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「友を愛し、友に愛されるものは神の祝福に値する」、素晴らしき哉、人生の物語

クリスマスに向けて、一本の映画について書きたいと思います。 その映画とは、先日テレビ放映されたフランク・キャプラ監督作品「素晴らしき哉、人生!」(原題 It's a Wonderful Life 1946年アメリカ映画)です。 自分の夢を犠牲にして、高潔な父から引き...

2026年1月10日土曜日

おごれる人も久しからず

昨日、読書が楽しめる馴染みの「珈琲の店 慈雨」に今年はじめて訪問し、美味しい珈琲とバタートーストを頂きながら、一冊の本を手に取り読みました。その本は内田樹さんのエッセイ集『疲れすぎて眠れぬ夜のために』でした。

目次を開くと、『Ⅳ 「らしく」生きる』という章題に目が留まり、そのⅣ章を開いて読みました。読み進めるうちに気に留めた箇所をスマホの一太郎で書き留めました。

【書き留めた文章】

『村上春樹は作家的直感によって、「ディセント(decent:礼儀正しい、まともとある、品位がある)であること」が、不条理な世界を生き延びるためのさしあたり最初のディフェンス(defense:防御、生き残るための手段)であるということを知っています。礼節というのは、まさに「生き延びるための知恵」なのです。』

『礼儀作法の目的は何よりまず「仮面をかぶることによって自分の利益を最大化すること」

『権力を持つ人間、決定権を持つ人間、こちらに対して強制力を発揮できる人間の前では、絶対に自分の「素顔」を出してはいけない。これが礼儀の基本です。』

内田樹さんは、昨今の若者の風潮である「素であること」「建前を排除して本音を通すこと」が、どれほど損をする行為であるか、そして戦時下や不条理な状況に追い込まれたときには、どれほど命を危険に晒す行為であるかを、文中で示し、ディセントを生き延びるための知恵としなければならないと説かれていました。

書き留めた箇所に「仮面をかぶる」とありますが、私もこれには大いに共感します。私は「立場の役者となって演ずる」という表現で、心の内に留めてきました。でも、そういうことが出来るのは、やはり十分な準備が必要で、心が、強く安定し、自信を持ち得た時だけです。それが無ければ、すぐに化けの皮は剥がれます。仮面は打ち破れるでしょう。

結局のところ、仮面もかぶれず、役者にもなれず、「素の自分」や「本音」しか出せないのは、私たち現代人に、心の余裕や自信というものが、そもそも育まれずにきたからなのではないか、また、そもそも隷属を強いられて、日々を追い立てられながら生きているからなのではないか、そんなことも考えてしまいました。

追伸

国家も然り、国政を担う為政者も然りです。日本だけをみても、中世から近代史において、生き残る為政者はみな品位と礼節を備えた腹の内の見えない人物ばかりです。品位もなく礼儀もなく、あけすけな人物は時の人にはなるかもしれないけれど、高みに辿り着く前に排除されいつしか居なくなっています。「おごれる人も久しからず」です。

世界は協調や協力の時代から力の時代へと逆行を始めています。一段も二段も謙りならが、自らの間合いを堅持すること、そして相手を見定めて礼節を以て接することで、生きる道を見定める、これからの為政者にはとても必要な能力なのではないかと思います。

 

2026年1月1日木曜日

69.5

 大晦日の昨日、風呂に入る前に体重を量りましたら、『79.5㎏』でした。

元旦の今日は、『79.4㎏』でした。

今年の最終目標値は、『69.5㎏』に定めたいと思います。