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寛容について

18世紀のフランスで文筆家として活躍していたヴォルテールは、ある凄惨な冤罪事件「カラス事件」の事を知り、冤罪で離散したカラス家の名誉回復に尽力しました。 18世紀のヨーロッパ諸国は、宗教対立、他宗教への不寛容が招いた何百年にも及ぶ宗教戦争を経て、寛容であることが国の発展に繋がるこ...

2023年1月8日日曜日

今日、耕太郎が門出を迎えました。

 次男耕太郎はスポーツ指導・運営管理に関わる職を得て、今日横浜へと旅立ちました。

高校卒業後一度就職しましたが、スポーツに関わる仕事をしたいという夢を実現するために一念発起して、スポーツの指導が出来る教員免許を取得するために学校に入りました。

しかし、無事に卒業を迎えても世の中は不景気とコロナ禍のまっただ中で、なかなか就職が決まらず、派遣社員登録して介護の仕事に就きながら就職活動を続けて一年あまり、漸く希望するスポーツを事業の柱とする会社に就職が叶いました。そして明日から始まる新人研修に参加するため、研修場所で本社のある横浜に旅立ちました。


二十六才の旅立ちです。

ずぼらな性格です。無愛想な性格です。少し気の弱いところもあります、優柔不断なところもあります。

ですがそれ以上に、友達思い、仲間思い、心根の優しい、そして少しずつですが思慮深さを学びつつある、偉丈夫です。

しんどいことでも進んで行い、仕事を覚え、いずれは周りの人たちから信頼に足る者になって欲しいと願っています。

人を大切にし、自分自身も大切にできる、労れる者になって欲しいと願っています。

2023年1月1日日曜日

母と暮らせば

 母は年末の介護認定更新調査の結果、要介護5に認定されました。

しかたありません、年齢も今年誕生日を迎えれば98才になりますし、年相応に認知機能も身体の衰えも進んでいます。

見ていて辛いのは、左手が丸く引きつってしまっていること、起床時ベッドから起こすときに、少しでも足が伸びてしまっていると関節部分に強い痛みが生じる時です。そんな時、母は顔を大いに歪めて痛みを訴えてきます。でもどうしようもありません、これが人間が痛み衰えてゆく姿なのだと、ただただ頑張れと笑顔で声かけするだけです。


それでも改善したこともありました。

母は衰える以前から便通が悪く、ダイオウ粉末などの薬を服用して排便を促していました。認知機能や身体の衰えが進んで、家族によるケアが必要になってからも服用を続けていました。服用しないと一週間経っても便が出ないのです。しかし、服用すればするで、今度は緩い水便がドバッと排出されオムツパンツからも漏れ出して、服から床から布団からシーツから便塗れになってしまい、その後の片付けや洗濯が大変でした。


それが二年前の母の誕生日の時に、一番上の姉が介護食弁当の一ヶ月お試しをプレゼントしてくれて、これが契機となって、母の食事に色々と気を使うようになりました。


そして現在、母の食事は基本一日二食となり、

朝は、手作りのカボチャやさつまいものピュレに、豆腐と黄身とチーズを混ぜ合わせてスープやシチュー類と合わせて温めたグラタン、そして牛乳から作ったリコッタ、季節の果物のすりおろし、これらを組み合わせて一食にし、

夕刻に、介護食の弁当と、市販の介護食おかゆ御飯類、そしてスープで一食、

間食としてプリンや介護ゼリー

飲み物は、コーヒー、紅茶、日本茶と栄養剤ドリンクであるエンシュアリキッドで水分補給をしています。

テーマは誤嚥防止と、とりあえずしっかり食事を取る事です。

代わり映えしないメニューですが、これを続けている内に、ダイオウ粉末など服用せずとも、形を維持した軟便が出るようになりました。合わせて、汚れることもほぼ無くなって、トイレサポートが楽になりました。


