大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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藪の中
先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...
2020年11月11日水曜日
2020年11月6日金曜日
中華風満腹感満載のつゆだくロールキャベツ
朝晩すっかり寒くなりましたね。こんな夜は温かい料理が一番です。
そこで、つゆだくロールキャベツを作ってみました。
中に入れる具は、家で作る餃子の具をアレンジしたものです。
不器用ですから、俵型おむすぶサイズの大きさの具を、中々上手にキャベツで巻くことができません。きつく巻けないから爪楊枝でピン止めします。
中くらいのキャベツ一つで、巻けたのが10個。
余った具は冷凍庫へ
余ったキャベツは一緒に煮ます。人参も大きめにカットして煮ます。
これで満腹感満載のつゆだくロールキャベツの完成です。
中華の香りがとても食欲をそそります。(#^.^#)
2020年10月31日土曜日
ジェームス・ボンド逝く
初代007ジェームス・ボンドを演じた名優ショーン・コネリーさんが、本日バハマで死去されたというニュースに触れました。
在りし日のカッコいい姿を、残された作品を見返して偲びたいと思います。
とっても大好きな、どこまでもカッコいいスコットランド人でした。
2020年10月22日木曜日
これはリンゴである
"This is an apple.
Some people might try to tell you that it's a banana.
They might scream "Banana, banana, banana" over and over and over again.
They might put BANANA in all caps.
You might even start to believe that this is a banana.
But it's not.
This is an apple."
これはリンゴである。
あなたは誰かにこれはバナナだと言われるかもしれない。
彼らは「バナナ、バナナ、バナナ」と、繰り返し繰り返し叫ぶかもしれない。
彼らは「バナナ」と強調するかもしれない。
あなたまで、これはバナナなのでは?と信じかけるかもしれない。
でも違う。
これはリンゴである。
「真実の終わり」
原題:The Death of Truth: Notes on Falsehood in the Age of Trump
著者 Michiko Kakutani
訳 岡崎玲子
の第一章「理性の衰退と没落」の扉に掲載されていた
リンゴの写真を示すCNNコマーシャルメッセージを膨らませました。
「これはリンゴである」
これはリンゴである。
あなたは誰かにこれはバナナだと言われるかもしれない。
彼らは「バナナ、バナナ、バナナ」と、繰り返し繰り返し叫ぶかもしれない。
彼らは「バナナ」と強調するかもしれない。
あなたまで、これはバナナなのでは?と信じかけるかもしれない。
でも違う。
これはリンゴである。
これは私たちの友達である。
あなたは誰かにこれは私たちの敵だと言われるかもしれない。
彼らは「敵だ、敵だ、敵だ」と、繰り返し繰り返し叫ぶかもしれない。
彼らは「敵だ!」と強調するかもしれない。
あなたまで、これは私たちの敵なのでは?と信じかけるかもしれない。
でも違う。
これは私たちの友達である。
これは分かち合いである。
あなたは誰かにこれは略奪だと言われるかもしれない。
彼らは「略奪だ、略奪だ、略奪だ」と、繰り返し繰り返し叫ぶかもしれない。
彼らは「略奪だ!」と強調するかもしれない。
あなたまで、これは略奪なのでは?と信じかけるかもしれない。
でも違う。
これは分かち合いである。
これが真実である。
あなたは誰かにこれは嘘だと言われるかもしれない。
彼らは「嘘だ、嘘だ、嘘だ」と、繰り返し繰り返し叫ぶかもしれない。
彼らは「嘘だ!」と強調するかもしれない。
あなたまで、これは嘘なのでは?と信じかけるかもしれない。
でも違う。
これが真実である。
2020年10月17日土曜日
笑えません
友達から、近所の兄ちゃんが探偵ナイトスクープに出るという連絡があり、深夜番組であるので録画して、朝に観ました。
そして朝、友達と話しました
一言でいうならば、30年を越える、あの輝かしい番組は終わった、という事をです。
近所の兄ちゃんが登場したのは、
13歳のゴジラ大好き女の子が、可愛い妄想をリアルに体験したいという突飛な依頼を、探偵が叶えるというVTRの中でした。
そのVTRは、女の子が澤部探偵が連れてきたゴジラとの一日デートを物怖じせずに思いっきり楽しむ姿と、デートについてきた女の子のおじいちゃん(これが近所の兄ちゃんです)が見せる感傷的な姿を、奇異なものとして見せることに終始していました。
VTRの後、他の探偵も松本局長もフォローに苦慮している様が見て取れました。
そのVTRからは、感動も面白みも全く感じることができませんでした。
もしVTRの中で、女の子とおじいちゃんよりも年上のゴジラとのなれそめ、出会いにまで踏み込んでいたならば、そして、女の子とおじいちゃんとの心温まるエピソードにまで踏み込んでいたならば、間違いなく、年間最優秀感動VTRの候補になるほどの作品になったと思います。近所の人間からすれば、ただただ腹立たしい気持ちです。
今回、探偵ナイトスクープを見たのは久し振りでした。松本局長になってからは初めての視聴です。
探偵ナイトスクープが始まった頃は、駆け出しの芸人探偵たちが、上岡局長の厳しくも愛情ある叱咤激励をうけて、心の底から大笑いできる作品や感動できる作品を次々に見せてくれました。どの短いVTRにも、愛と哀があり、泣き笑いがあり、しっかりと上方のお笑い文化が継承されていました。だからこそ、関西人に長く愛されてきたのだと思います。
笑いの質が変わったのでしょうか、芸人の位が変わったのでしょうか、忙しくなったのでしょうか、上方のお笑いの神髄である、喜怒哀楽はどこへいったのでしょうか、眺めるだけの意味の無い笑いが最近あまりにも多すぎて・・・、
笑えません。



































