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パンデミックと戦うことを考える

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2014年7月14日月曜日

「軍師官兵衛」、官兵衛が鬼となる

昨夜放送の「本能寺の変」、江口信長の最後には鬼気迫るものがありました。
生か死か、占うようにふすまを開けて前進し、最後の間は、炎間、死を悟ります。
そして
-人間50年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり-
今に残る名言を口にして、首に刃をあて自害しました。

二日後、備中高松城を水攻めにして囲う様に陣を張る竹中秀吉、岡田官兵衛のもとに急変の知らせが届きます。
官兵衛は、この危機が主人秀吉が天下取りする千載一遇のチャンスと悟り、狼狽する主人秀吉に献策します。そして鬼となり、天下取りの大仕事に掛かります。
その最初の仕事が、敵対する毛利側軍師安国寺恵瓊の調略です。
そして中国大返し、光秀の成敗、やがての天下取りまでの駈け足が始まります。

岡田官兵衛の鬼振りは見事です。そして竹中秀吉の軍師官兵衛への恐れが芽生えたのはこのときだと実感しました。

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