こちらも体調の優れないことも多く、冬場になると風呂に入れることは難しくなりました。けれど、こういう時、温水が出るウォシュレットがあって助かります。

後は身体を温湯で浸したタオルで拭いて、清潔な着替えをすることで、肌のダメージを防いでいます。


十分に満足する様なサポートは出来ないけれど、手を抜くことも多いけれど、それでも母は、時折に「ありがとう」と言ってくれます。いつもはぶっちょずらの私ですが、母の前では笑顔と大きな声で接しています。


母の口癖は「呆けても呆けてもいんだから」「呆けるときは呆ける」などなどです。この口癖を聞くと、なんとも緩やかな笑みがこぼれます。後どれくらい、この口癖が聞けるかは分かりませんが、聞けなくなるまで、母と暮らしていたいとと思います。


2022年12月31日土曜日

大晦日の朝の、思わぬ出来事

 深夜...突然の電話のコール音で目を覚まし、相手を確認すると娘でした。

なんや、こんな深夜にといぶかりながら電話を取ると、数名の男女の会話声が聞こえてきます。とっさに娘の名前を呼ぼうとしましたが、会話の様子からまだ仕事中みたいなのです。偶然スマートフォンの電話ボタンに手が触れて、こちらに掛かってしまった様子です。本人も気が付いていない様子でしたので、察して電話を切りました。

メガネを掛けて、時間を確認すると5時でした。明け方です。

娘は現在アニメーション制作会社に勤めていて、ある作品のアニメーション制作のプロジェクトマネージメントに携わっています。追い込みで年末年始は帰れないと連絡はありましたが、頑張っているな、と頭が下がる思いがしました。

夕方電話を入れると、これから帰宅すると話します。今朝は一度家に戻って午後から出勤、それでも大晦日ということで、一応仕事納めとなった様子です。

明日は秩父の方に初詣に出かけると話していました。きっと、大変だけど、しんどいんだろうけど、充実しているんだろうと、自分のことのように誇らしく思います。

一段落付いたら帰省するとも話していたので、来年の娘の帰りを楽しみにしたいと思います。

2022年12月12日月曜日

保育の現場で、今起きていること

イエスはオリーブ山に行かれた。そして、朝早く、イエスはもう一度会堂に入られた。民衆は皆、御許に寄って来た。イエスは座って、彼らに教え始めた。

すると、パリサイ派の律法学者が、姦淫の現場を捕らえたひとりの女を連れて来て、会堂の真中に置いてから、イエスに言った。「先生、この女は姦淫の現場で捕まえられたのです。モーセは律法の中で、こういう女を石打ち(死刑)にするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」彼らはイエスを試してこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。

しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。けれども、彼らが問い続けて止めなかったので、イエスは身を起こして言われた。「あなた方の内で罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」そしてイエスは、もう一度身をかがめて、地面に書かれた。

彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、一人ひとり出て行き、イエスがひとり残された。女はそのままそこにいた。

イエスは身を起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者は無かったのですか。」

彼女は言った。「誰もいません。」

そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」


新約聖書、ヨハネの福音書第8章1-11節の御言葉です。

イエスは、神がモーセに授けたイスラエルの民の律法に反する罪を犯した者を裁けるのは、罪を犯したことのない者だけだと語り、そして、神の子として地上に使わされた私(イエス)、神の権威を授かる私(イエス)は、罪人の罪を許し改心に導くと語ります。殺伐な現代においても、心が平安に満たされる御言葉です。

保育園での保育士による園児虐待の報道が、連日テレビのワイドショーでヒートアップしながら取り上げられる様を見ていて、人が死ぬような事態にならなければよいのにという不安を感じ、この思いを妻に話すと、妻は上の御言葉を沿えて同意を示してくれました。


保育士が行ったとされる園児へのあるまじき行為が一つでも事実だとすれば、これは被害者となった子どもとその保護者にとってとても許せない事件です。報道でこの事件を初めて知った時の私でさえ怒り心頭になったほどです。ですが冷静になってみると、私は行為を行ったとされる保育士に向かって石を投げつけることは出来ません。私は彼らが犯したとされる罪に対する量刑を決めることも、刑を執行することも出来ないからです。彼らの人生を左右する責任を負えないからです。

