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映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)” 先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。 ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、...

2011年9月8日木曜日

『反ユダヤ主義』を取り上げた社会派ドラマ、映画『紳士協定』の視聴感想



紳士協定の意、
「条約・契約書などの正式な手続を踏んだ明文の協定ではないが、互いの紳士たること(誠意と良識をもって振舞う)を信頼して口頭のみで結んだ約束事、あるいは暗黙の取り決め」。

昨日(9/6)BSプレミアムで1947年アメリカ映画『紳士協定』を観ました。
この作品は当時のアメリカ社会に巣くう差別問題の一つ『反ユダヤ主義(ユダヤ人排斥感情)』を取り上げた社会派ドラマであり、第20回(1947年)アカデミー作品賞、アカデミー監督賞(エリア・カザン)、アカデミー助演女優賞(セレステ・ホルム)を受賞しています。

あらすじですが、
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妻に先立たれた売れっ子記者フィルは、東部のリベラルを標榜する雑誌社の編集長から招かれ、一人息子を伴ってカリフォルニアからニューヨークに移り住みます。ニューヨークでは母のアパートに居候します。
編集長から『反ユダヤ主義』に関する記事を依頼されますが、表面的な記事は巷に溢れています。野心家であるフィルは新しい切り口として取材ではなく自らユダヤ人と偽ってその体験を記事にしようと考え、編集長そしてニューヨークで知り合った恋人キャシーにアイデアを伝え、賛同を得て実行します。

フィルは雑誌の編集会議(役員会議)でユダヤ人である事を告白します。翌日にはフィルがユダヤ人であるという噂が社内に広がります。フィルの秘書は自らの体験、本名(ユダヤ人名)では就職できず名を変えて職を得た、それが今の会社、リベラルを標榜するこの雑誌社である事を告げ、私たちの存在を脅かす行為としてユダヤ人である事を公言したフィルを批判します。
フィルはまたアパートの郵便受けの姓を『グリーン』からユダヤ人の姓である『グリーンバーグ』に書き換えます。それを見た管理人から『そういう事は借りる前に言ってもらわないと』不満を漏らされます。

フィルには幼なじみでデイブというユダヤ系アメリカ人の友人がいました。デイブは軍人ですが、知人からニューヨークで仕事を世話して貰い家族で住める家を探しに来ました。
しかしデイブに家を貸してくれるものはなく、ホテルの宿泊さえできません。

恋人キャシーの地元はキリスト教徒が住む保守的な町で、ユダヤ教徒に嫌悪感を抱き暗黙のうちに排斥が容認されています。キャシーはリベラルを公言し差別を批判はしますが、フィルとは差別に対する行動の仕方に大きな開きがあり、それは溝となり別れの理由となってしまいます。

フィルは、差別的行為に対し戦おうとしますが、差別的行為を正義と見なす相手を、正すことができません。そして、ついにはフィルの息子が近所の子どもたちからイジメを受けます。

偽りのユダヤ人である事に打ちひしがれたフィルは、ユダヤ人を偽っていた事を社内であかし、これまでの体験を記事にまとめ、これを最後としてカリフォルニアに戻る決心をします。

キャシーはラウンジにデイブを呼び出します。
キャシーはデイブに、
『私は差別主義者ではなくフィルが誤解している』
と、同意を求めますが、デイブは
『差別主義者を内心軽蔑しつつも咎めず黙って見ている』
行為は
『客を選ぶホテルやいじめっ子と同じ』
『まず差別を止めないと...』
と諭します。そして
『フィルは戦っている』
『男にとって妻は単なる連れ合いではない、
一緒に苦労をしてくれる相棒を求めているんだ』
とキャシーに行動を促します。

ユダヤ人体験記事を発表し終えたフィルは母のアパートに帰ってきます。
疲れたフィルを迎えた母は、記事を読んだことを話し、
そして記事を称えます。
『父さんに読ませたいわ』
『この文章が良い』と。。。

***
フィルの母の台詞を通じて、監督であるエリア・カザンは、私たち観衆に次のメッセージを投げかけます
***
不採用になった人や大学に進めない若者達
彼らの気持ちが痛いほど分かった

我が子の泣き顔を見て怒りを覚えた

幼い子供から青年まで、あらゆる年齢層の人々が
就職や進学の機会を奪われ続けている

予想された事態だ

正義の為に戦い、憲法を作った父祖達も
それを予見していた

正義の木の果実は傷みやすいもので
不公平がまかり通れば腐ってしまう

希望が枯れてしまう

真の平等と自由こそが
健全さをもたらす
個人にも国にもだ

みんなわかっていない、一刻を争うのに

理解しない人も多い
キャシー
彼女だけじゃない
キャシーは大勢いる
どこにでも

(でも批判眼を持ち、不正に戦うのであれば)
どんな風に世界が変わるか見届けたい
変わる為に今苦しんでいるのだ

(そしてこの苦しみの時代は)
将来変革の世紀と呼ばれるかもしれない
アメリカの世紀でも原子力の世紀でもなく
万人の為の世紀となるかも

世界中の人々が仲良く生きられる時代
その始まりが見たい
***

フィルのところに高揚したデイブが訪れます。
キャシーが地元にある山荘をデイブの家族に貸し与えデイブ家族を守ってくれる事になったと伝えます。
フィルはその言葉を聞くや部屋を飛び出して、キャシーのアパートを訪れます。

部屋の呼び鈴を鳴らす
ドアが開き
フィルとキャシーは
熱い抱擁を交わす

END
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この映画は、作品の素晴らしさは当然として
タイトル『紳士協定(原題:Gentleman's Agreement)』のシニカルな使われ方が秀逸です。
差別を受ける立場でなければ気付かない、
『差別行為を正義と思い込んで行う』
『差別とわかっていて黙認する』
という、保守的な生活を守る普通の人々の愚かなルールを
『どこにでもある紳士協定』
として、その悪辣さを見せつけました。

私はこの映画で特に二つの場面が印象に残りました。
あらすじで既に紹介しましたが、
転結にあたる
デイブがキャシーを諭し、行動を促すシーン
そして
フィルの母が記事を読み称えるシーン
この母の台詞は一編の詩の如く朗々として、大変感動を覚えました。
振り返って再読して頂ければと思います。

因みに『紳士協定』のDVDは、現在『Classic Movies Collection』として500円で販売されています。

p.s.
この映画『紳士協定』は、アメリカの『反ユダヤ主義』を映画として初めて真っ向から取り上げた社会派ドラマとしてハリウッドで賞賛され、監督であるエリア・カザンは映画監督の地位を不動のものとしました。
しかしハリウッドはユダヤ系アメリカ人が多く、ハリウッドでの名声を得んが為との批判を受けてもいます。

またエリア・カザンはこの数年後、冷戦時代の幕開けに起きたアメリカの魔女狩り、共産主義思想を持つ者、疑いのある者全てを糾弾した赤狩りの時代に、自らに向けられた共産主義思想者の嫌疑を否定するため司法取引に応じ、映画産業に身を置く11名の友人の名を司法に告げます。
この為、エリア・カザンは、晩年の1998年に長きに渡る映画産業への功労を称えて贈られたアカデミー賞『名誉賞』の授与において、現代の多くの著名な映画人から非難を受ける事になりました。

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