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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2013年3月6日水曜日

昼、北脇で火事がありました。


昼、北脇で火事がありました。
丁度、母に作ってもらったおじやを食べているところでした。

町に、けたたましく火災を知らせるサイレンが何度も響き渡りました。
あれ、近いなぁ、と思っていたところに電話のベルがなり、受話器をとると妻でした。
後で話を聞くと、北浜小学校のすぐ北で火事が出ていると言われ、心配になって電話を掛けてきたのです。携帯に電話をしても繋がらず、固定電話にかけたところ、ぐずった声で私が出ました。電話の向こうで、何やら会話をしています。大丈夫みたいって、何のことか分かりませんでした。

外に出ると、友だちの家の方角で煙がたちこめていました。
心配になって、側まで出かけてみると、おっちゃんとおばちゃんが、火事が出た家を心配そうに見ていました。友だちの家は無事でした。とりあえず安心し、自宅に戻りました。
2時過ぎには、消防団がホースを干しているのが見えました。すぐに鎮火した様子です。

火事は怖いです。

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