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映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)” 先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。 ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、...

2011年2月8日火曜日

短編小説1 『野球小僧に逢ったかい?』 ~僕はタイムトラベルで勇気に会った~

7回裏、1点リードで最終回の守備についた。
僕は遊撃手、親友でエースの豊は6回まで強豪浜中を0点に抑えてきたものの、この回疲労から制球を乱し、一死から三者連続四球で満塁、一打逆転のピンチとなった。
僕と二塁手の勝弘は前進守備隊形をとった、頭に一年前の試合がよぎった。
あの試合も、まさに最終回の守りで一打逆転のピンチを迎えた。痛烈な打球が僕の左脇辺り目がけて襲ってきた。一瞬の恐怖が体を凍らせ、打球をはじき、誰もいない方向にボールは転がり逆転負けを喫した・・・。
頭から振り払おうとした、でも悪夢はますます鮮明に甦り、目の前の試合に集中できない。
その瞬間、また強烈な打球が僕の左側を襲ってきた。普段なら十分に処理できる打球、しかし、始動が遅れ僕のグラブの数センチ先を抜けて左中間を破り、二者が返ってまたもや逆転負けを喫してしまった。

試合後、監督から居残り特守ノックを言い渡された。
学校に戻り、監督の厳しい檄の後、特守ノックが始まった。
けれどますます萎縮し、消沈した気持ちに支配され、つい目を切った瞬間、顔面、鼻先に強烈な打球を受けて、僕は真っ暗になった・・・。

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遠くから僕に呼びかける声が聞こえた。意識が次第に戻ると同時に、鼻の辺りに強烈な痛みを覚えた。ゆっくりと目を開いた、鼻血が左頬を濡らしていた、生暖かかった。
僕の鼻先10センチの所に見知らぬ顔があった、その顔は心配顔から僕のびっくりした表情を確認した後、安心した笑顔に変わり、持っている濡れタオルで顔を冷やしてくれた。
「もう大丈夫やな、けどビックリしたで・・・急に現れてぶっ倒れて、鼻血流して・・・おもろいやっちゃなぁ」
僕は彼が顔に当ててくれたタオルを右手で掴み、それを見た。
「ワイの手ぬぐいや、ちーと汚いけど勘弁してや」彼は笑いながら、彼が手ぬぐい?という代物を僕の手から受け取り、もう一回濡らしてくるわと言って、駆けて行ってしまった。

鼻血も止まり、顔面の痛みも和らいだので、体を起こして周りを見渡した。そこはいつもの見慣れた学校の風景ではなかった。木造二階建ての粗末な校舎らしき建物が目に入った。その建物の前に広がる空き地?校庭?で僕と同い年くらいの連中が、変わった風体で野球をしていた。ぶかぶかで薄汚れたユニフォームを着ていた。足、足にはストッキングではない別のもの、そう包帯の様なものを巻いていた。
ひとりが僕に気づき駆け寄ってきた、彼だった。
「もう大丈夫やろ、こっちきいや、今隣町の中学と試合してんねん、お前も野球しとんのやろ・・・、でもお前アメリカ人か?ええユニフォーム着てるやんかっ」
エエッ、と頭が混乱しながらも、立ち上がって彼の後ろについて一塁側のベンチの横まで移動し、そこで地ベタに座り込んだ。後ろには、よく陽に焼け、ガッシリとしたおっちゃんとおぼしき数名がランニングシャツ一枚の格好で、先ほど僕を介抱してくれた彼が持っていたものと同じ、手ぬぐい?という代物を首に巻いたり、頭に巻いたりして、試合を観戦していた。

僕達の試合ではいつも母親達が付き添い、お茶出しや冷やしたタオルで介抱してくれたりと、世話をしてくれるのだが、ここには母親らしき人はいなかった。けれどサザエさんみたいな髪型をした、綺麗な顔立ちの女性が、真っ白な傘で日差しを避けながら、花壇の低い石垣に腰掛けて試合を観戦していた。ぼーっと見ていた僕に、顔を向けてニッコリ微笑み、また試合観戦に戻った。
僕はカーッと顔が熱くなり、顔を左右に何度も振り、そしてすまし顔を取り繕って、僕の左隣に座っている彼に向かって尋ねた。
「あの人は誰?」
彼は恥ずかしげに相手を確かめてから
「ワイの組の担任、夕紀先生や、べっぴんやろ」
僕と同じく顔を赤くしながら言った。
「今日は、夕紀先生が応援しにきとってやから、絶対勝ちたいねん!」
「けど、前の試合でエラーしてもて、今日は補欠や、けど絶対出て先生にエエとこみせたんねん!」
彼は試合に顔を戻して、真顔で言った。

彼につられて、僕も試合に目を向けた。
監督らしき人はいるものの、僕と同じようにただ試合を見つめていた、そのまなざしは優しかった。
それに比べて、選手達はみんな笑顔で、チームメートには檄を飛ばし、相手チームには汚い言葉でヤジを飛ばしていた。
みんな大声を発していた。
「さあワイのとこ打ってこい!アウトにしたる」
「さあこい、ワイが一発かましたる!」
攻守とも、目を閉じればケンカをしているようなありさまなんだけれど、みんな笑顔で上を向いている、集中している、楽しんでいる、その晴れやかな清々しい熱気が、先ほどまで僕の心を支配していた弱気を吹き飛ばしてくれた。

試合は最終回、同点で彼のチームの攻撃となった。
一死から四球で走者が出て、次打者の内野ゴロの間に二塁に進塁した。
監督が立ち上がり、代打を告げた。こちらに向かって
「耕太郎!かちましてこい」
心臓に響くほどの大声だった。
彼は両手で頬をおもいっきり叩いて、よっしゃーっの一声を発して立ち上がり、バッターボックスの方へ駆けていき、バットを受け取り、バッターボックスに入った。
彼を見た。僕のように前の失敗を全く引きずることのない、真っ直ぐな顔で、相手投手を睨みつけていた。
「耕太郎、頑張れっ」
涼やかな美声が喧騒を溶かし、僕の耳にも届いた。夕紀先生だった。
彼は、夕紀先生の方を振り向き、また顔を真っ赤にして、一度バッターボックスを外した。
仕切り直して、バッターボックスに入った。

後ろで観戦しているおっちゃん達が歌を歌い出した。
「野球小僧に逢ったかい
男らしくて純情で
燃える憧れスタンドで
じっと見てたよ背番号
僕のようだね 君のよう
オオ マイ・ボーイ
朗らかな 朗らかな 野球小僧~」
その時だった、カキーンという音が聞こえた瞬間、顔を音の方向に向けた、ファウルの打球がライナーで僕の顔面を直撃した、また僕は真っ暗になった・・・。

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声が聞こえた、懐かしい声・・・。強烈な痛みを堪えて目を見開き立ち上がった。
「やれるか」
監督の安堵した表情が目に入った。
「やれます。もう1本お願いします!」
自分でも驚くほど、素直に、大声を発していた。
心の中で何度も叫んだ、野球小僧になる、野球小僧になったるっ!と・・・

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