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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2013年3月22日金曜日

あぼちん耕太郎、走ってます。


昨日の夜、7時過ぎに耕太郎が汗だくになって帰ってきました。
練習着姿で、頭から湯気を出し、真っ赤に昂揚した顔は笑顔でした。
「自転車取られたから、走って帰ってきた」
と話します。どうも話が見えません、そしたら
自転車置き場に自転車を置かず、また鍵もかけずに校内に放置していたことから、監督に自転車を没収され、走って帰るようにと、罰が与えられたと続けてくれました。
親子共々、そらしゃあないわなぁと笑いました。
そして耕太郎は、やる気でいっぱいやから今から走ってくる、とその格好のまま、また出掛けていきました。

朝6時、途中まで送ったろか、と言いますと、
エエわ、と言い残し、体操服姿で野球バックを背中に担いで走って行きました。

親は情けないアホでも、子は逞しいアホに成長しつつある様です。

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