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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2011年7月3日日曜日

鹿島中野球部、宝殿中野球部合同練習

午前中、曇り空の下ではありましたが、鹿島中のグラウンドは、いつもの練習風景とはまた異なる賑やかさがありました。
宝殿中野球部との合同練習が行われました。
共に練習用の身形、白帽子に上下白を着用。宝殿中の部員は姓を背負っていますが、でもグラウンドにいる彼らは一色になっていました。

両軍の部員達は、小学生の時からグラウンドで共に成長してきた仲間です。試合で交えた時でも、短い会話を楽しんでいた様子。今日の合同練習は、彼らにとって特別な一日となったのではと思います。

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