播磨の国ブログ検索

パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2019年5月30日木曜日

いつ何時でも、子供の手は離さずにいて下さい。

昨日の事です。
午後、自宅の車庫に車を止めて外に出ると、通りの向こうから幼い女の子がひとりでよちよち歩いてきます。前後を見ると女の子以外誰も見えない。軽い身震いを覚えながら、その幼子に声を掛けました。
ひとり?「ひとり」
歳は幾つ?小さな指を四本立てながら「四年生」???四歳か
どこからきたの?「遠くから」
そこで、通りの角から若い女性が現れるのが見えました。
ゆっくりと笑みを浮かべて歩いてくる女性に「ひとりかと思って声かけしました」と伝えて、そして家に入りました。
幼い女の子もお母さんとみられる若い女性も見覚えがありませんでした。たぶん、近所の家に尋ねてきた縁者なのだろうと思います。

気にしすぎなのかも知りませんが、どんなに安心と思える場所でも、小さな子供から少しの間でも目を離してはいけないと思います。狭い団地内の通りですが、自家用車や宅配便などの業者の車が通ります。それだけでも、危険です。
まして近隣ではないにしろ、凄惨な通り魔殺人事件が起こったばかりです。子供の連れ去り事件も起こっています。学校では知らない人から声を掛けられても応えてはいけない、逃げなさいと指導される昨今です。
なにも事件が起こっていなくても、そういう事件が起こりそうな場面に出会わすと軽い身震いを覚えるのは当然です。
その若いお母さんに伝えられなかった一言があります。
「いつ何時でも、子供の手は離さずにいて下さい。」

0 件のコメント:

コメントを投稿