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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2015年2月16日月曜日

朝、姫路に向かって車を走らせました。

朝、姫路に向かって車を走らせました。
姫路東ランプから姫路バイパスに入りますと、渋滞です。
次の市川ランプで降りるだけなのにと悔やんでも、もうどうすることもできません。

すぐに、市川を渡るずっと手前から、三車線の一番外側の車線を避けるように、側壁に張り付いて車が並んでいるのが見えました。市川ランプで降りる車の列です。私もその列の後ろに並びました。
前を見ても後ろを見ても、どの車も側壁に張り付くようにしてのろのろと動いています。ただ、市川ランプで降りない車は、右の二車線を走り、外側の車線を走る車は、オートバイだけです。

ふと、運転者心理を考えて見ました。
まぁ、基本的には前の車に倣っているだけなのでしょうが、一つには、走行車の邪魔にならないようにという配慮が働いているのだと思います。それが列に並ぶすべての車、運転車に調和を生んで、渋滞のイライラ感を緩和しているのだろうなと想像します。
そんな思いで、渋滞を眺めていると、日本人の思い遣りというか優しさが感じられ、嬉しい気持ちになりました。

でも、この調和を乱すものがいました。降り口の直前で、右の車線から割り込んでくる車です。その瞬間、割り込まれた後ろの車から、一気に殺気が沸き立ちました。(私も、その一人です)

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