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不寛容にもほどがある!

現在の日本社会を支配する倫理観では不適切として烙印を押されてしまう、昭和ど真ん中の言動や行動で生きている中年の男性教師を主人公にして、現代にタイムスリップした主人公が、誰かが不適切だと呟けば社会全体が盲目的に不適切を糾弾する不寛容な現代の日本社会の有り様に喜劇で一石を投じる、宮藤...

2018年6月24日日曜日

沖縄慰霊の日に感銘を受けたこと

恥ずかしいことですが、8月の戦争の記憶の日は覚えていても、6月23日という日、沖縄がアメリカ軍によって陥落した日、そして1972年に沖縄が日本に返還されてから後は鎮魂の日として記憶される日のことを、私は心に留めていませんでした。

そんな私が今年のその日二つの物語に出会い、6月23日をしっかりと心に刻む事ができました。

一つは朝のニュースで出会った物語です。
沖縄戦を生き残り、戦死した部下500名の遺族に手紙を出して、内返信のあった365通の手紙を、戦争の記憶と供に墓場まで一人持って行こうと決めて人生を歩んでこられた元歩兵大隊隊長が、2016年、97歳の年に心境の変化が起きて遺族に手紙を返すことに決められました。その遺志をご家族とボランティアの大学生が引き継いで、一通一通ご遺族を探し当てては手紙を渡す活動が今も続けられていました。
365通の手紙には、夫を形見一つ無く戦地で失った若い妻たちからの、悲痛な覚悟で遺児と生きていく心の叫びが綴られていました。また、おめおめと生きて帰ってきた人への嘲りや怒りが綴られていました。現代の大学生が、その70年前の劣化した手紙から汲み取ったメッセージを辿り着いたご遺族に語り伝えていました。
大学生の言葉に耳を傾けているのは、70年前の手紙に書かれた遺児たちです。70年という時間の重みが心に迫ってきました。

二つ目は沖縄全戦没者追悼式での中学3年生の自作の詩の朗読です。
青い海と青い空から吹く風に髪を揺らしながら、しっかりと観衆に目を向けて一編の詩を語る姿は、その詩の物語の深みとともに、偉大な詩人の様でありました。久々に朗読を聞いて心が震えるほどに感動しました。

でも最後に、
この素晴らしい詩だけでなく、私たち日本人は総体の戦争を憎む様に教育されてきた様に思います。私たちはトロイ戦争を憎んでいますが?アメリカの南北戦争を憎んでいますか?そしてイラク戦争やシリア内戦を憎んでいますか?本当に心の底から憎めますか?
私たちが本当に憎んでいるのは、憎めるのは、自分たちの身に降り注いだ、悪夢を生み出した、悲しみを生み出した、たった一つの戦争、それを先導した者、そして殺戮行為を行った者であるはずです。そういう具体的な対象に向き合い、そして許し、和解しあうことなしには、戦争で被った被害の感情は決して拭い去れないのではないか、と思います。
その拭い去るための行動を続けること、その労苦な行為こそが平和の行為というのではないか、そう思えてなりません。


YouTubeに動画がアップされていましたので添付させて頂きます。
併せて詩の全文も掲載させて頂きます。

【沖縄の願い】平和の詩 「生きる」慰霊の日 2018

https://www.youtube.com/watch?v=cNVS7ctD1Gs

沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。
私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。
ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。
この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ
私の生きる、この今よ。


七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。


摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。


あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間(とき)を
一緒に生きているのだ。

今を一緒に、生きているのだ。
だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。


大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。
これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。


摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。

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