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パンデミックと戦うことを考える

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2015年10月29日木曜日

近くてとても遠い存在

満月の光が照らす道を、連中4人でとぼとぼと歩きました。向かったのは、おばちゃんが亡くなった連中の家です。
おばちゃんと対面するのは、もしかしたら十年から経っていたかもしれません。
白無垢の布団に眠るおばちゃんは、とても小さく見えました。
小さなお顔には薄化粧がされ、とても高齢とは思えないほど、また長く闘病されていたとは思えないほど、安らかで可愛らしい寝顔でした。

連中とは言ってもいつも会っているわけでなく、今では祭りを除いたら一年に一度会うかどうかの連中もいます。おばちゃんならなおさらです。
ですから、おばちゃんの面影として映るのは、もう何十年も前、しゃきしゃきとした話し振りの若々しいお姿です。私ら連中が、いつもほたえあっていた時代の頃です。

同じ町に住んでいたというのに、近くてとても遠い存在になっていました。
おばちゃんのご冥福を、心からお祈りします。

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