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映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)” 先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。 ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、...

2020年2月8日土曜日

歪んだUnited Nationsの世界 1

自衛隊の戦艦が、政府の指示、中東海域を航行する日本船舶の安全を守るための情報収集という命令を受けて出発しましたね。イランとアメリカの戦争危機で緊迫する渦中に飛び込む事になった自衛隊員の皆さんには、何事もなく無事に帰還されること願うばかりです。


今回の自衛隊員の海外派遣は、政府の決定であり、国会で承認されたものではないことに注目します。


第二次世界大戦後の敗戦した大日本帝国は、戦勝したアメリカを主体とする連合国(英語ではUnited Nations)に占領統治される中で、国民主権と人権尊重、そして戦争放棄を唱える新憲法のもとで民主主義、資本主義の日本国として歩み出すことになります。


しかし、United Nationsの主要国であるアメリカ、イギリスという民主主義・資本主義陣営と、ソビエト連邦、中華人民共和国という全体主義・社会主義の陣営が対立、世界中で勢力拡大の紛争が始まります。

日本の最近隣地である朝鮮半島では、戦後にアメリカの支援で建国された軍事独裁主義国家大韓民国(後に民主主義・資本主義国家となった 略して韓国)と、ソビエト連邦、中華人民共和国の支援で建国された独裁主義・社会主義国家朝鮮民主主義人民共和国(名が体を表さぬ国 略して北朝鮮)が、北朝鮮が韓国に武力侵略を開始したことで支援国を巻き込む朝鮮戦争が起こります。

アメリカは日本を軍事基地の拠点とし、日本人を後方支援の任務に就かせるために警察予備隊を組織します。この組織が後の自衛隊です。


日本はその後に、独立国家として歩み出します。しかし、戦争と武力の永久放棄を憲法で唱いながら、自衛隊は侵略を想定する軍隊ではなく、専守防衛、国民を自衛する組織とダブルスタンダードで読み替えて、維持・強化を図っていきます。

そして第二次安倍内閣は、長らくの専守防衛に特化した個別的自衛権から集団的自衛権を日本国の権利と義務に置き換えました。

その論法は非常に稚拙なものでした。

「学校のクラスの中でイジメがあれば見て見ぬふりはいけない、助けなければならない」といった趣旨で訴えられていたように思います。一見、非常に道徳的で反論しようがありませんが、国際情勢や日本と他国の関係は長らくの歴史を引きずり、非常にセンシティブな問題で、管理された学校のクラスの問題で置き換えるような軽々しい問題ではありませんでした。


今度のイランとアメリカの戦争危機において、政府は同盟国アメリカ側に立ちながらも、これまでのイランとの友好関係を保ちたいというセンシティブな問題に注意を払っているように見えます。その事については非常に評価したいですが、しかし、もしも日本船舶が攻撃されたら、自衛隊の戦艦が攻撃されたら、同盟国の船舶や国民が攻撃されたら、同盟国の軍隊が攻撃されたら、日本政府がどういうアクションをとるのかが全くわからない、このわからないという事態こそが非常に恐ろしいです。

渦中の自衛隊隊員に責任を押し付けるのか、見殺しにするのか、同盟国のいいなりになるのか、どの一つをとっても主権者たる国民の意思が無視され、一握りで構成される政府の決定で、日本国の日本人の未来を変えられてしまう事が非常に恐ろしいです。


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