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映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)” 先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。 ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、...

2016年5月4日水曜日

「追憶の森」(原題:The Sea of Trees 2015年米国映画)を追想しました。

富士山北西麓に広がる青木ヶ原樹海に、米国人の男がひとりで分け入ります。
彼は自殺志願者です。亡き妻から貰ったコートの内ポケットに睡眠薬と水入りのペットボトルが入っています。そして樹海の奧へ奧へと分け入って、少し回りが見渡せる岩の上に座り込み、薬を服用し始めた時、一人の彷徨える日本人の男を見かけます。
直ぐ後でわかった事ですが、その男も自殺志願者で二日前にこの樹海に入り自殺を企てますが死にきれず、妻子に再び逢いたいと自殺を翻意し樹海の出口を探して彷徨っていました。男は手首を切ったものと見え血だらけで、その上にスーツもワイシャツも泥だらけ、でも顔は蒼白で生きているのが不思議なほどです。
そして男が言います。「樹海は、彷徨える者を離さない、出口を与えてくれない」と。

米国人の男は科学者でした。ですから非科学的な話には耳を傾けず、しかし自殺は一旦中止して、日本人の男を助けるために樹海の外に連れ出そうとしますが、通ってきた筈の道は途中で寸断されて進む事が出来ません。死人が残したコンパスを拾うも磁気の乱れのために正しい方位がわかりません。泉から溢れた水の流れに沿って歩いてみても、いつの間にかもとの泉に戻ってしまう。男はようやく、この樹海の神秘性を実感します。
突然の激しい雨や、険しい岩場からの滑落にもあって、二人の男は酷く傷つき体力を消耗しますが、そんな中で不思議な友情の様なものが芽生えます。そして米国人の男アーサー・ブレナンは、これまで誰にも話さなかった悔恨の念を、追憶しながら日本人の男中村工に話します。

アーサーには美しい妻ジョーンがいました。大学の非常勤講師という不安定な職に就く男に変わって、ジョーンが不動産売買の仕事で家計を支えていました。
二人には深いわだかまりがありました。アーサーは以前勤めていた職場で同僚の女性と不倫をしました。それがジョーンの知れるところとなって、アーサーは女性と別れ仕事も辞めて、花形の職場から一転、非常勤講師という不安定な職に身を沈める事になりました。アーサーにはジョーンへの深い贖罪の気持ちはあるものの、それ以上に何もかも失ってしまったという無念さでジョーンに対するやるせない嫉妬心が芽生えていました。
ジョーンもまたこんなにもギクシャクした関係を一時でも忘れるためにアルコールに依存していきました。そんな二人でしたが、でも実のところは、相手の事を想い合い、素直になれない自分自身に苛立っていたのです。
そんなある日、ジョーンが体調を崩します。病院で検査を受けると脳腫瘍が見つかります。手術で取り除かなければ命の危険があり、また手術をしても生還できる保障もありません。悲しみに暮れるジョーンにアーサーは素直になって寄り添います。そして閉ざされていた時間を取り戻すように二人は会話をし、お互いへの信頼と素直な愛情を取り戻していきます。心配していた手術も無事に成功し、切除した脳腫瘍も良性であることがわかります。
安堵とした直後の事です。自宅近くの病院に転院するためジョーンが乗り込んだ救急車が信号無視のトラックに追突されます。ジョーンは即死でした。
ジョーンにしっかりと謝りたい。なによりジョーンの事をもっともっと知りたい、もっともっと愛したい、そしてこれからもずーっとずっと一緒に暮らしていきたい。そう願っていたのに、そう信じていたのに・・・アーサーの心は悔恨の念に侵されます。そして、パソコンに打ち込んだ”the perfect place to die”で示された”Aokigahara Forest”に向かいます。

アーサーと中村工は、死人が残したライターを使って火を熾し、最後の夜を過ごします。
その火に向かってアーサーは、ジョーンへの心からの懺悔を吐露します。中村は愛情に満ちた目でアーサーを見つめ、ジョーンの魂はいつも貴方と共にいますと話します。
翌日、中村は息も絶え絶えの状態に陥ってもう立ち上がる事も出来ません。アーサーは、きっと助けを呼んでくるからと、一人立ち上がり最後の力を振り絞って出口を探しに出かけます。そして樹海は遂に出口を開きアーサーは樹海を抜け出る事がことができました。

救助されたアーサーは病院で手厚く介護を受けます。アーサーはもはや死の誘惑に囚われる事はなくなっていました。ただ、樹海に残した中村の事だけが気掛かりでした。警察に相談しても、その様な人物や人の痕跡は見つからず、なにより防犯カメラに樹海に入る中村らしき人物は写っていなかったと聞かされます。
退院したアーサーは、もう一度樹海を目指します。出口を迷わないようにロープを繋ぎながら中村と別れた場所に向かいます。そして、別れの際に中村の体に掛けたコートが目に留まります。コートを取り上げると、そこには一輪の花が咲いていました。
中村はこんな話をしていました。
「魂が召される時、一輪の花に変わるの」
アーサーは気付きます。中村は愛しい妻ジョーンであったのだと。


これまでのガス・ヴァン・サント監督作品に引けを取らない、愛の賛歌の物語でした。出演者は、アーサーがマシュー・マコノヒー、中村が渡辺謙、そしてジョーンがナオミ・ワッツ、その中でも笑顔の素敵な美人女優ナオミ・ワッツが見事に惨めな中年女性を演じきっていたのが印象的でした。
映画館の大スクリーンに映し出される樹海に圧倒されました。富士山麓に広がる樹海はさも緑の大海の様でした。そして樹海の底から眺める空は、決して浮かぶことなどできない海面の様でした。樹海の世界は神秘的で恐ろしくもあり美しくもありました。静寂で暗く広い上映室内は、どこかで樹海と地続きになっている様な錯覚を覚えて、二時間余りすっかり陶酔してしまいました。
ただ、難解な物語でもあり、一回の視聴ではすべてを解読することは適いませんでした。ジョーンが好きだったという童話「ヘンゼルとグレーテル」、そして中村の妻子の名前が「キイロ」に「フユ」、そこに隠された秘密を読み解く事ができませんでした。
思わず昔の映画館が懐かしくなりました。気力さえあれば何回でも何時間でも視聴できた昔の映画館が偲ばれます。

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