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パンデミックと戦うことを考える

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2011年10月30日日曜日

今朝も夢を見ました。。。-季節は『冬』に向かいます-


お早うございます。
雨音で眼が醒めました、穏やかで温かい雨音。。。
まるで早春の雨の様で、つい数日前の冷え込みがウソのようです。
でも、こうして日一日、寒暖を繰り返し季節はゆっくり冬へと移ってゆくのですね。

今朝も夢を見ました。
『ふと気付くと、先ほどまで雨であった外の風景が、雪景色に変わっており、雪は尚も西風に乗って横殴りに降っていた。
全く音のない静寂の世界で。。。』

二十歳の頃、冬休みが終わって金沢に戻る道中、琵琶湖、湖北で雪国との境界を覚えました。
それまで頭上には陽光が降り注いでいました。しかし、天上を南北に二分するかのように重たい灰色の雲が湖北を境に北を支配し、地上にもラインを引いたかのように、その雲の下からくっきりと白い世界が広がっていました。

最近、ある事象に出会うと、その事象に関連性のある大昔の記憶が鮮やかに甦ってきます。年をとったのだな、とつくづく思います。

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