保育士は、事件が報道されてから数日後に逮捕されました。しかし、保育士は、逮捕されるまでに人生が終わるほどの私刑に晒されたのではと想像します。

テレビの報道では、様々なコメンテーターから、一様に厳しい言葉を投げつけられ、逮捕されてからは顔写真と氏名も公表されました。ネット上では、誹謗中傷の餌食となっているかもしれません。それは本人だけで無く、家族にも累を及ぼしているかもしれません。


この事件が、残念でならないことは、事件が通報されてから、役所の担当部署が三ヶ月も放置していたこと、また園長が何をとち狂ったか隠蔽しようとした事です。

もしも、他の保育士から通報があった時点で、すぐに行為の事実関係を明らかにして、保護者を交えて、行為の事実内容と謝罪、そして行為に至った原因を示して、再びこの様な行為が起きないようにするための話し合いがもたれていれば、責任ある者が罪を犯した保育士に対して罪に相当する罰を与え、また利用者、保育士にとって、園の環境や運営を良いものに改善する契機に出来たのではないかと思います。


保育士は、大変な仕事です。

預かる園児の数によって必要な保育士の人数が決まり、その余裕のない人数で、保育業務にあたっています。保育士は、児童心理に精通しなければならず、園児一人ひとりの安全確保から、児童向けの遊びや童謡にも精通し、創意工夫して、園児の良き遊び相手にもならなければなりません。当然に園内の雑務から事務処理も行わなければならず、保護者の応対から、外部の有識者と呼ばれる方の視察にも対応しなければなりません。

平時ならなんとか回せたとしても、この三年にも及ぶコロナ禍の様な非常時では、途端に保育士の人数不足に陥ります。ですから保育士は、自らや家族にも行動制限を課すなりして、非常に過敏な精神状態を強いられます。つまり常に強いストレスに晒されています。

政治がアフターコロナに舵を切った後も、世の中がアフターコロナを謳歌しようという風潮に変わっても、コロナ禍が全く収まる兆しのない現在、保育の現場は何も変わりません。何も変わらないどころか、もはや無防備にコロナ禍に晒されている状況です。

それは医療の現場でも、介護の現場でも同様であると思います。最近のコロナ罹患による高齢者の死亡が増加に転じていることを見ても、そう言えるのではないかと思います。


今回の事件から、他の園からも同様の問題が指摘され始めています。原因は多様でしょう。しかし、保育士が現在晒されている職場環境の悪化から受けるストレスが、大きなウエイトを占めているのではと思います。

子どもにとって、保育園、こども園、児童園は、現在の社会環境においては必要不可欠なシステムです。そして子どもが安全で安心に過ごせるためには、保育士にとっても安全で安心に働ける職場でなければなりません。そして利用者の理解と互いの尊重も必要です。そして労働に見合う報酬に引き揚げること、それが保育士のプライドを高めるために必要です。

その事を、政治だけで無く、政治を動かす力の源泉である民意としなければいけないと思います。

そうしなければ、近い将来にも児童保育システムが崩壊し、さらに日本人の出生率が激減するという事態が起こりかねないこと、想像に難くないと思います。

 

2022年11月5日土曜日

常福院露台から眺めた深秋の絶景

 義兄の満中陰法要で、瑠璃寺の常福院を訪問しました。法要後に、境内や露台から一望できる深秋の絶景をしばし堪能しました。そのパノラマは当然スマートフォンのカメラの画角に収められるものではありませんが、一部分だけ切り取り持ち帰りました。



2022年10月30日日曜日

アインシュタインの提起「人間を戦争の頸木から解き放つことはできるのか?」

「ひとはなぜ戦争をするのか」というタイトルの講談社学術文庫があります。

この本には、1932年に現在の国際連合(United Nations)の前身組織にあたる国際連盟(League of Nations)からの求めに応じ、アインシュタインが提起した「人間を戦争の頸木から解き放つことはできるのか?」という問題で、A.アインシュタインとS.フロイトという二十世紀の知の巨人が意見交換した書簡の文面が収められています。

