播磨の国ブログ検索

パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2012年11月8日木曜日

久しぶりに散歩に出かけました。


11時前に自宅を出て、西浜の大歳神社の峠から的形へ、そして海岸に下って大塩浜を東に歩き、東澪から浜国に入って曽根に進みました。帰りは中筋から牛谷に回り、北浜トンネルを通って帰りました。約三時間の散歩では、一歩一歩、ふくらはぎに痛みが出ないよう注意して歩きました。
日向では陽光に照らされてじっとりと汗をかき、日陰では冷たい風に寒さを覚えました。いなみ野の晩秋をめぐる散歩は、とても気持ちよかったです。

0 件のコメント:

コメントを投稿