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映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)” 先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。 ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、...

2013年1月11日金曜日

さぁ、成人の日が近づいてきました。


おはようございます。今日も播磨の国は良い天気です。

あと数日したら成人の日ですね。長男遼太郎が晴れて成人式を迎えます。年末に背広を新調しました。ネクタイだけは自分で選んだとのことでした。色は秘密です。
今朝の週間天気予報では、14日は曇の予報です。でも、式場で多くの友人と再会し、和やかに成人の日を喜んでくれれば良いと思います。

私の成人の日の思い出ですが、なかなか大変な一日でした。
前日(14日)の午前10時に、同じ寮住まいの応援団に所属する友人の真っ黒なグロリアに乗って金沢を出発しました。グロリアの乗組員は4名です。運転するのは大阪人、そして滋賀湖北人一名と兵庫県人二名(長井くんと私)です。
金沢は連日大雪でした。当日も掃いた先からずんずん積もるという有様で、鉄道は止まっていました。ですから、成人式に出るために大阪に帰省する友人の車に便乗させてもらったのです。車はのろのろと金沢を出発し、北陸自動車道に入りました。北陸道は片側二車線の広い道路ですが、当日は雪を掻き分けてできた狭い一本道と化していました。そこに延々と車が数珠繋ぎとなっていて遅々としか進みません。

そして福井インターチェンジの辺りに差し掛かったとき、車の列はビタリと止まってしまいました。私たちは車を降りて、徒歩で高速道路を下り、トイレで用を足し、食料を買い込んで、また車に戻りました。湖北人は帰省を断念し、私たちと別れ、ひとり福井駅を目指して歩いて行きました。
そして日も暮れかかった頃、ようやく車列は遅々と進むようになりました。敦賀を過ぎた辺りから猛吹雪となりました。数台前のテールランプが見えないのです。窓の外は両側とも雪の壁に手が届くほどになっていました。
そんな雪に閉ざされた時間を過ごした後、米原ジャンクションから名神高速道路に入ったのは夜の11時頃でした。大阪人はこれまでのうっぷんを晴らすが如く、アクセルを全開にしてグロリアを走らせました。時速140㎞は超えていたと思います。黒い弾丸のていでした。でも後方からキラリと光が現れるや否や、我々のグロリアが止まっているのかとみまがうほどに、一瞬に追い抜き彼方へと消えさる車もありました。

そんな極限状態(私たち兵庫県人は、ただただはやしたてていただけですが・・・)から解放されたのは、真夜中でした。大阪人は、私たち兵庫県人を夜中でも開いているサウナの殿堂《大東洋》の前で降ろしてくれました。私は、これが初めてのサウナでした。
風呂に入り、仮眠を取って、大東洋を出たのが5時。大阪駅6時発の下り快速電車に乗りました。ようやく自宅にたどり着き、落ち着く暇も無く、いっちょらい(背広)に着替えて、一本松連中(当時の呼び名は闘鷹一門)の集合場所、イチャサンの家に着いたのが10時でした。イチャサンのおっちゃんにコップ酒を振る舞われ、一杯ぐいっとあおってから、皆で成人式会場、高砂市文化会館に行きました。
式の記憶はだいぶん曖昧なのですが、たしか鶴瓶さんが登壇し、あの伝説のもじゃもじゃ頭と軽妙な話芸を楽しんだ様に思います。
そして式が終わり、連中の車で姫路駅まで送ってもらい、その足で金沢に戻りました。

そんな急ぎ足の成人の日でしたから、記念写真の一枚もありません。でも、確かに、思い出が一杯詰まった成人の日となりました。
14日は仕事です。朝、息子の晴れ姿を一枚でも写真に収められたらと思います。

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