当時を振り返ってみましょう。
現在、私たちが世界史で習う「第一次世界大戦」(1914-1918)の終結後、再びこの様な悲惨な大戦争が起こらぬように持続的な平和を模索する為の組織、国際連盟(1920-1946)が創設されました。しかし、大戦争で荒廃したヨーロッパの国々の中からファシズムやナチズムという狂信的なナショナリズムが現れ、ヨーロッパは再び大戦争に向かう暗雲が立ちこめ始めていました。
ドイツ人であるアインシュタインは、ナチスドイツが掲げるユダヤ人排斥(最終目的は絶滅)運動から逃れるために、この年、ドイツを離れました。
そして、国際連盟の求めに応じて、当時すでに心理学者として名声を博していた年長者で同じユダヤ人であるオーストリア人、フロイトを指名して、「人間を戦争の頸木から解き放つことはできるのか?」という命題で往復書簡を交わしました。

時代は繰り返されるのでしょうか。この往復書簡が交わされた時代背景と、現在、私たちが直面している時代の背景は、非常に近いものに感じられます。

ナチスドイツは、隣国オーストリアの併合を目指して、オーストリア国内のドイツ語圏の人々が迫害を受けている等々の様々な秘密工作を行い、1938年3月に遂にオーストリアを併合してしまいます。そして1939年9月にポーランドに軍事侵攻したことが発端となり、第二次世界大戦が始まりました。
2014年のクリミア併合に始まり、今年2月ウクライナ全土を併合しようと侵略戦争を始めたプーチンロシアが重なります。
また、事実上先進国となった中国には、先進国としての責任、世界の平和的安定に貢献するという責任を期待していましたが、指導者である習近平が独裁者に変貌し始め、隣国台湾を武力併合する構えであることを明らかにしました。習近平中国は、日本の沖縄も中国のものであると吹聴し始めています。海洋側への侵攻は、当然、日本全土も視野に入っているでしょう。

では私たち平和を望む者の現代の敵は、ロシアでしょうか。また、中国でしょうか。これには明確に否を唱えます。ロシア人も中国人も、家族、友人、隣人を大切にする私たちと同じ、平和を望む人たちです。
問題なのは、彼らの上に立つ独裁者の指導者です。独裁者は、外だけではなく内にも牙をむきます。刃向かう者、従わない者は非情に責められ、最悪の場合、殺されます。また、メディアをはじめ、学校や教会などを手中に収めて、妄言や偽りを国民にすり込んで洗脳します。つまり鞭と嘘で国民を無理矢理に従わすのです。

だからでしょうか。
アインシュタインとフロイトの深い考えは、心に沁みます。しかし、一度や二度読んだ程度で沁みるほど容易いものではありません。
私など、何十編も読み返していますが、それでも、深い考えの周辺を彷徨いているだけなのかもしれません。
だからでしょうか。
もし、この書簡を読んだことのない人がいるなら、是非手元に求めて、読んで欲しいと思います。そして、ともに考えて欲しいと思います。

返信にあたるフロイトの書簡には多くの意見が述べられています。
その中から二つ、ここに記したいと思います。

「人と人の間の感情と心の絆を創り上げるものは、すべて戦争を拒むはず」

感情の絆、一つは、愛するものへの絆のようなもの
宗教で言われる「汝、隣人を汝の如く愛せよ」
二つ目は、一体感や帰属意識によって生み出されるもの
人と人の間に大きな共通性や類似性があれば、感情レベルでの結びつきも得られる
こうした結びつきこそ、人間の社会を力強く支える。

「優れた指導者を作り上げる努力をこれまで以上に積み重ねていかねばならない」

自分の力で考え、威嚇にも怯えず、真実を求めて格闘する人間。
自立できない人間を、正しく導く人間。
そうした人たちを育成するために、多大な努力を払わなければならない。
政治家が力尽くで国民を支配したり、教会(学校)が国民に自分の力で考えることを禁止したりすれば、優れた指導層が育つ筈がない。

アインシュタインからフロイトへの手紙の一部朗読です。


2022年3月21日月曜日

「防人の詩」に思いを馳せています。

 

