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不寛容にもほどがある!

現在の日本社会を支配する倫理観では不適切として烙印を押されてしまう、昭和ど真ん中の言動や行動で生きている中年の男性教師を主人公にして、現代にタイムスリップした主人公が、誰かが不適切だと呟けば社会全体が盲目的に不適切を糾弾する不寛容な現代の日本社会の有り様に喜劇で一石を投じる、宮藤...

2019年7月24日水曜日

寅次郎物語が、静かに問い掛ける「人間は、なんのために生きているのか」

師走がちかづき、また旅に出ることになった寅次郎伯父さんを、母さくらに頼まれて、柴又駅まで見送るために鞄持ちでついてきた満男君、
その満男君が、別れ際に寅次郎伯父さんに尋ねます。
「伯父さん、人間てさぁ
人間は、なんのために生きてんのかなぁ?」
「難しいこと聞くなぁ・・」と寅さん、困り顔になりながらも、
それからうんうんとひとりうなずいて
「なんて言うかな・・・ほら、あー生まれてきて良かったなぁと思うことがなんべんかあるじゃない、ねぇ、そのために人間、いきてるんじゃないのか」
そして、いぶかる満男君の顔を見ながら
「そのうちお前にも、そういう時が来るよ。まあ、がんばれ」と、優しく肩をたたきます。

先週末、BS11で放送のあったシリーズ39作目『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年冬)は、ラストで満男君が発した「なんのために生きているのか?」という問い掛けが全編に流れていたように思います。

ある日突然、とらやを訪ねてきた小学生の秀吉君
極道者であるテキ屋般若の政の元から、稚児秀吉君を置いて逃げ出したふでさん
吉野の宿で秀吉君を親身に看病してくれた、もう若くはないセールスガール隆子さん
そして、高校三年生の秋を迎え進路に悩む甥っ子満男君

寅さんは、救いを与えたり行く道を灯す事ができる様な立派な御仁ではないけれど、寅さんとして生きていく人生の中で出会う、人生の迷い人、嘆き人、諦め人に、あー生まれてきたよかった、生きてきて良かった、人の役に立てた、と思えるささやかな喜びを与えてくれるんですね。

そして、渥美清さん演じた寅さんは、映画を観る私たち、悲運を嘆いている人たち、自信を失っている人たち、役立たずと思っている人たちにも、お節介なほどに優しい応援団長となって、自分はすてたもんじゃない、生きていくことはすてたもんじゃない、と思わせてくれるんですね。
それが寅さん映画を愛して止まない所以ではないか、と思います。

ありがとう、寅さん、渥美さん、そして山田洋次監督
今年冬公開予定の22年ぶりのシリーズ50作目『男はつらいよ お帰り寅さん』、きっと劇場に観に行きます。楽しみにしています。

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