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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2025年6月13日金曜日

人はパンのみにあらず

3月3日、誤嚥からの発熱と重篤さを増した心不全症状により、完全寝たきりで水分補給しか出来なくなった母ですが、奇跡的にとでも云うか、誤嚥が引き起こした諸症状は治まって、そして比較的安定した状態で3ヶ月間を過ごして来ました。
しかし、日曜日の夜に衰弱が一段進み、頼みの綱であった水分補給が難しくなりました。そして五日が経過しました。
火曜日に母の様子を見に来て下さった訪問診療の医師から、次回の定期訪問日の予定日である16日を迎えることは厳しいと話を伺っていましたので、いよいよかと云う気持ちで、母を今見守っています。
「人はパンのみにあらず」という言葉は、キリスト・イエスが山頂の垂訓として弟子たちに語られた御言葉の一節ですが、この御言葉の意味を、この数日で私は母から気付かされました。
この五日間、スポンジで口元を湿らせる程度しか出来ていませんが、その分というか、私が大切に思う聖書の箇所や曹洞宗の教文などを繰り返し母に声を出して届けています。妻も同じように母に御言葉を届けてくれています。
この言葉が、母の命の火を灯し続ける糧となっているのだと、母を見て本当に実感します。

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