ロシア大統領プーチンの軍隊が、ウクライナに武力侵略を始めてから、さだまさしさんの名曲である「防人の詩」が思い出されました。

「防人の詩」は、万葉集に収められた名もなき防人の歌、古代日本が朝鮮半島から侵攻してくるかも知れない唐の軍隊から、日本国土を防衛するための軍事制度防人の兵として対馬や九州北岸に赴任した名もなき民が詠んだ歌、をモチーフに作られた哀歌です。またこの「防人の詩」は、1980年公開の映画「二百三高地」の挿入歌でもあります。

古代日本の防人は、古代朝鮮半島を分割統治していた三国の内の新羅が唐の冊封国となり、唐・新羅連合軍によって残りの高句麗、百済が滅ぼされたことから、今風に言えば百済と同盟国であった古代日本が百済の再興のために海を越えて派兵したものの、白村江の戦いで大敗し、次なる脅威、唐の日本国土への侵攻に備えるために、朝鮮半島に面した沿岸部や島の防御として制度化されたものです。

また二百三高地は、日露戦争の激戦地です。

「防人の詩」は反戦歌として作られた歌と言われますが、防人、防人の詩の浅い知識しか持ち合わせていなかった私は、防衛とロシアというキーワードからこの歌を連想し、国土や国民の命がプーチンのロシア軍隊によって蹂躙されているウクライナの人々の側に立って、聴いていました。


でも、よく歌詞を吟味して聴こうとすればするほど、歌詞の本意が分からなくなりました。それで、改めて防人とはどういうものかを、調べてみました。

古代日本の中央集権政府は、畿から東方の国の民に防人の任務を命じます。民は重い税を課せられた上に、更に、遙か西国に赴任する費用、武具を備える費用、そして、いつ終わるか知れない防人の任務を過ごす日々の費用、等々すべてを自らで賄う事も命じられました。それは民にとって、不条理で理不尽で過酷極まりない重責であったと想像できます。そして防人に赴任した多くの東国の民は、西国の地で、任地との往路で、命を落としたといいます。

これって、訓練と称してロシア各地から集められ、ウクライナの地で実際の戦闘に放り込まれ、兵站の乏しい中で、兄弟国だとして教え込まれたウクライナの兵と殺し合い、ウクライナの民間人、女性や子ども、お年寄りまで殺すことになったロシア軍の新兵の、今の心の内に通じるのではないか、とそう思えてきました。

特に、「防人の詩」の『私は時折、苦しみについて考えます』から始まる二番の歌詞の最後に記された『いまの自分と』が、母から善を望まれた自分が、逆らえぬままに、取り返しのつかない悪に陥っていく様への絶望の嘆きに聞こえてきました。

ロシア国民の中にも、プーチンのプロパガンダや情報統制、さらには暴力による支配にも怯まずに、この戦争はロシアの誤りと強く憤り、悲しみを表明されている人々がいます。命の危険を顧みずプーチンに反対の声を掲げて戦う人々もいます。しかしまた、ロシアの外で、日本で、働き生活をされるロシア人は、肩身の狭い思いをされています。昨日までは親しい隣人であった人々から敬遠され、ヘイトのターゲットにされている人々もいます。

「防人の詩」は、そんな彼等の苦悩や悲しみにも通ずる様にも思います。


少なくとも、戦争に直接的に関与していない私たちは、この戦争で苦しむすべての人々の立場や状況を理解して、寄り添い、十分な支援が出来る様に行動しなければならないと思います。

万一、私たち自身が、サディストの独裁者に支配されたり、魅入られたり、標的にされたら、必ず、今、この戦争で苦しむすべての人々と同じ状況になることは想像に難くないことを理解しなければなりません。

この戦争に終わりはありません。戦闘はいつか終わっても、すべての人々の心が癒え、また破壊された町が復興するためには、とてつもなく長く厳しい時間が必要となるでしょう。その長く厳しい時間を、私たちすべてが、寄り添い続ける覚悟こそ、サディストの独裁者に試されているのかもしれません。