大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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パンデミックと戦うことを考える
昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...
2020年7月17日金曜日
2020年7月13日月曜日
国内地域別感染者数
出典元:
朝日新聞Digital
https://www.asahi.com/special/corona/
発表日の0時点=前日
発表後に修正された数値があるが、このグラフでは更新していません。
特に(-数値)
公益財団法人ニッポンドットコム
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00663/
朝日新聞Digital
https://www.asahi.com/special/corona/
発表日の0時点=前日
発表後に修正された数値があるが、このグラフでは更新していません。
特に(-数値)
公益財団法人ニッポンドットコム
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00663/
2020年6月22日月曜日
おやじの唄
先日の事です。
カンチャンの家で、イチャサンが歌を聴かせてくれました。その歌は吉田拓郎の「おやじの唄」でした。
酔ったイチャサンは、本当はオッチャンが亡くなった時に酷く落ち込んでいたマエダに聴かせたかった、でも聴かせることができなかったと話します。
マエダはお父ちゃんが大好きやったからこの歌聴かせたかった。でも歌詞の中に
「おやじが人のことを疑うことを教えてくれた」とか
「おやじが人を裏切ることを教えてくれた」という詩があって、それで気分を害するんじゃないかと思い、贈れなかった・・・
28年も前の出来事についての突然の告白に、少々戸惑いましたが、でもそれ以上に友の心遣いに感銘を受けました。
そして、今まさにイチャサンは28年前と同じ心模様である事も知りました。過日、長い闘病の末に逝った父を見送ったばかりの万ちゃんへの心遣いです。
万ちゃんもおっちゃんが大好きやった。だからこの歌贈りたい、でも・・・贈れない
吉田拓郎の「おやじの唄」は、1972年に拓郎を一気にスターダムにのし上げた「旅の宿」のB面曲として発表された歌でした。広島から一人上京し歌手活動に奮闘していた最中に、届いた父親の訃報。スケジュールの詰まった拓郎は帰省する事ができず、東京の自室に一人となってこの歌を作ったと云います。時に拓郎26歳。
※詩を転載させて頂きます。
youtube「よしだたくろう☆'70~'72をめぐる冒険⑨おやじの唄の巻」
https://www.youtube.com/watch?v=bjqRXySAr5g
詩にこもる父親への愛憎と感謝、
32歳当時の私は、もしかしたら複雑な感情や否定的な感情を覚えたかもしれません。
でも今60歳を前にした私には、精一杯生きた父親への賛歌です。
ありがとう拓郎
ありがとうイチャサン
カンチャンの家で、イチャサンが歌を聴かせてくれました。その歌は吉田拓郎の「おやじの唄」でした。
酔ったイチャサンは、本当はオッチャンが亡くなった時に酷く落ち込んでいたマエダに聴かせたかった、でも聴かせることができなかったと話します。
マエダはお父ちゃんが大好きやったからこの歌聴かせたかった。でも歌詞の中に
「おやじが人のことを疑うことを教えてくれた」とか
「おやじが人を裏切ることを教えてくれた」という詩があって、それで気分を害するんじゃないかと思い、贈れなかった・・・
28年も前の出来事についての突然の告白に、少々戸惑いましたが、でもそれ以上に友の心遣いに感銘を受けました。
そして、今まさにイチャサンは28年前と同じ心模様である事も知りました。過日、長い闘病の末に逝った父を見送ったばかりの万ちゃんへの心遣いです。
万ちゃんもおっちゃんが大好きやった。だからこの歌贈りたい、でも・・・贈れない
吉田拓郎の「おやじの唄」は、1972年に拓郎を一気にスターダムにのし上げた「旅の宿」のB面曲として発表された歌でした。広島から一人上京し歌手活動に奮闘していた最中に、届いた父親の訃報。スケジュールの詰まった拓郎は帰省する事ができず、東京の自室に一人となってこの歌を作ったと云います。時に拓郎26歳。
※詩を転載させて頂きます。
「おやじの唄」
吉田拓郎
おやじが全てだなんて 言いませんよ
僕一人でやった事だって 沢山ありましたよ
一つだけ言ってみたいのは
おやじが人を疑うことを 教えてくれたこと
おやじは悲しいくらいに 強い人でしたよ
おやじが全てだなんて 言いませんよ
僕一人でやった事だって 沢山ありましたよ
一つだけ言ってみたいのは
おやじが人を裏切ることを 教えてくれたこと
おやじは泣きたいくらいに 酷い人でしたよ
おやじが全てだなんて 言いませんよ
僕一人でやった事だって 沢山ありましたよ
一つだけ言ってみたいのは
おやじが人を愛することを 教えてくれたこと
おやじは惨めなくらいに 独りぼっちでしたよ
おやじが全てだなんて 言いませんよ
僕一人でやった事だって 沢山ありましたよ
一つだけ言ってみたいのは
おやじが生きると云うことを 教えてくれたこと
おやじはやるせないくらいに 精一杯でしたよ
おやじが全てだなんて 言いませんよ
誰だって一人でできること位 ありますよね
一つだけ言ってみたいのは
おやじがいつもの口癖通りに 生き抜いて見せたこと
おやじは誰にも見られずに 死んでいきましたよ
おやじが全てだなんて 言いませんよ
だけどおやじもやっぱり 人間でしたよ
死んでやっと僕の胸を 熱くさせましたよ
死んでやっと僕の胸を 熱くさせてくれましたよ
youtube「よしだたくろう☆'70~'72をめぐる冒険⑨おやじの唄の巻」
https://www.youtube.com/watch?v=bjqRXySAr5g
詩にこもる父親への愛憎と感謝、
32歳当時の私は、もしかしたら複雑な感情や否定的な感情を覚えたかもしれません。
でも今60歳を前にした私には、精一杯生きた父親への賛歌です。
ありがとう拓郎
ありがとうイチャサン
2020年6月8日月曜日
弔意
連中の親が、また一人黄泉へと旅立たれました。
昨日、長きに渡る闘病を終えられてご自宅に戻られたと連絡があり、他の連中と共にお別れに行きました。
闘病の間、何度も危険な状態に陥られたという事で、おばさんの、もう覚悟はできていたという言葉が印象的でした。
今日も外は五月晴れが広がり、空気は涼やかで清らかです。おじさんの旅立ちの心情であればと思います。享年八十六歳、ご冥福をお祈り申し上げます。
昨日、長きに渡る闘病を終えられてご自宅に戻られたと連絡があり、他の連中と共にお別れに行きました。
闘病の間、何度も危険な状態に陥られたという事で、おばさんの、もう覚悟はできていたという言葉が印象的でした。
今日も外は五月晴れが広がり、空気は涼やかで清らかです。おじさんの旅立ちの心情であればと思います。享年八十六歳、ご冥福をお祈り申し上げます。
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