そうです。(まるで魔法の機械みたい)種も仕掛けも謎のままです。」

「今のところ、こうした大規模AIシステムの中で何が起きているのか、まともな説明はありません。いわゆる、ブラックボックスです。指示を入力してから結果が出てくるまでの処理過程を、誰も詳らかに説明することが出来ないのです。

ブラックボックス、その内部で何が起きているのかを正確に知るプログラマーがいない状況で、AIの性能を上げるには、より多くのデータを集めるしかありません。

例えば、対話型のAI、チャットGPTの最新版では、学習期間におよそ一兆の単語が使われています。書籍やウィキペディア、品質の高いニュースの発信元や科学的文献などから調達しています。文学のような長文の素材も重要視されます。機械学習に携わる人々は、質の良いデータセットを構築するために、こういうものを優先してきました。」

Q 質の良くないデータセットの場合は?

「ネット上に転がっている文字データを中心に使います。ソーシャルメディアへの書き込みやつぶやき、メッセージアプリで交わされる短い会話。」

「AIを開発している企業は後五年もたたないうちに、人類が生み出したデータの大部分を収集し尽くしてしまう筈です。」

Q つまり質の高いデータが枯渇してしまう?

「それは間違いないと思います。私たちは従来手に入れてきたものよりもずっと質の高いデータを訓練で使いたがると思いますから。」

Q ではAIが生成する大量のデータはどうなるのですか? 画像もあれば、テキストもあります。これらもAIが学習するデータセットの一部となっていくのでしょうか?

「その可能性はあります。人間が書いた文章の代用品として、AIが機械学習したものをAIの教材として使うことになったとしても、私は驚きません

何かの対策を施さなくては、この一二年で私たちの世界はコンピューターが生成したコンテンツに完全に汚染されてしまうでしょう。

理論上は、あと数年で機械が作ったコンテンツの量が、人間が生み出したコンテンツの量を超えます。統計学を駆使した高度なシステムがガラクタを作るために生み出されている。オートメーションて偽情報を量産しているのです。

その上、私たち人間はこの状況を招いた企業に、情報の真偽を自動で見極める手段の開発まで求めている。全く逆の仕事をする二つのシステムを作れって言っているのです。一方で情報を作り出し、もう一方で情報を修正させようとしているのです。これは大きな間違いの基になると思うのです。」

「AIが作り出す世界に生きることとは、平均値を追い求める凡庸な世界に生きること。私たちはそれを望んでいるのでしょうか?何がそして誰が私たちの未来を選ぶのでしょう。」

「私たちが向かっているのは、平均値を理想とする世界です。統計的に見れば進歩なのかもしれませんが、微粒子は皆失われていきます。文化や社会における微粒子とは、私たちのことです。それぞれに立場や考えの異なる人々、ひとりひとりが個性的な微粒子です。しかし、AIのような統計に基づくシステムは、凡庸であることへと傾いていくのです。」

「一つだけ、確かなことがあります。

AIは雲の滴でも魔法の箱でもありません。血と汗と貴重な金属を費やして作られるものなのです。

AIが作り出すコンテンツは統計によって導き出された幻覚のようなものです。その事に気付けばむしろ興味深く感じられます。真実ではないと言うことを理解することが大切ではないでしょうか。」


コモン・クロール ネット上のデータを蓄積し、無料で提供する非営利団体


第三の語り部

認知科学者

アベバ・ビリャネ

「いかなるAIにとってもデータセットは必要不可欠なものです。大規模なデータセットが無ければ、AIは作れません。それほど重要な存在であるにもかかわらず、データの中身や出所について注意を払う人が決して多くないのが現状です。

実際、AIに読み込ませるデータセットの質は、悪くて当たり前と考えるのが普通になっています。基準がとても低いのです。」

「データセットの質をチェックするために、どんなキーワードがどんなデータと結びつけられているか、検索して記録に残しています。

私がこれまでに検索したのは、こんなキーワードです。

アフリカ系、アジア系、Aで始まる英単語、黒人の中年女性、痩せている、小さい、テロリスト、スカートの中の盗撮、白人至上主義・・・」

「人的によるデータの収集は、とても効率が悪いのです。手当たり次第に集めたデータを一生懸命分類したり、有害な内容を取り除いたり、AIが読み込めるデータにするまで、時間と手間が掛かります。

しかし、ここ二年ほどで状況は変わりました。

人を使ってデータセットを作るのではなく、コモン・クロールの自動化システムで自動的に収集されたデータを使うのが主流になったのです。」

「AIが生成する回答は、データセットが大きいほど賢くて興味深いものとなる。その事に気づいた開発者たちは皆、コモン・クロールが提供する自動的に収集した強大なデータセットを使うようになりました。」

