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映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)” 先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。 ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、...

2015年11月10日火曜日

神秘と恋の物語「アジャストメント」を観ました。

BSプレミアムシネマで映画「アジャストメント」(原題:The Adjustment Bureau 2011年米国)を観ました。
テレビ番組の解説に”ジャンル:SF&ラブストーリー”とありましたので、どんな空想科学が描かれているのか興味を抱いて観ましたが・・・、ジャンル変更を要求したいと思います。
”オカルト&ラブストーリー”、「神秘と恋の物語」、こちらの方かしっくり来るように思います。

物語は、”神”が書き記した運命に従わず、神が認めない恋の成就に奮闘する一人の男と、運命に何が何でも従わせようとする運命調整局員たちの奮闘が描かれていました。

とくに運命調整局員の描き方が面白かったです。
議長(たぶん神様です。)の下で働く局員たちは皆、ビシリと背広を着こなしたしかめっ面のまるで役人の様相で、そんな彼らが、帽子型の”どこでもドア”発生装置を被って、ニューヨークの街中のドアを”どこでもドア”に変えて神出鬼没に姿を現すのです。そして運命を調整する不思議な力でディヴィッドの恋の成就を阻みます。
そして彼らが手にしているのは”運命の書”という、すべての人間のこれまでの、そしてこれからの一挙一動までもが細かに記されたスケジュール管理帳です。そこにはこれから何が起こるか、誰と出会い、誰と別れかが動的に表示されていました。

でも主人公ディヴィッドはその運命にあらがい、またディヴィッドと恋に落ちるエリーズもディヴィッドを信じ、そしてディヴィッドに憑く運命調整局員のハリーは、ディヴィドに肩入れして、神様の計画を見事に打ち破りました。

神様は、太古から人類を信じては裏切られ、その歴史に介入しては修正を行うという行為を繰り返していました。そして20世紀に入り再び人類を信じて介入の手を止めた途端、度重なる世界規模の戦争が起こります。そして新しい世紀に入り、また神様はガチガチに人間一人ひとりの運命に介入するようになりました。
でも神様は本当は、自分で人生を切り開こうとする者や愛を見つけて育もうとする人間を求めていたのですね。そしてディヴィッドとエリーズは、その御眼鏡に適いました。

それでも、めでたしめでたしと喜ぶ気持ちになれないのは何故でしょう・・・
それは、運命調整局の局員が、今後もすべての人間が”運命の書”に記された通りに人生を歩むよう監視し、調整し、万一逸れそうになると是正することを知ってしまったからです。そして、ディヴィッドもエリーズも、その監視から外れたわけではありません。
そしてなにより、この物語が全くの”架空の物語”と思えないことです。
監視社会の次に来るのは弾圧です。そして、意に沿わぬ者の調整、矯正そして粛清が始まります。神の目も神の手も、そして悪魔の目も悪魔の手も、人間にとっては恐れでしかありません。

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