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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2014年7月28日月曜日

海辺を散歩してきました。

渇いた風が、汗を一瞬で拭ってくれる。こんなに気持ちの良い散歩は久し振りです。
大塩海岸は、釣り人が数えるほどで、真夏の浜辺であるのに人気はほとんどありませんでした。天川の東対岸では砂利運搬船への砂利積み込みのベルトコンベヤーがひっきりなしに稼働していてその騒音はなかなかでしたけれども・・・


東澪の突堤の南端につきますと、三艇のモーターボートが、子供たちを乗せて播磨灘を遊覧しているのに出会いました。子供たちは数名ずつモーターボートに乗り込んで、ライフジャケットを着て歓声を上げていました。

養殖の竹囲いの上でカモメがひなたぼっこしてました。
そのまどろみの見事さ、しばし見とれてしまいました。


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