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パンデミックと戦うことを考える

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2014年5月1日木曜日

村上春樹さんの最新刊「女のいない男たち」を読みました。

六編の物語はそれぞれ、始まりが無く終わりが無い、でもどこかにありそうな日常を切り取り、写し描いた風景画の様に思います。ですから私は村上春樹ワールドの絵画展に入場し、その作品の一点一点の前で立ち止まっては、始まりと終わりに思いを馳せ、また、不条理さと多義的で陰鬱に満ちた世界を旅することになります。

人生というものは、人からは大事無い人生に見えたとしても、本人にとっては不条理さとか多義的だとか陰鬱にしか思えない出来事があるものです。

戯曲「海の上のピアニスト」に、
「何か良い物語があって、
        それを語る相手がいれば、
            人生捨てたもんじゃない」
という大好きなセリフがありますが・・・

村上春樹さんの様にパラレルワールドを旅し、経験し、かつ描き出す才能はありませんが、私も、私の中にある記憶という物語を文章に起こして行きたいと思います。
それが、読んで欲しい人に伝われば、もしくは誰かの新しい物語になるのであれば、私の人生も捨てたもんじゃない、と思います。

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