「コモン・クロールはアメリカの非営利団体です。ウェブサイトを毎日自動的に巡回し、データを集めて大量に蓄積するので、日を追うごとにデータが増えていきます。」

「データセットには深く根付いたステレオタイプが現れていることがあります。例えば、美しいという言葉の多くは、裸の女性の画像データと紐付けられています。検索するとポルノサイトの画像が大量に出てくるのです。

一方、ハンサムと言う言葉で検索するとスーツを着た白人男性の画像が出てきます。

こういうステレオタイプの認識がデータセットにどれだけ染み付いているのか調べているのです。」

「インターネットの大部分は、暗い路地裏のような場所なんです。私にとってインターネットは、みんなの考えが反映された場所と云うよりも、人々が有害廃棄物を垂れ流す場所に見えます。

だからこそ、ネットには適切なセーフガードや有害なものをフィルタリングする仕組みが必要なのです。インターネットは全人類の考えを反映したもので、データはそこから引っ張ってくればいい。そんな安易な考えは危険だと思います。インターネットは問題だらけなんです、でも残念なことに何十億もの人々が関わるデータを手に入れられる場所は、インターネットの他にはありません。そこが問題なんです。」

「AIに学習させる際、こうしたステレオタイプのデータを使用すると、こんな風にステレオタイプの回答をするAIが出来てしまいます。」



如何でしょうか。

冒頭のジョセフ・ワイゼンバウムの言葉

『AIの危険性は、機械の思考が人間じみてくる事よりも、人間の思考が機械じみてくる事にある。』が、現実に起こっている、進んでいる、という言い知れぬ恐怖を覚えます。

もっというなら、ホロコーストの時代を生き抜いたユダヤ人の政治哲学者ハンナ・アーレントが、アドルフ・アイヒマン、ユダヤ人を最終処分場であるアウシュビッツなどの絶滅収容所に輸送する陣頭指揮を執ったナチスの役人の裁判を傍証し、こんなにも凡庸な男が、組織の指示に機械の一歯車となって、600万人ものユダヤ人の大量虐殺の指揮をしたことに、人間の深い闇を感じ、『悪の凡庸』という言葉を残しましたが、その『悪の凡庸』が、ここにも現れている、と感じます。

この数年でAIの進歩は凄まじいものがあります。

初期のものとしてはGoogle検索です。知りたい事をプロンプトにテキストで入力すれば、知りたい情報の所在が、優先順位の高い順からリストで示されました。これでも途方もなく有り難かったですが、今では、音声や画像で問い掛ければ、回答を返してくれます。

さらに生成AIともなれば、問いや指示に対して、まるで人間の様に、記憶した情報から問いや指示に沿う回答を生成し、回答としてテキストや音声、画像、動画を、リアルタイムで返すまでになりました。まさにリアルタイムなコミュニケーションが可能になったということです。

この世の中には、あらゆる場所で、私たちをサポートしてくれるヘルプデスクが存在します。それらに置き換わって、リアルな人間の姿をモニターに映した生成AIが、24時間、どんなヘルプにも、温容に、丁寧に、正確に、対応してくれる様になるのです。

しかし、映し出される人間が、自分の家族であったり、友人であったり、信頼している人、超有名人であったりしたら、見慣れている表情、聞き馴染んでいる声で話しかけられたら、私たちは本人と疑う手段は、ほぼ皆無となり、本人と信頼しきって会話をすることになるでしょう。もうけ話を持ちかけられたり、助けを求められたり、内緒事を話してしまったり・・・、そう、現在、私たちを苦しめる詐欺行為の深刻度が更に増す事になるのは間違いないことです。

そしてもう一つ、いまやOECDの中でも貧困率が高い国となった、そしてOECDの中でも依然として識字率の高い日本人が、コンテンツ・モデレーターの仕事に従事させられる未来を想像すると、さらにぞっとする絵が浮かんできます。

AIが作り出す空間にバーチャル・リアリティーの空間があります。バーチャル・リアリティーが作り出す空間を多様性のある、自由で民主的、平等な世界と捉える向きがありますが、AIになにがしらの指向性が隠れていたら、私たちは知らず知らずの内にAIに感化されることになります。現実とバーチャル・リアリティーとのギャップに苦しんだり、現実への怒りや憎しみが募ることも容易に想像できます。コンテンツ・モデレーターもそれと同じ苦しみを味わうことになると思います。

私たちは、どう避けられるのか。また、古来からの日本人が紡いできたコンテンツが奪われ、AIが生成する偽コンテンツに汚染されない為に、どうすればよいのか。

途方もない難問が、すぐ目の前に迫っていることを実感させられました。


まず、私たちができる事とは、知る事、知ろうとする事、だと思います。

それを強く私は、主張したいと思います。