播州は龍野、赤とんぼの里が舞台です。寅さん映画の楽しみは、昭和の日本の原風景が眺められることですが、この映画でも40年から前の龍野の原風景を眺めることができました。霞城址の山腹あたりから撮られたと思われる龍野城下の風景、変わっていないんですね。城下を縫って流れる石造りの側溝も、石畳の小径も、古風な町並みも、そして醤油蔵、寅さんがぼたん姉さんと遊んだと思われる料理旅館梅玉も、いまもそのままの風情を残しているんです。そして旅人にとても優しい町、情のある町の象徴として、ぼたん姉さんは描かれたのだと思います。
ものがたりですが
寅さんは場末の飯屋で無銭飲食の汚い爺さんを拾い、虎屋に連れ帰ります。面倒ごとがまた一つ増えた虎屋の家族ですが、寅さんの頼みと思い仕方なく爺さんの面倒を見ます。しかしその爺さん、態度が横柄で、その上に外で鰻を食しその代金を虎屋に払わせるというたちの悪さで、見かねた寅さんが爺さんを説教します。実は爺さん、虎屋を宿屋と勘違いしていたのです。虎屋の家族を従業員と思い込み、ぞんざいに振る舞っていたのでした。家族のもてなしが善意からであったことに恐縮した爺さんは、満男の画用紙の一枚に筆でスルスルと絵を描き、これを懇意の古本屋に持っていき静観の言付けといえば、いくばくかの金を出してくれるだろう、それをお礼にして欲しいと寅さんに頼みます。
キツネにつままれた様な気分で古本屋を訪ねた寅さんでしたが、その紙が7万円で売れ、そして爺さんが画壇の至宝静観であることを知って、これで虎屋は大金持ちと、まるで打ち出の小槌を得た様な心持ちになって急いで虎屋に舞い戻ります。しかし静観は、既にいとまごいした後でした。
場面は変わり、ここは播州は龍野です。
静観は、龍野市長からの絵画制作の依頼を受けて龍野を訪れていました。そしてハイヤーで宿に向かう道中、偶然にも旅烏の寅さんと出会います。静観は接待付けのもてなしに辟易していましたので、それで寅さんを一番弟子として紹介し、もてなしのもてなしを寅さんに頼みます。そして静観はひとり町に出かけます。実は静観はこの町の出身でした。まだ駆け出しの頃、言い交わした娘がこの町にいたのですが、絵描きとして生きる決意で娘を残し、ひとり町を出たのでした。寅さんや虎屋の家族の善意に触れて、いまや家族でさえ高名の鎧を纏い、その中心で横柄になってしまっていた自分に気付いたのでしょうか、あの娘に一言謝るために、娘の元を訪ねたのでした。娘はすっかり品のある高齢の女性になっていました。それは静かな対面でした。女性の変わらぬ慈しみのもてなしは、静観に許しと安らぎをもたらしました。
打って変わって寅さんですが、宴会で龍野芸者のぼたん姉さんとすっかり意気投合してしまいます。寅さんは、ぼたん姉さんの気っぷの良さと朗らかさにすっかり惚れ込みまして、所帯を持とうなどと息巻きます。ぼたん姉さんの方も、寅さんの正直さと面白さにどうやら好意を抱いた様子でした。でも静観の用事が済んで、二人の楽しい時間は終わりました。
再び虎屋に舞い戻った寅さんですが、まるで竜宮城から帰ってきた浦島太郎の様に、龍野での夢心地の時間を引きずって、虎屋のおいちゃんおばちゃんの心尽くしのもてなしをけなしてばかりいます。そんな時、ぼたん姉さんが上京し寅さんを訪ねてきます。
そして賑やかな第二ラウンドが始まるかと思いきや・・・
実はぼたん姉さんは、のっぴきならない事情で上京していたのです。東京から来た羽振りの良い男の投資話に乗せられて200万という大金をだまし取られたのでした。それは血の出る様な苦労の末に貯めた大事なお金でした。ぼたん姉さんは、ひとり東京に出てきて、限られた時間の中で騙した男を見つけて金を取り戻そうとするのですが、頭の良い詐欺師の男は、派手な店も立派な家も外車もみんな家族の名義で自分は一文無し、その上、投資話に乗っかったお前が悪いと罵る有り様で、気丈なぼたん姉さんも、虎屋の家族の前で泣き崩れてしまいます。
たこ社長がぼたん姉さんに連れ添って、再び詐欺師に会いに行きますが、詐欺師を法でも裁けない事を理解して、落胆して帰ってきます。それを知った寅さんは、さくらと虎屋の家族に今生のいとまごいを述べてから詐欺師に鉄槌を下すべく虎屋を飛び出しますが、行き先も聞かずに飛び出した寅さんに家族一同失笑です。ですがぼたん姉さんは、一期一会の自分に対して、こんなにも親身になってくれる寅さんをはじめ虎屋の家族に涙を流して感謝をします。
寅さんは、虎屋を飛び出し、すぐに行き先を聞いていなかったことに気付きますが、面目がなくて引き返せません。そして静観のことを思い出します。満男の画用紙一枚の絵が7万で売れるなら、ぼたん姉さんのために大きな絵を描いて貰って、それを売り飛ばせば200万くらいにはなるだろう、そこで静観に絵を描いてくれる様頼みに、静観の家に向かいます。しかし、寅さんの思いとは裏腹に、静観は真剣勝負の絵を容易く描くことなどできないと断ります。そしてお金が必要なら用立てすると話しますが、寅さんは俺はたかりじゃねえ、爺さんならぼたん姉さんへの情けを見せてくれると信じていたが、もう金輪際付き合いはなしだ!と捨て台詞を吐いて出て行きます。寅さんが虎屋に電話を入れると、ぼたん姉さんは龍野へ帰った後でした・・・
そしてしばらく時間が流れて・・・、寅さんはまた龍野に足を踏み入れます。ぼたん姉さんを元気付けるための訪問でしたが、ぼたん姉さんは会う早々、寅さんを自宅に引き入れて、居間に掲げた絵を見せます。
「静観先生が贈ってくれたん」
「龍野での世話のお礼にと一言そえて」
そして
「市長が200万で買うゆうたけど、うち絶対売らへんねん、それが一千万でも、死ぬまで家宝にするん」と話します。
寅さんはぼたん姉さんの手を取って表に駆け出します。そして醤油蔵の前で立ち止まり、醤油樽の上に登って、
「東京はどっちだ!」と叫びます。
ぼたん姉さんがあっちと指さす方向に
両手を合わせて静観への感謝の念を送ります。
醤油蔵の職人がそっちは反対やとはやしたて
小さな笑いの騒動の始まりです。
終わり
見事な人情話でした。泣けました。
もしも今作品で「男はつらいよ」が終わっていたならば、寅さんはもしかした播州龍野の男になっていたかもしれません。寅さんは生粋の江戸っ子ですが、母親は関西弁を話す芸妓でした。(演者はミヤコ蝶々さん)ですから関西弁も上手なんですね。もしかしたらスピンアウト作品として「男はつらいよ 播州編」なんかできていたかもしれませんね。そんな事を想像して楽しんでいます。
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